これは報われない恋だ。

朝陽天満

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445、指名キークエスト

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 帰り道もあの蔦がないか確認しながらだったので、かなりの時間を喰った俺たちは、村に着くと早速ヒイロさんに相談することにした。

 ヒイロさんは毒消しを作るのはやめて、畑でタルアル草に栄養をあげていた。

 一緒に部屋の中に移動して、詳細を説明する。

 一緒に行ってた獣人さんたちは、何はなくても一応毒消しを飲んでもらって、解散していた。



「元凶は植物だったのか。ってことは、他の村にもそれが生えてるってことだよな」

「ですね。でも獣人さんたちは煙で中毒になるのが早そうなので、駆除はやめたほうがいいかも。俺たちみたいに常に自分の状態を把握できないと、いつの間にやら中毒が酷くなってる気がする。煙でも身体に毒性が付くとしたら、その人がどうなるのかわからないし」



 一応最初に採取した実はインベントリに残っているので、取り出してヒイロさんに見せると、ヒイロさんは「新しい実だな」と興味を引かれたようにこっちにやってきた。

 そして鼻をフンフンさせて、「なんか美味そうな匂いがする」と実を手に取ろうとした。

 慌ててヒイロさんから実を遠ざける。



「ダメですってば師匠! 今俺が言ったでしょ! 中毒になるから!」

「舐めてみるのもダメか? 一応調べてみたいんだけどな。毒消しで中毒が消えるんなら、ちょっと舐めただけならすぐ治るだろ」

「ダメです。ちょっとだけ、が超えちゃいけない線を簡単に飛び越しちゃうんだから!」

「でもそれの特性を知らねえと何も作れねえからなあ」



 ちょっとだけ、ダメです、マックが状態を治してくれればそれでいいじゃねえか、無理です、という押し問答を繰り広げていると、ギイ、とドアが開いて意外な人の声が聞こえて来た。



「あらマックじゃない。外まで大声が聞こえてたわよ。何か揉め事?」

「エミリさん?」



 入口には、ケインさんを伴ったエミリさんが立っていた。



「ヒイロ、人族の所に持って行く調薬の素材のことについて相談に来たんだけど、立て込んでそうね」

「立て込んでるっつうか、マックがヤバげな新素材を見つけてきたからそれをちょっと見せろって言ってただけだ」

「見せろなんて可愛いもんじゃなかったじゃないですか。あれ齧ったら絶対にヤバいんですよ!」

「だから、症状がどんなもんだかわからねえと対策しようもねえだろ。その実から中和薬を作るんならなおさらだろ」

「でも中和薬を作る前に中毒になっちゃったら作れないじゃないですか!」

「そん時のためのマックだろ」

「それが嫌だっていってるんでしょ!」



 またさっきの押し問答が始まり、近くに立っていたヴィデロさんが困ったように溜め息を吐いた。

 ケインさんとエミリさんも俺たちの言い合いに呆れたような顔をして、「ちょっと」と口を出す。



「まずは色々説明してくれないと全くわからないわ。中毒って、何か中毒になるような物があるの? 新素材って?」



 エミリさんのその質問がきっかけで、俺はリルの実を取り出してそれを手に入れた経緯と、それを食べた魔物の状態をエミリさんに説明することが出来た。

 俺がその実をエミリさんに渡すと、エミリさんは実を手に持って、じっくりと観察したり匂いを嗅いでみたりした。



「確かに微かに何かいい香りはするけど、そこまでじゃないわね」

「それの果汁が洩れると結構俺たちでもくらっと来るので、気を付けてください」

「それだけで? 結構危険ね。そんなものがここの閉じられた空間にあるなんて、良くないわね。駆除するにも、鼻の利く獣人たちは問題外でしょ。あ、そうだ、ヒイロ、マック、ヴィデロ君。こういう時こそ依頼を出せばいいのよ」

