これは報われない恋だ。

朝陽天満

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391、長光さん

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「あ、待ってクラッシュ。一応のために剣を買ってってもいい?」

「前に持ってたあの黒いのは?」

「辺境で折れちゃって」



 街を出る前、俺はクラッシュを呼び止めて視線の先にある武器屋を指さした。

 俺のティソナドスカラスは今頃辺境の壁の向こう。気に入ってたんだけどまあ仕方ない。

 クラッシュと一緒に武器屋を覗くと、武器屋のおじさんが太い声で「いらっしゃい」と声をかけてくれた。



「俺でも扱える剣って売ってますか?」

「坊主でも扱えるヤツな……そうだな」



 俺が選んでも多分全然合わないのしか見つからなそうだから、と、トレの武器屋の時同様店主さんに頼む。こういうのはプロに頼まないと。

 店主さんは考えに考えた末、奥に引っ込んで行った。

 そして手に一本の剣を持って戻ってきた。



「……坊主筋力ねえだろ。しかもその体つきと腕、剣を振る職業じゃねえな。ここら辺の剣はある程度技能と力があるやつが持つような剣がほとんどでな、なかなかその細腕で振り回せる剣がねえんだ。これも……振りまわせはするけど、スタミナの減りが早くなる。そいつに合った軽さの剣が一番なんだよなあ……持ってみろ」



 店主さんの手にあった剣を持たされて、確かにティソナドスカラスより大分重いなとちょっと顔を顰める。これ、持ち歩きは出来るけど、咄嗟の時に振り回せるかどうか。



「な、重いだろ。軽すぎる剣は威力も軽いから、あんまり求めるやつがいねえんだよな。なんか特性でも付いてないと。今まで剣は持ってたのか?」

「はい」

「どんなんだ」

「ティソナドスカラスっていう剣です」



 剣を店主に返しながら答えると、店主は目を瞠った。



「ティソナか。いい剣を持ってたんだな。あれは対人用にとんでもなく有用な剣だからな。その剣どうした」

「辺境の壁向こうで折れました」

「あれは使えてここら辺までだ。辺境になんか持ってったら、一発で耐久値が削られるんだ。軽くて特殊だが、流石に辺境の魔物相手には耐久がなさすぎるからな。うーん。坊主辺境にも行くのか……となると、うちには坊主に合う剣は置いてねえな……」



