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198、獅子の石像
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目を開けるとヴィデロさんの上腕二頭筋と胸筋に包まれていた。馬上なのにこの安心感。かなりのペースで走ってるのにこの安心感。好き。
「ヴィデロさん」
「起きたのか。まだかかるから疲れた時はまた寝ていいからな」
「うん。でもヴィデロさんの懐を堪能したい」
気持ちよくて思わずすり寄ると、ヴィデロさんがくすっと笑った。
砂漠都市に着くまで、俺は輪廻と最初にフレンド登録したときの事とか、一緒に作ったポーション失敗談とかをひたすら話していた。
だって話を聞くヴィデロさんの顔がすごく優しいから。ほんとあほな失敗談とかばっかりだったんだけどさ。俺、毎回最後の詰めが甘いから。でもそれでヴィデロさんがこんな顔になるなら失敗もするもんだね。
そんな感じで話をしている間に、いつの間にやら目の前は砂漠。一度馬から降りてご飯を食べることにした。馬もね。
朝作って食べきれなかった料理を取り出すと、ヴィデロさんが顔を綻ばせながら一つを手に取った。
「マックと一緒に暮らしたら、俺、ブクブク太りそうで怖いな」
「幸せ太りってやつ?」
「ああ」
ヴィデロさんの言葉に思わず吹き出し、幸せで太るんだったら逆に太って欲しいかも、と呟くと、ヴィデロさんがローブを被った俺の頭に顔をぐりぐりしてきた。可愛い。
「沢山食べて太ってね。俺もたくさん食べて大きくなるから」
「楽しみにしてる」
二人でたんまりと昼食をとると、またも馬上の人となった。
順調にその日のうちに砂漠都市に着き、二人で宿屋に入る。くっついてベッドにもぐりこみ、ヴィデロさんの腕の中を味わいながら就寝、という名のログアウト。
もう夜なんだけど、家の中はシーンとしていた。両親はまだ帰ってきてないらしい。食べ物もあるし、と冷蔵庫に突っ込んでいたおせちを食べて、部屋に戻った。悪くなりそうな生ものは既に俺のお腹に消えているから、おせちはまだ大丈夫。おせちに入っていたでっかい伊勢海老は俺が独占しましたありがとうお父様お母様美味しかったです。伊勢海老を手でカッと割ってがぶっと食べる夢が叶いました。
ログインして、ヴィデロさんの腕枕の感触を確かめる。この格好で寝れるのも、今日で終わりなのかな。そう思うと先に進みたいような進みたくないような複雑な気持ちになる。でも、それでもやっぱり早めにライオンの石像を治したいんだ。
すり……とヴィデロさんの身体にすり寄ると、ヴィデロさんがぐいっと引き寄せてくれて、更に密着した。
「明日、ジャル・ガーさんの所に辿り着けるね」
ポツンと零すと、ヴィデロさんがおでこにチュッと唇を押し付けた。
「ああ、あの獅子の像がようやく治るんだな。何年あの姿でいたんだろうと考えると、いてもたってもいられないマックの気持ちも、わかる。だから、明日は急いで向かおうか。今までは俺のわがままでゆっくり来てしまったようなものだから」
「違うよ、俺が、ヴィデロさんと一緒にいたかったんだよ。でも、明日こそはライオンの石像、治そう」
この旅が今迄にないくらい楽しいって言ってくれたヴィデロさんは、それでも俺の想いはすっかりお見通しだった。俺も、すごく楽しかったんだよ。ソロに戻れなくなるんじゃないかってくらい。でもヴィデロさん以外の誰かとパーティーを組むなんていうのは全然想像がつかないから、結局はソロで動くんだろうけど。仕方ないんだよな。ヴィデロさんは本当はちゃんと仕事があるのにそれを休んで、周りの人に協力してもらって、色々と無茶を通してここにいるわけだし。
