これは報われない恋だ。

朝陽天満

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289、アリッサさんのジョブ

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 あの魔道具一杯の部屋に戻ってくると、ヴィデロさんとアリッサさんは応接セットに座ってテーブルの上の魔道具を弄っていた。

 っていうかアリッサさんがヴィデロさんに魔道具レクチャーをしていた。ヴィデロさんはそれを聞きながら苦笑している。



「遅かったわね。待ちくたびれたわ」



 俺たちに視線を向けたアリッサさんがにっこりと笑った。

 俺に向かっておいでおいでと手を動かす。



「あなたの話を聞いていたのよ。薬師の上級職についてるんですって? ヴィデロを自作のポーションで陥落させたって」

「か、陥落?!」

「母さん。違う、俺が一方的に」

「胃袋を掴まれたんでしょ。確かに、料理の腕はなかなかだって聞いてはいたけれど」



 こうしてヴィデロと恋バナを出来るなんて思ってもいなかったわ、と楽しそうに笑うアリッサさんは、ヴィデロさんの横に座った俺を目を細めて見つめてきた。

 その視線から逃れるようにちらりとヴィデロさんを見上げると、ヴィデロさんは口元に笑みを浮かべていた。あ、なんか。わだかまりが少し解けたのかな、なんて思うような、穏やかな顔だった。



 アリッサさんはテーブルの上に置いていた何に使うのかさっぱりわからない魔道具を足元に下ろすと、お茶を淹れて来るわと立ち上がろうとした。



「あ、お茶なら俺が」

「でもお客さんにお茶を淹れて貰うわけにはいかないわ」

「エルフの里でとても美味しいお茶をいただいてきたんです」



 どうせならアリッサさんにもあの見た目も楽しいお茶を味わってほしい、とついつい立ち上がって、アリッサさんの後を付いていく。

 奥に行くとキッチンスペースがあり茶器も揃っていたので、インベントリからエルフの里で摘んできた香緑花を取り出し、茶器に投入した。カップにも一つ一つ入れて、それから熱湯が出るように魔法陣を描く。

 横でお湯を沸かそうとしていたアリッサさんが、俺の行動を手を止めてぽかんと見ていた。



「マック君……あなた面白いスキルを持ってるのね」

「教えて貰ったんです。魔法陣魔法」

「魔法陣魔法? 何それ面白い。他にはどんなスキルがあるのか訊いてもいい? 薬師の上位職ってどんな感じ? 情報漏洩が気になるなら言わなくてもいいけど。私はこの建物から出ないから、プレイヤーとの接点なんてユキヒラ君くらいしかいないの。その点は安心してくれていいと思うわ。あ、運営陣はこの際数に入れないでね」



 ふわっと薫る緑茶のような香りに目を細めながら、アリッサさんが訊いてくる。

 別に情報漏洩とかそういう心配はしないけど。運営の頂点に君臨するアリッサさんが知らないスキルとかもあるのかな。



「ええと、メインは草花薬師で、サブは錬金術師です。スキルは珍しいので古代魔道語と、最近複合調薬っていうのを覚えました」

「なんだか面白い物を持ってるのね。草花薬師かあ。なんか、うん。素敵ね」



 カップに注がれたお茶の中を覗き込みながら、アリッサさんが呟いた。



「初期に何かスキルはついてなかった? 前にヴィルが「感知が付いていたよ」なんて面白そうに言ってたから、なんか初期スキルとか気になっちゃって」

「ええと、最初は「調理スキル」がついてました」

「それでヴィルも佐久間君も胃袋を掴まれたのね。佐久間君、マック……健吾君のご飯を食べるためにヴィルの会社に引き抜かれます、なんて、堂々と宣言してうちの所を辞めていったのよ」

「うわあ……」

「貴重な人材だったのにねえ。ヴィルは他にも日暮君とか狙ってるみたいで、結構頻繁に貸し出ししてるんだけど、流石に何人も引き抜きは辛いわ。でも、健吾君はヴィルの所に行く予定なんでしょ」

