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第四章 新製品の開発と絆

王女殿下

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 再度お店が大繁盛し始め、なかなか休みもとれなかったのだが、三ヵ月もすればそれも落ち着いてきた。
 
 そんな中、私は恐れ多いことにラヴィーナ王女殿下のお茶会に招待されてしまった。「改めてこの度のことを謝りたい」とのことらしい。
 
 もう済んだことだし、不良債権を抱えてもいいと思うほど責任を感じているようだったので、反省も十分しているだろうからそこまでしなくても――とは思ったのだけれど。
 
 ただ、いくら王女殿下といえど、幼い女の子がそこまで思いつめていることは気になっていたのだ。きっとエミリオ様が兄として適切にフォローはしているのだろうけれど、この機会に直接ご本人の様子をうかがえたらいいなとも思った。
 
 けれど、私の付け焼き刃な貴族マナーが通用するかどうかという問題もある。
 
 ヴィタリーサで働くようになって、それまで以上に貴族と関わることが増えたので、少しずつ独学でマナーも学んでいたのだけれど、それでは到底足りず、王女殿下に対して失礼をしてしまわないか心配だった。
 お茶会への招待を受けると決めてからはイザベラ様にも師事してお茶会マナーは最低限履修済みだ。エミリオ様からは「気軽な気持ちで会ってくればいい。それが妹の望みだ」とは聞いているけれど。

 そうして万全の?準備を整えて迎えた当日。
 案内されたのは王宮敷地内にある広大な温室の中。色とりどりの花が咲き乱れる中、王女殿下が心を込めて準備してくださったとわかるお茶会会場へとたどり着いた。
 
 椅子を勧められたけれど、緊張でどうすればいいのかわからなくなってしまい、結局王女殿下が姿を現すまでは立って待つことにして、座るのを遠慮した。
 そのまま緊張から落ち着かなくなっている心臓の音を感じながらじっと待っていると、時間の感覚もわからなくなってしまった。
 
 数分なのか、数十分なのかもわからない時間をただじっと地面を見つめて過ごしていたら、王女殿下の訪れを知らされた。
 
 知らされてすぐ、私の視界に一目で上質とわかるドレスを身に纏った女の子の姿が登場した。
 丁寧に作られたビスク・ドールのように現実離れした顔立ちに、真っ白な髪、真っ赤な目が神秘的な……。

――ん? なにやら既視感が……

「あっ! あのときのお姉さん!」
「まさか……ラヴィー……!」

 私は極限まで緊張が高まっている中、見覚えのある少女が現れたため、つい今の状況を忘れてしまった。

――Oh……まさかの展開に驚いて王女殿下を呼び捨てしたみたいになってしまった!

 私が前世を思い出したあの日、街で迷子になったラヴィーを迎えに来た護衛騎士さんたちは一度面識あるから苦笑いだけれど、事情がまだ飲み込めていないらしい侍女さんたちの目は見事に吊り上がっている。
 
「ラヴィーナ王女殿下、ご機嫌麗しゅう」

 私は急いで体裁を取り繕って頭を下げた。
 頭を上げると、王女殿下が目の前まで歩み寄ってきてくれていた。

「私が王都の街をさまよっていたとき、助けてくれたお姉さんですよね? あなたがアイリーン様だったのですね……!」
「ええと……はい。その節はどうも……不敬な物言いをして大変申し訳ありませんでした」

 私が苦笑いをしていると、王女殿下に手を握られた。

「会いたかったです……! あの時は本当にありがとうございました……! 私、ずっとお姉さんに会いたくて、一生懸命探したのですがなかなかうまくいかなくて……。貴族だったのですね」

 探してまで会いたいと思ってくれるなんて考えもしなかった。それなら名前と居住地を教えてもよかったのかもしれないと思った。
 ……けれど、本音をいえばあの時は「本邸にも住まわせてもらえない居候」の自覚があったから、なかなか素性を明かしづらかったのだ。どうか許していただきたい。
 
