上 下
40 / 42

心の支え2

しおりを挟む

 なんで俺はこんなところで一人ぼっちなんだろう。12歳のヴァルターはベッドの上で座って泣いていた。

 ネバンテ地方で最も大きな領土を持つメラース家の長男であるヴァルターは、物心つく頃から親に甘えたことがない。両親は帝国に謀反を企んでおり、ヴァルターに危険が及ぶ可能性を考えて祖父へと預けていた。

「ヴァルター!いつまで泣いているんだ」

「だって。僕の誕生日なのに母様も父様も来てくれないんなんて!」

 部屋に祖父が入ってきて、いつまでも泣いているヴァルターを注意する。数日後にあるヴァルターの誕生日に、両親が来ないと聞いてからヴァルターはずっと泣いていた。

 強く育てたい、そう思い祖父はヴァルターへ強く当たることが多く、ヴァルターは立ち上がると祖父をにらみつけて外へ飛び出した。

「ヴァルター!どこに行くんだ!」

「放っておいてよ!」

 ヴァルターは部屋を飛び出し、馬小屋へ行くと乗り慣れた自身の馬に乗って屋敷から出て行った。

 どこに行こうとも決めておらず、ただただ馬を走らせていると小さな小屋を見つけた。

「前、狩りに連れてきてもらったときに使った小屋だ」

 ヴァルターはぐすぐすと泣きながら馬から降りると、ふらふらと歩きだした。

 しばらく歩いていると、きゃっきゃと子供たちの楽しそうな声が聞こえ、思わずその場に身を伏せる。

「ど、どこだ?」

 きょろきょろと周りを見渡すと、少し離れた場所にある川で少年少女が楽しそうに水浴びをしていた。

「なんだよ。楽しそうに」

 自分の状況とは全く違い、楽しんでいる子供たちに腹が立ったヴァルターがすねたように言った。ヴァルターにはクルトなど友達はいるものの、頻繁には会えない状況だった。もちろん、子供だけで遊んだ記憶はほとんどない。

「ふん。別にうらやましくなんかないぞ」

 そう言いながらもじっと川で遊ぶ人を見ていると、その中にいる緑色のロングヘアの女の子から目が離せなくなった。

「か、かわいい」

 ぽつり、と思わずヴァルターがつぶやき、自分の言葉に驚いたようにヴァルターは両手で自分の口を押さえた。

 緑色の髪をした少女、幼い頃のコルネリアは嬉しそうに笑顔で水を、隣にいる少女へかけている。にこにこと楽しそうに笑い、動くその姿をじっとヴァルターは見つめた。

 その日からヴァルターは、なんとなく毎日その川が見える林まで馬で出かけるようになった。もちろん毎日コルネリア達が川にいるわけではない。

 しかし、コルネリア達が川で遊ぶ姿を見ると、自分も一緒に子供らしく遊べているような、そんな気持ちになれた。また、コルネリアの姿を見ると、ヴァルターは胸がどきどきして仕方がなかった。



 
 目が覚めると憂鬱だったヴァルターの日々は、少し輝き始めた。その日もぱちりと目が覚めると、早く勉強を終わらせて川を見に行こう、とヴァルターは笑顔を浮かべた。

「ヴァルター!!」

「お、おじい様どうしたのですか?」

 笑顔を浮かべていたヴァルターの部屋に祖父が飛び込んでくる。早朝から尋常ではない様子で現れた祖父を、不安そうにヴァルターが見つめる。

「落ち着いて聞きなさい。お前の、お前の両親が」

 肩を痛いほど強く掴み、目を真っ赤にした祖父が語った内容は幼いヴァルターには信じられない内容だった。両親が謀反の企みがバレて、殺されたというのだ。

「う、嘘だ!」

「これからは、お前が二人の意思を次いで国を作るんだ」

「嫌だ!」

「ヴァルター!待ちなさい!」

 ヴァルターは部屋から飛び出し、いつもの川が見える場所まで急いだ。ボロボロと涙をこぼし、足がもつれて何度も転んだ。

 はあはあ、と息切れを起こしたヴァルターが顔を上げると、いつもの川にコルネリア達の姿はなかった。

「なんで!なんで!」

 頭がぐちゃぐちゃのヴァルターはそう言うと、今まで見ているだけだった川の方へ歩き出す。ヴァルターも自分が何をしたいのか分からなかったけれど、じっと止まってもいられなかったのだ。

「あら?」

 誰もいないと思っていた川に近づくと、岩の影にコルネリアが座っていた。彼女はボロボロ泣きながら歩いてくるヴァルターを見て、こてんと首をかしげている。

「き、君は」

「ないているのね。こちらにおいでなさい」

 ヴァルターより5つほど年下のコルネリアは、舌足らずなしゃべり方でヴァルターを呼んだ。

「どうしたの?」

 目の前まで来たヴァルターにそうコルネリアが問いかける。目の前で見るコルネリアは儚げで美しく、頭の片隅でその美しさを感じながらもヴァルターの胸は悲しみでいっぱいだった。

「もう。ダメなんだ。ダメになってしまったんだ」

 大好きな両親が死んでしまった悲しみ、そして両親の意思を継がないといけない重責、それらがずしんとのしかかったヴァルターが喘ぐようにつぶやく。

「なにかがだめになったの?」

 自分より年上の少年が目の前で泣いているのに、コルネリアは一切に動じていない。ヴァルターの言葉に不思議そうに言葉を返した。

「全部。全部だよ」

 ヴァルターがそう叫ぶと、コルネリアは両腕を組んでうーんと考えた。

「わかったわ。ぜんぶだめになったなら、わたしの国においでよ。そうじとかしなきゃだけど、わたしが養ってあげる」

「え?」

「こうみえても、聖女こうほでえらいのよ!あなたひとりくらい、養ってあげますわ。神殿でコルネリアに言われてきたって言えばいいわ」

 えっへん、と胸を張って言うコルネリア。儚く美しい容姿の年下の少女が、まさかそんな発言をすると思っていなかったヴァルターはぽかん、と口を開けてコルネリアを見つめる。そして、大きな声で笑い始めた。

「な、なんですの?」

「君って最高だ!」
 
 そう言ってヴァルターはコルネリアを抱きしめると、ひとしきり笑った。びっくりした様子のコルネリアも、ずっと笑っているヴァルターにつられて笑い出した。

「コルネリア!ありがとう!」

(――この少女が好きだ!この子に恥じない生き方をしたい!)

 ヴァルターは晴れやかな表情を浮かべて、立ち上がった。

「いいんですわ。なにかあったら、神殿にきていいですわよ」

「ああ。ありがとう」

 えへんと胸を張るコルネリアの頭を撫で、ヴァルターは来た道の方へ向かって歩き出した。コルネリアは急にその場から立ち去ろうとするヴァルターを止めず、ばいばいと手を振った。

 その後。何度かコルネリアが遊ぶ川へ行ったものの、ヴァルターは声をかけられなかった。そして、祖父の屋敷から離れる日が決まり、ヴァルターが行ったことは画家に絵を描かせることだった。

(――コルネリア。君にふさわしい男になる)

 画家に書いてもらったコルネリアの絵を握りしめて、ヴァルターは祖父の屋敷を出て行った。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

地味すぎる私は妹に婚約者を取られましたが、穏やかに過ごせるのでむしろ好都合でした

茜カナコ
恋愛
地味な令嬢が婚約破棄されたけれど、自分に合う男性と恋に落ちて幸せになる話。

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。 しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。 その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。 一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

処理中です...