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393、長光さんもスキルゲット
しおりを挟む「さ、持ってってくれ。もし不具合があったら直してやるから持って来いよ。少しでも調整が悪いとスタミナの減りが早くなるし攻撃力は悪くなるしでいいところ全くないからな」
白くてとんでもなく綺麗な刀を渡されて、俺はそれを受け取った。
綺麗に塗られた鞘に魔法陣が刻まれてるのが、やっぱりというか落書きに見えないこともないのがなんか申し訳ない。
「ところで英雄の息子さんよ。いつ魔法陣とやらを教えてくれる?」
「クラッシュって呼んでくれない? マックには最初に無理やり一つの魔法陣を覚えさせたら、次々出来るようになったんだよね」
「うん。魔法陣が発動するようになったら『魔法陣魔法』っていうスキルをゲットできたから」
「そうか。んじゃ、その基本の魔法陣を教えてくれ。気合いで覚えるからよ」
今すぐにでも覚えてやる、と気合を入れた長光さんに、クラッシュは紙を一枚貰って、魔法陣をさらさらと描いてみせた。
最初に俺が教えて貰った転移の魔法陣だ。
「基本は古代魔道語を知らないと使えないってことなんだけど……」
「『古代魔道語』スキルなら持ってるぜ。鍛冶のことを色々調べてるうちに行きついたのが古代魔道語で書かれてた鍛冶だったからな。レベルはそんなに高くねえけど」
「じゃあ大丈夫。これ、同じように描いてみて。指に魔力を乗せる感じで」
「指に魔力……ねえ」
クラッシュメモを左手に持って、長光さんは同じように宙に指を這わせ始めた。
でもプレイヤーにとって指に魔力を乗せるっていうのはなかなか難しいと思うんだよな。魔力イコールMPって感じだから。
長光さんは、途中何度か手を止めて、首を捻っては描き直すを繰り返していた。文字が光ってないからきっとまだまだなんじゃなかろうか。
その指の動きを見て、クラッシュが「待って」とストップをかける。
「指に魔力が乗ってないよ。ええと、鍛冶とか全然わからないけど、剣を作るとき、魔力って使わないの?」
「いんや、使うな。ガンガン減るぜ」
「じゃあ、それと一緒だよ。指先から魔力を出すイメージ」
「そのイメージが難しい。いっそのこと、指先がペンになったみたいに考えりゃいいのか……? インクが指先から出る、みたいな……」
と指を動かすと、宙が光った。
うわ、すごい。一発だった。
「お、なんか出来たっぽいか?」
「うん。出来たっぽい。続けてみて」
文字をサラサラと宙に描いていく長光さんを見ながら、その転移の魔法陣の最後の文字を確認した俺は、えっ、と目を見開いた。
これ、成功しちゃったらクラッシュの店に跳んじゃうんだけど!
今の俺の魔力で一回ではギリギリ届かないくらいの距離だから、長光さんの魔力次第では失敗するんだけど。もし長光さんが俺よりMP高かったら。
魔法陣を描いていた長光さんがシュン、と目の前から消える。
やっぱり。
俺よりMP高いことが判明。じゃなくて。
「クラッシュ、長光さん、クラッシュの店に跳んだよ?!」
「そうだね。一発目で成功するとは思わなくて適当に俺の店を指定してみたんだけど。行ってみようか」
クラッシュは俺の手を掴んで、長光さんの後を追う様にして魔法陣を描いた。
クラッシュの店に戻ってきた俺たちが最初に見た光景は、「うっそだろ、マジかよ!」と大興奮する長光さんの姿だった。少しは戸惑おうよ。
「転移ってプレイヤーもできるのかよ! って、『魔法陣魔法』なんてスキルが増えてる! そっか、マック君が神出鬼没なのも、このスキルを使ってたからなのか。もちろんマック君も覚えてるんだよな?!」
「あ、はい、一応……」
「ってことは、このスキルを伸ばせば剣とか鎧にも魔法陣を描けるようになるってことか。よっしゃ、気合い入れてレベル上げるか」
ぐっと手を握って感動している長光さんに、俺は慌てて「それは違います」と訂正を入れた。
「魔法陣魔法のスキルレベルを上げても、魔法陣の種類は増えないんです。ええと、自分で構築して、考えて、どうやったら効率よくできるかとかどうやったらうまく組み合わせられるかとか試行錯誤しないといけない魔法スキルなんですこの『魔法陣魔法』っていう物は」
「へえ! ますますおもしれえな。何とか使えるように色々やってみる」
楽しそうな顔をしながら、長光さんは俺がさっき渡したマジックハイパーポーションを懐から取り出した。
そして、一気飲みする。
「やべえ、噂通りうめえ、すげえ! 一発でMP全快だ。回復の数値があんまりにも常識外れだったからもしかしてバグってんのかと思ったけど、全然バグってなかった」
瓶を懐にしまった長光さんは、ようやくテンションを落とすと、改めてクラッシュの店の中を見回した。
「それにしても、やっぱり人気高いんだなこの店。色々売り切れてる」
「だから今日は店を閉めてたんだよ。明日になれば薬師から卸してもらえるから」
ごめんクラッシュ。ハイポーションとか今ほぼ手掛けてなかったから。
俺も店の中を見回して、ほぼ空になっているポーション類の棚を見て眉を寄せた。
