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85、『幸運』っていうものは
しおりを挟む「少し前にな、貴族街に入ろうとした女がいたんだよ。そいつは身分証を提示して、何食わぬ顔で門を潜ろうとしたんだがな。その身分証にあった名前の貴族が「そんなやつは知らん」と言って、女を突っぱねたんだ。そのせいで女は門から入れず、門の前でその貴族に助けを請うたんだよ。なんかどっかでやらかしたんだろうな。中門の前で「旦那様の指示通りにしたのに、どうして助けてくれないのですか! このままでは殺されてしまいます」と喚き、その貴族に詰め寄ったんだがよ、詰め寄られた貴族が激高してその女を止めていた門番ごと切っちまいやがってな。ちょっとした騒ぎになったわけだ。でもって、街は騒然とするわ女は死体を放置されたまま貴族は消えるわ門番は怪我で仕事にならねえわで、衛兵まで出てきてよ」
「うえ……」
モントさんの話に思わず顔が歪む。貴族って、そんなことをしでかしても何のおとがめもないのかな。
「その女は中門に無断で入ろうとした罪で切られた、ってことになっちまってな。しかもその切られた門番が女と共謀してやがったって話を捻じ曲げて城に通報しちまったもんだから、余計にこじれてな。揉めたのが中門の門番だ。外門から人を呼ぼうとしたら、誰一人来ようとしなくてよ、まあ当たり前だけどな。かといってへろっと雇ったやつを門に置くなんてことは出来ねえから、外の街から派遣しろ、となって、一人来ることになった。それがお前さんの恋人だな。でも誰でもよかったわけじゃあねえ。あいつはあれだ。『幸運』だからな」
「『幸運』?」
『幸運』って何だろう、と考えていると、モントさんはじろりと俺を見て、「もしかして」と呟いた。
「あの派遣門番のこと、あんまり知らねえのか? 知らねえのに恋人? いや、っつうか、知らないからこそか……」
「なにが、ですか? ヴィデロさん、何かあるんですか?」
「あるっちゃあある」
何だろう。確かにヴィデロさんが何かをすると、幸運がプラスされたりするけど。それのことかな。
ドキドキしながらモントさんの次の言葉を待っていると、しばらく何かを考えていたモントさんは、ちょっとだけ溜め息を吐いた。
「お前さんがほんとにあいつの恋人なんだったら、知っといた方がいいのかもな。たとえ本人に言う気がなくても」
「……」
「俺もあんまり詳しいわけじゃねえんだけどな、あいつは『幸運』を背負った男って言われてるんだ」
「『幸運』を背負った男……?」
「お前さん、異邦人だろ。真実は知らねえが、あいつの片親は、お前さんと同じ場所の血が流れてるって言われている」
モントさんの言葉に、俺の思考は停止した。
待って、ちょっと待って。
ヴィデロさんが半分だけ現実の血が流れてるって。
どういうことか、理解できない。
「でも、俺達がこっちに来れるようになったのは5年前で」
「まあ、異邦人たちが現れ始めたのは、それくらいだな。じゃあ、何で現れ始めたんだ。どこから、どうやってあれだけの異邦人がいきなり現れ始めたのか」
それは、5年前から、『ADO』が発売されて、皆がヘッドギアを使ってゲームを始めたから。ここはゲームの中の世界、のはず。だから、ヴィデロさんも、この目の前のモントさんも、人工知能で動いている、NPで……。なんて、今の俺には絶対に言えない。だって、人工知能で動いている単なるNPCだったら、熱とか鼓動とか、そんなものない。他のVRゲームはそんなもの全くなくて、見ただけでNPCってわかるような動きと言葉をしていた。このゲームがあまりにも現実に近い動きをしていて、感動した覚えだってある。
でも。
俺は前に読んだ、この世界の人と結ばれて子供が出来たプレイヤーのサイトを思い出していた。
NPCだったら、間違ってもそんなこと起こりえないんじゃないのか。結ばれて家族が出来るゲームはある。でもそれは結ばれてどれくらいしたら子供が出来てってサイクルが決まっていたはず。
じゃあ、この世界は? ゲーム? それとも異世界?
