これは報われない恋だ。

朝陽天満

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295、繋ぎたい

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 珍しく洞窟には人がいなかった。

 首を傾げながら魔法陣を描いてジャル・ガーさんの石化を解くと、綺麗な青灰色の毛並みに戻ったジャル・ガーさんがニヤリと笑って「よう」と手を上げた。



「今日は人が少ないですね」

「まあな。さっきケインに入り口を閉めてもらったからな」

「閉めて?」

「ああ。ちょっと普通じゃ開かないようにしてもらった。来たやつも諦めて帰るか他の入り口に行ってくれるだろ」



 ふー、と息を吐いて、ジャル・ガーさんが台座の上から降りてきた。

 そして、ぐるりと一度部屋の中を見回したあと、宙に手を伸ばした。



「マックに話があったんだ。今日ヒイロの所に行ってたのを聞いてな、ここに人族が入れないようにしてもらってマックを呼んだんだ」

「そこまでしないといけない話ってもしかして、何かヤバいことが……」



 人払いしてまで話さないといけないくらい重要な何かが……と血の気が引いていると、ジャル・ガーさんが俺の様子に気付いたらしく、ガハハと笑った。



「違う違う。悪い話じゃあねえんだ。ただなあ。これ、どうするかと思ってなあ」

「ええと、何が?」

「ああそうか。見えねえんだよなあ」



 話が全く見えなくて困惑していると、ジャル・ガーさんが頭をがりがり掻いた。

 そして、宙に伸ばしたままだった手で、何かを絡める仕草をした。



「ここにな。新しい糸が最近来たんだが、繋がる先がなかなかなくてよ」

「糸……って、あのいつもジャル・ガーさんが調整してくれてるみたいな?」

「それだ。それがな、これが来てるのが、マックの所の世界からっぽいんだよ。でもまだ繋がる先がなかなかなくってよ。どうしたもんかなってな」



 ジャル・ガーさんの話を聞いて、どきんと心臓が一つ高鳴った。

 もしかして、前にヴィルさんが進展があったんだって言ってたの、この糸がこの世界につながったから、とか。でもその後進展がないのがこの糸の繋がり先がないから、とか。

 なんて素人考えだけど。もしこれが繋がったら、物質を転移させることも夢じゃ、なくなる……?



「その繋がる先って、どうやって見つけるものなんですか……?」



 ドキドキしながらジャル・ガーさんの手の先に視線を向ける。俺にはさっぱり何も見えなかったけれど、でも、何かを掴んでいるようなジャル・ガーさんの手の先には俺の、ヴィルさんの、そしてヴィデロさんの希望が握られてるかもしれなくて。

 ぐいぐいと何かを引っ張る仕草をしていたジャル・ガーさんは眉間に皴を寄せてうーんと唸った。



「普通はそれに合ったものが自然に絡まり合って繋がって勝手に落ち着いていくんだがなあ……。これ、妙に太いんだよな。だからなのか何なのか、自然に絡まれる規模のもんがなかなか出来上がらなくてなあ。ここいら辺に高濃度の魔素が充満すりゃあそれが形成されて繋がるんだろうけどな」

「高濃度の魔素ってどうすれば出来上がるんですか?」

「この部屋の中で魔力を放出すりゃあ高濃度の魔素で満たされる。が、そんな魔力が高いやつなんてそうそういねえ……って、いるな。いる。マック。ここを高濃度の魔素で埋め尽くせる人物がいる。そいつに協力を仰げれば、この糸もつながるかもしれねえ。……が、マック」



 一度言葉を止めたジャル・ガーさんが、俺を真っすぐ見据えた。真剣な瞳だった。



「本当に繋げちまっていいのか?」



 どうしてそんなことを訊くんだろう。

 繋いだら、もしかしたらヴィルさんの研究している物質転移が実現して、そして、俺はここに生身で来れるってことだよな。

 躊躇うことなんてなく、すぐに返事をしてもいい内容のはずなのに。

 ジャル・ガーさんの真剣な眼差しに、答えをなぜか躊躇ってしまった。



「……繋いだことで、この世界に、不利益になることがあるんですか……?」

「どういう意図があってこれが伸びてきたのかわからねえから、何とも言えねえな。でも、まあ自然に他の所と繋がったりもするし何か媒体があれば世界間を繋ぐのはそこまで難しいことじゃねえし。ヴィデロの母親がいい例だな。そんな感じで、そこまでこの世界自体には不利益はねえと思う」

