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390、報酬
しおりを挟む悩みに悩んだ末、俺はとりあえずかなり無茶な要求をすることにした。交渉はまず一度ぐっと上げてからって言うしね。
「これから先手に入る魔物用レア素材の譲渡権」
これでうんって言ったらこれから先ここでお金を稼ぐのが辛くなりそうだしね。でもユキヒラが倒す魔物の素材ってなかなか俺が手に入らなそうな物とかいっぱいありそうだし。
きりっとそう言うと、それを聞いたユキヒラはぽかんとした顔でこっちを見た。
「へ?」
「え?」
何でそこでそんな間抜けな声を出すんだ。要求高すぎたかな。
なんて思っていたら、ユキヒラが困ったような顔をした。
「それだけ? 他には?」
「え? って、これから先ずっとレア素材を俺に貢ぎ続けるんだよ? それがそれだけ? お金稼げなくなりそうじゃん?」
「素材を売って金稼ぎはそりゃ初期のころの話だろ。俺は別口で稼げるから全然問題ないな。各街に工房建てろとか幸運との愛の別荘を建てろとかもっとすげえ要求来るかと思ったけど、なんか拍子抜けだ。他にもいいぜ。今まで色々してもらってたからな」
「でもユキヒラ、俺が前教皇に捕まった時無償で助けてくれたじゃん。それに無条件でヴィデロさんの手助けしてくれたし。俺的にはかなり無茶な要求したつもりだけど。だってこれから手に入るレア素材全部俺に渡さないといけないんだよ?」
「俺は生産系じゃねえからなんも問題ねえな。もっと色々頼めよ。何なら国の中枢にかかわってくることだって少しは何とかなるぜ」
逆にぐいぐい来るユキヒラに、俺はたじたじだった。俺の要求はユキヒラにとって最低ライン以下だったらしい。さすがトッププレイヤー。でも各街に工房建てろって要求したら呑むつもりだったのかな。いらないけど。
そしてハッと思いつく。
「じゃあ、ユキヒラって辺境の鍛冶師してるプレイヤーって知り合い? 勇者の鎧とか作っちゃう人」
もし知り合いだったら紹介してもらおうかなって思ったんだけど。ヴィデロさんの予備の鎧、作って欲しいから。
「ああ。もしかして幸運の鎧でも注文したいのか? あいつ人気バカ高いから半年先くらいまで予約されてるんだよな。でもって店に並ぶのは失敗作だとか気に入らない物だけっていう職人気質なやつなんだけど」
「注文したいっていうより、一度話とかしてみたいかな。同じ生産者として。高橋も今その人の鎧欲しいとか言ってるしすごく性能もいいんだろうし」
「武器も色々手掛けてるぜ。わかったちょっと待ってろ」
ユキヒラは指を動かし始めた。目の中が光ってるから、多分チャットで何かを送ってくれてるみたいだ。
そんなに人気だったら、いきなり行って鎧作ってって言っても絶対に作ってもらえなそう。っていうか予約すら出来なそうだ。
ドキドキと待っていると、ニコロさんが「マックさん、少し、よろしいですか?」と席を立った。
ユキヒラは「ちょっとだけ待っててくれ。あいつログインしてるからすぐ返事来ると思う」と言って指を動かしていたので、俺は誘われるままにニコロさんの後についていった。
部屋の中からドアひとつで通じていた隣の部屋は、とても殺風景な部屋だった。小さな机が一つと、壁収納のみで、広さもむこうの俺の部屋くらい。
ニコロさんは壁収納の一つを施錠の呪文か何かで開けると、中からアクセサリーを取り出した。
それを俺に差し出す。
