これは報われない恋だ。

朝陽天満

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154、手に入れたものは、錬金素材

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『破香の老木:魔物を寄せ付けない香りを発する木。周期的に老木から若木に移り変わる。移り変わりの時期。横から生えた若木は一年後成木になる』



 鑑定をしてみると、老木の説明はそう出ていた。

 へえ、この木は新しく生え変わってる時期なのか。ってことは横に若木があるはず。

 と視線を動かしてみると、オレンジの葉をつけた小さな枝のような物が地面から生えていた。

 これが若木かな。

 もう一度鑑定をしてみると。



『破香の若木:成木になると魔物を寄せ付けない香りを発する木。若木の内は十分な香りを発しないため注意が必要。一年後成木になる』



「ヴィデロさん。これ、老木が若木に生え変わってるところだって。周期的にってことは、他の木もこうなるってことかも」

「じゃあこれは何も出来ないってことか?」

「ん―……成体にしちゃえば安心だって言うなら、出来ることはあるけど」



 この小さい木に細胞活性剤をかけちゃえば、すぐに成体になるから安全になるんだけど、問題が一つ。

 他の木も生え変わりの周期に入ったら、細胞活性剤がないと一年間は魔物におびえないといけなくなるのに、あれは農園でしか取り扱えないってことだ。



「カイルさんに頼めば、大丈夫かな。カイルさん、ここまで出張してくれるかな」

「カイルは、植物が困ってると言えばここまでなんてすぐ来ると思う。大丈夫だろ」



 とりあえず応急処置で、こっそりインベントリに入れっぱなしになっていた細胞活性剤小を取り出した。

 少しだけかけてみると、若木はメリメリ音を立てながら、俺の腰ぐらいまで大きくなった。この育ち具合だったら、もっとかけても大丈夫だな。と残り三分の一くらいになるまでかけてみると。破香の木はザザザーと一気に3メートルほどの大きさになった。

 遠くに見えるオレンジの葉の木とだいたい同じ大きさになったので、瓶の蓋を閉めてインベントリに戻す。

 もう一度鑑定してみると、しっかりと『破香の成木』と出ていたので、安心して立ち上がる。



「これで大丈夫なはず。もし次の木が入れ替わり周期に入ったら、カイルさんの所に行ってもらうことにして、カイルさんに細胞活性剤をたくさん納品しておこう」

「流石だな、マック」



 地図を確認すると、木の香りが効く範囲には赤い点が近寄ってこないのがわかる。ちゃんとその範囲を計算されて植えられてるんだ。だからこそ一本が香を発しないと魔物が侵入なんてことになっちゃうんだろうけど。

