上 下
31 / 46
第三章 偽装婚約?

大切な日

しおりを挟む
 試験日当日のこと。
 朝起きたら私はルイ様のベッドの上にいた。隣には着崩れたシャツをまとった超絶美形ルイさま

――あれ? 昨日は婚約披露パーティーで、そのあとルイ様と試験対策してたはずで…………夢?
 
 なぜこんな状況になっているのか、まだ夢の中なのか、夢の中ならまだ醒めないでほしい――。
 
 そこまで論点がズレたところで、寝ぼけた頭が目から入ってきた刺激を処理しきれずフリーズしてしまった。
 
 美形の寝乱れた服の間から肌色が見えた……気がした。見てはいけないと反射的に目を逸らしたが、朝から刺激が強すぎる。
 豪華なカーテンの隙間から差し込む朝日もどこかキラキラ輝いて見えて眩しすぎるし……。

――ああ、あのまま寝てしまったのか……

 目を逸らした先にあった机のほうに焦点を合わせると、昨日勉強するのに使った参考書たちが綺麗に整頓されているのが見えた。

 そこで強烈な刺激をいただいたおかげでフリーズしてしまった頭がやっと仕事を始めた。よく固まる頼りにならない頭だけれど、昨夜の記憶はしっかりと私の脳内に刻んでくれたらしい。

――私、一生分の運を使い果たしてしまったかも。

 昨夜の出来事を思い出し、だんだんと熱くなる両頬を左右の手で冷やしながら悶えた。

――ルイ様とこの部屋に二人きりで、あんなに近くで……。きゃぁぁぁーー!

 私は決定的な場面を思い出し、今度は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
 
 実は昨夜、ルイ様との間の距離がゼロになった瞬間があったのだ。
 
 二人で肩を並べて、一冊しかないルイ様お手製の参考書を眺めていたところ、ルイ様に急に手を握られたのだ。
 どきどきしながらルイ様を見上げたら、吐息を感じられそうなほど近くに彼の顔があった。
 吸い込まれそうな瞳に視線が捕われているうちに、そのまま顔と顔が近づいて――。

 閉じていた長いまつ毛が持ち上がり、その奥からルイ様の宝石みたいに綺麗な瞳がゆっくりと現れる様を、私は馬鹿みたいに呆然とした表情で眺めていたと思う。

「ご褒美。くれるって約束だったよね?」
「―――!」

 首を傾げながら事実の確認を取るように尋ねてきたルイ様に、私は発することができたのが不思議なくらい震えた声で「はい」と答えた。
 
「ごめん、一回じゃ足りない」

 「いい?」と切なげに、焦れたように尋ねてくる色気全開のルイ様に、私は既にノックアウト寸前の状態で首を縦に振った。
 
 恥ずかしすぎてそのまま俯いてしまった私の頬を両手で包み、優しく上向かせたルイ様は、下から掬うようにして二度、三度と唇を触れ合わせて。
 唇同士が離れるとき、湿った音がやけに大きく耳に響いたのが印象的だった。
 
「ありがとう。僕に幸せをくれて」

 ルイ様は探していたものをやっと見つけたような、欲しかったものをやっと手に入れたような、とても幸せそうな笑顔を見せながらそう伝えてくれた。
 少しだけ瞳が濡れているように見えたのは、シャンデリアの光が眩しすぎたからかもしれなかった。
 
 ルイ様の正式な婚約者としてお披露目されたその日は、こうして生涯忘れられない日として私の記憶に刻まれた。

 そこで記憶が途切れているので、たぶんそのまま眠ってしまって今に至るのだろう。

――私の脳よ、全て鮮明に覚えていてくれてありがとう……! 最高! 素敵! 完璧!

 私が自分の頭にできうる限りの称賛を送っていると、隣の輝く存在がモゾモゾし始めた。

「リリー? おはよう」
「おはようございます……!」

 朝から超絶美形の寝ぼけまなこが見られて感動した。

――超絶かわいい……!

 朝一番に好きな人の顔を見て挨拶し合えることがこんなにも嬉しいことを初めて知った。
 
 私は幸せな一日のスタートに、やる気がみなぎってくるのを感じた。
 

✳︎✳︎✳︎
 

 今日は大切な試験の日なのでもちろんミディール学園へ登校する。王宮でお世話になり始めてから学園へ通うのは禁止されていたため、久しぶりの登校となる。
 
 王宮でベタベタに甘やかされていた分、学生たちの私に向ける侮蔑を含んだ眼差しへの耐性が低くなってしまったかもしれない。
 若干緊張しながら馬車に乗り込むと、ルイ様がしっかりと私の手を握って励ましてくれた。

「大丈夫。僕がついてるから」

 そうだ。私には心強い味方であるルイ様がついている。私を甘やかしまくって脳を溶かしてドロドロの沼にハマらせるのが得意なお方だ。絶対に私を見捨てないと言い切れる。
 そばにいるとこれ以上ないくらいにときめくのに、これ以上ないほどに私を安心させてくれる稀有けうな存在だ。