 断られてしまった。

 剣ひとつ買うのも難しいなんて。

 呆然としていると、横からクラッシュがひょいと店主さんの手元の剣を覗き込んだ。



「確かにマックにはこの剣は合わないね。おじさん、軽くて強くて攻撃力の高い剣を売ってる場所って知ってる?」

「無茶言うなよ。そうだな、異邦人で最近頭角を現してきた鍛冶師が辺境に住んでるんだが、もしかしたらそいつならそういう剣も作ることが出来るかもな」

「ありがとうおじさん」



 笑顔で礼を言ったクラッシュは、俺の顔を覗き込んで「だそうだよ」と俺の手を握った。

 次の瞬間には、景色が辺境。

 ちょ、クラッシュ、いきなりすぎ。



「武器屋はどこかなあ。異邦人鍛冶師ってどこにいるんだろうね」



 俺を引っ張るように道を進んでいくクラッシュは、周りが注目していることに気付いてないらしい。

 こんな人通りの多い広場に出て来るなんて、怖ろしい子。



「こういう時は誰かに訊いてみればいいのか。おーいそこの人!」



 クラッシュは俺を捕獲したまま道行く鎧のプレイヤーに声をかけていた。



「辺境に異邦人鍛冶師が住んでるって聞いてきたんだけど、知ってる?」

「へ? 何で英雄の息子が辺境に?!」

「ってか連れてんの、例の……」



 ああ、俺の事まで言われてる……。俺、陰でどれだけ有名になってるんだろう。



「門番さんは今日は一緒じゃねえのか?」

「生タックルは?」



 ざわざわする声が聞こえてくる。

 もしかして、ブレイブが言ってたこと、本当なのかな。



「今日はヴィデロは仕事だから置いてけぼりだよ。ところで鍛冶師、知らない?」

「プレイヤー鍛冶師か。あれだろ『長光』。あいつ、すっげえ腕がいいから、半年先くらいまで予約で埋まってるぜ」

「え、ほんとに?」

「あ、でもそいつの武器とか鎧が売られてる店があるから、そっちに行ってみたらどうだ? 運が良ければ買えるから」

「そうする! 情報サンキュ!」



 クラッシュは早速そのプレイヤーに店の場所を訊いて、笑顔で手を振った。



「ほらマック、行くよ。あっちの方だって。看板が他の武器屋と違って砥石と金づちらしいから、すぐわかるってさ」



 俺の返事を訊く前にぐいぐい行くクラッシュに引き摺られて進んだ先には、漢字で『長光』と彫られた金づちと砥石の看板がぶら下がっている店があった。

 木枠で作られた入り口は紙張りで、まるで障子のようだった。なんか、そこだけ雰囲気が違う。



「ここだね。すっごい店構え。なんていうか、客を選ぶって感じがする」



 クラッシュはしげしげと店を見て、ほぅ、と溜め息を吐いた。

 人気、という割には人があんまり出入りしていない。

 何でだろう、とドアを開けた瞬間、中から出てきた鎧の人とぶつかりそうになった。



「お、ごめん。でも今日は外れだったな。今日は失敗しなかったみたいで店に物が出てねえよ」

「物が出てない?」



 じゃあな、と手を上げて去っていく鎧の人を二人で見送ってから店に入ってみると、確かに、何もなくガランとしていた。

 鎧を飾る台は台座のみで、壁に剣を掛ける金具が、何も乗せずにむき出しのまま。

 確かに物が出てない。



「……剣が手に入るかもって思ったのに、残念だったねマック……」



 店の状態を見て、クラッシュが呆然と呟く。

 店を預かる者として、この状態が信じられないみたいだった。



「俺だって商品が品薄になったら店閉めるのに。この状態で開けとくんだ。すごいね」

「うん。ほんとに何もない。さすが……」

「じゃあ、街中の武器屋にでも行ってみようか」



 クラッシュの言葉に頷いて店を出て行こうとしたところで、奥側の引き戸ががらりと開いた。



「いらっしゃーい。今丁度出来立てほやほやの鎧が……って、アレ? マック君? 英雄の息子もいる。ってことは、英雄の息子につれて来てもらったのか」



 いきなり後ろから声を掛けられて振り向くと、長髪を後ろでひとくくりにしている細マッチョなプレイヤーが驚いたような顔をしていた。

 ひょろりとしているのにしっかりと筋肉がついていて、背が高いその人は、甚兵衛のような物を着ていて、ここがADO世界だということを忘れそうになる。



「こんなに早く来てくれるなんてびっくりだ。さっきユキヒラから紹介されなかったか? 俺、長光。フレ登録しよう! っつうかうわあ、マジでユキヒラと知り合いだったんだ!」

「ええと? 長光さん……? あの」

「ってかあの門番さんに鎧作りたいんだって? 今度本人連れてきてよ。ぴったりのやつを作るから。でもって、俺に例のすっげえ効きのいいハイポーション売ってくれたらなんでも要望聞くから。あ、あと、目の前で門番タックルか姫抱っこ」



 刀鍛冶に憧れてるっていうから落ち着いた佇まいの人なのかと思ったら、そうでもなかった。

 フレンドリーな長光さんととりあえずフレンド登録してから、俺たちは長光さんが鎧を飾るところを見ていた。

 とんでもなく精巧な造りの鎧は、まるで昔人気を博したRPGの主人公を彷彿とさせる青の鎧で、胸にしっかりと紋章のような物が入っていた。これ、欲しい人が見たら涎を垂らしそう。



「これさ、作ってくれって依頼受けたんだけど、紋章部分が気に入らなくて、失敗作なんだよ。だからこっちに出したんだ。こんなん注文するやつ、ほんとマニアックだよな。まあ、そんなふうに拘るやつ嫌いじゃないけど。マック君も、門番さんにこんな鎧はどうだ? もしくはあの人気狩猟ゲームの鎧とか。色々作れるぜ。そのために腕を磨いてるからな。あ、あれも行ける。スーパーヒーロー系全身タイツ的鎧。肉襦袢が熱いぜ」

「いえ、そういうのはちょっと……」



 にこやかに次々マニアックな鎧を挙げ始めて、俺はどう反応していいかわからなかった。スーパーヒーロー系肉襦袢鎧はちょっと誰かが着てるのを見てみたい気がするけど、誰もそんなの着てないよね。



「すっごいなあ、この鎧、失敗作っていうけど性能抜群だよね。鑑定してみてもいい?」

「いいよ。性能はバッチリだったんだよ。でもこの胸の紋章、なんかちょっと小さくてイマイチなんだよな」



 職人気質なこだわり方に、クラッシュと俺は感心を通り越して、半分呆れた。細かすぎだろ。そこが気に入らないからまた一から作るって、どれだけこだわってるんだよすごい。



「あのさ、剣ってどれくらいで作れる? 今マックが剣を探してて。前に持ってたの折っちゃったんだって」

「剣ねえ……見たところ剣スキルは取ってねえよな。ってことは剣の性能自体で全カバーか。そういうのは刀がいいよ。アレ、軽いくせに切れ味抜群だぜ」

「刀? ここでも刀なんて作れるんですか?」

「もちろん。刀を作るためだけに研究に研究を重ねたからな! マック君の体形なら……打刀ってところか」



 俺を上から下まで見た長光さんは、よし、と頷いて引き戸の中に消えていった。



「なんか、すごいやつだね」

「そうだね」



 クラッシュはしっかりと鎧を鑑定しながら溜め息を吐いた。



「この鎧、防御力が今まで見たことないくらい高いよ。でもって、攻撃力が上昇する付加がある。ちょっとだけ水耐性も入ってる。ちょっとやそっとの攻撃じゃ耐久値は減らないよこれ」

「俺も鑑定しよう」



 クラッシュの隣で鑑定眼を発動すると、確かにクラッシュの言う通りだった。防御力、魔法防御力共にとんでもない数字だった。しかも耐久力が高いらしく、耐久値の減りが恐ろしくゆっくりらしい。ものすごい鎧だった。

 感心して見上げていると、がらりと引き戸が開いた。



「これこれ、こんな感じでどうだ。持ってみな」



 そう言って差し出してきたのは、まごうことなき日本刀だった。



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