「はい。採用通知をいただきました」

「じゃあ、今度私も食べに行っていいかしら。バイトの日はいつ? 丁度ヴィルの所に用事があるのよ」



 お願い、と手を合わされて、苦笑する。

 なんか、この雰囲気はヴィルさんそっくりだ。強引なんだけど嫌な感じが全くしなくて、気付くと話をガンガン進められてる感じ。

 バイトの日を教えると、アリッサさんは頷いて楽しみ、と笑った。

 笑うアリッサさんの顔は、ヴィデロさんの笑った顔とすごく似ていた。ああそうか。ヴィルさんもヴィデロさんも、アリッサさん似なんだ。普通にしているとそこまでわからないけど、笑った顔がそっくり。



「マック君にばっかり暴露させちゃったから私の秘密も教えておくわね。私のここでの職は『魔道具技師マシーナリー』なのよ。今、もうすぐレベルが80になるわ。でもねえ、やっぱりこっちにしばらくいたせいなのかなんなのか、初めからレベルが高かったのよ。きっとここでの行動がそのまま反映されてたのね。これも魔素の影響みたいなんだけど。まだまだ研究の余地ありだわ」

「はちじゅう……って、すごいですね……ここから動いてないのにレベルがそんなに」

「動いてないからこそよ。だってここでは魔道具技師の腕を上げることくらいしかやることないもの。っていうか他に魔道具技師が育ってないから、やること自体は山積みなんですけどね。向こうも忙しいから、日にちを決めてログインしてるのよ。マック君も魔道具技師になってみない? 後継者を探してるの」

「俺、魔道具なんて今日初めて見たってくらいなんで、多分出来ないです」

「そう、残念ね」



 アリッサさんは肩を竦めてそう言うと、茶器類をトレイに乗せて「ヴィデロを待たせてるし、戻ろうか」と俺を促した。

 そして足を進めながら俺の方を振り向かずにそっと、一言だけ呟いた。「ありがとう」と。







 インベントリに詰め込んでいたお手製のサンドイッチを皆で食べて、俺たちは和やかな時間を過ごした。

 アリッサさんはヴィデロさんと宰相の人の前ではプレイヤーとしての会話は一切せず、宰相の人の暴露話やヴィデロさんが小さな時の話などをしていた。っていうか、小さいヴィデロさん、やっぱり想像するだけで可愛い。そんな話するなよなんて少しだけ顔を赤くしてたヴィデロさんも可愛い。好き。

 そして、一番盛り上がったのは意外にもヴィデロさんのお父さん、オルランド卿の話だった。

 ヴィデロさんを凄く可愛がっていたことをアリッサさんが話すと、ヴィデロさんが憮然として「脇が甘いとか構えがなっていないとか怒られたことしかない」と返し、家族仲はよかったんだなって嬉しくなった。ヴィデロさんが少しだけそっぽを向きながら「でもまあ、剣の腕を鍛えてくれたことは、良かったと思ってる」なんて照れたように言った顔を見た俺は、一瞬で心臓を打ち抜かれた。好き。 

 思わずすぐ近くにあったヴィデロさんの手をギュッと握ると、俺の方を向いたヴィデロさんが微笑んで手をギュッとし返してくれた。好き。





 そんなこんなで、アリッサさんと無事会うことができた俺たちは、夜も更けたころに王宮を出てきた。

 門を潜った瞬間、ピロンと通知音が鳴る。クエスト、クリアだ。

 街の方に歩いて行きながら、俺はそっとヴィデロさんの手に自分の手を繋いだ。



 クエストクリアってことは、報酬が「喪失と獲得」になるんだ。 

 でも喪失って何を失うんだろう。そして、何を獲得するんだろう。今の所何も失ってないし、手に入れてもいない。もしかして、この対話じゃクエストクリアになってないのかな。あの通知は、クエスト失敗の通知ってことかな。まだクエスト欄を開いてないせいか、少しだけ気になる。

 ついついうーと唸ると、ヴィデロさんがそっと身を屈めて俺の顔を覗き込んできた。



「もしかして、母に何か言われたか?」



 心配させちゃったらしい。そんなことない、と慌てて首を振ると、ヴィデロさんがちゅ、と軽く俺のおでこにキスを降らせてから身を起こした。不意打ちキスにさっきまで感じていた不安が霧散した俺。好き!