「依頼?」



 エミリさんは、首を傾げる俺たちに、こういうのはどう? と提案してくれた。

 その内容は、ギルド緊急依頼を使って、異邦人冒険者に実の消滅と実を食べた魔物の駆除、それと他にも実が分布されていないかの調査を依頼する、という物。獣人の村は結構まばらに幾つもあるので、俺たちだけじゃ時間がかかりすぎるということと、獣人たちじゃ逆に中毒患者を量産しかねないこと、状態の見えるプレイヤーじゃないと危険な二次災害になりかねないということという大まかな三つの理由をあげて、どうかしら、とエミリさんは訊いてきた。



「うーん、俺らの村にたくさんの異邦人が入り込むってことだろ? いい奴ならいいけど、嫌な奴は嫌だなあ。それに、そういうのは俺らの一存じゃ決めれねえ。オラン様……は絶対安静だから、グエイン長老に相談してみるか。ケイン、ちょっとそこら辺の長老たちを集めて来てくれねえ? オラン様も話だけは通さねえと後々怖いから、オラン様の家集合で」

「はいよ。すぐ行ってくる」



 そこらへんに長老さんたちが落ちているかの口調で言うヒイロさんに吹きそうになりながらも、俺たちもオランさんの家に移動することにした。もちろん、リルの実は隙を見てヒイロさんに取られないようにインベントリにしまってある。

 オランさんの家に行くと、オランさんが獣人たちにベッドを囲まれて寝ていた。

 どっかりと床に皆が座り込んでいたことから、何か話をしていたらしい。案内してくれた獣人さんが「オラン様の大陸での話を聴いていたんだ。俺たちはこの村で生まれ育ったから、新鮮で面白いし、こんなにゆっくりそういう話を聴ける機会もなかなかないからな」と教えてくれた。俺も聴きたい。



「どうしたお前たち。そしてエルフの。何かあったのか?」

「あったなんてもんじゃないわ。話は聞いたわよ。あの毒の魔物の。元凶をこの子たちが見つけてきたから、それの対処法を皆で相談しようと思って来たのよ。あなたは動けないだろうから、場所を貸してもらえないかしら? もちろんあなたは寝たままでね。もう少しなんでしょ。今無理したら元も子もないわ」

「もちろん場所はここを使ってくれ。他には誰が来る? 毒の魔物ということは、他の村からも来るんだろう。この村にはまだ出ていないのでは」

「さっき出たってよ。ヴィデロが切ってきたらしいから、今のところは大丈夫。でもな、次々生まれそうだから、ちょっとその話もしようと思ってんですよオラン様」

「そうか」



 ヒイロさんの言葉に頷いたオランさんは、周りにいた獣人たちに「すまないが皆の椅子と飲み物を運んでくれないか」とお願いした。皆体育会系な返事をして、一斉に部屋から出ていく。統制が取れてるなあ。

 時間潰しがてらヒイロさんと一緒にオランさんの手の状態を見て、順調に治ってきているのを喜んでいると、ケインさんが目の前に現れた。後ろには数人の獣人さんがグエイン長老さんことゴリラの獣人さんを筆頭に立っていた。

 皆、どこかしらの村の長老らしい。



「とりあえずそこいらにいた長老様はあらかた拾って来たよ」



 ケインさんの何気ない一言に思わず吹きそうになり、必死で下を向いて我慢する。でもヒイロさんにマックなんか楽しそうだなと突っ込まれて、感情を読まれてたことに気付いた俺。だってケインさんとヒイロさんの連携が面白過ぎるんだもん。





 それからは、長老様方とエミリさん、そして状況を知っている俺とヴィデロさんが色々と意見を出し合って、詳細を決めていった。

 最終的に決まったのは、まず緊急依頼を出すことは最優先。でもその人選は、エミリさんの目から見てその眼鏡にかなったプレイヤーに指名依頼。受けてもらえるとなったら今度は洞窟で獣人たちの目によるプレイヤー選別。ここで、何かを企むような人は蹴落とされるらしい。俺はやっぱり指名依頼で、ヒイロさんと共に中和剤の開発及び、蔦の殲滅方法模索。俺が農園関係のレシピで草を枯らすやつもあったかも、と伝えると、ヒイロさんの提案で急きょ農園関係者も巻き込むことになった。草花薬師は全員指名依頼されるらしい。もしかして結構いるのかな。

 もちろん獣人さんたちも獣人の村に入ってきたプレイヤーたちの護衛兼見張りを選出するらしい。ムキムキズ出動だ!

