男子校の悪役令嬢

高二ノ秋1

悪役令嬢と秋の空

　私立秀嶺しゅうれい学園。
　東京から新幹線でニ時間、それから在来線で三十分。さらにチャーターのバスで一時間。
　都会っ子だった俺にしてみると、嘘だろってくらいに山奥のど田舎に立地しているそこは、全寮制の男子高校だった。

　金持ちの御曹司ばかりが通うこの学園は、俗世と隔離された独特の風習が根付いている。
　生徒も教師も、職員も全部男しかいないここでは、男が男を慕い、一部の生徒がアイドルのように持て囃されていた。
　特に生徒会の連中は、完全なる人気投票で選出されるため、どいつもこいつもツラの良い連中ばかりだった。
　いや、やる気と能力で選べよ。会計が致命的に数学の出来ないやつだったらどうするんだ。そういう連中には、親衛隊がついて時に仕事をサポートすることもあるらしい。贅沢な話だ。

　スクールカーストなんて言葉があるが、この学園では、毎年秋に実施される生徒会選挙を皮切りに、生徒会以外の一部の生徒にも一方的に役割が与えられる。そして、役割通りの言動を要求される。
　主に規律に厳しい真面目系で体格の良い奴が風紀委員に任命されたり、秋のタイミングで転入してきた天パの一年に「非王道」の称号が与えられていた。ちょっと意味がわからなくなってきた。
　ミーハーな同級生曰く、このような謎システムを王道学園とかいうらしい。いや王道の意味を辞書で調べて欲しい。こんな常識外れの学校、全国どこ探してもないだろ。
　入学直後はよく宇宙を背負わされたが、一年半もいれば慣れてくる。
　あーハイハイ、今日も学食に奴等が来た瞬間黄色い声が飛び交った。この男子校だよな？ってツッコミはもう飽きるほどにした。
　これが日常の風景で、ちょっとうるさいBGMだな～程度には流せるようになった。

　だから、完全に油断していたのだ。
　二年の秋。生徒会選挙が終わって一週間後。
　掲示板に貼り出された、「役割」一覧の中に俺の名前が書かれていた。

ーーーー東條司とうじょうつかさ：悪役令嬢。

　いや、悪役令嬢って何。



「悪役令嬢をご存知ない！？嘘でしょ司くん」

　一年の頃から寮で同室の同級生、我孫子颯人あびこはやとは、信じられないものを見る目で俺を見た。

「悪役令嬢っていうのは、乙女ゲームの世界でヒロインの前に立ちはだかる御令嬢のことだよ。大体メイン攻略キャラの婚約者ポジションにいて、容姿端麗で取り巻きがいっぱいいて、平民のヒロインを虐めるんだよ」
「いや、前提として意味がわからないんけど、ここは男子高校だよな？」
「美しさに性別は関係ないよ！司くんみたいに冷たさを感じる美人さんには、悪役令嬢はピッタリだと思う」
「せめて世界観は統一しろ……」

　以前我孫子に聞いた「王道学園もの」と「乙女ゲームもの」は相入れない世界観なのではないか。
　そもそも大前提として、俺は男だ。御令息ならまだしも、御令嬢ではない。
　完全にノリと面白さと流行りで決めてるだろ選挙管理委員会……。いや前例として、オタサーの姫っていう役割を押し付けられてた先輩いたな……。中々にクレイジーだったが、その先輩は見事にオタサーでチヤホヤされるとかいう役割を演じ切ってみせた。ある意味尊敬しかない。

　十一月から適用されるという役割「悪役令嬢」を前に、俺は頭を抱えるしかなかった。