「さ、明日も早いから今日はもう寝よう」
「うん」
軽いキスを交わして、目を瞑る。そういえば二人だけでこんなに過ごしているのに、気持ち的にしか愛し合ってないな、なんてちょっとだけ寂しく思う。わかってるんだけど。細胞活性剤を使うと回復が出来ないから、何かあった時に大変なことになるかもしれないと思うと一時の欲望のためにそんなリスクを追うなんて命とり以外の何物でもないから。
ギュッと素晴らしい胸筋に抱き着いて、首もとにある上腕二頭筋にちゅ、とキスをする。そしてそんな俺をじっと見ているヴィデロさんの顎と頬に顔を摺り寄せた。
「トレに戻ったら……マックの工房に行ってもいいか?」
お返しとばかりに俺の鼻とおでこにキスをするヴィデロさんに「大歓迎」と答えると、戯れのようなキスはちょっとだけ移動して、ちょっとだけ濃厚な物に変わった。
クワットロに着くと、今までずっと俺たちを乗せてくれた馬に別れを告げた。
馬はまっすぐ俺とヴィデロさんを見て、鼻を摺り寄せ、それから自らの足で厩舎の中に入って行く。
馬屋さんにもお礼を言って、街を出る。すっかり暗くなった森に入り、周りに人がいないことを確認すると、俺はヴィデロさんにドイリーを結んでもらった。
そして、転移の魔法陣を描く。よし、ジャル・ガーさんの部屋の前まで跳べた。最近飛距離が長くなってる気がするのが嬉しい。とりあえずMPを回復してから、扉を開けて中に入った。
早速お酒を掛けて、ジャル・ガーさんを復活させる。
「全部集めてきました」
『思ったより早いな』
「呪いの情報ソースが偶然にもありまして」
一つ一つの石像を、壊れないようにインベントリから地面に置いていく。バラバラのライオンの石像を直に見るのは初めてのジャル・ガーさんは、俺が一つ取り出すごとに険しい顔になっていった。
『悪いな、足元までしっかり酒を掛けてくれねえか』
ジャル・ガーさんに頼まれて、ヴィデロさんはじっくりと酒が地面に染み込むように丁寧に掛けていく。すると、全身を酒で濡らしたジャル・ガーさんがゆっくりと足を持ち上げた。
そして、台座から足を下ろし、石像の欠片の前に移動してきた。え、移動とかも出来たんだ。ちょっと驚きつつ、ジャル・ガーさんがライオンの石像に手を伸ばすのを見ていた。
『オラン……お前、もとに戻ったらもう村に戻れ。こっちにいて自分を追い詰めることなんてねえんだよ』
声を掛けながらそっと横たえ、ちゃんとした身体の形になる様に石像を並べていく。ジャル・ガーさんが左足の甲を置くと、身体が完成した。全て欠けることなく集められたことにほっとする。
詰めていた息を吐くと、ヴィデロさんがそっと俺の肩に手を置いた。
「試しに、足首がちゃんとくっつくかやってみますね」
前に自分で提案してみたことを試すべく、足元に移動する。
『頼む』
酒を掛けて戻した瞬間痛みがあったらごめんなさい、と心の中で謝りつつ、ジャル・ガーさんに足が密着するよう押さえてもらって酒を掛ける。なだらかな黄金の毛並みが戻ったところで、急いでハイポーションを掛けると、傷口はスルスルと回復していった。
上側の割れた部分は石のまま、足首がつながった。
「よかった、くっついてる……」
他の所もこれでくっつくってことだ。でも問題は、胴体部分。
「ここにお酒を掛けて石化を解いたら、どうなりますか。心臓部分は石のままだから、ライオンさん死なないですよね……」
胴体が半分に切られてるような状態で、たとえ心臓が残ってたとしてもちゃんと生きてられるのかな。