 話がまとまったところで、エミリさんはじゃあすぐに手配するわね、とケインさんに送られて消えていった。



 通知欄には新しいクエストが来ていた。

 開いてみると、さっきの話し合いの内容が書かれていた。



『【NEW】麻薬果実の中和剤作成と殲滅をせよ



 緊急に麻薬果実の中和剤を作成せよ

 麻薬果実の蔦を殲滅する薬剤を作れ

 作った物を使って麻薬果実を獣人の領域から殲滅せよ



 タイムリミット:48時間



 クリア報酬:獣人の村解放 新果実入手 獣人好感度上昇

 クエスト失敗:時間内に殲滅できなかった 獣人の村内果実蔓延 獣人の村半分消滅』



 そして、多分これキークエストみたいなものだ。

 内容を読んで、ゾッとしながらクエスト欄を閉じる。

 これが失敗したら、獣人の村が半分なくなるってことだ。そしてリルの実が蔓延して、中毒患者が続出するってことだよな。怖い。

 気合い入れないとだめだ。

 手を握りしめていると、その手にそっとヴィデロさんの手が重なった。



「気負い過ぎると身体が硬くなって実力を出せないぞ。マック、無理はするなよ」

「うん、わかってる。大丈夫」

「それにしても、マックとデートするといつも色々なことがあるな。暇になる隙もない」



 くすっと笑いながらヴィデロさんがそんなことを言うので、今までのデートを思い出していた。

 デート中にジャル・ガーさんが実は生きてることを発見したり、ユイルを拾ったり、勇者に家に招待されたり、聖剣が手に入ったり、色々と。



「確かに、ちゃんと最後まで二人っきりでデート出来た事ってあったっけ。それに釣り! まだ釣りデートしてないよ!」



 せっかく釣り竿を貰ったのにインベントリの肥やしになってるよ! と騒ぐと、ヴィデロさんが笑いながら今度こそ行こうなと約束してくれた。

 頷いていると、パッと目の前に見慣れない獣人さんが現れた。



「長老! 村の近くに毒のやつが現れやがった! ヒイロ、薬くれ! 二人やられて、皆隣村に避難させてるんだ!」

「わかった。持ってけ。俺の所にわんさかある。症状はどんな感じだ?」

「二人とも立ってられねえ状態だ! ありがたい、適当に持ってくぞ!」



 緊迫した空気が一瞬で辺りを支配する。

 そんな中、ヴィデロさんがスッと前に出た。



「俺が行こう。だいたいの対処はわかった。マック、ここに入っている薬、活用させてもらうな」

「もちろん! 俺も行く!」



 俺も足を踏み出した途端、ヴィデロさんがスッと目を細めた。



「マックは一刻も早く中和剤を作るんだろ。戦闘は俺の仕事だ。大丈夫、危険だと思ったら逃げ帰って来るから」

「でも!」

「マック。魔物を倒すのは俺じゃなくてもできるかもしれない。でも、薬を作れるのはマックしかいないんだ。全力でやれることをやろう」



 諭されるようにそう言われて、俺は歯を食いしばった。

 いやだ、とはもう言えなかった。でもうんとも言いたくない。何とか頷くと、隣からポンポンと、さっき長老会議にいたチーターらしき獣人さんが俺の肩を叩いた。



「お前ら番なんだって? 大丈夫、俺らがお前の番を死なせるようなことはしないと誓おう。すまない、人族の。手伝ってくれるか」

「もちろんだ」

「じゃあ行くか」



 ヴィデロさんは安心させるように笑顔で大丈夫というと、さっききた獣人さんとチーターさんと一緒に消えていった。

 大丈夫、ヴィデロさんは大丈夫。

 ドキドキと不安になる心を抑えつけて、俺はさっさと中和剤を作ろうとヒイロさんの背中を押した。





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