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413、エルフ代表と獣人代表
しおりを挟む冒険者ギルドのロビーに出ると、周りにはかなりのプレイヤーがいた。
俺は周りには目もくれずに、ヴィデロさんの手を引いて、人のいない買取窓口に近付いた。
「すいません。エミリさんっていますか?」
「統括ですか? はい、おられますが、今接客中でして」
「マックが急ぎの用がある、と伝えて貰えますか」
「少々お待ちください」
お願いします、と頭を下げて、職員さんが席を立つのを見送る。
ふとステータス欄を見ると「微酔」というバッドステータスが付いていたので、キュアポーションを呷っておく。
「もう、何でクエスト欄開かなかったんだ俺……両方回ってきたじゃん。あの時すぐに開いてればよかった……馬鹿だ俺」
「マック落ち着け、大丈夫だから」
「でも、後回しにしなければこうはならなかったから」
ホントバカだ俺。何悠長に寝てお酒なんて飲んでたんだろ。
このまま時間までエミリさんに会えなかったら、クエスト失敗だ。
そうしたら目に見えない何かが上手く回ってた何かをダメにするんだよな。この歯車の欠け発生って。どれもこれも失敗しちゃいけないクエストじゃん。もうほんと……。
色々と後悔していると、ヴィデロさんの腕が俺の身体を抱き寄せた。
ギュッと胸に抱き込まれて、少しだけ強い力で抱きしめられて、頭にキスされる。
「まだ時間はあるんだろ? じゃあ、ドンと構えて待ってろよ。俺が付いてるだろ」
「ヴィデロさん……」
含み笑いと共にヴィデロさんから零れ落ちた言葉は、まるで自分の『エッジラック』を揶揄するような言葉で。
見上げると、ヴィデロさんが優しい目つきで俺を見下ろしていた。
「ほら、俺が幸せだと、周りに幸せのおすそ分けが行くんだろ? マックが腕の中にいる、これ以上の幸せはないから、俺のラックを信じて待とう」
「ヴィデロさん……大好き」
抱きしめられる腕の力強さと、その笑顔で、俺は何とか落ち着くことが出来た。ギュッと感じる腕と胸の筋肉も鎮静剤の一つ。最高。
ホッと息を吐いて、ヴィデロさんの腰に腕を回したところで、すぐ横から声がかかった。
「はいお二人さん、ラブラブを邪魔してごめんなさい。急ぎの用があるっていうから顔を出してみたけど、なんか大丈夫そうね」
「エルフの姉ちゃん、この二人は番だから仕方ねえんだよ。そっとしといてやれよ」
エミリさんとケインさんの声に、目の前のヴィデロさんしか見てなかった俺の心臓が跳ねた。
いきなりはビビるんですけど。
声のした方に顔を向けると、楽しそうに笑っている二人の顔が目に入った。
「めちゃくちゃ注目を浴びてるわよ、お二人さん。奥へいらっしゃい」
注目を浴びてる、の言葉に、俺はそっとヴィデロさんの横からロビーの方を覗いた。
そして、そっとヴィデロさんの身体に隠れた。
見られてた。すっごく見られてたよ……なんかもう、うん、見なかったことにしよう。
そそくさとヴィデロさんの手を引っ張るようにエミリさんの後をついていく。後ろは絶対に見ない。全員と目が合う気がするから後ろは見ない。
ドアが閉まったことで、ついついホッと息を吐いてしまった俺。
来客っていうのはケインさんのことだったんだ。
エミリさんは俺とヴィデロさんを座らせると、自分も俺たちの前の席に座った。
「それで、私に急ぎの用があるっていうのは、もしかして転移魔法陣のことかしら?」
「はい。宰相さんが、エミリさんと獣人さん代表を交えて一度話をしたいって。その中にヴィデロさんのお母さんも含まれているんですけど」
「……ヴィデロ君の母親……って、あの、異邦人たちの所に帰ったっていう? 面白いわね。行かせてもらうわ」
エミリさんは口角を持ち上げて、きらりと目を光らせた。なんか戦闘に行くような顔つきになってる気がするけど、気のせいかな。
あとは獣人さん代表。このままケインさんが行ってくれたらすごくいいんだけど、そうもいかないよね。
「獣人代表って、村の長のことですか?」