『こればっかりは賭けだな。ただ、オランなら、死ぬことはねえと思う。こいつは、俺が知る中で一番に強かった』
「じゃあ……まずは胴体以外の全部をくっつけちゃいましょう」
ライオンが痛みを感じるのかとかそういうのはまず頭の隅に追いやって、余計なことを考えないように割れたところに集中する。
胴体以外がすべてくっつくと、どっと疲れが沸いてきた。でも、まだ一番の所が残ってるんだよな。
『少しだけ待ってくれ。今、助っ人を呼んだから』
胴体横に座り込んだ俺に、ジャル・ガーさんが制止の声を掛ける。助っ人? と首を傾げていると、いきなり目の前にフッと本物の獣人さんが現れた。狐が二足歩行をしているような獣人さんだった。その獣人さんは、動いているジャル・ガーさんと、足元のライオンの石像、そして俺とヴィデロさんに順番に視線を向けると、溜め息を吐いて顔を覆った。
『わりいないきなり呼び出して』
「いやいい。状況は把握した。ちゃんと蘇生薬は持ってきたからドーンと治してやってくれ。そこの人族たち、ありがとな。オラン様は俺たちもどうにも出来なくて歯がゆかったんだ」
ぐいっと顔を上げて俺を見下ろした狐の獣人さんは、そう言うと少しだけ口元を綻ばせた。
「蘇生薬って……もしかして、ここ、石化を解くと、やっぱりショックでとか、あるんですか」
「まあなあ。弱い獣人は軽く死んでるな。でもまあ、オラン様なら持ちこたえるだろうけどな。でもこれ以外の方法が俺達にはわからねえ。何せ前例がないから」
狐の獣人さんの言葉に、背中を寒い物が駆け上がっていく。やっぱり石化を解いちゃうとそこが切れた状態になるんだ。
ってことは、この胴体を治すにはやっぱり一回胴体が切られた状態に……。
気にしない気にしないと思っていたことがどっと襲ってくる。胴体が切られるなんて、想像もつかないよ。しかもちょっと切られたくらいじゃなくて、すっぱりとすべて。
青くなっていると、ジャル・ガーさんが俺の頭にポンと手を置いた。酒に濡れた手は俺の髪も酒臭くしたけれど、その手が、その匂いが、少しだけパニックした心を落ち着かせてくれた。
パン、と気合を入れるために、自分の頬を両手で挟むように叩く。
「……やります。俺がビビッてどうするんだっての。オランさん、すいません、痛いですけど、他に方法がわからなくて。ちゃんと治しますから……」
ライオンの石像に声を掛けて、狐の獣人さんとジャル・ガーさんに石像を押さえてもらい、火酒を割れたところに最小限に掛かる様にゆっくりと掛けていく。滑って零れて上半身の石化が解かれちゃったらどうなるかわからないから。
じんわりと割れた胴体の周りが黄金の毛並みになる。すぐに手に持った最上級のハイポーションを掛けて、一瓶じゃ足りないかも、ともう一本掛けて、さらに手に取り出す。それを狐の獣人さんが押さえて、「大丈夫」と声を掛けてくれた。
心臓がバクバクしていた。これで、もし治ってなかったら。
「人族の兄ちゃんがた、ちょっと離れてろよ」
狐の獣人さんに声を掛けられて、俺はヴィデロさんに抱えられるように少しその場から離れた。
二人で寄り添って見守る。
狐の獣人さんは宙に文字を描くと、それが魔法陣になり、その魔法陣がライオンの石像に重なった。そこにすかさず狐の獣人さんが懐から光り輝く瓶を取り出して、その液体をライオンの石像に掛けた。いや、もう、石像じゃなかった。目を瞑っていたけれど、ライオンの石像は、金色の毛並みの、鬣が立派なライオンの獣人になっていた。
輝く液体がライオンの獣人さんの身体を包み込んだ瞬間、一気にその場の空気がずうん、と重くなる。
生きてた、よかった……!
