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◆ 一章七話 至純の涙 * 元治元年 九月
似たもの剣術
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沖田が手に持つ人相書きを並んで眺めながら、斎藤は黙々と自室へ向かっていた。
人相書きは、捜索者の身体特徴を書き記したものだ。絵などはないが、淡々と全体像が書き出されているので、余程無個性な相手でもない限りそれなりに役に立つ。
――特に河上は、あまりにも目立つ容姿をしているようだった。丸みを帯びた幼子のような顔立ちだが、眉が太くぎょろりとした大きな目、それに身の丈が五尺(151cm)ほどで色白。これで侍らしく刀を腰に差しているならば、かなり見つけやすそうだ。
とはいえ、
「……変装している可能性も、考えないといけませんかね」
斎藤が同じことを考えた時、その思考をなぞるように沖田がぽつりと呟いた。
「そうだな」と低く答え、斎藤も薄く眉根を寄せる。
「過去の襲撃においては、この目立つ形のまま行動していたらしいが」
「そろそろ、奴さんも探索方を警戒しているでしょうしね。私達より頭一つ以上も小柄な体躯となると、女性の格好でもされるとちょっと厄介かもしれませんねぇ」
沖田が唸り、斎藤も小さくあごを引いて首肯を返す。
「眉や目が厳めしいようだから、顔さえ見られれば女装しようとわかるだろうが……上背がない分、笠でも被られると厄介だな」
「やっぱり以前みたいに、二人でぶらぶらしながら、一本釣りするしかありませんかね?」
沖田は「あれは釣れるまでが暇だから、あんまり好きじゃないんですよねえ」なんて、不服そうに唇を尖らせる。相も変わらず、人を斬りに行くというより本気で散歩にでも出かけるかのような気負いのなさだ。
思わず「一本釣りって、あんたな……」と、斎藤は小さな溜息を吐いた。
そんな時だった。
「えっ、二人で釣りでも行くの?」
自室にたどり着いたところで、誰もいないはずの室内から思いがけず爽やかな中低音に相槌を返された。思わず、斎藤はぴたりと障子の前で足を止めてしまう。
途端、開いたままの障子から愁介が顔を覗かせた。愁介は「あ、ごめん。お邪魔してます」と苦笑交じりに軽く手を上げる。
「愁介さん! いらっしゃい!」
笑顔を溢れさせ、沖田が弾むように愁介へ歩み寄った。
「いついらっしゃったんですか? すみません、結構お待たせしてしまったんじゃ……」
「いや、今来たところ。門番さんに部屋にいるって聞いて、本当にたった今」
二人はぽんぽんと、互いの手のひらを軽く合わせながら微笑み合う。まさに仲睦まじい子供同士といった様子だ。例の建白書の一件以降も、愁介はこのように隙を見ては足しげく屯所に通い、沖田と街に出かけたり、ただ会話に花を咲かせたりと斎藤の目にも触れる形で姿を現す。
斎藤は再び小さな息を吐くと、二人の横をすり抜けて室内に足を踏み入れた。
「ご自身のお役目などは、ないのですか……」
すれ違い様、呆れ交じりに問えば「オレ、放蕩息子なんだよね」と何故か自信満々に明るく返される。
「胸を張れることではありませんね」
さらに切り返しながら、斎藤は刀掛けに置いていた大刀を取り、腰に差す。
「あれ、斎藤は今から仕事?」
「沖田さんもですよ」
「えっ、じゃあ今日は来ないほうが良かったか」
そんな短い会話の後に振り返れば、愁介が眉尻を下げて沖田に目を向けたところだった。
「ちょっと今日からしばらく、想定外の任務が下りまして」
沖田も微笑みを崩さないまでも、残念そうに眉をハの字にした。そうして手に持っていた人相書きを、愁介の目に入るよう軽く掲げて見せる。