「すぐ作ろうか? 薬草なら工房にいっぱいあるから納品するよ?」
「じゃあね、300くらいずつ入れれる?」
「300ずつね。いいよ。今作ってくるから」
「マックもさっき作業見せて貰ったんだから見せてあげたら? 実演販売の前練習」
「実演って本気でやるつもりだったんだ。見せるのは別に構わないけど、調薬なんて地味だよ?」
「いや、ぜひ見たい。見せてくれ」
クラッシュの言葉に長光さんも便乗して、俺はクラッシュの店で調薬をすることになった。
クラッシュの頭からは、セィの南に行くということはすっかり抜け落ちてるみたいで、仕事モードにいつの間にか切り替わっていた。店に戻ってきたからかな。ここは職場も兼ねてるしね。だからこそ外に出たのかな、クラッシュ。
いったん工房に跳んで素材をたんまりインベントリに詰め込んで戻ってきた俺は、奥のテーブルに調薬キット各種を並べた。
そしていつものように量産姿勢で調薬を開始する。ハイポーションは作っても経験値が微々たるものだから、そんなに手掛けてないんだよね。でも久し振りに作ると、それなりに新鮮な気分だった。初心に返るっていうかなんて言うか。
簡単で手間いらずで、調薬ってこんなにスラスラできるものだったっけ? って思うくらい簡単にハイポーションが出来上がって、ちょっと楽しくなってきた。三個のキットを使うと数回の調薬で軽く100を超えるので、300なんて結構すぐ作れる。
出来上がったハイポーションを次々クラッシュが棚に並べ、空いたスペースに俺がまたハイポーションを重ねていくという流れ作業をこなした俺たちは、一時間くらいで店の棚を埋めることに成功した。
その間、長光さんはただじっと腕を組んで俺の作業を見ていた。暇だったんじゃないかな。
マジックハイポーションも同じように作り、最後ディスペルハイポーションを作り終えると、クラッシュはいつもの店番の顔に戻っていた。
「ありがとマック。そうだ、そろそろうちでもランク上の物扱おうと思ってたんだ。ギルドから許可貰ったからさ。だから今度はディスペルハイポーションランクAまで納品オッケーだよ。ランクSはもちろんギルド預かりだけど」
「ほんと? でもランクAって一番微妙でめんどくさいんだよね。逆にランクSの方が狙って作れるから簡単なのに」
「そうなんだ。それをみんなが知ったら驚くだろうねえ」
二人で苦笑していると、長光さんが「驚いた」と呟いた。
「いいもん見せてもらった。ここまで技術高い薬師は初めて見たぜ。辺境にいる奴らでもこうはいかねえよ。やっぱユキヒラに紹介してもらってよかったぜ。ありがとな、マック君。そしてクラッシュ君」
長光さんは、実は俺の掲示板をいつも見ていて、俺のことを一方的に知っていたんだそうだ。
最初は面白いプレイヤーだな、程度だったのが、いつの間にかトレの名物化してるから面白くてずっと追ってたんだとか。
名物ってなんだよ。長光さんの話にクラッシュがくくく、と忍び笑いをする。アレだけところかまわずイチャイチャしてたらそりゃ名物にもなるだろってそんなにイチャイチャしてないから。足りないくらいだから。
そしてやたらポーションが効くだの味が最高だのと書かれまくってたから、ずっと俺のことが気になってたらしい。俺のポーションを飲んでみたくて。
だからこそ今回の俺の申し出を、滅茶苦茶乗り気で了承してくれたらしい。自分の方がずっと有名人なのに。
「いやあ、なかなか充実した一日だ。楽しかった。そうだ、クラッシュ君、これ、チケット」
俺もまだ持っているギルドからの講習チケットをクラッシュに渡すと、長光さんは懐から転移魔法陣の書かれた紙を取り出した。
「この文字を『長光鍛冶工房』に変えりゃ戻れるんだろ? 面白いスキルゲットしたぜ。たまにここに買い付けに来ていいか?」
「もちろん。いつでもお待ちしておりますお客様」
「ははは、今日も買っていかないとな。っていうか今作ったハイポーション、買い占めていいか?」
「買い占めのお客様はご遠慮いただいてます」
「なんだよ。でも俺はさっき虎の子を貰ったからな。仕方ねえから3本だけ買っていくか」
「毎度アリ」
クラッシュから出来立てほやほやのハイポーションを渡され、それを懐にしまい込んだ長光さんは、んじゃ今度は門番さんと来いよ、と言い置いて、また魔法陣を発動させて消えていった。っていうかスムーズに覚えすぎでしょ。
怒涛のようだった時間が過ぎて、2人になった店内は時間の流れがゆったりになる。
さっきひたすら作ったから店の棚は潤い、いつお客さんが来ても問題ない程度に在庫を確保したクラッシュは、きっとこれから店を開けるんじゃないかな。だって鼻歌歌いながらドアの方に向かってるし。
外に出ていってすぐ戻ってきたクラッシュは、背伸びをして、「休暇、終わり!」と宣言してカウンターに立った。
途端に入って来るプレイヤーたちに向けるクラッシュの顔は、既にキリッと店員さんな雰囲気になっていた。
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