 来た道を引き返していくと、一軒の家の前に、さっきの人と衛兵の人たちが集まっていた。



「どうだった?」



 こっちを見るなりプレイヤーさんが声を掛けてきたので、もう大丈夫と答えておく。

 横にいる人は、村長さんなのかな。さっき一番穢れがひどかった人だ。



「ああ、さっき村人たちを助けてくれた方かい。ありがとうな。それにしても、もう大丈夫って、どういうことかね?」



 俺はさっき鑑定して得た情報を村長さんに伝えた。

 そして農園に伝わる薬で成体にしてきたことも。



「もし、次の老木が生え変わるときは、トレの農園主さんに相談してください。俺から現状を伝えておきますので。きっとよくしてくださると思います」

「重ね重ねありがとう。あの木にそんな特性があるとは知らんかった。気を付けることにするよ」

「はい」



 これで俺のやることは終わった、とその場を離れようとすると、村長さんがちょっと待ってくれ、と引き留めてきた。



「ここは自給自足であまり流通のない所だから、ガルを払うことは出来ないが、少しばかりの礼をさせて欲しい」



 頼む、と頭を下げられて、いりませんとも言えなくなる。

 家に入っていってしまった村長さんを待っていると、プレイヤーさんが大あくびをしていた。



「ああ、やべえ、バッドステータスワンランク上がったわ……」



 あ、もうすぐ強制ログアウトの時間だ。



「じゃあ俺はそろそろ寝るわ。すんません、離脱します」



 プレイヤーさんが衛兵さんに手を挙げて、ゆっくりした足取りで集会場のような建物の方に向かって行った。

 同じように手を挙げた衛兵さんが、顔に掛かっていた兜を上げる。

 そしてヴィデロさんを振り返った。



「ああいう漢気のあるやつが増えてくれたらこっちの仕事も楽なのになあ、ヴィデロ」

「全くだな。お前がここでしばらく見回るのか? ランディ」

「ああ、その予定だ。魔物狩りのために数人で来たが、ヴィデロが俺らの獲物を狩っちまったから仕事がなくなったじゃねか。どうしてくれる」

「朗報だ。マックが魔物の侵入を防いでくれたから、森に入らない限り魔物は来なくなったぞ」

「お前ら、ことごとく俺の仕事をぶんどりやがって」



 衛兵さんが畜生、と悪態をつく。でも目が笑っていた。

 ヴィデロさんと友達なのかな。門番さんたちは知ってても、衛兵の人は知らないんだよな。でも、向こうは俺を知ってそう。



「まあ、しばらくはここで遊んで過ごすさ。適度に仕事を全うしつつな。すでに外れの空き家が衛兵の詰所になるって話はついてたんだよ」



 ほらあそこ、と遠くに建つ家を衛兵さんが指さしていると、村長さんの家のドアが開いた。

 村長さんは手に小さめの袋を持っていた。その袋は、村長さんが持つとちょっと浮いてしまうような可愛いピンク色をしていた。



「これは死んだ娘の遺したものでな、街の鑑定師さんに見てもらっても何もわからなかった草なんだがな。きいたところ薬師さんはかなり植物に詳しそうだから、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。よければ貰ってはくれまいか」



 村長さんはそう言うと、その袋を開けてみてくれた。

 中には、見たこともない赤くて細長い葉と、なんとナナフシが入っていた。

 もしかして。

 鑑定してみると、『レッドホットサンドの葉:錬金用素材』と出てきた。もしかして!



「こ、こんなすごい物を、貰っていいんでしょうか……」



 もしかして、この人は、あの人のお父さんじゃないだろうか。



「すごい物かどうかは私にはわからないが、ぜひ貰って欲しい。他に渡せるような物がなかなかなくて」

「あ……ありがとうございます! 大事に使います……!」



 俺はもらった袋の口を閉じて、カバンの中に入れた。インベントリに表示された文字は『サラの荷物』となっていた。やっぱり。偉大なる魔法使いのお父さんと賢者のご両親はこんなところにいたんだ。

 一人感激していると、村長さんは衛兵さんと話を始めてしまったので、俺達はそこを辞することにした。

 クラッシュに声を掛けて帰らないと。そろそろログアウトの時間だし。





 ニコニコしながらフォンディアさん夫妻の家に向かうと、クラッシュが家の前で待っていた。



「あれ、クラッシュ今日はここにお泊りしないの?」

「何言ってるの。明日も仕事があるんだよ」



 すっかりいつもの顔つきに戻っていたクラッシュを見ると、お爺さんもしっかりと治ったんだってことがわかった。



「掴まって、マック、ヴィデロ」



 腕を出すクラッシュに掴まって、一瞬でトレに帰り着く。二人で深夜デートも捨てがたかったけどそれは今度寝坊してもいい時に誘おう。

 っていうか、呪術屋デート、誘ってない……。



「ヴィデロさん、次の休みはいつ? 一緒に呪術屋さんに行きたかったんだけど」

「俺はマックが違う街に出る時はいつでも付いていけるから、いつでも」



 うわあ。専属ってすごい。日にちを気にせずデートできるってことですかそうですか。

 約束をしっかりと取り付けて、残ったハイポーション類をクラッシュの店に卸して、俺は工房に帰ってきた。ヴィデロさんはしっかりと家の前まで送ってくれたんだけど、ちゃんと休み取れてるのかな。門番と俺の護衛二足の草鞋なんて、よく考えたら気の休まる暇もなくなるよな。喜んでばっかりもいられない。祈って祈ってレベルを上げて、すっごいランクの聖水作ってすっごい解呪薬作らないと。

 頑張ろう。







 そして次の日。

 気合いを入れて制服に着替えて下に行ったら、ご飯をよそっていた母親に「あれ、今日は創立記念日じゃなかったの?」と声を掛けられて、学校の休みを知る俺なのだった。本気で忘れてたよ……。

 仕方なく、制服のまま食卓に着く。

 二人分の食事を用意した母さんが、俺の前の席に着いた。



「ねえ健吾、頼みがあるんだけど」

「何?」



 一緒に朝食を食べながら、母さんが目の前で手を合わせた。



「今日母さん仕事休みなんだけど、友達と一日出掛ける約束してて。冷蔵庫中身が空なのよ。お金渡すから買い物してくれない? お願い」



 いつもは仕事仕事の母さんが友達と出かけるなんて珍しい。



「いいよ。夜ご飯はどうするの? 俺が作って父さんの分置いておこうか? 楽しんできなよ」

「健吾! あんたイイ男に育ったわね。ありがとう。ディナーどうしようって迷ってたけど、じゃあお願いしていい?」

「いいよ」



 俺の返事に、母さんはよかったーと笑顔を浮かべていた。よっぽど楽しみだったんだな。

 どこに行って、何をして来る予定なのよ、と今日の予定を延々話してくれる母さんの言葉を聞きながら、俺は黙々と朝ごはんを食べたのだった。



 一度部屋に戻って服を着替えて下に降りていくと、ダイニングテーブルの上には、お金とメモが残されていた。



「おつりは特別小遣いにしていいって母さん、太っ腹……」



 店が開くまではまだ時間があるからと、俺はその金とメモを握りしめて、部屋に戻っていった。

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