これは報われない恋だ。

朝陽天満

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58、俺の求めるもの

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 店内に入ると、イケメン執事さんは奥のテーブルに俺を案内してくれた。

 そして紅茶を入れてきてくれて、それで、と立ったまま口を開いた。



「お願いとは、どういったご用件でしょう」

「はい、あの……」



 インベントリから二つの部品を選び、取り出す。

 そしてテーブルに置いてイケメン執事さんに見せた。



「これ、ちょっとしたトラブルで壊れてしまって……」

「おやおやこれは」

「買った店に持って行ったら直してもらえるかもって聞いて」



 やっぱり実際に目に入ると気分が落ち込む。

 頭に、ヴィデロさんごめんなさい、しか浮かばなくなる。俺のためにって買ってくれたのに。

 俺のためにって、ここに付けてくれたのに。

 と、ローブ留めの金具を思わず弄る。



「ふむ」

「直りますか」

「……少々お時間をいただきますが、大丈夫ですよ」



 え、ほんと?!

 イケメン執事さんの言葉にパッと顔を上げると、イケメン執事さんは笑顔で頷いてくれた。



「これから直そうと思いますが、お時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫です!! いくらでも待てます! 朝まででも!」



 学校を休むことも辞さないくらい待てます!

 って、あ、そうだ。



「待ってる間、クイックホースの世話をしてきていいですか? って言っても、普通のパンとかじゃダメかな」



 外で待たせちゃってるから、せめてご飯と水を。

 と思ってたら「かしこまりました」と言ってイケメン執事さんがカウンターに向かった。

 ええと、何がかしこまったんだろう。と首を捻っていると、奥から一抱え程ある草ブロックみたいなものを重ねて、持ってきてくれた。



「ちょうど入荷したばかりの新鮮な牧草です。後は、果物が欲しい所ですが、あいにく果物は品切れでして」

「果物! どの果物がいいのかな。果物はあるから大丈夫です! ありがとうございます!」



 草ブロックを受け取って、俺は早速店の外に出た。

 そこではクイックホースが大人しく待っていた。気配を感じないくらい大人しく。ほんとに馬なのかなこの子。暗がりの中から頭がにゅっと出てきてちょっとビビったのは内緒だ。



「ご飯食べるか? 腹減っただろ。あと果物3種類あるんだけど、どれがいいかな」



 草をクイックホースの前において、インベントリから、トレアムさんから貰った果物を一つずつ取り出す。

 目の前に並べたら、クイックホースは嬉しそうにメイレの実を咥えた。

 一瞬にして草ブロックも実もなくなったので、もう少しメイレの実を出してみると、それも完食。もっと食べるかな。

 でも次の物を出したら、フン、と横を向かれてしまった。もういいのか。

 でもって、また背中をぐいぐい店の方に押されてしまった。

 クイックホースに店に押し込まれると、俺が驚いてる間にドアを閉められてしまった。ほんと何なの、あの子。可愛い。



「どうやら満足していただけたようですね」

「みたいですね。ありがとうございます。直しの料金も草の料金も合わせて請求お願いします」

「料金は果物各5個でお願いできますか?」

「え?」



 イケメン執事さんの言葉に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。やっぱりお金で請求じゃないんだここ。



「来てくださるお客様に果物が大好きな方がいるのですが、最近はなかなか提供できなくて胸が痛かったのですよ。うちは果物はセッテの果樹園の物を扱っておりまして」

「あ、そうか閉鎖してたから」

「ご存知でしたか。そうなんですよ。最近は農園閉鎖のため全く入荷しなかったのですが……でも昨日連絡をしたらこれからは出荷できると言われたので一安心なのですが、お客様が果物を持っているようでしたので、先取をと」

