これは報われない恋だ。

朝陽天満

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184、クエストはクリア

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 近衛騎士に周りを守られながら足音の立たない絨毯をしばらく歩くと、宰相は広い扉に手を掛けて「ここです」と振り返った。

 周りを守っていた近衛騎士の人たちが、サッと部屋の周りに配置される。すごく統制がとれていて、思わず動きに見惚れた。

 広い部屋に通された俺たちは、宰相に勧められるまま、すごく座り心地のいいソファに腰を下ろした。

 すぐさまメイドさんがお茶を持ってきて俺たちの前にセットしてくれる。



「まずは、ここまで来ていただきありがとうございました。そしてマック殿。あなたのおかげで教会が立ち直りそうです。そしてあの依頼の品、素晴らしいです。想像以上の物を作ってくださいましたね。ですが、確認をさせてもらえますか。あの薬が本当に他の薬師でも作れるものなのかを」



 宰相の人も前の席に座って、そう確認してくる。まあ、そうだよな。手に入りにくい素材を使っていると、たとえどんなにいい物でもダメっていうクエストだしな。

 俺は目の前のテーブルに簡易調薬キットと市販の聖水ランクCと市販のキュアポーションランクCと詰所で手に入れた気付けの酒を次々並べた。

 いつもの手順で聖水とキュアポーションを混ぜ、火にかけて、最後に酒を混ぜる。色が変わったら火からおろして瓶に入れた。

 薬師じゃなくても作れるんじゃないかってくらい簡単で単純な作業。

 宰相はじっと俺の手の動きを見ていた。



「こんな風に、簡単かつすぐ手にはいるもので出来上がります」

「しかしさっきとランクが違いますね」

「素材のランクが違いますから」



 するりと答えると、宰相の人は納得したように頷いた。

 そして、出来上がったばかりのディスペルハイポーションを手に取る。



「ほう、複雑な呪いは解けないと。では、先ほどの物はこれよりランクが上の物なのですね。これでは先ほどの騎士の呪いは解けないはずですから」

「え、魅了の呪いって複雑な呪いなんですか?」

「はい。魅了状態まで行くと複雑な方に分類されます。まだまっさらな状態だったらそうでもないのですが。ですが魅了の呪いが掛かった状態で何か言葉が耳に入ると、すぐにその言葉が脳に浸透してしまうらしく、なかなか厄介で怖い呪いなのですよ。例えば魅了の呪いに掛かったばかりの女性の耳元で「私は素晴らしい。あなたは私を愛する以外ありえない」とでも囁くと、もうそれで魅了完了です。その女性は盲目的に囁いた者を愛し続けるでしょう。呪いが解けるまで」



 勿論犯罪にも、今回のようなことにも有効です、となんてことない様な顔で宰相の人が説明してくれる。

 教会、本気でヤバい集団だったんだ。



「ではマック殿、先ほど使ったランクの物をここで作ることは出来ますか」

「え、大丈夫ですけど」

「ではお願いします」



 宰相に乞われて、今度は俺作聖水ランクBと俺作キュアポーションランクS、そして火酒を出して調薬する。手順は一緒だけど火酒だからグツグツは長め。

 出来上がったディスペルハイポーションランクBを宰相の人に渡す。



「……本当に簡単に作ってしまわれるのですね」



 感嘆した様な声で呟く宰相の人は、渡された物をひたすらじっと見つめた。

 そっとレシピも差し出すと、それも手に取ってはぁ……と声を上げた。



「素晴らしいです。では、これをもって私からの依頼完遂とさせてもらいます」



 宰相の人がそう言った瞬間、ピコンとクエスト欄にビックリマークが付いた。

 斜め向かいでユキヒラもちょっとだけ握り拳をしてガッツポーズをしているところを見ると、俺関連のクエストが終わったらしい。

 早速小さく指を動かして内容を確認しているようだった。



「それにしても、先ほど出したランクの高い聖水、どうやって手に入れたのですか? 教会は、最近では色々と質が落ちていましたけれども」



 ずっと鑑定していたらしい宰相がこっちをじっと見ながら真顔で訊いてくる。

 教会の質が落ちたって、熟練の人が闇魔法に手を染めちゃったんだったら質が落ちるのは当たり前だよなあ。



「俺が作った聖水ですけど」



 といった瞬間、宰相の人が身を乗り出した。

 何事?! と思ってる間に、宰相の人がまたもソファに腰を下ろす。そして手で顔を覆った。



「……ここで専属契約を結びたい、この王宮で働かないかと声を掛けても、あなたは頷いてはくれないのでしょうね……」

「しません」



 ヴィデロさんと一緒にトレに帰るんで、王宮住まいなんてしません。

 それにあの王様、やっぱり好きになれないし。

 俺がきっぱりと断ったことで、宰相は声を出して笑った。



「このレシピを使って、薬師たちに発破を掛けましょう。マック殿のレシピ、絶対に無駄にはしません。それに思わぬ大物も釣れましたし。マック殿のおかげでこの国の大きな憂いが二つ、解決しそうです」



 それはよかった。今度はぜひぼったくらない教会を作ってください。でもすでにあの教皇の教えが全部の教会に浸透しちゃってるから、改善するのは時間がかかるんだろうなあ。ニコロさんみたいに教会を離れちゃった聖魔法使いの司祭様は戻ってくれないだろうし。

