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第3章

2.別れの挨拶

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「ターシャ、ロゼリン、ホープ。その、なんだ……エリシアに別れの挨拶をしてやってくれ」

 アラスターが手を振って合図をすると、看護師たちが前に進み出た。そして膝を曲げて優雅にお辞儀をする。

「エリシアさんはいい子だわ。エリシアさんはいい子なのよ。私たちはみな、あなたのことが大好き」

 ターシャが涙をこらえるように、鼻にしわを寄せた。

「異議なし」

 ロゼリンがうなずく。

「異議なし」

 ホープも同じ意見を言った。
 ターシャがエリシアの肩に手を伸ばした。

「あなたは1か月で私たちの心を掴んだ。いつも一生懸命で、けなげで……誰よりも不憫で。でも、天性の明るさがあるわ。こっちは泣きたくなったり笑いたくなったり、感情の振れ幅が大きすぎてちょっと大変だったけど」 

 エリシアを真っすぐに見つめるターシャの瞳は、やっぱり涙で潤んでいた。青い瞳はアラスターとよく似ていて、夏のよく晴れた日の空のようだ。

「あなたはガルブレイスいち愛らしい令嬢よ。アージェント家の末裔だという理由だけで、迫害されるのは理不尽としか言いようがない」

「ターシャさん……」

「あなたが最後に幸せを感じたのはいつかしら。次にそれを感じることができるのはいつかしら。愛しているわエリシアさん。あなたには誰よりも幸せになってほしいの」

「ターシャさんにお世話されている間、私はずっと幸せでしたよ? ロゼリンさんもホープさんも……信じられないくらい親切にしてくれたし。みんな温かくて気さくで。特にターシャさんと一緒だと、亡くなった母を思い出しました」

 エリシアがそう言うと、ターシャが頬にキスをしてくれた。彼女の声がさらなる優しさを帯びる。

「これから先何かあったら、真っ先に私を頼りなさい。それからね、いつか欲しいものができたら教えて。何でも与えてあげる」

 ターシャがエリシアを抱きしめて、励ますように背中を叩く。

「ふふ、ターシャさんかっこいい。まるで女王様みたい」

「あああ、あらいやだ。私ったらただの看護師なのに偉そうだったわね。これが私の困ったところなのよ」

 ターシャの口元が引きつる。
 エリシアは微笑んだ。

「ありがとうございます、ターシャさん。こうして抱きしめて励ましてくださったこと、決して忘れません」

 ターシャの背中に腕を回し、彼女の額にキスをした。目線を合わせるために、少し屈む必要があった。入院した時はエリシアの方がずっと小さかったのに。

「ロゼリンさんもホープさんも、ありがとうございました」

 ターシャから体を離し、エリシアは深々と頭を下げた。
 彼女たちとの出会いは、アラスターに協力する役得のひとつだ。『恥知らずなアージェント家』の末裔は、貧民街の救護院でさえ無条件に拒まれる。蔑みの目で見られる。

 ターシャたちは王立治療院勤務だから、よい家柄の出だろう。エリシアなんかが軽々しく口もきけないくらいの。
 でも彼女たちは、一度もエリシアを傷つけなかった。

 顔をあげた次の瞬間、扉が開いた。シャレドとローリックが渋い顔をして入ってきた。

「うーん。久しぶりにこれを着ると、妙に窮屈に感じますね」

「俺もだ。治癒師の仕事に専念して、伸び伸びやってたせいかな」

 エリシアは目を瞬いた。だぼっとした白衣を脱いだ二人は、騎士服のようなものを着ている。本物の騎士そこのけの引き締まった体つきだった。どこを取っても洗練され、頼りがいがあって、令嬢たちが目の保養にしたがるような男性だ。

 この二人の治癒師のおかげでエリシアは安全に過ごせたし、頭ひとつ分以上背を伸ばすという偉業を成し遂げることができたのだが。

(なぜに騎士服?)

 彼らがなぜそんな恰好をしているのかがわからなくて、エリシアは小首をかしげた。

「アラスター殿下から、これから先もエリシアさんと過ごす栄誉を与えられたんですよ。主治医兼護衛としてね」

 エリシアの疑問に答えるように、シャレドがあでやかに微笑んだ。

「俺らはやったことは、お前の体を癒すことだけ。これから先は徹底的に検査し分析し、結果を子細に吟味していく。百年前の謎を解き明かすためにな」

 ローリックがにやりと笑った。彼は上機嫌で「腕が鳴るぜ」と両手の指を組み合わせた。
 シャレドも機嫌よく「ここからが本番です」とうなずいている。どうやらエリシアを治療することは、彼ら自身のためでもあったようだ。

「いいか、王宮では何が起こるかわからない。俺らから絶対に離れるなよ」

「ひとりになりたい、などとフラフラしないように。まあ逃がしませんけど」

「なるほど、ちょっとマッドサイエンティストみがある……? メスで闘う系だったりしますか?」

 エリシアの言葉にシャレドが肩をすくめ、ローリックは呆れたようにデコピンをしてきた。

「ちゃんと剣と拳で闘うっつーの。俺たちは王族専門の治癒師で、必要があれば護衛役にもなれるように訓練されてんだよ」

 いてて、と額を抑えながらエリシアはうんうんとうなずいた。どうやらシャレドとローリックは、これから先も力強い支えになってくれるらしい。
 ターシャが腰に手を当てて、すっかり存在感が薄くなっているアラスターを見据えた。

「偉そうついでに言っておきますけど、アラスター殿下。エリシアさんを傷つけたら、ただじゃおきませんからね」

 いち看護師としては不遜すぎる言葉だ。しかしアラスターはあからさまに狼狽した表情を浮かべ「肝に銘じます」と答えた。
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