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第3章
3.馬車の中で
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王宮に向けて出発してから十分後、エリシアは酔っていた。酒を飲んでへべれけになっていたわけではない。原因は馬車だ。
「なんで最新式の馬車で酔うんだ? 速さと快適さを両立した、王室専用の特別仕様だぞ!?」
アラスターが頭を掻きむしる。
「だ、だって……ラーラ様と同じ馬車に乗ったことはなかったし。いつも私だけオンボロ馬車で、ガタゴト揺れるのに慣れてたから。こう、スーッと滑らかに移動されるとかえって気持ち悪くて……おえ」
「待て、待て待て、待ってくれっ!」
アラスターのみならず、シャレドとローリックも叫んだ。主治医兼護衛の二人は、突き出した手で治癒魔法を流し込んでくる。
何とか吐き気は治まったが、めまいがするし頭が痛い。謎の眠気も襲い掛かってきていた。もはや半分以上気絶しかかっているに違いない。
「僕としたことが、失敗した。馬車の中で心の準備をさせる予定だったのに」
アラスターは悔しそうだ。エリシアは「うぐぐ」とうめき声を出すことで遺憾の意を表することしかできなかった。
「諦めましょう殿下。こうなったら王宮まで寝かせて、回復させた方がいいです」
シャレドが手のひらを額に押しつけてくる。ズキンズキンと痛む頭が、少しマシになった。
「しかしぶっつけ本番で、正真正銘の皇女として振る舞えるか?」
「王宮入りを急いだのは殿下ご自身でしょう。上手くいくはずだと楽観的に考えるしかありません。状況を利用するんです。我が国の貴族は皇女を見たことがないし、メンケレン帝国とは礼儀作法の決まりが若干異なる。エリシアさんの行動のすべてに、貴人特有の意味があると思わせればいい」
「できるのかそんなこと?」
最後の言葉を発したのは、アラスターではなくローリックだった。
大変残念なことに、エリシアの意識はそこで途絶えた。
「嘘……もう王宮に着いちゃう」
意識を取り戻してすぐ、エリシアは目をパチパチとさせて呆然とつぶやいた。
「そりゃ君、王立治療院を出発してから二時間、僕たちが用事を済ませる間もずっと寝てたから」
アラスターが満面の笑みを浮かべている。開き直っている、という表現がぴったりくる顔つきだった。
「12歳の見習い女騎士は、予定通り君の影武者として森の隠れ家に行ったよ。『エリシア様によろしく』だってさ」
「顔を見てお礼が言いたかったのに……」
「どうして起こしてくれなかったの、とは言わないでくれよ? ちなみに王宮に入る前に、舞踏場に立ち寄るから。高位貴族の面々がほぼ勢ぞろいして、皇女様をひとめ見ようと首を長くして待っている」
「どうして教えてくれなかったんですか!?」
「僕だって教えたかったんだけどねっ!?」
エリシアが叫ぶと、アラスターも負けじと叫び返す。シャレドとローリックは両手で耳を塞いでいた。
舞踏場というのは王宮の手前にある大きな館で、王族が社交行事を行う際に使用される。1か月前にラーラとアラスターがひと悶着起こした、いわくつきの場所だ。
「まあ、落ち着こう。いまさら慌てても仕方がない」
アラスターがこほんと咳ばらいをした。
「別に、舞踏会に参加しなくたっていいのだ。我が国にとって重要な意味を持つ、特別扱いされる資格のある皇女が来たぞって、顔見せをしておくだけだから」
アラスターがさらに咳き込む。その様子から、彼も不安を抱いていることは一目瞭然だった。
「戸惑ってもいい。うろたえても、まごついても大丈夫だ。僕とシャレドとローリックがフォローする」
大変頼もしい言葉だったので、エリシアは少し気持ちが落ち着いた。
「都合のいいことに、僕の両親……国王と王妃は不在だ。早々に舞踏場から退散して、王宮入りしてしまえば何とかなる」
「国王様と王妃様は、ご公務か何かですか?」
かなり咳き込んだ後で、アラスターは苦しそうに息を吸い込んだ。
「公務というか休暇というか。夫婦の絆を強くするためのロマンチックなイベントに出かけている」
なるほどわけわからん、と思いながらエリシアはうなずいた。
「そうなんですか。それは素敵ですね」
「我が親ながら、万年新婚夫婦だよ。そうそう、シンクレア公爵家の連中は来ていないから、安心してくれていい。どうやら『善意の第三者』が、公爵と侍女の浮気を奥方にリークしたみたいでね。シンクレアの屋敷は、上を下への大騒ぎらしい」
「善意の第三者って、銀の髪で青い目だったりしますかね?」
エリシアが小首をかしげると、アラスターが「さあね」と答えた。
ついに王家の四頭立ての馬車が、舞踏場のエントランスに到着した。オーケストラの奏でる音楽が漏れ聞こえてくる。どうやら宴もたけなわらしい。