「その様子じゃ、異邦人共もあんまりわかってねえようだな」
「全然、わからない。というか、多分俺たちはそういうことを疑問に思うことすらしなかったです」
俺が首を振ると、モントさんが「そうだな、俺達もそんなもんだった」と苦笑して席を立った。
「話が長くなりそうだからちょっと待ってろ」
そう言うと、モントさんはキッチンの方に向かっていった。
その間に、俺はこんがらがった頭の整理をしようと深呼吸した。
やたら詳しく作りこまれたこの世界の歴史。実在する英雄。ゲームの世界観なんかじゃなくて、本当にこの世界が歴史を刻んできたんだとしたら。
俺たちは一体何だろう。ログアウトすると元の世界に戻って。戻った時の身体は。向こうの身体は。一体……。
モントさんがキッチンにいるのをいいことに、俺は一度だけログアウトしてみることにした。
画面の下の方のログアウトをクリックすると、ふわんと意識が浮上する。
ハッと目を開けると、そこは俺の部屋で、頭にはギアが付けられていて。現実の世界。しっかりと身体もある。
跳ねる心臓を抑えるように胸に手を当てると、机にあったペットボトルに手を伸ばした。中身を一気飲みして、またログインする。
エレベーターに乗ってるような感覚の後、目を開けると、そこはモントさんの家。
「マック? 疲れたのか?」
横になっている視界に、モントさんの姿が映りこむ。
少しだけ心配げに覗く顔が目に入って、俺の身体がカウチソファに転がっていたことが分かった。
「俺、今目を瞑ってました? 身体は普通にありますよね」
「マック? ああ、戻ってきたらお前さんが横になって寝てたからちょっとビビったぜ」
「そうですか……」
まずログアウトしても身体が残ること自体が他と違うってことに、何で今まで疑問を持たなかったんだろう。
でも、死に戻りするときは身体が消えて行って、所定の位置にいるんだよな。俺の場合は工房で。自分の拠点を持っていない人は、泊まっていた宿屋か、各街にある神殿のような建物。
魔素で出来てるって言われてる魔物と同じような体のつくりなのかなと思ったけど、わからない。
「何か混乱してるみてえだな。さっきの続きはやめとくか?」
新しいお茶を目の前に差し出してくれながら、モントさんが俺の顔を覗き込む。
「いえ、聞きたい、です」
俺は落ち着くためにお茶を一口飲んでから、そう答えた。
口に含んだ綺麗な紫色のお茶は、ドキドキしていた心臓を少しだけ落ち着けてくれた。
「何で『幸運』のあいつが呼ばれたかってのはな。あいつの幸運を「自分の」駒にしようとした奴がいたからだ」
「自分のモノ……? そういうことが、出来るんですか?」
「本当は出来ねえらしい。ただ、『幸運』を背負った男がいるってのは、誰もが噂では知ってるってくらい結構有名な話なんだ。ただし、あいつが『幸運』を背負ってるってのは知る人しか知らねえし、奴はこの世界に馴染んでる。奴は人柄もなかなかいい奴みてえだしな。まああいつを知る世間一般のあいつの『幸運』認知度ってのは、一緒にいるとちょっとラッキーなことが起こる、くらいのもんだからな。でも、本当のことを知ってるやつは、そうは思わねえし、あいつの幸運を使いたいとも思わねえ」
一度言葉を止めて、モントさんもお茶を口に含んだ。ブーツを履いたままの足を、カウチに乗せて、背もたれに身を投げ出したモントさんは、あくまで世間話をしているようなリラックスした雰囲気だった。
「あいつを呼べと言った貴族どもも、近くにいれば『幸運』が上がるし仕事ぶりもしっかりしているようだし、ってな認識だったんだと思う。その言葉に、門番をまとめてる偉い奴も納得して、あいつが呼ばれた。あいつの垂れ流す『幸運』にあやかろうってな」
「何だそれ……」
「ちょっとした筋からの噂話だな。でもまあ、信憑性はあるぜ。俺のつてからの情報だからな。その貴族は、噂の『幸運』がすごかったら、囲い込んでお家の発展に使おう、って腹だったらしいな。で、だ。あいつが来たとたん、ポーション不足時に王に高ランクポーションを献上していたことが認められて、陞爵することになった。ほんの先週のことだ。これはいい、ぜひあいつを我が家で使おう、とあいつを引き抜こうとしたところで、その貴族がギルドに喧嘩を売っていたことが判明して、お家断絶。ほんの数日で本人は行方不明だ」
でもな。とモントさんはふう、と息を吐いた。
「実際話してみると、『幸運』を背負ってるあいつは、どこにでもいる気のいい兄ちゃんなんだよな。結構今迄苦労したとは思うんだが」
ちらり、と鋭い目線で見られる。まるで、俺がその『幸運』をいいように使ってないかを確認するような視線で。
「あいつを呼び寄せた貴族はな、幸運を手に入れようとした途端『冒険者ギルド』を敵に回したことが判明して冒険者ギルドの統括が動いた。何されてもでんと構えて動かなかった統括が。たぶんもうこの世にはいねえと思う」
「……」
それって、あのどさくさでクラッシュを殺そうとした貴族が、エミリさんの手で消されたってこと、なのか? 裏切者がギルドにいて、ばれないうちにと後ろにいる人に助けを求めたら本人に切って捨てられて、それをエミリさんに知られて、あの襲撃の仕掛け人が、消されたと。
ドクン、と心臓が大きく鳴る。
「あの男の背負う『幸運』ってのはそういうことだ。ちょっとわかりずれえが、使おうと欲を出すとしっぺ返しが来る。何も意識しなければ、かなりの恩恵にあずかれる。そんな感じだな。クソみてえな『幸運』だが、それを知らないやつは、『使おうとする』。使おうとした奴に対する『幸運』の反撃は、予想以上にえぐい」
「し、知りませんでした……」
「お前さんはその『幸運』を知って、自分の恋人をどう思う」
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