と息を吐いた途端、ライオンの獣人さんは思わず硬直するような咆哮をその石造りの部屋に響かせた。
そして、飛び起きたライオンの獣人さんがこっちを向き、カチリと俺と目が合った。
次の瞬間、咆哮と共に目の前に爪が迫り、一瞬でHPが刈り取られる。
そして、手先から身体が光となって、宙に消えていく。
あまりに一瞬の出来事で、俺は、俺を貫通した爪がヴィデロさんをも切り裂いていたのをただ、消える間際に目に焼き付けることしかできなかった……。
「ヴィデロさん」
「起きたのか。まだかかるから疲れた時はまた寝ていいからな」
「うん。でもヴィデロさんの懐を堪能したい」
気持ちよくて思わずすり寄ると、ヴィデロさんがくすっと笑った。
砂漠都市に着くまで、俺は輪廻と最初にフレンド登録したときの事とか、一緒に作ったポーション失敗談とかをひたすら話していた。
だって話を聞くヴィデロさんの顔がすごく優しいから。ほんとあほな失敗談とかばっかりだったんだけどさ。俺、毎回最後の詰めが甘いから。でもそれでヴィデロさんがこんな顔になるなら失敗もするもんだね。
そんな感じで話をしている間に、いつの間にやら目の前は砂漠。一度馬から降りてご飯を食べることにした。馬もね。
朝作って食べきれなかった料理を取り出すと、ヴィデロさんが顔を綻ばせながら一つを手に取った。
「マックと一緒に暮らしたら、俺、ブクブク太りそうで怖いな」
「幸せ太りってやつ?」
「ああ」
ヴィデロさんの言葉に思わず吹き出し、幸せで太るんだったら逆に太って欲しいかも、と呟くと、ヴィデロさんがローブを被った俺の頭に顔をぐりぐりしてきた。可愛い。
「沢山食べて太ってね。俺もたくさん食べて大きくなるから」
「楽しみにしてる」
二人でたんまりと昼食をとると、またも馬上の人となった。
順調にその日のうちに砂漠都市に着き、二人で宿屋に入る。くっついてベッドにもぐりこみ、ヴィデロさんの腕の中を味わいながら就寝、という名のログアウト。
もう夜なんだけど、家の中はシーンとしていた。両親はまだ帰ってきてないらしい。食べ物もあるし、と冷蔵庫に突っ込んでいたおせちを食べて、部屋に戻った。悪くなりそうな生ものは既に俺のお腹に消えているから、おせちはまだ大丈夫。おせちに入っていたでっかい伊勢海老は俺が独占しましたありがとうお父様お母様美味しかったです。伊勢海老を手でカッと割ってがぶっと食べる夢が叶いました。
ログインして、ヴィデロさんの腕枕の感触を確かめる。この格好で寝れるのも、今日で終わりなのかな。そう思うと先に進みたいような進みたくないような複雑な気持ちになる。でも、それでもやっぱり早めにライオンの石像を治したいんだ。
すり……とヴィデロさんの身体にすり寄ると、ヴィデロさんがぐいっと引き寄せてくれて、更に密着した。
「明日、ジャル・ガーさんの所に辿り着けるね」
ポツンと零すと、ヴィデロさんがおでこにチュッと唇を押し付けた。
「ああ、あの獅子の像がようやく治るんだな。何年あの姿でいたんだろうと考えると、いてもたってもいられないマックの気持ちも、わかる。だから、明日は急いで向かおうか。今までは俺のわがままでゆっくり来てしまったようなものだから」
「違うよ、俺が、ヴィデロさんと一緒にいたかったんだよ。でも、明日こそはライオンの石像、治そう」
この旅が今迄にないくらい楽しいって言ってくれたヴィデロさんは、それでも俺の想いはすっかりお見通しだった。俺も、すごく楽しかったんだよ。ソロに戻れなくなるんじゃないかってくらい。でもヴィデロさん以外の誰かとパーティーを組むなんていうのは全然想像がつかないから、結局はソロで動くんだろうけど。仕方ないんだよな。ヴィデロさんは本当はちゃんと仕事があるのにそれを休んで、周りの人に協力してもらって、色々と無茶を通してここにいるわけだし。
「さ、明日も早いから今日はもう寝よう」