ケインさんに聞くと、ケインさんは「んー」と顔を上げて喉を見せた。
「今はオラン様が帰ってきたから、代表はオラン様だな」
「オランさん……誰か、他の人は」
「オラン様じゃダメなのか? 何で?」
ケインさんは心底不思議そうに首を傾げた。
でもオランさんはダメ。連れて行けない。
だって、行く場所があの極秘の建物だし、そこはオランさんがずっと嘆いていた教会と同じ敷地内だし。
俺が連れて行きたくないっていうのが本音だった。
「オランさんの手が仮に生えているので、養生しないといけないんです」
「は?」
敢えてオランさんの手のことを出すと、ケインさんはわけが分からないとさらに首を捻った。
「ロウさんに貰ったエルフの秘薬を使ったら、手が生えてきて。でもちゃんとした手になるにはゆっくり休まないといけないらしくて」
「あら、『細胞補正剤』を使ったのね。あれ、エルフの里では作れないから、サラが作って補充してたやつなのよね。まだあるのかしら」
「最後の一本と言ってました」
「そうなの。あの薬を使ったなら、獣人の長の手も治るわ。確かに養生しないとだめね。手が小さくなったり、体毛のない手になっちゃうかもしれないし」
「え?! オラン様の手が生えた?! マジか! あの兄ちゃんの薬で! ありがとな、エルフの姉ちゃん!」
オランさんの手が治ると聞いて、ケインさんはパカっと口を開けた後、いきなりエミリさんの手を取ってぶんぶん振り回した。尻尾も一緒になってぶんぶん振られているのが何とも可愛かった。狐も嬉しい時はしっぽを振るんだ。
ひとしきりケーンと嬉し鳴きをしたケインさんは、こうしちゃいられない、とエミリさんの手を離すなり一瞬で魔法陣を描いて消えていった。
「え……? 帰っちゃった……?」
呆然とケインさんが消えた場所を見ていると、ヴィデロさんがちょっとだけ笑った。
行動が俺に似てたって。さっき慌ててここに来た時と、そっくりだったって。
そう言われてみればそうなの、かな。
「さてと。後を追いましょうか。マックとヴィデロ君は獣人の村に問題なく入れるのよね」
「はい」
二人で同時に返事をして、俺たちはジャル・ガーさんの洞窟に跳んだ。
ジャル・ガーさんに魔法陣をぶつけて石化を解くと、ジャル・ガーさんが台座から降りながらニヤリと笑った。
「なんだか面白そうなことが始まったじゃねえか」
「おはよう、希代の英雄。そうね。魔王討伐なんかよりよほど胸躍る計画よ」
「俺も噛ませろよ」
「ここを動いていいの?」
「モロウも動いてるんだ。俺が動かねえでどうするんだよ」
身体を解す動きをしたジャル・ガーさんは、行くぞ、と早速俺たちを促した。
ここ、一番プレイヤーが来る場所なんだけど、大丈夫かな。
と心配すると、ジャル・ガーさんが「大丈夫だ。ここに来る奴はちゃんとルールを守る」と俺の頭にポン、と手を置いた。
そして確信。俺が一番人族を信用してない。ダメだね。
ジャル・ガーさん先導のもとに獣人の村に急ぐと、結構遠くの方からアウアウ声が聞こえてきた。
ジャル・ガーさんは熊さんと同じように、勝手にドアを開けて中に入っていった。
「ケイン、鳴き声が外まで響いてるぞ」
「だってジャル様! オラン様の手が、手が! 生えてるんだよ?! 嬉しくて俺、俺!」
「心配かけたな。こうして治してもらえるから、もう泣くな」
「これはうれし泣きだから勝手には止まらねえの!」
顔を手で覆ってしまったケインさんは、しばらく泣き止みそうにもなかった。
エミリさんが顔をほころばせながらも、オランさんの方を向く。
そして、深く頭を下げた。
「この度は人族の国のためにその尊い御手をなくされたと聞きました。そんなにしてまで私たちの居場所を守っていただき、感謝致します」
とても丁寧な言葉だった。
「俺は責任を取っただけだ。あれは俺たちが取りこぼし、力もなく、仕方なく設置したもの。俺がやらずに誰かに尻拭いをされていたら、後悔はもっとずっと深かっただろう。エルフの長には感謝している。俺を呼んでくれたこと、そして、昔の憂いを解消させてくれたこと」
