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第四章 逆行の真相

入寮

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 奨学生の発表を受け、私は奨学生のみが入れるという特別な寮に入れる権利を手にした。そこに入ることは学園で生活する上で大きなステータスとなるため、奨学生に選ばれればほぼ全ての学生が寮へ入る。
 例外はルイ様だ。ルイ様も寮へ入る権利を持っているが、一度も入ったことがないと聞いた。王族が奨学生になった場合、そうなることも時々あるのだと聞くが、稀なことではあるらしい。
 なぜなら、奨学生寮は将来の人脈を育む場という側面もあるからだ。奨学生に選ばれた学生は例に漏れず優秀な人材のため、将来の国を担う幹部候補と見做される。学園側も将来の幹部候補の育成を意識しているので、勉強面と人格面でも優れていないと奨学生として選ばれることは難しいのだ。

 とにかく、そういった意味でエリートばかりが集まる寮へと、私も入ることが許された。これはとても大きな一歩だ。将来の国を担う優秀な人材として認められたことを意味するのだから。
 けれど、同時に気を引き締めないといけないとも思う。私はあくまでもルイ様や国王陛下たちの多大なるご厚意に後押ししてもらってここに滑り込むことができた身だ。もちろん謂れのないことで悪女と謗られ、貶められることがなければ、その力を借りなくても奨学生に選ばれる未来もあり得たかもしれない。
 けれど……そう、ズルをしたようで後ろめたい気持ちが私にはあったのだ。けれどそれはもう考えないことに決めた。

――自分でできる努力は全てして、私はここにいる。私のよくない噂を蹴散らし、後押ししてくださった方々に恥じない私にならなければ。そうしないと恩に報いることができないし、ルイ様にも胸を張って好きだと言えないもの。

 私は自室にこもって一足先に入寮の準備をしていた。今日出かけるはずだった予定がキャンセルになったからちょうどいい。

――少し残念だけど。
 
 今日はルイ様とデートの予定だったのだが、結局それは延期になった。ルイ様にどうしても外せない公務が入ったからだ。「本当に申し訳ない」と心底残念そうに、泣きそうな顔で謝られると、「残念。行きたかった」という思いでいっぱいの私がひどくわがままに思えて申し訳なくなった。
 でも、「これは中止じゃなくて延期だからね。絶対に実現させるから!」とルイ様に必死の形相で約束してもらえて、それだけで残念な気持ちよりも嬉しい思いが勝ってしまった。

――楽しみにできる時間が増えて、逆に嬉しいかも。

「リリアーヌお嬢様、荷造りは私がしますから……!」
「いいの。自分のことくらい自分でできるわ」
「私もついていきますのに……」
「ああ。そうね。どこに何入れたか分からなくなっちゃうかな? まあ、荷解きも二人で一緒にするから大丈夫ね」
「リリアーヌお嬢様、そうやってまた私の仕事を……」
「お給料はちゃんと出るから心配いらないよ?」
「そういうことではなくて……! もう、リリアーヌお嬢様にはかないません」
 
 私はいつ果たされるかわからない約束を楽しみに、どんどん侍女のシエンナの仕事を奪っていった。真面目なシエンナは仕方ないと諦めつつ、私の手元を見て「これだけ詰めたらお茶にしましょうか」と笑いながら提案してくれた。シエンナの淹れてくれるお茶が大好きな私は一も二もなく賛成した。シエンナがついてきてくれるだけで、寮での新生活も穏やかに過ごせそうだとこのときの私は思っていた。

 ルイ様は公務で忙しくなってしまって、それから何日もほとんど顔を会わせることもない日が続いた。顔を見る機会があったとしても、一方的に私が遠くから見つめるだけだったし、そもそも学園に姿を現していないようだった。

 そんな中迎えた入寮日。奨学生寮にて、私は多くの女性たちに取り囲まれていた。

「あなたがリリアーヌ・ジェセニア伯爵令嬢ですわね?」

 急に現れた十数人の令嬢たちに恐れ慄いていると、その中のリーダー格らしい令嬢が歩み出て告げた。

「奨学生寮にようこそ。私はグレンヴィル公爵家のロザリアと申します。あなたとお話がしたくて参りました。少しお時間よろしくて?」

――グレンヴィル公爵家の長女で、ルイ様の婚約者筆頭候補だった方だ……!

 そうだ。自分のことに必死になりすぎていてこの方の存在を忘れていた。
 私が逆行する前もロザリア・グレンヴィル公爵令嬢はルイ様の筆頭婚約者候補だった。クラウスと出席したパーティーなど社交の場で何度か話しかけられた記憶がある。けれど、今世ではお会いするのは初めてだ。

「初めてお目にかかります。リリアーヌ・ジェセニアと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「ええ。ご挨拶ありがとう。では、ここでゆっくりとお話はできませんので、こちらへご案内いたしますわ。二人でお話ししたいので、みなさまはこちらでお待ちくださいね」

 最後の言葉は後ろに侍っている令嬢たちにかけられたらしい。それぞれ困惑したような、不服そうな顔をしつつも、みんな従うしかないと頷いていた。

 令嬢たちに見送られながら案内されたのは、緑豊かな温室だった。全面ガラス張りで開放感のある作りになっている。私は今日来たばかりなのでまだ内部の構造は把握できていないのだが、ここは休憩するための場所らしい。どこからかピアノの音色も聞こえてきて、優雅な時を過ごせそうな空間だ。
 開けた場所にテーブルとティーセットが準備されていて、給仕のためにいるのであろうメイド服を着た女性がそこで訪れる人を待ち構えていた。

「こちらへどうぞ。ジェセニア嬢がお見えになるのを心待ちにしていましたのよ」

――歓迎……と判断するのはまだ早いわよね? 友好的なのかそうじゃないのかまだわからない。でも、この方は悪い方ではない気がする。

 私は微笑んでお茶の席に案内してくれたグレンヴィル公爵令嬢をそれとなく観察する。
 金色の錦糸のような髪が陽の光を浴びて眩しく輝いている。給仕の女性に椅子を引かれて座る姿も優雅で目を惹いた。目鼻立ちがくっきりしていて、特に深い海を想起させる藍色の瞳が華やかな顔立ちに映えて印象的だ。ルイ様と並ぶとさぞ美しいだろうと想像できる。
 彼女が席に着いて落ち着いたのを確認して、私も反対側の席に座った。私が座ったのを確認した給仕の女性は、美麗な花が描かれたポットからそれぞれのカップに紅茶を注ぐ。そのカップが目の前に並べられるのをそれとなく眺めていたら、グレンヴィル公爵令嬢に声をかけられた。

「毒は入っておりませんから、安心なさって? 私のおすすめの茶葉なので温かいうちにぜひ」

 彼女は自分のカップに注がれた紅茶を一口飲んで見せ、そのカップをそのまま私の前に置かれたカップと取り替えた。毒見のつもりなのだろう。
 グレンヴィル公爵令嬢からはなぜか悪意を感じないので毒の心配はしていなかったが、確かにこれからこういう機会があれば疑うことを念頭においたほうがよさそうだ。

「過分なご配慮ありがとうございます。いただきます」

 静かに紅茶を飲む二人の間には不思議な空気が生まれていた。それは私には心地いいひとときで、ルイ様と一緒にいるときの空気感に似ていた。

「率直に伺いますね。ジェセニア伯爵令嬢は、ルイナルド殿下のことをどのように思われているのでしょうか」

 静かに紅茶を飲んでいると、ふと思いついたように、でもずっと聞きたかったことを聞くように、とても自然な話し口調でグレンヴィル公爵令嬢は私にそう尋ねた。
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