「だったら俺は、繋ぎたい、です」



 口に出した瞬間に、胸騒ぎを覚える。ざわ、と身体のどこかが警鐘を鳴らした気がした。でもそれは、一瞬後には霧散して、よくわからない気持ちに取って代わる。

 でもなんで思ったままを答えたのに、何でこんな後悔した様な気持ちになるんだろう。

 俺の夢は、ここに来て、ヴィデロさんとずっと一緒にいることなのに。



「マック。何迷ってやがるんだ」



 ジャル・ガーさんの重低音の声がズンと胸に響く。これは、迷い、なのかな。

 目の端にひらりと映ったクリーム色のローブの裾を、俺は無意識にギュッと握った。



「多分、その太い糸は、ヴィルさんが研究している物質転移の機械と繋がってるんじゃないかなって。この間すごく進展したんだって言ってて、でも今はちょっと停滞してるって。もし、ここにその糸が来た時が進展してる時だったとしたら、その糸の繋がる先がないことがもしかしたら停滞している原因かもしれない。全部俺の勝手な推論なんですけど……繋がったら、向こうの世界の物が少し、この世界に流入するかもしれない。でも、これがつながることで、俺はヴィデロさんとちゃんと生身で、愛し合えるようになる……でも俺、それはまだまだ先のことだと思ってて……」



 ローブの裾を握りしめながら、それを伝えると、ジャル・ガーさんはふうん、と目を細めた。そして低い声で笑った。



「ってことはだ。これを繋げば、ヴィデロの兄ちゃんから向こうの世界の酒とか美味いもんを送ってもらえるってことか」

「え……え?」



 簡単によし繋いじまうかと目を輝かせたジャル・ガーさんの言葉で、目からうろこが落ちる。

 アレ、そんな簡単なものなんだ。酒とか食べ物を送って欲しいから繋いでみるとか、そんなんでいいの?

 「繋ぎたい」って答えたことにあれだけ焦燥感が沸き上がった俺って一体。



 キョトンとした顔をしていたらしい俺を見て、ジャル・ガーさんがニヤリと笑った。



「そうと決まりゃ、マック。あのハーフエルフの兄ちゃん連れて来いよ。あいつならここを高濃度の魔素で充満させることもできるはずだ」

「え、クラッシュ?」

「ああ。マックだってこれが繋がったら嬉しいだろ。なんたってこれが育ちゃヴィデロと本物の身体で番えるかもしれないんだからよ。まあ、このデカさの物質を移動となると、それなりに育たねえと無理っぽいから今すぐってわけにはいかねえけどな。少しずつ送り込むやつをでかくして行きゃ、その内マックくらいの大きさでも通るようになんだろ」