「そう言っていただけるととてもありがたいです。あなた様は長の憧れの英雄ですから、きっと御尊顔を拝することが出来て長も舞い上がっておられると思います」
「英雄はそっちにいるジャル・ガーだろう」
声を出して笑いながら、オランさんが仮の手でジャル・ガーさんを指さす。ジャル・ガーさんは苦い顔をして「俺はそんな柄じゃねえよ」とそっぽを向いた。
それよりも、時間が押してるんだった。
「あの、オランさん。獣人さん代表として一人一緒に来てほしいんですけど、誰かいませんか? 人族を嫌がらないような」
「俺が行こう」
一も二もなく、オランさんが立ちあがった。
でも俺は首を横に振った。
「いいえ、オランさんは養生しないといけないから連れて行けません」
「……マック。何か隠してるな。俺では駄目なのか。本音を言ってくれ」
じろり、とオランさんが俺に視線を向ける。
心の奥まで見透かされているようなその視線に、俺は身動きできなくなった。
本音って。だって。
「……マックがこれから行くところは、オランがずっと閉じ込められていたあの建物と同じ敷地内なんだ。だから、マックはそんなところにオランを連れて行きたくない、と」
唇を噛んだ俺の代わりに、ヴィデロさんがはっきりと言った。俺、言葉に出して言ってないのに、ヴィデロさんは気付いてくれてたんだ。
俺の心情そのままを言葉にしたヴィデロさんに、感謝の視線を送ると、こっちを見ていないはずのヴィデロさんが俺の肩に手を置いた。安心しろとでもいう様に。ううう、かっこいい。好き。
「そうか。あの場所か。しかし、俺を壊した人族は既に処刑されたのだろう。ずっと感じていたのは人族のあのどす黒い感情の渦であり、それが一番の憎悪であり嫌悪だったから、建物自体は問題ない」
本当にもう何とも思っていないような表情で、オランさんが言い切った。
「だから、俺が行こう」
「待て待て待てって。お前はその手の養生が先だろ。ここは俺に任せろよ」
足を踏み出したオランさんを押しとどめるように、ジャル・ガーさんがオランさんの肩をがしっと掴む。そのままぐいぐい押して、椅子に座らせた。
俺が行く、というジャル・ガーさんにオランさんが顔を歪める。
「守りは」
「いらないように向かうよう話を進めたのはオランだろうが」
「しかし」
「モロウは何も言われなかったのに俺だけ言われるのは不公平だろ」
ふん、と鼻を鳴らして不公平、と歯を剥いたジャル・ガーさんの肩に、いきなり何かが飛びついてきた。
「えいゆう! どうしたの、えいゆうが歩いてる! 迎えに来てくれたの?」
ジャル・ガーさんの肩の上をグルグルと回りながら、すごいスピードで現れたユイルが可愛い声で嬉しそうに鳴いた。
「おとうしゃん。えいゆう、僕をお迎えに来てくれたの? えいゆう石じゃないよ!」
「ユイル……いや、俺はな」
「嬉しい! えいゆうが石じゃなくてここにいるのが嬉しい!」
「いや、違……」
ケインさんと同じテンションで喜びを表しているユイルはスリスリしたり鳴いたりと、ジャル・ガーさんを翻弄した。
ユイルの声に我に返ったケインさんがユイルに向かって手を伸ばす。
「ユイル、英雄はこれからやらないといけないことがあるんだよ。だからユイルはおとなしくお家で待ってな」
ケインさんの言葉で、ぴたりと動きを止めたユイルが、じっとジャル・ガーさんを見つめた。
今度はうれし泣きじゃない涙が、目に浮かんでいる。
「えいゆうどこかいっちゃうの……? また、行っちゃうの……?」
その「また」っていうのがいつなのかがなんとなくわかって、胸が締め付けられる。
それは皆も気付いたんだろう。もう誰も待ってろとは言えなかった。
「……俺から離れないと約束できるなら、行くか?」
「行く!」
諦めたようにジャル・ガーさんが提案すると、ユイルは即返事をした。それを訊いたケインさんも焦ったように「保護者は俺だよ?! ユイルが行くなら俺も!」となし崩し的に獣人代表三名が決まった。
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