「うん」
軽いキスを交わして、目を瞑る。そういえば二人だけでこんなに過ごしているのに、気持ち的にしか愛し合ってないな、なんてちょっとだけ寂しく思う。わかってるんだけど。細胞活性剤を使うと回復が出来ないから、何かあった時に大変なことになるかもしれないと思うと一時の欲望のためにそんなリスクを追うなんて命とり以外の何物でもないから。
ギュッと素晴らしい胸筋に抱き着いて、首もとにある上腕二頭筋にちゅ、とキスをする。そしてそんな俺をじっと見ているヴィデロさんの顎と頬に顔を摺り寄せた。
「トレに戻ったら……マックの工房に行ってもいいか?」
お返しとばかりに俺の鼻とおでこにキスをするヴィデロさんに「大歓迎」と答えると、戯れのようなキスはちょっとだけ移動して、ちょっとだけ濃厚な物に変わった。
クワットロに着くと、今までずっと俺たちを乗せてくれた馬に別れを告げた。
馬はまっすぐ俺とヴィデロさんを見て、鼻を摺り寄せ、それから自らの足で厩舎の中に入って行く。
馬屋さんにもお礼を言って、街を出る。すっかり暗くなった森に入り、周りに人がいないことを確認すると、俺はヴィデロさんにドイリーを結んでもらった。
そして、転移の魔法陣を描く。よし、ジャル・ガーさんの部屋の前まで跳べた。最近飛距離が長くなってる気がするのが嬉しい。とりあえずMPを回復してから、扉を開けて中に入った。
早速お酒を掛けて、ジャル・ガーさんを復活させる。
「全部集めてきました」
『思ったより早いな』
「呪いの情報ソースが偶然にもありまして」
一つ一つの石像を、壊れないようにインベントリから地面に置いていく。バラバラのライオンの石像を直に見るのは初めてのジャル・ガーさんは、俺が一つ取り出すごとに険しい顔になっていった。
『悪いな、足元までしっかり酒を掛けてくれねえか』
ジャル・ガーさんに頼まれて、ヴィデロさんはじっくりと酒が地面に染み込むように丁寧に掛けていく。すると、全身を酒で濡らしたジャル・ガーさんがゆっくりと足を持ち上げた。
そして、台座から足を下ろし、石像の欠片の前に移動してきた。え、移動とかも出来たんだ。ちょっと驚きつつ、ジャル・ガーさんがライオンの石像に手を伸ばすのを見ていた。
『オラン……お前、もとに戻ったらもう村に戻れ。こっちにいて自分を追い詰めることなんてねえんだよ』
声を掛けながらそっと横たえ、ちゃんとした身体の形になる様に石像を並べていく。ジャル・ガーさんが左足の甲を置くと、身体が完成した。全て欠けることなく集められたことにほっとする。
詰めていた息を吐くと、ヴィデロさんがそっと俺の肩に手を置いた。
「試しに、足首がちゃんとくっつくかやってみますね」
前に自分で提案してみたことを試すべく、足元に移動する。
『頼む』
酒を掛けて戻した瞬間痛みがあったらごめんなさい、と心の中で謝りつつ、ジャル・ガーさんに足が密着するよう押さえてもらって酒を掛ける。なだらかな黄金の毛並みが戻ったところで、急いでハイポーションを掛けると、傷口はスルスルと回復していった。
上側の割れた部分は石のまま、足首がつながった。
「よかった、くっついてる……」
他の所もこれでくっつくってことだ。でも問題は、胴体部分。
「ここにお酒を掛けて石化を解いたら、どうなりますか。心臓部分は石のままだから、ライオンさん死なないですよね……」
胴体が半分に切られてるような状態で、たとえ心臓が残ってたとしてもちゃんと生きてられるのかな。
『こればっかりは賭けだな。ただ、オランなら、死ぬことはねえと思う。こいつは、俺が知る中で一番に強かった』
「じゃあ……まずは胴体以外の全部をくっつけちゃいましょう」
ライオンが痛みを感じるのかとかそういうのはまず頭の隅に追いやって、余計なことを考えないように割れたところに集中する。
胴体以外がすべてくっつくと、どっと疲れが沸いてきた。でも、まだ一番の所が残ってるんだよな。