「さあ行こう、皇女エリー」
先に馬車から降りたアラスターが手を差し出してくる。エリシアはその手を取り、導かれるままに歩き始めた。
「なんで最新式の馬車で酔うんだ? 速さと快適さを両立した、王室専用の特別仕様だぞ!?」
アラスターが頭を掻きむしる。
「だ、だって……ラーラ様と同じ馬車に乗ったことはなかったし。いつも私だけオンボロ馬車で、ガタゴト揺れるのに慣れてたから。こう、スーッと滑らかに移動されるとかえって気持ち悪くて……おえ」
「待て、待て待て、待ってくれっ!」
アラスターのみならず、シャレドとローリックも叫んだ。主治医兼護衛の二人は、突き出した手で治癒魔法を流し込んでくる。
何とか吐き気は治まったが、めまいがするし頭が痛い。謎の眠気も襲い掛かってきていた。もはや半分以上気絶しかかっているに違いない。
「僕としたことが、失敗した。馬車の中で心の準備をさせる予定だったのに」
アラスターは悔しそうだ。エリシアは「うぐぐ」とうめき声を出すことで遺憾の意を表することしかできなかった。
「諦めましょう殿下。こうなったら王宮まで寝かせて、回復させた方がいいです」
シャレドが手のひらを額に押しつけてくる。ズキンズキンと痛む頭が、少しマシになった。
「しかしぶっつけ本番で、正真正銘の皇女として振る舞えるか?」
「王宮入りを急いだのは殿下ご自身でしょう。上手くいくはずだと楽観的に考えるしかありません。状況を利用するんです。我が国の貴族は皇女を見たことがないし、メンケレン帝国とは礼儀作法の決まりが若干異なる。エリシアさんの行動のすべてに、貴人特有の意味があると思わせればいい」
「できるのかそんなこと?」
最後の言葉を発したのは、アラスターではなくローリックだった。
大変残念なことに、エリシアの意識はそこで途絶えた。
「嘘……もう王宮に着いちゃう」
意識を取り戻してすぐ、エリシアは目をパチパチとさせて呆然とつぶやいた。
「そりゃ君、王立治療院を出発してから二時間、僕たちが用事を済ませる間もずっと寝てたから」
アラスターが満面の笑みを浮かべている。開き直っている、という表現がぴったりくる顔つきだった。
「12歳の見習い女騎士は、予定通り君の影武者として森の隠れ家に行ったよ。『エリシア様によろしく』だってさ」
「顔を見てお礼が言いたかったのに……」
「どうして起こしてくれなかったの、とは言わないでくれよ? ちなみに王宮に入る前に、舞踏場に立ち寄るから。高位貴族の面々がほぼ勢ぞろいして、皇女様をひとめ見ようと首を長くして待っている」
「どうして教えてくれなかったんですか!?」
「僕だって教えたかったんだけどねっ!?」
エリシアが叫ぶと、アラスターも負けじと叫び返す。シャレドとローリックは両手で耳を塞いでいた。
舞踏場というのは王宮の手前にある大きな館で、王族が社交行事を行う際に使用される。1か月前にラーラとアラスターがひと悶着起こした、いわくつきの場所だ。
「まあ、落ち着こう。いまさら慌てても仕方がない」
アラスターがこほんと咳ばらいをした。
「別に、舞踏会に参加しなくたっていいのだ。我が国にとって重要な意味を持つ、特別扱いされる資格のある皇女が来たぞって、顔見せをしておくだけだから」
アラスターがさらに咳き込む。その様子から、彼も不安を抱いていることは一目瞭然だった。
「戸惑ってもいい。うろたえても、まごついても大丈夫だ。僕とシャレドとローリックがフォローする」
大変頼もしい言葉だったので、エリシアは少し気持ちが落ち着いた。
「都合のいいことに、僕の両親……国王と王妃は不在だ。早々に舞踏場から退散して、王宮入りしてしまえば何とかなる」
「国王様と王妃様は、ご公務か何かですか?」
かなり咳き込んだ後で、アラスターは苦しそうに息を吸い込んだ。
「公務というか休暇というか。夫婦の絆を強くするためのロマンチックなイベントに出かけている」
なるほどわけわからん、と思いながらエリシアはうなずいた。
「そうなんですか。それは素敵ですね」
「我が親ながら、万年新婚夫婦だよ。そうそう、シンクレア公爵家の連中は来ていないから、安心してくれていい。どうやら『善意の第三者』が、公爵と侍女の浮気を奥方にリークしたみたいでね。シンクレアの屋敷は、上を下への大騒ぎらしい」
「善意の第三者って、銀の髪で青い目だったりしますかね?」
エリシアが小首をかしげると、アラスターが「さあね」と答えた。
ついに王家の四頭立ての馬車が、舞踏場のエントランスに到着した。オーケストラの奏でる音楽が漏れ聞こえてくる。どうやら宴もたけなわらしい。
「さあ行こう、皇女エリー」
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