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第二章 婚約破棄
最後の足掻き②
しおりを挟む「こんなことするんじゃなかった……。心から後悔している。婚約を破棄することだけは許してほしい。リリー。愛しているんだ。結婚するならリリーじゃないと嫌なんだ。お願いだから……」
クラウスは縋るような目をして私を見た。
「私との将来を考えてくれていたのなら、どうして浮気をしたのですか? あなたが浮気さえしなければ、私はあなたと結婚したはずです」
――『以前の私ならば』という言葉は胸に留め置く。話を複雑にしてしまいそうな言葉は言わないに限る。
「……」
「私と結婚する未来を、私たち二人の関係を断ち切ったのはあなた自身です」
「違うんだ……」
「何が違うのですか? お相手の令嬢たちは三名ともベリサリオ家に逆らえない家柄でした。口止めも完璧でしたでしょう? そこまで徹底した人選をして、尾行対策もしっかりして、そうまでしてなぜ浮気をしたのですか?」
私は、一番疑問に思っていたことをぶつけた。
この際だ。言い訳もしっかり聞かせてもらおう。
「私という存在を肯定してほしくて……でも、彼女たちと一緒にいても、心は満たされなかった。なぜなら、私が愛しているのはリリーだけだからだ」
――「自分を肯定してほしかった」? 私が何年も毎日「好きだ」と伝えていたことは「肯定」に値しなかったということ?
私はため息をつきたくなった。
結局、クラウスは浮気をしたことが悪いとは思っていないのだ。
そうでなければこんな支離滅裂な言葉が出てくるはずがないし、都合の悪いことは隠したいのだ。
「私と比べたかったから、浮気をしたと」
「そうじゃない」
やっぱり浮気した人間の言い訳なんて碌なものじゃない。言い訳にすらなっていないのだから。
「浮気をして、それで私が一番だとわかったところで、私が喜ぶとでも思いました?」
「違う。リリーは他の誰と比べたとしても……そもそも比べなくとも、私の中で一番なのは変わりないんだ……」
今回の件に対してお互いの認識が合致しないので、すれ違ったまま会話が進んでいく。
「バレなければ何をしても許されるとでも思っていたのですか?」
「……」
あ。ここでは認識が一致したらしい。
なるほど。クラウス的には浮気ではないけれど、バレなければいいと思ってしていたことだったと。
「法律に則り、婚約破棄とさせていただいてよろしいですよね?」
「……わかった。私が何と言おうと、リリーが浮気だと言うなら受け入れる。でも、一つだけ条件を飲んでほしい。それさえ叶えてもらえれば、素直に婚約破棄を受け入れると約束する。最後のお願いだから……」
今まで私とクラウスのやりとりを静かに眺めていたベリサリオ公爵は、愛する息子が必死に縋る様子に我慢できなくなったのか、重ねて頭を下げた。
「愚息の罪深さは理解しているが、最後の願いだけ聞き入れてもらえないだろうか。この私に免じて、よろしくお願いします」
クラウスの願いが何かも聞いていないのに、狡くはないだろうか。これでは私が悪者みたいだ。
はぁ、と私はこっそりため息をついた。
「まず条件をお聞かせ願います」
「半年……、いや、三カ月でいい。最後にもう一度だけリリーに考え直してもらう期間を設けてほしい」
「何をされても、何を言われても、私の気持ちは絶対に変わらないと断言できますけれど、それでもいいのですか?」
「……気持ちが変わらなかったら、潔く諦めると誓う」
――うーん。仕方ない。なんだかクラウスもベリサリオ公爵も折れてくれそうにないし、私の気持ちは絶対に変わらないし……この条件さえ飲めばすんなりと婚約破棄できるのだとしたら……婚約破棄したくないとごねられて裁判にもつれ込むよりはいいのかもしれない。
私はそう考え、提案を受け入れることにした。
隣の父も「リリーが好きなようにすればいい」と強く頷いてくれた。
「わかりました。条件を受け入れます。ですので、三カ月後にはクラウス様も必ず約束を守ってください」
「了解した」
「リリアーヌ、愚息が本当に申し訳なかった。最後の頼みを聞いてくれて心から感謝する。ジェセニア伯爵も、ありがとうございます」
静かに頷いている父を見ながら、こうしてベリサリオ公爵にも恩が売れたなら、いい選択だったかもしれないと私は思った。
争わず、穏便に婚約破棄することが一番の目的だったのだから、結果は上々だといえる。
クラウスが何を考えて三カ月の猶予を欲しがったのか、その真意はわからなかったが……。
私が意志を曲げなければそれで済む問題なのだから、何も問題はないと思った。
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