「会津様からのこの件、私と斎藤さんが指名されちゃったんですよ」
「ああ、河上彦斎の……」
案の定、愁介は仔細を把握していたようで、苦い顔をして頭をかいた。
そして唐突に、軽い調子で事もなげに言う。
「オレも手伝おうか」
「は?」と斎藤は何かを考えるより先に、無礼極まりない訊き返しをしてしまった。慌てて口をつぐみ、視線をわずかに泳がせてから「失礼」と頭を下げる代わりに目を伏せる。
「しかし何故そんな、唐突に」
「いや、せっかく来たしなぁっていうのもあるんだけど。聞いたところ河上彦斎って、オレと似た質の使い手らしいから、気にはなってたんだよね」
愁介が何かを思い返すように視線を上げながら言うと、沖田が「似た質?」とゆるく首をかしげた。ぼんぼり髪を淡く揺らし、思案げに口元に手を添える。
「つまり、先手必勝の瞬殺剣ってことですか?」
沖田の実感のこもった言葉に、斎藤は池田屋の折に目の当たりにした愁介の剣術の型を思い返した。不意を衝かれ、居合い術で首に切っ先を当てられたのは、斎藤にとってはそうそう忘れられない記憶になっている。
「愁介さん、基本はご自身が受け身なんか取る前に相手を倒しちゃいますもんね」
沖田も、池田屋での愁介との共闘を想起しているのだろうか。あるいは口ぶりからして、もしかすると二人は普段から時折、手合わせなんかをしているのかもしれない。
愁介は頷くように軽くあごを引いて、「あくまで聞いた話だけどね」と神妙に続けた。
「総司は知っての通りだけど、オレが先手を取るのって、オレ自身が筋肉薄い体質でひょろっこい自覚があるからなんだよね。力も強いとは言えないし、受け身に回ると押される可能性があるからさ。で、河上彦斎って、骨格はともかくめちゃくちゃ小柄なんでしょ。その低身長で、あご下の死角からすくい上げるように居合い抜いてくるって話らしくて」
――それはまさに、池田屋で斎藤が愁介から受けかけた一撃、そのものだった。
人相書きは、捜索者の身体特徴を書き記したものだ。絵などはないが、淡々と全体像が書き出されているので、余程無個性な相手でもない限りそれなりに役に立つ。
――特に河上は、あまりにも目立つ容姿をしているようだった。丸みを帯びた幼子のような顔立ちだが、眉が太くぎょろりとした大きな目、それに身の丈が五尺(151cm)ほどで色白。これで侍らしく刀を腰に差しているならば、かなり見つけやすそうだ。
とはいえ、
「……変装している可能性も、考えないといけませんかね」
斎藤が同じことを考えた時、その思考をなぞるように沖田がぽつりと呟いた。
「そうだな」と低く答え、斎藤も薄く眉根を寄せる。
「過去の襲撃においては、この目立つ形のまま行動していたらしいが」
「そろそろ、奴さんも探索方を警戒しているでしょうしね。私達より頭一つ以上も小柄な体躯となると、女性の格好でもされるとちょっと厄介かもしれませんねぇ」
沖田が唸り、斎藤も小さくあごを引いて首肯を返す。
「眉や目が厳めしいようだから、顔さえ見られれば女装しようとわかるだろうが……上背がない分、笠でも被られると厄介だな」
「やっぱり以前みたいに、二人でぶらぶらしながら、一本釣りするしかありませんかね?」
沖田は「あれは釣れるまでが暇だから、あんまり好きじゃないんですよねえ」なんて、不服そうに唇を尖らせる。相も変わらず、人を斬りに行くというより本気で散歩にでも出かけるかのような気負いのなさだ。
思わず「一本釣りって、あんたな……」と、斎藤は小さな溜息を吐いた。
そんな時だった。
「えっ、二人で釣りでも行くの?」
自室にたどり着いたところで、誰もいないはずの室内から思いがけず爽やかな中低音に相槌を返された。思わず、斎藤はぴたりと障子の前で足を止めてしまう。