 街を歩いて、ブロッサムさんが好きなんだというセィ限定の焼き菓子をゲットすると、俺たちは門の外の人気のない所まで歩いた。

 そこから転移でトレに帰る。一回では跳べないから、中継点でMPを回復しながら。

 見慣れた工房が視界に入ると、俺は無意識にホッと息を吐いていた。

 そんな俺を見下ろして、ヴィデロさんが俺の腰に腕を回した。



「マック。今日は本当にありがとう。俺のわがままを聞いてくれて。久しぶりに母に会えて、色々と話が出来て良かった。マックのおかげだ」



 そう囁くと、ヴィデロさんは今度こそ俺の口に自分の唇を重ねてきた。

 ヴィデロさんの唇をゆっくりと堪能しながら、俺もヴィデロさんの腰に腕を回す。二人の密着感がすごくいい。そして、啄ばまれるこの感触も好き。ドキドキする。

 しばらくの間、お互いがお互いの口を堪能した。



 口が離れると、ヴィデロさんは目を細めながら親指で俺の口元を拭った。涎垂れてたのかな。激しかったから。気持ちよかった。

 少しだけ火照った身体を冷ますように、ヴィデロさんにお茶を勧めると、ヴィデロさんがそれに乗って、キッチンの椅子に腰を下ろしてくれた。

 ヴィデロさんが気に入ってる赤いお茶を淹れて出すと、ヴィデロさんは腰のカバンから何かを取り出した。



「実は母にこれを直してもらっていたんだ」



 そう言って見せてくれたのは、前にアリッサさんがこの世界に置いて行ってしまった携帯端末だった。

 真っ暗だった画面は、今はしっかりと光り輝いて……。



「ああぁぁああああ!」



 思わずひったくるように端末を奪った俺は、その画面をガン見して奇声を発してしまった。

 だって! だって!

 壁紙が! ヴィデロさんの小さい頃の姿なんだよ?! 可愛すぎか!

 待って、俺、この画像欲しい!



「ちょ、ちょっと、弄ってもいい……?」

「あ、ああ……」



 俺の挙動不審さに驚いたヴィデロさんは、俺の剣幕に押されてちょっと引いたみたいだった。

 画面を開いて、画像が入っているところを覗く。そこには……。



「宝の山だ……!」



 アリッサさんは、ヴィデロさんの姿を沢山画像に残していた。宝の山だ。エルフの里、目じゃなかった!

 これ、この端末に俺の端末の番号を入れて、画像を通信で送れないかな。そういえばヴィルさんとこの端末でやり取りしてたって言ってた様な。ってことは、俺との端末もやり取りできるかもしれないってことで。



「この画像、俺のところに送れないかな……! ちょっと実験してもいい……? おおお、送っても……?」

「あ、ああ」



 ヴィデロさんが頷くのを確認すると、俺は即座に登録ページを取り出して、自分の携帯端末番号を入力した。名前を『マック(健吾)』と入れて、今度は通信メールの所を開く。そこにたくさんの画像を添付して、送信! あああ手が震える……!

 頼むお願い着いてくれ。天にも祈る気持ちで通信メールのページを閉じる。 

 そして深呼吸して心を落ち着けながら、俺の番号を登録したページをヴィデロさんに見せた。



「これ、健吾としての俺の番号。使えないとは思うけど、ついつい登録しちゃった」

「マックの、魔道具の……」



 じっと端末を見つめるヴィデロさんは、その番号をどうとらえたのかはわからないけれど、それでも嬉しそうに口元を緩めていた。



「充電器……なんてのはないんだよね。どうやって充電するのか、訊いた?」

「聞いたけど、俺は雷魔法は普段使えないから、少しだけ困ってるんだ。今度クラッシュにでもやってもらおうと思ってる」

「そっか。そもそも俺は魔法自体使えないしなあ。魔法陣魔法で充電しようにも、勝手がわからな過ぎて壊しそうだし」



 そっとヴィデロさんに端末を返して、心の中でもう一度だけ祈る。どうか、どうかさっきのメールが無事俺の端末に送られていますように。



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