「これは、私がまだ教会にお世話になっていた見習い時代にお師匠様に頂いた、加護付きのブレスレットです。そのお師匠様も、そのまたお師匠様に頂いたと言います。ちょっと見た目は古いですが、皆様が加護を追加しているので、性能はとてもいいはずですし、私もマックさんを思って加護を一つ追加させていただきました。マックさんの「祈り」の師匠として、これをマックさんに譲ります。これを身に着けていれば、ここにも咎められることなく入れます。ただ、この建物はマックさんにとってあまりいい想い出はないでしょう。今回は強引に呼び出してしまいましたが、来たくないときは無理に来なくて大丈夫です。私に何か用事があるときは、誰か経由で呼び出していただければ足を運びましょう。困ったときはいつでも手助けします。どんなことでも」
俺の手のひらに細い鎖のアクセサリーを乗せて、ギュッと握らせる。
俺は驚いてそれを見下ろした。
「長年の教会の憂いを断ってくださったマックさんとユキヒラさんには返しきれない恩が出来ました。これから私たちはこの教会を、聖魔法を廃れさせないよう尽力する所存です。教会の遺した爪痕は大きすぎてなかなかに大変でしょうけど、これも何かの思し召しと心に刻み、前に向かっていこうと思います。そのきっかけをくださったマックさんには、これだけではとても恩は返しきれない。たとえ地の果てでも、マックさんが呼んでくださったら、私の足で向かいましょう」
「ニコロさん……」
ニコロさんは慈愛の目で俺を見ていた。
っていうか何気にすごいことを言ってなかったかな、ニコロさん。
教皇猊下を呼び出せるって。教皇猊下に足を運ばせることが出来る俺って、何者?
アクセサリーは通行手形にもなるらしいからありがたく使わせてもらうけど。
戻りましょうか、というニコロさんの後を付いていきながら、俺は手の平の中のブレスレットを鑑定した。
『伝承腕輪トラディショナルブレス:古くから加護を重ね伝承されてきた腕輪 幾多の加護が掛かっている 効果:防御力上昇(小) 魔力上昇(小) 防毒(小) 聖属性付与(小) スタミナ回復速度上昇(小) 慈愛(小) 器用さ上昇(小)』
この加護の分だけ受け継がれてきたってことかな。最後がニコロさんが付けた加護ってことは、ニコロさん、器用さをつけてくれたんだ。俺が薬師だから。なんかその気遣いが嬉しくて、ふへ、と俺は変な笑い声を零してしまった。
前にヴィデロさんに贈られたブレスレットの隣に今の『伝承腕輪』を着けると、二つが触れてシャラ……と軽い音がした。
席に戻ると、ユキヒラが丁度ステータス欄を閉じたところだったらしい。晴れ晴れとした顔をして、サムズアップした。
「返事きたぜ。辺境に来た時に顔出せってよ。自分は辺境から動けないからって。ついでにマック作の噂のポーションを特別に売ってくれたら、幸運の鎧、全力で取り組むって言ってたぜ。もともとマックには興味があったらしい。渡りに船、だってよ。名前は『長光ながみつ』だ。昔の刀工に憧れて鍛冶師をしてるんだ。高校時代に刀を見に行って魅入られちまったんだと。日本刀みたいな刀も研究中だって言ってたぜ。剣が欲しい場合も頼んでみたらいいと思う」
「うわあ、ありがたい。でもその人の工房で売ってる剣を見てみるよ。だって依頼ひとつ割り込ませるとそれだけ大変だろ。でも今度行ってみる」
素材の受け渡しはギルド経由で、と話をつけたところで、もう一度クラッシュの声が聞こえてきた。
暇だから早く戻って来い、だそうだ。
王宮内教会から出た俺は、来た道を歩いて戻った。
雑貨屋さんに着くと、クラッシュは店の奥のテーブルでお茶を出してもらって飲んでいた。
ロミーナちゃんがそんなクラッシュに苦笑している。
「ごめんなさい。クラッシュを引き取りに来ました」
「おっそーい。暇すぎてどうしようかと思ったよ」
「店の手伝いしてくれたらよかったのに」
「それだと仕事と変わりないだろ。今日は俺、完全休みってことにしたんだよ。オンオフ大事!」
