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Hachis・Lotus

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二十~二一~

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二十 

 

 執事服の男が、高級ホテルのある一室にいる。白衣を着こなし、丸眼鏡をした少年に向き合っていた。 

「俺様としては、仕事の報酬はきっちりもらって欲しいんだがな」 

 小さな丸いテーブルの上には、分厚い封筒。執事服の男が、白衣の少年に渡そうとするも、少年は受け取らない。 

「我輩は人間の身体を弄れることが一番の報酬なんでね。姫に衣食住を充分に用意してもらっているのに、これ以上もらうわけにはいかないな」 

「……いつもそれだな、安藤先生は。仕方ない、なにか欲しいものがあるときはいつでも連絡しろ」 

 執事服の男の言葉は無礼極まりないが、白衣の少年に対しては自分と対等としているのは見て取れる。 

「さぁ、一仕事終えたのだ。飲もうではないか、牧村クン」 

 安藤、と呼ばれた少年は自然な動作でワインを勧めた。牧村と呼ばれた執事服の男は、肩をすくめてグラスを受け取った。 

 ――暗転。 

 

二一 

 

 頭をクエスチョンマークで一杯にしつつも、男に言われたとおり無事だったウィルフレッドを見て全て吹き飛んだアルバーロ。共に職場に帰り――勿論女の回収も忘れない――上司のマルセロへと報告を済ます。例の伝言をそのマルセロへと伝えると、彼は首を傾げていた。それにはアルバーロも全く同感である。ウィルフレッドも「何のことだろうね?」と腹をさすりながら困った笑みを浮かべていた。 

 ……お互い、気恥ずかしさもあって先程の一件に触れることは出来ていない。当分先のことになるだろうという予感がした。 

 事務所のいつもの部屋には、アルバーロ、ウィルフレッド、ディオの三人が揃っていた。あのうら若き青年の、外見的美しさに流されぬ二人は、軽く手を上げて帰還を伝えていた。 

「ディオ、『ハートを最後に付けて頂戴』だとよ?」 

 なんの前触れもなくアルバーロがディオに問いかける。目を丸くする彼を、椅子に座ったウィルフレッドも興味深そうに見ていた。 

「えっ……?」 

 アルバーロが変なことを言い出すのは、ある意味いつも通りだったので、彼はウィルフレッドへと助けを求める視線を飛ばす。しかし、ウィルフレッドも笑みを浮かべたままで、助け船を出す様子はない。 

「すいません、本当に何のことだか分からないんですけど……。ハート?」 

「お前も分からないか。なんか、伝言なんだけどよぉ、これじゃあ伝言の役目をこなしてねぇよな」 

「誰宛か分からない伝言ってことですか?」 

「うん、なんかアルバーロが執事服の男に言われたらしいんだけど、僕もさっぱり」 

「……まだ伝えてないのは、メルヴィンとローランドか。メルヴィンは今度来るまで待つとして……」 

 アルバーロとウィルフレッドの視線がディオを貫いた。 

「……えっ、その伝言任されたのアルバーロさんですよね……?」 

「いやほら、俺、ほら、あれ――そうそう! 俺もう一個調べてる事件があるんだよ。忙しいなぁ!」 

「あっ、なんか急にナイフで刺された傷がうずいてきた気がするなぁ。アル、忙しい所悪いんだけど家まで送ってくれない?」 

「ちょっと。お二人とも……?」 

 彼の呼びかけも虚しく、アルバーロは「しっかたねぇなぁ!」と大げさに言って、ウィルフレッドに肩を貸しつつ二人は部屋を後にした。「つぅか家具増やせ! あそこは人間が住む場所じゃねぇよ」という声が響いてきたが、彼にはなんの慰めにもならなかった。 

「ローランドさんに話しに行くのがめんどくさいからってボクに押し付けやがって……」 

 恨み言を吐いても現実は変わらない。彼は悲壮な顔をしながらも、ローランドの研究室へと向かった。 

 正直ローランド相手に、普通に楽しく会話をするというのは難しい。あの無感情無表情なガラス玉のような眼に見つめられると、必死に言葉を巡らす自分に狂いそうになる。 

 というか、この支部に「普通に楽しく会話をする」というミッションをこなせる相手はいないかもしれないとディオは思った。 

 アルバーロはまず他人の話を聞かない。相当上手く誘導しなければ、こちらのして欲しいことのために動く事なんてない。 

 中心的人物である上司のマルセロは、人の良いおっさんに見えてアレはただの戦闘狂だ。一度抗争で荒れ狂うマルセロを見て以来、気軽に話し掛けることを装うのにどれだけの親敬をすり減らしているか。 

 メルヴィンは、そもそも会話をしたいときにいない。彼は無機物が恋人なのだ。こちらが一生懸命話していても、途中で寝られることすらある。 

 その中でも、唯一常識人なのがウィルフレッドである――とでも言うと思ったか。そんなわけがないだろう。あのアルバーロを操縦できるような人だ。なんだかんだで、ディオが一番「底が知れない」と思っているのはウィルフレッドだった。普通に会話出来ているように見えて、会話できていない。彼と自分は同じ言語を話しているのに、たまに話が通じていないと自覚したときディオは背筋を凍らせる。 
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