 手始めに小さい食い物からか? なんてニヤリと笑うジャル・ガーさんは、なんだか俺の躊躇いに気付いてるみたいだった。

 あんまりにも急展開過ぎてパニックを起こした俺を、わざとそうやってふざけることで落ち着かせてくれてるみたいだった。



「まあそれに、本当にこれがヴィデロの兄ちゃんの所に繋がってるもんなのかは、分からねえしな」

「そうですね。そっか。じゃあ、クラッシュに頼んでみます。待っててもらってもいいですか?」

「おう。あ、部屋の外から跳べよ。ここからだといまいちこれがある分不安定だからよ。村に行くにも、ワインズの所からの方がいいかもな」



 魔法陣を描こうとしたら、ジャル・ガーさんが止めて来た。不安定なのか。ちょっとそれは怖いな。

 でも、俺今獣人の村から転移してきたんだけど、それは大丈夫だったのかな。

 それを訊くと、ジャル・ガーさんは「あそこは固定されてるから問題ない」と教えてくれた。



 扉を解錠してもらって部屋の外に出てから、すぐさま魔法陣でクラッシュの店に跳んだ。裏の部屋に跳んだからもちろん誰もいない。

 そっと店に続くドアを開けると、クラッシュが数人のプレイヤーを相手していた。



「あ、マック。変なところから来たね。いらっしゃい」

「ごめんこっちに跳ばせてもらった。クラッシュにお願いがあるんだけどいい?」

「なになに? いいよ。どんなお願い? あ、ちょっと待っててね。ハイポーションですね。ありがとうございます」



 その場で顔を出してお客さんが帰っていくのを待っていると、人気のなくなった店のカウンターからクラッシュが出てきた。

 一度外に行ってドアの向こうのプレートをひっくり返したらしいクラッシュは、しっかりと施錠してさらに施錠の魔法陣を施してから、俺の待つ部屋にやってきた。



「さ、準備オッケー。お願いってなに?」



 壁に掛かっていた服を手に取りながら、クラッシュが朗らかに訊いてくる。

 俺はさっきのジャル・ガーさんとのやり取りを説明して、そこに魔素を充満させて欲しいんだとお願いした。

 即座に頷いてくれたクラッシュに手をとられて、俺たちはジャル・ガーさんの洞窟に跳んだ。



 石像の間は、やっぱりというか施錠されていた。開かない。



「開けてもらってもいいですか? マックです」



 声を掛けると、カチリと音がしてドアが開いた。石化していないジャル・ガーさんが手ずから開けてくれたらしい。

「待ってたぜ」と言って俺たちを歓迎してくれた。



「で、魔素ってどうやって部屋を満たすの?」



 ワクワクした顔をして部屋に入ったクラッシュが、ジャル・ガーさんに質問すると、ジャル・ガーさんは一度「うーん」と考えてから、「そうだな」と口を開いた。

 って、魔素の出し方、クラッシュは知らないんだ。俺も知らないけど。必要なときはMP譲渡みたいなのが目の前に浮かんでくるから。



「とりあえず、腹の上部分の所を意識して、そこから何かを絞り出すような感じだ」

「全然わからない」



 ジャル・ガーさんの説明に、クラッシュが首を傾げた。確かに、全然わからない。

 俺も一緒になって鳩尾を抑えてんーと唸ってみるけど、MPは全く変わらず。

 クラッシュも鳩尾を抑えて、困った顔をしている。



「何か無害な魔法を使ってみるとか」

「無害な魔法って何かある?」

「何だろうな?」



 って、ジャル・ガーさんもわからないのか。

 コントのようなやり取りに、ちょっとだけ吹き出す。

 でも確かに魔素を放出とか言われても、分からないよね。魔法をぶっ放すとかじゃないんだし。

 わからないながらも、クラッシュは鳩尾を抑えて深呼吸とかしてみている。



「あ、今出た。もっと気合い入れて今のやってみてくれ」

「こう?」





 クラッシュが目を瞑ってふぅぅ、とゆっくり息を吐く。

 その瞬間、空気が少しだけ締まった気がした。



「お、流石に上手いな。その調子だ」



 ジャル・ガーさんの視線がクラッシュから上に移動していく。もしかして魔素を見てるのかな。ちょっとだけどういうふうに見えてるのか気になる。

 クラッシュがさらに息を吐くと、ゆらり、とクラッシュの肩にかかるくらい長い髪が揺れた。

 特にエフェクトとかは見えないのに、ゆっくりとクラッシュの髪が浮き上がっていく。



「すげえな……ここまでとは」



 ジャル・ガーさんは部屋を見回しつつはぁ、と感嘆の吐息を零している。

 いいなあ見たいなあ。なんて思っていたら、ジャル・ガーさんがふと俺に視線を合わせて来た。



「待ってろ」



 一言呟いて、ジャル・ガーさんが台座に戻る。え、今の俺に言ったの? 

 怪訝な顔をしていると、台座の横にケインさんが現れた。



「人使い荒いんだから。今度はなんです? って、魔素濃すぎ!」

「マックの目を少しの間だけ良くしてやってくれないか?」

「目を? なんで」

「こいつを見てえらしいからよ」

「魔素を?」



 ケインさんは首を傾げて、辺りを見回してから、俺に視線を合わせた。まるで「こんなのが見たいの?」と言ってるような顔をしている。普通見えてる人にとっては当たり前の光景なのかな。

 ただちょっと空気がピンと張ってるような緊張感があるだけで、見た目には全然変わりない部屋の中なんだけど。

 やれやれ、と肩を竦めたケインさんは、サッと魔法陣を描いてそれを俺に飛ばした。その魔法陣は俺の目の前に跳んできて、思わず目を瞑る。でも何かが起きたわけじゃなく、どこも不調がなかったのでゆっくりと目を開けると、そこは。



「眩しっ! なにこれ!」



 思わずもう一度目を閉じるくらいに、青い光が部屋全体を包んでいた。
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