「クラッシュったら。じゃあせめて何か買ってお店に貢献してよ」
「大丈夫。マックが色々買ってくれるから。マック、ロミーナの店はここら辺の魔物素材も入ってるから、俺の所とは違うラインナップだよ。たくさん買ってあげて」
にっこり笑うクラッシュにサムズアップして、俺は早速普段は手に入らない素材をたんまり買い付けた。さすがに魔物素材は全然違うものが入ってるから、買うの楽しい。
「果物も売ってる。これってトレアムさんの所の果物ですか?」
「そうよ。新鮮でとても美味しいの。お薦めよ。薬草類を買うなら、私の所じゃなくて農園だととても新鮮で効果の高いものが買えるわ、って、薬師さんに言うのはおかしいわね」
「いいえ、ありがとうございます。そっか。モントさんの所でも買い溜めしていかないと」
ワクワクしてきた、とお金を払いながら顔を綻ばせていると、ロミーナちゃんが少しだけ頭を傾げた。
「あなた、とてもこの国の人と仲良しなのね。モントさんの名前を知ってるなんて。あの人、普通は異邦人に名前を教えるなんてしないのに」
「俺、『草花薬師』っていう職に就いてるんです。なので、農園が後ろ盾になってくれていて。だからでしょうか」
複雑そうなロミーナちゃんは、そうなの、と眉尻を下げた。
きっとユキヒラが名前を教えて貰ったっていうのも、特別枠なんじゃないかな。それくらい異邦人に対して警戒しているロミーナちゃんは、小さくため息をついていた。
珍しい素材も扱っていたので、俺はたんまりゲットして、クラッシュと一緒に農園に向かった。
「仕事は休みだよ」ってじろりと俺を見るクラッシュに、「買い物は娯楽」と笑顔を返して農園に向かう。
門の近くでは、クラッシュの魔力を吸ってすくすくと成長したタルアル草が元気に俺たちを出迎えてくれた。
色艶いいし、みずみずしいから、きっとモントさんは丁寧に世話をしてるんだと思う。
出てきたモントさんと話をして、素材を買い付けて、今度はどこ行く、という話でクラッシュと盛り上がる。仕事の話になると途端にジト目になるクラッシュは、本気で今日は休業日らしい。
「そういえばこの近くにヴィルさんが気になってるっていう場所があるんだった」
「え、それヤバいやつじゃん。ヴィルっておかしいよね。一度こっちが気になるって言い始めると、必ずそこに何かあるんだもん。あいつほんとはエルフの血を引いてるとか言われても信じちゃうよ。本気でヤバいよあいつ」
「なんかそういう星のもとに生まれたらしいよ」
適当に答えておくと、クラッシュはなぜか納得したようにうなずいてから、でも、と目を輝かせた。
「なんか二人で森の中とか歩いてたら、父さんと旅した時みたいなワクワク感があって結構楽しかったよ。外れなしだし、あいつなんでも興味を持つからさ、付いていくともれなく俺も技能習得できるんだよな。結構あれは面白かった。ちょっと寝不足になったけど」
「うわあ……ヴィルさんならありえる」
二人がどんな風にレベル上げをしたのかはあんまり想像できないけど、ちょろちょろ動くヴィルさんを追いかけていくクラッシュの図が頭をよぎってついつい笑ってしまう。
「じゃあ、そこに行く?」
「どうしよう。でももし魔物が出てきたら俺役立たずになるからなあ」
「危なかったら逃げるとかは? ちょっとヴィルが気になる場所、俺も気になる。絶対に何かあるもん」
すっかりヴィルさんの非常識さを知っているクラッシュは、乗り気で目を輝かせた。
かくして、俺たちはセィ城下街の南に向かうことになった。でも戦力足りなくない? それともクラッシュ無双?
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