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42、衝撃の事実
しおりを挟むクラッシュが肩で息をしている。
スタミナが切れかけてるみたいだ。
「ちょっと休もう。今のところ、周りに危ない奴はいないみたいだから」
「うん……」
二人で大きめの樹に寄りかかり、腰を下ろす。
クラッシュは、衝撃が大きかったのか、腕の間に顔を埋めた。
その腕に薄っすら傷を見つけ、俺は何も言わずカバンからポーションを取り出した。
「しみたらごめん」
一言言って、その傷に薬を掛ける。目に見えて傷が治っていくのが、いつ見てもすごい。
「ありがと」
「なんか食べる? あと、スタミナポーション。今のところ何もいないから。少し休めよ。俺が見ておくから」
覚悟はしていたからな。捕まったり殺されたりしなくてよかった。まだ安全ではないけど。
索敵したままちらりと時計を見る。このクエストを始めたのが昨日の夕方だったから、まだ一日目カウントだ。あと二日のうちに街まで行かないとな。
スタミナポーションを顔をうつぶせたままのクラッシュに渡し、自分も一気飲みする。ポーション類の味は大抵がスタミナドリンク系だから飲みやすいんだよな。ほっと息を吐いて、空の瓶をしまうと、クラッシュの背中をトンと突いた。
「クラッシュも飲めよ。これから街まで行かないとなんだからさ」
「……うん」
クラッシュはのろのろと顔を上げて、手に持った瓶をチビっと飲んだ。
その後、勢いをつけて一気に飲み干す。空になった瓶は俺が回収した。洗ってまた使うから。
クラッシュはようやく落ち着いてきたのか、目元を緩ませて「ありがと」と小さく呟いた。
「マックの薬ってさ、美味いよね。どうやって作るのこれ」
「え?」
「粗悪品なんて飲めたもんじゃない味だよ? なんでこんなに美味いんだろう。これだったらいくらでも飲めるよな」
う~ん、これは暗にもっと欲しいって言ってるんだろうか。もしかしてさっき引きずり降ろされたのでクラッシュの隠れたHP減ってるのかな。ほんと、NPCのHPもちゃんと見えるようにしてくれたらいいのに。これが敵になった瞬間HP見えるようになるってどういうことなんだろう。不思議だ。
首を捻ってると、クラッシュがよいしょと立ち上がった。
「マックはセッテの街の方向って把握してる? そろそろ進もうか」
「あ、うん」
俺も慌てて立ち上がって、ついでにポーションを渡す。
「一応これも飲んでおいて。元気出るかもだから」
「え、ほんとに? やった。これも美味いのかな」
嬉しそうに瓶のふたを開けて呷るクラッシュは、俺の目にはちょっと無理してるように見える。
でも、進まないとなのは本当だから。
馬車の中に置いてきた野宿セットが手元にないのが悔やまれる。まだ街までは遠そうだしな。取り合えず、歩こう。
索敵しながらひたすら森を進む。赤いマーカーが魔物なのか山賊なのかわからないから、かち合わないようにそれを避けて歩く。
でもこの森、あんまり魔物はいないのかな。
セーブポイントみたいな安全地帯とか、このゲームにはないしなあ。辛い。後で少しだけ眠らせてもらわないとバッドステータスついちゃうな。皆どうやってバッドステータス回避してるんだろう。今度雄太に聞いてみよう。
声が響くとあれだからと、俺たちに会話は少ない。でも、不慣れな道を進むのは想像以上にスタミナの消耗が激しい。
登ったり降りたり、森のくせに地形の隆起が激しいとか、ふざけてるよ。山登りしてるみたいだ。
「クラッシュ、大丈夫?」
少しだけ後ろを歩くクラッシュにそう声を掛けると、肩で息をしていたクラッシュがニヤッと笑った。
「マックの方が辛そうだけど」
「あ、うん。疲れた」
強がってもへばるだけ、と思った俺は、素直にそう答えた。瞬間クラッシュが吹き出す。
「マックって素直だよなあ。周り、どう? 何もいないならさ、ちょっとそこのいい感じの窪みで休憩しない?」
クラッシュがそう言って指さした先には、地面が抉れて木の根がすっかり見えるような、人が二人並んで座るのにちょうどよさげな窪みがあった。さっき歩き始めてから数時間。時間的にはまだ夕方に差し掛かったところ。順調だったらもうすぐセッテの冒険者ギルドに着くっていう時間だ。
「休憩する」
頷いて、クラッシュと二人、そこにすっぽり収まった。
「……なんか、こういう狭い所にすっぽりはまる状態が落ち着くのが腑に落ちない」
「あはは、俺がヴィデロじゃなくてごめんね」
「何言ってんだよ」
ヴィデロさんとこんなところにはまったら意識しすぎて大変なことになるって。普段はパンツ剥がれないんだから。あの薬は持ち歩いてないし。
俺が口を尖らすと、クラッシュはあははと笑った後、はぁ、と息を吐いた。
「俺さ」
樹が生い茂った森の遠くに視線を向けて、ぽつりとクラッシュが言葉を零す。
視線が、そこにいない誰かを探してるような気がするのは、気のせいかな。
「小さい頃にも一度、攫われたことがあるんだ」
「クラッシュ?」
「俺の母さんて、冒険者ギルドを立ち上げた人なんだけど、ギルドを始める前は、魔王討伐メンバーだったんだ」
衝撃の事実だった。
クラッシュのお母さんが、あのオープニングに使われた魔王戦の時の討伐メンバーとか。
す、すごい母をお持ちですね。
敬語とか使ったほうがいいのかな。今更だけど。
ごくりと喉を鳴らしていると、クラッシュがちらりと俺を見た。
「すごいのは母さんであって、俺じゃないからね。そこ、間違えないように。で、その攫われたとき、俺、まだ5歳くらいで」
「5歳でって」
「あんまり憶えてないんだけど、山の中にこっそり建てられたような館に連れてかれたんだ。なんかキラキラした格好のおっさんが「お前の母親は調子に乗ってる」とか色々俺に向かって言ってくるわけ」
おっさん……5歳児に愚痴とか誘拐とか、情けないにもほどがある。
って、何で誘拐なんか。
「小さい頃はわからなかったけど、たぶんあれはトレの街を当時治めていた領主だったと思う。ギルドは基本国直属の独立組織みたいな立場だから、今まで入っていた税金の額が変わったんじゃないかな。って推測してるんだけど。母さんはそこらへん何も言わないから俺の予想。で、俺を盾に母さんを脅して、今まで通りの税を手に入れようと思ってたんだと思うんだけど」
「うわあ、悪代官来た。よく無事だったなクラッシュ」
「うん。俺は無事だったんだけど」
クラッシュは、一度目を瞑り、一呼吸おいて、まつげを上げた。
綺麗な瞳が、揺れている気がする。
「父さんが、俺を助けて、そこで毒矢を受けて、殺されて」
それが、この緊張感にそっくりだったんだ。嫌な空気。
ぽつり、そう零す。
思わず腕を伸ばして、クラッシュの肩に腕を回していた。
クラッシュが泣いている気がしたから。
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