「はい。頼りにしています」
 
 私はそう答えながら、どうやったらこの方に好きになってもらえる女性になれるのだろうかと真剣に頭を悩ませる。

――キス……してもらえたってことは、少なくとも嫌悪感は抱かれていないわけだから……

 考えながらまた昨夜のできごとを思い出してしまい、ぼーっとルイ様の唇を物欲しそうに眺めてしまった。

「リリー? またご褒美くれるの?」

 ルイ様に声をかけられて、私は羞恥に身体中の温度が上がるのを感じた。


 
 
 昨夜のできごとについて、一応主君から報告を受けていたイアンは、これまた一応二人と同じ馬車に乗り込んでいたのだが……。
 
――これで両片思い? 誰か嘘だといってくれ……。リリアーヌ様、好きでもない女性にキスをする男にはクズしかいないことにどうか早く気づいてください……。そしてルイナルド殿下は一途すぎてリリアーヌ様に病み気味であることを併せてご報告しておきます……。いや、はっきり言葉で伝えていないのに「気持ちは伝えている」と言い張る殿下も殿下ですが……。

「はぁ」

 イアン・アラスターはいつもと同様に空気に徹し、二人の醸し出す空気にやきもきしながら、こっそり呆れていたとかいなかったとか。

 終始お互いの存在しか見えていなかった二人は、馬車が目的地に到着しても、そんなイアンの様子にはついぞ気づくことはなかったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。

たろ
恋愛
幼馴染のロード。 学校を卒業してロードは村から街へ。 街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。 ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。 なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。 ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。 それも女避けのための(仮)の恋人に。 そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。 ダリアは、静かに身を引く決意をして……… ★ 短編から長編に変更させていただきます。 すみません。いつものように話が長くなってしまいました。

奥様はエリート文官

神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】 王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。 辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。 初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。 さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。 見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)

青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。 父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。 断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。 ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。 慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。 お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが この小説は、同じ世界観で 1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について 2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら 3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。 全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。 続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。 本来は、章として区切るべきだったとは、思います。 コンテンツを分けずに章として連載することにしました。

無理やり『陰険侯爵』に嫁がされた私は、侯爵家で幸せな日々を送っています

朝露ココア
恋愛
「私は妹の幸福を願っているの。あなたには侯爵夫人になって幸せに生きてほしい。侯爵様の婚姻相手には、すごくお似合いだと思うわ」 わがままな姉のドリカに命じられ、侯爵家に嫁がされることになったディアナ。 派手で綺麗な姉とは異なり、ディアナは園芸と読書が趣味の陰気な子爵令嬢。 そんな彼女は傲慢な母と姉に逆らえず言いなりになっていた。 縁談の相手は『陰険侯爵』とも言われる悪評高い侯爵。 ディアナの意思はまったく尊重されずに嫁がされた侯爵家。 最初は挙動不審で自信のない『陰険侯爵』も、ディアナと接するうちに変化が現れて……次第に成長していく。 「ディアナ。君は俺が守る」 内気な夫婦が支え合い、そして心を育む物語。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

婚約者に見殺しにされた愚かな傀儡令嬢、時を逆行する

蓮恭
恋愛
 父親が自分を呼ぶ声が聞こえたその刹那、熱いものが全身を巡ったような、そんな感覚に陥った令嬢レティシアは、短く唸って冷たい石造りの床へと平伏した。  視界は徐々に赤く染まり、せっかく身を挺して庇った侯爵も、次の瞬間にはリュシアンによって屠られるのを見た。 「リュシ……アン……さ、ま」  せめて愛するリュシアンへと手を伸ばそうとするが、無情にも嘲笑を浮かべた女騎士イリナによって叩き落とされる。 「安心して死になさい。愚かな傀儡令嬢レティシア。これから殿下の事は私がお支えするから心配いらなくてよ」  お願い、最後に一目だけ、リュシアンの表情が見たいとレティシアは願った。  けれどそれは自分を見下ろすイリナによって阻まれる。しかし自分がこうなってもリュシアンが駆け寄ってくる気配すらない事から、本当に嫌われていたのだと実感し、痛みと悲しみで次々に涙を零した。    両親から「愚かであれ、傀儡として役立て」と育てられた侯爵令嬢レティシアは、徐々に最愛の婚約者、皇太子リュシアンの愛を失っていく。  民の信頼を失いつつある帝国の改革のため立ち上がった皇太子は、女騎士イリナと共に謀反を起こした。  その時レティシアはイリナによって刺殺される。  悲しみに包まれたレティシアは何らかの力によって時を越え、まだリュシアンと仲が良かった幼い頃に逆行し、やり直しの機会を与えられる。  二度目の人生では傀儡令嬢であったレティシアがどのように生きていくのか?  婚約者リュシアンとの仲は?  二度目の人生で出会う人物達との交流でレティシアが得たものとは……? ※逆行、回帰、婚約破棄、悪役令嬢、やり直し、愛人、暴力的な描写、死産、シリアス、の要素があります。  ヒーローについて……読者様からの感想を見ていただくと分かる通り、完璧なヒーローをお求めの方にはかなりヤキモキさせてしまうと思います。  どこか人間味があって、空回りしたり、過ちも犯す、そんなヒーローを支えていく不憫で健気なヒロインを応援していただければ、作者としては嬉しい限りです。  必ずヒロインにとってハッピーエンドになるよう書き切る予定ですので、宜しければどうか最後までお付き合いくださいませ。      

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...