『少しだけ待ってくれ。今、助っ人を呼んだから』
胴体横に座り込んだ俺に、ジャル・ガーさんが制止の声を掛ける。助っ人? と首を傾げていると、いきなり目の前にフッと本物の獣人さんが現れた。狐が二足歩行をしているような獣人さんだった。その獣人さんは、動いているジャル・ガーさんと、足元のライオンの石像、そして俺とヴィデロさんに順番に視線を向けると、溜め息を吐いて顔を覆った。
『わりいないきなり呼び出して』
「いやいい。状況は把握した。ちゃんと蘇生薬は持ってきたからドーンと治してやってくれ。そこの人族たち、ありがとな。オラン様は俺たちもどうにも出来なくて歯がゆかったんだ」
ぐいっと顔を上げて俺を見下ろした狐の獣人さんは、そう言うと少しだけ口元を綻ばせた。
「蘇生薬って……もしかして、ここ、石化を解くと、やっぱりショックでとか、あるんですか」
「まあなあ。弱い獣人は軽く死んでるな。でもまあ、オラン様なら持ちこたえるだろうけどな。でもこれ以外の方法が俺達にはわからねえ。何せ前例がないから」
狐の獣人さんの言葉に、背中を寒い物が駆け上がっていく。やっぱり石化を解いちゃうとそこが切れた状態になるんだ。
ってことは、この胴体を治すにはやっぱり一回胴体が切られた状態に……。
気にしない気にしないと思っていたことがどっと襲ってくる。胴体が切られるなんて、想像もつかないよ。しかもちょっと切られたくらいじゃなくて、すっぱりとすべて。
青くなっていると、ジャル・ガーさんが俺の頭にポンと手を置いた。酒に濡れた手は俺の髪も酒臭くしたけれど、その手が、その匂いが、少しだけパニックした心を落ち着かせてくれた。
パン、と気合を入れるために、自分の頬を両手で挟むように叩く。
「……やります。俺がビビッてどうするんだっての。オランさん、すいません、痛いですけど、他に方法がわからなくて。ちゃんと治しますから……」
ライオンの石像に声を掛けて、狐の獣人さんとジャル・ガーさんに石像を押さえてもらい、火酒を割れたところに最小限に掛かる様にゆっくりと掛けていく。滑って零れて上半身の石化が解かれちゃったらどうなるかわからないから。
じんわりと割れた胴体の周りが黄金の毛並みになる。すぐに手に持った最上級のハイポーションを掛けて、一瓶じゃ足りないかも、ともう一本掛けて、さらに手に取り出す。それを狐の獣人さんが押さえて、「大丈夫」と声を掛けてくれた。
心臓がバクバクしていた。これで、もし治ってなかったら。
「人族の兄ちゃんがた、ちょっと離れてろよ」
狐の獣人さんに声を掛けられて、俺はヴィデロさんに抱えられるように少しその場から離れた。
二人で寄り添って見守る。
狐の獣人さんは宙に文字を描くと、それが魔法陣になり、その魔法陣がライオンの石像に重なった。そこにすかさず狐の獣人さんが懐から光り輝く瓶を取り出して、その液体をライオンの石像に掛けた。いや、もう、石像じゃなかった。目を瞑っていたけれど、ライオンの石像は、金色の毛並みの、鬣が立派なライオンの獣人になっていた。
輝く液体がライオンの獣人さんの身体を包み込んだ瞬間、一気にその場の空気がずうん、と重くなる。
生きてた、よかった……!
と息を吐いた途端、ライオンの獣人さんは思わず硬直するような咆哮をその石造りの部屋に響かせた。
そして、飛び起きたライオンの獣人さんがこっちを向き、カチリと俺と目が合った。
次の瞬間、咆哮と共に目の前に爪が迫り、一瞬でHPが刈り取られる。
そして、手先から身体が光となって、宙に消えていく。
あまりに一瞬の出来事で、俺は、俺を貫通した爪がヴィデロさんをも切り裂いていたのをただ、消える間際に目に焼き付けることしかできなかった……。
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