「なるほど……って、連絡って出来るんですか?」

「はい、うちには通信の魔道具がありますから」



 通信の魔道具。そういえばセッテのギルドでもギルマスさんが使ってたなあ。通信の魔道具か。お高いんだろうな。

 ……ヴィデロさんに通信したいな。なんて。出来っこないけど。

 さっき入れてもらっていた紅茶を一口飲みながら、少しだけ溜め息を吐く。

 出発にちらっと顔を見たきりだったけど。なんか色々ありすぎてずっと会ってないみたいな錯覚に陥る。

 会いたいなあ。顔見るだけでもいいから、トレに戻った時門のところに立っててくれないかな。そしたらヴィデロさんの顔見れるのに。

 お帰りって言ってもらえるのにな。

 会いたいなあ。



 ちょっとだけヴィデロさんのことを考えてぼんやりしていたらしい俺の前に、新しい紅茶が置かれた。



「留め具は直りましたが、もう少しだけお時間いただけますか? 幸運と器用さの付加を付けるのにはちょっと時間がかかりまして」

「直った……ん、ですか……」

「はい。もうあと、1時間くらいでしょうか」

「……よかった。ありがとうございます」



 安心したらなんか、胸が熱くなった。口元が緩む。嬉しい。

 いくらでも待つよ、俺。

 テーブルの上に置いていた手をギュッと握って、深く息を吐いた。



 しばらくして、イケメン執事さんが奥から姿を現した。手に何かを持っている。



「私自身は身体が空きましたので、ゲームのお相手でもしてくださいませんか」

「ゲーム?」

「はい。これです」



 そう言って手に持ったものをテーブルに置く。ってこれチェスじゃん。

 将棋は指せるけど、チェスはまるっきりわからないよ。



「俺、チェスってやったことなくて」

「お客様はこれを『チェス』と呼ぶのですね。わたくし共の所では、このゲームを『スカッキ』と呼びます」

「スカッキ?」

「はい」



 目の前に座ったイケメン執事さんは、駒を一つ取り出して、盤の上に置いた。



「これは『レ』」

「『レ』? ええと、キングが『レ』」

「隣に『ドンナ』を置きます」

「確かこれは、クイーン? 『ドンナ』『ドンナ』」



 駒が置かれていく。名前が俺の知ってる名前と違う。駒の名前くらいなら、わかるから。



「こちらが『トーレ』」

「『トーレ』。これって……ルーク?」



 あれ、ルークってどこかで聞いた……。

 探してたルークって、これ、じゃないよな。でも。



「このルーク、じゃなかった『トーレ』の動きって、どんな感じなんですか?」

「縦、横に際限なく動けます。ただ、味方、敵がいるとそれを飛び越えることはできません。比較的、攻撃のかなめとして使う駒ですね」

「『飛車』みたいなものか……もしかして、あの本のルークって、この駒みたいに動いてる人を指してる、とか。なんてね。違うか。でも『トーレ』って名前がなんか、トレの街に重なって……」



 せっかく教えてもらってるのに、なんか余計な考えが頭に浮かんでは消えていく。

 違うと思うのに、その考えから離れられなくなるみたいなジレンマが沸き上がる。



「そうですね。この『トーレ』のように動いている方を、私は知っています。時に『カヴァッロ』と手を組み、『ドンナ』の力を借り、そうですね、相手陣地の『レ』を打ち倒さんと奔走しております。もしかしたら、お客様の考える『ルーク』が、お客様の求める答えなのかもしれません」



 静かに、駒を並べながら言葉を紡ぐイケメン執事さんは、まるで迷路の中にいる俺を出口まで導いてくれてるようだった。



「その『トーレ』のように動く人って……自分で探すんですよね」



 聞いたら反則のような気がして言葉をまぜっかえすと、イケメン執事さんは口元をニッと持ち上げた。



「あなたはすでに、その方を知っていますよ」

「え」



 まるで、すべてを見透かされてるような視線だった。

 そして、イケメン執事さんの言葉一つ一つが、すごく重量を伴った重さに感じて、息苦しくなる。



 そうだった。ここって、『呪術屋』だった。店主がそういう占いとか先見とか出来る人でもおかしくないんだった。



「続けますか? それとも、おやめになりますか?」



 さっきとは全く違う軽い口調で、イケメン執事さんが声を掛けてきたことで、俺の周りの重力がようやく通常に戻った。



「あ、すいません。他の駒の説明も聞きたいです」

「はい。時間もちょうどいい頃合いですし、では」

「ちょうどいい?」

「説明が終わったあたりで、あなたの求めていたものがあなたの手に」



 羽根が直るんだ。よかった。

 俺はその後、ワクワクソワソワしながら、イケメン執事さんの説明を聞いていた。



「そして、これが、『ペドーネ』。『レ』たちの前に列になり、後ろを守ります」

「ポーンが『ペドーネ』」

「この陣営で、ゲームが開始されます」



 という言葉を言い終わる辺りで、店のドアがノックされた。



「少々お待ちくださいね」



 イケメン執事さんは、そう言うと椅子を立ち、ドアに向かった。 

 いらっしゃいませ、と開いたドアの向こうに見えた、その姿は。



「ヴィデロさん……どうして、ここに」

「マックを、迎えに来た」



 会いたくて、逢いたくて。

 クエストの間中ずっと会いたいと切望していた、ヴィデロさんだった。



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