 そこらへんは俺には何も出来ないから、あとは宰相任せだけど。あの王様は何か動くのかな。

 と考えて、ふと思い出す。



「俺、王様の私室に呼ばれちゃったんだけど、どうしよう。一人で行かないとだめなのかな。あんまり行きたくない」



 あんまりいいことってなさそうなんだもん。私室に呼ぶってことは完璧プライベートだろうし、そこで無理難題を出されて思わずうんなんて言っちゃったら大変なことになりそうだし。



「マック、この部屋を出たら、まっすぐ街に出よう。公に呼ばれたわけじゃないから陛下の所には行かなくてもいい」



 ヴィデロさんがそっとそう囁いてくれる。え、いいの? じゃあ俺逃げるよ。

 と目を輝かすと、宰相の人が「そうですね。急用が出来たと言って王宮を辞する方がいいかもしれませんね」と呟いた。



「陛下と二人で会うのはお奨めしません。あの方はたまに国民のためにと非道になる方です。二人きりで話をするのは避けた方がいいです。私の方から言っておきましょう。売れっ子の薬師は忙しいのだと」

「お願いします」



 うわ、王様、やっぱりヤバい人だったか。絶対に私室になんて行かない。ぜひすっぱりと断ってください宰相の人。お願いします。

 俺の顔を見た宰相は、カップを手に苦笑した。



「最近はこの国も色々とほころびが出始めているのです。それを陛下は誰よりも憂いているのですが、段々と衰退していくこの国の先を考えてしまい、少々自暴自棄になりかけているのです。ですが、異邦人であるあなた方がこの国に来るようになってからは、魔物は減り流通も滞りなく出来るようになり、何より、あらゆる技術が向上しました。本当にありがたいです。これからも是非その腕をこの国で振るって欲しいところです」



 しみじみと話す宰相は、王様以上にこの国を憂いているのがわかった。だからこそ自暴自棄になる王様に歯止めをかけようとしてるのかもな。

 それにしても、ちょっとだけ肩の荷が下りたかな。もっと俺も腕を磨いて複合呪いも解けるディスペルハイポーションを作る気は満々だけど。それは依頼としてじゃなくて、俺がやりたいだけだからな。

 ホッとしてようやくお茶に手を伸ばす。温くなっていたけれど、ほんのり甘い味がすごく優しく腹に染みた。



「それではマック殿。前に差し上げた身分証を貸してください」



 宰相にそう言われて、俺は前に渡されて俺の名前が入っちゃったハイテクそうなカードを出した。

 宰相はそれを手に取って、聞き取れないくらいの声で何やら呪文を唱えた。すると宰相の人の手にあったカードが一瞬だけ光り、そして収まった。

 それを返される。

 すると表面には『これを以てこの者を王宮関係者とする Mack』と書かれていた。



「その身分証で、玉座の間、王の私室全般以外の場所は通れるようになります。これからのマック殿の発展のためにぜひ王宮も活用していただきたい。王宮の蔵書は他にはない物が沢山そろっておりますから。もちろん、その身分証に描かれた文字で書かれた本も置いてあります」



 戻ってきたカードをまじまじと見ていると、宰相の人がそう説明してくれた。あ、これ、報酬の場所限定身分証明書だ。じゃあ極秘レシピってのはその蔵書でかなり手にはいるってことなのかな。

 王宮の蔵書見放題とか。どんなお宝が眠ってるんだろう。と考えてハッとした。



「でも俺、本拠地はトレなんですけど。あんまりこれ使わなそう」



 ここまで通うのも一苦労だよ、と宰相の人を見ると、宰相の人はニコニコしながらお茶を飲んでいた。



「もちろん、ご希望ならばセィ城下街に薬師の工房をご用意しますよ。設備ももちろん最上級の物を用意させます」

「遠慮します……」



 いい人だとは思うけど、やっぱりというかなんというか、俺を手元に置く気満々だった。監禁とかそういうことはしないけど、近くにいて色々手伝えって言われてるみたいだ。遠慮します。



「何なら、ユキヒラ君の様に、私が後ろ盾になってもいい」

「後ろ盾ならもうありますので遠慮します」

「ほう、聞いても差し支えないですか?」

「はい。農園関係者の後ろ盾があるので、すごく心強いですので、遠慮します」



 俺の答えに宰相が目を瞠った。思ったより大きな後ろ盾だったらしい。それは、と一言つぶやいて、黙ってしまった。



「諦めろよ。下手に農園関係を敵に回したら厄介なのはあんたが一番知ってるだろ」



 黙り込んだ宰相の人の背中をユキヒラがポンと叩く。どうとでもなるような後ろ盾だったら無理やり自分の配下にしちゃう気だったのかなこの人。

 農園の人たちは、後ろ盾になってくれるとは言っても、何かをしろとかそういうことを言ってこない、本当に俺が困ってる時に手を伸ばしてくれるような人たちだから。宰相の人がいい人でも、絶対に天秤にすら掛ける気ないよ。遠慮します。



「では、俺たちはそろそろ帰りますね。これからの薬師の発展と教会の立て直し、成功することをお祈りしています」



 腰を上げて祈りの手の形にすると、宰相も苦笑して立ち上がった。



「フラれてしまいましたな。では、また何かあればぜひ。そしてここに滞在する少しの間だけでもその身分証を役立ててくださると嬉しいです。そして、ヴィデロ君」



 いきなり声を掛けられて、一緒に立ち上がったヴィデロさんが宰相に目を向けた。



「はい。なんでしょうか」

「お母様に、会いたいですか?」



 思わぬ宰相の人の一言に、俺とヴィデロさん二人の動きが止まった。





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