途端、開いたままの障子から愁介が顔を覗かせた。愁介は「あ、ごめん。お邪魔してます」と苦笑交じりに軽く手を上げる。
「愁介さん! いらっしゃい!」
笑顔を溢れさせ、沖田が弾むように愁介へ歩み寄った。
「いついらっしゃったんですか? すみません、結構お待たせしてしまったんじゃ……」
「いや、今来たところ。門番さんに部屋にいるって聞いて、本当にたった今」
二人はぽんぽんと、互いの手のひらを軽く合わせながら微笑み合う。まさに仲睦まじい子供同士といった様子だ。例の建白書の一件以降も、愁介はこのように隙を見ては足しげく屯所に通い、沖田と街に出かけたり、ただ会話に花を咲かせたりと斎藤の目にも触れる形で姿を現す。
斎藤は再び小さな息を吐くと、二人の横をすり抜けて室内に足を踏み入れた。
「ご自身のお役目などは、ないのですか……」
すれ違い様、呆れ交じりに問えば「オレ、放蕩息子なんだよね」と何故か自信満々に明るく返される。
「胸を張れることではありませんね」
さらに切り返しながら、斎藤は刀掛けに置いていた大刀を取り、腰に差す。
「あれ、斎藤は今から仕事?」
「沖田さんもですよ」
「えっ、じゃあ今日は来ないほうが良かったか」
そんな短い会話の後に振り返れば、愁介が眉尻を下げて沖田に目を向けたところだった。
「ちょっと今日からしばらく、想定外の任務が下りまして」
沖田も微笑みを崩さないまでも、残念そうに眉をハの字にした。そうして手に持っていた人相書きを、愁介の目に入るよう軽く掲げて見せる。
「会津様からのこの件、私と斎藤さんが指名されちゃったんですよ」
「ああ、河上彦斎の……」
案の定、愁介は仔細を把握していたようで、苦い顔をして頭をかいた。
そして唐突に、軽い調子で事もなげに言う。
「オレも手伝おうか」
「は?」と斎藤は何かを考えるより先に、無礼極まりない訊き返しをしてしまった。慌てて口をつぐみ、視線をわずかに泳がせてから「失礼」と頭を下げる代わりに目を伏せる。
「しかし何故そんな、唐突に」
「いや、せっかく来たしなぁっていうのもあるんだけど。聞いたところ河上彦斎って、オレと似た質の使い手らしいから、気にはなってたんだよね」
愁介が何かを思い返すように視線を上げながら言うと、沖田が「似た質?」とゆるく首をかしげた。ぼんぼり髪を淡く揺らし、思案げに口元に手を添える。
「つまり、先手必勝の瞬殺剣ってことですか?」
沖田の実感のこもった言葉に、斎藤は池田屋の折に目の当たりにした愁介の剣術の型を思い返した。不意を衝かれ、居合い術で首に切っ先を当てられたのは、斎藤にとってはそうそう忘れられない記憶になっている。
「愁介さん、基本はご自身が受け身なんか取る前に相手を倒しちゃいますもんね」
沖田も、池田屋での愁介との共闘を想起しているのだろうか。あるいは口ぶりからして、もしかすると二人は普段から時折、手合わせなんかをしているのかもしれない。
愁介は頷くように軽くあごを引いて、「あくまで聞いた話だけどね」と神妙に続けた。
「総司は知っての通りだけど、オレが先手を取るのって、オレ自身が筋肉薄い体質でひょろっこい自覚があるからなんだよね。力も強いとは言えないし、受け身に回ると押される可能性があるからさ。で、河上彦斎って、骨格はともかくめちゃくちゃ小柄なんでしょ。その低身長で、あご下の死角からすくい上げるように居合い抜いてくるって話らしくて」
――それはまさに、池田屋で斎藤が愁介から受けかけた一撃、そのものだった。
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