「私もお会いしたかったですよ」

 私がそう言って微笑むと、逆に王女殿下はとても悲しそうな顔になった。

「ごめんなさい。私、恩人にご迷惑をかけてしまったのですね。本当に反省しています」

 そこで街で会ったラヴィーから聞いた話の内容を思い出した。彼女が特に慕っていると熱弁してくれた「二番目の兄」とは、第二王子のエミリオ様のことだったのだ。

――なるほど、あんなに熱弁するほど慕っていたお兄様なのだから、敵対視されても仕方ないか……

 実際、私に関わるようになってからエミリオ様はとても忙しくなってしまったことだろう。
 
 化粧品の開発とヴィタリーサの開店準備に始まり、店長まで勤めてしまうことになったのだから、それまでの生活とは一八〇度変わってしまったと思う。
 
 再会できた感動をひとしきり噛みしめたあと、立ったままだった私たちは美しくセッティングされたテーブルに腰を落ち着けた。

 そしてエミリオ様の時間を奪ってしまい、本当に申し訳なく思っているという話をしていると、ラヴィーちゃんは驚きに目を丸くして言った。
 ちなみにラヴィーちゃん、アイリーンお姉様と呼び合えることになった私はご機嫌だ。
 
「あれ……? もしかしてアイリーンお姉様、『エリー』の正体に気づいています?」
「ええ、もちろん」

 私はくすりと笑った。

――やっぱりまだバレていないと思っていたのね。

 エリーが女装している男性だろうことは最初にメイクしたときから気づいていた。
 貴族の女性ならメイクされることに慣れているはずなのに、その様子がなかったからだ。

――最初は前世でもたくさんいた、「男の」なのかなぁって思っていたけれど……

 直接肌に触って間近でパーツを確認する仕事なのだから、同一人物に気づかないわけがない。

――特にエミリオ様は特徴的な泣き黒子もあるしね……。

 ただ、最初は男性に対する苦手意識からエミリオ様の顔を直視できていなかったから、気づいたのはきちんと目を見て話をできるようになってからだ。

 だから、いまさら感があったのと、その話をするタイミングもなかったので、これまで指摘することはなかった。
 エミリオ様と仕事をするようになってエリーと全く会えなくなったことも気づいた理由の大半を占めるけれど。

「なあんだ。お兄様、いつバラしたらいいのかってすごく悩んでいたんですよ」
「そうだったんですね。じゃあ早く伝えてあげないとですね」

 私たちはくすくすと笑い合った。
 エミリオ様は普段からラヴィーちゃんとたわいない話をよくしているようだ。
 
「……本当は、エミリオお兄様が羨ましかったんです」
「羨ましい? 私が疎ましかったのではないのですか?」
「その気持ちも全くないわけではないですが……それよりも『自分の好きなこと』に楽しそうに一生懸命取り組むお兄様の姿がとても活き活きしていて、私には輝いて見えて、羨ましかったのです」
「ラヴィーちゃんにはそう思えることがない?」
「残念ながら……」

――そうか。一番上のお兄様は可愛がってはくれるけれど、忙しくてあまり相手にされない、二番目のお兄様は家でよく構ってくれるから仲良し、って言ってたなぁ。

 それが二番目のお兄様もやりたいことを見つけて自分に割ける時間もほぼなくなってしまって、ラヴィーちゃんは孤独になってしまったのかなぁと想像する。
 
 以前、「王族とは見えないかせめられているようで息苦しくて仕方がない」というようなことをエミリオ様が溢していたことを思い出す。
 
 ラヴィーちゃんも同じように感じていたのなら、エミリオ様はやりたいことを見つけたことでその「枷」から解き放たれたように感じたのかもしれない。

 でも、自分の「やりたいこと」を見つけるのはそう簡単にできることではない。
 
 私が前世で何も考えず、就職できるところに就職したら結果的にそれが天職だった、というのはただ運がよかっただけで、奇跡に近いと思う。
 
 ただ、経験してみないことにはそれが「向いているのか、いないのか」すらもわからない。
 だから最終的にはいろいろ経験してみるしかないのだ。自分の世界を広げるためにも。
 
 そう考えると、私にできることは一つだけ。

「ラヴィーちゃん、お父様とお母様に許可をいただけたら、ヴィタリーサお兄様と私のお店」に来てみませんか?」
「はい……! 約束でしたものね……!」
「はい。覚えていてもらえて光栄です」

 一年前、ラヴィーちゃんと「私はきっと化粧品を売る仕事に就いてみせるから、その夢が叶ったら私の職場で再会しよう」と約束した。それから――。

「もう一つの約束は、当日果たしますね」
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