上 下
35 / 42

そして30日目

しおりを挟む
 もう涙も出てこない。国民たちは高台の上にある教会に身を寄せ合い、ぶるぶると震えながら祈りをささげていた。

 自分たちは女神から見捨てられた、と国民たちは悟っていた。動く元気のある者は国境を越えてネバンテ国などに避難をしたが、多くの国民たちは移動する体力も残っていない。

 ただただ、水が入ってこない教会で震えながら、女神から下された天罰に耐えるのみだった。

「パトリックめ!」

 一人の男性が叫びながら立ち上がる。

「あのくそ野郎のせいで、俺たちの国は駄目になったんだ」

「そうよ。あの男さえいなければ」

 誰もが口々にパトリックを罵る。しかし、罵る人の中からパトリックを倒し、女神に許してもらおうとする人は出てこない。

 彼らは、ただただ女神に許してもらうのを待っていた。








 

「あああああ。くそくそくそ」

 誰もいなくなった部屋でパトリックは頭を抱えていた。今日でクーデターを起こした日から一か月が経つ。気が付けば宰相が消え、貴族が消え、使用人までもが消えていた。

 何日も服を着替えていないパトリックからは異臭がし、髪は油でべたべたになっている。とても一国の王とは思えない見た目だった。

 今まで一度も料理や洗濯などをしたことがないパトリックは、身の回りのことなど何もできない。食料自体も食料庫が焼けてしまったため、王宮には残っていなかった。

「パトリック様。落ち着いてください」

 ここ数日雨水しか飲んでいないマリアンネが、ふらふらとしながらパトリックに声をかけた。青色の衣は薄汚れ、華奢で美しかった手は荒れ、つやつやとしていた髪の毛はぼさぼさで見る影もない。

 マリアンネは食料がなくなって早々に王宮から逃げようと試みたが、パトリックに見つかり彼の自室に閉じ込められていた。マリアンネの足にはロープがかけられ、ベッドの脚にくくりつけられている。

「お前も俺が愚かだと思っているんだろう!」

 ばん!とパトリックが足元に転がっていた本を蹴り飛ばすと、きらりと何かが光った。マリアンネはちら、と飛ばされた物を確認すると、媚びるように笑顔を浮かべた。

「そんなこと思うわけがありませんわ!女神様の意思にそぐわないことをすれば、こんな結果になると教えなかった水色衣の聖女が悪いんです」

 マリアンネの言葉に、パトリックがぎらぎらと目を光らせて「誰のせいだと?」と尋ねる。

「聖女ですわ!コルネリア達です!あの子たちは女神様の言葉を聞けると言っていましたし、おそらくこうなることだって分かっていましたわ」

「コルネリアめ」

 ぎり、とパトリックが歯を食いしばり、コルネリアの顔を思い出した。儚げで美しい横顔、可愛がってやろうと思ったのに、とぐちゃぐちゃな自分勝手な感情があふれ出す。

 パトリックはマリアンネ同様、ここ数日は雨水しか口にしていない。定まらない思考の中で、コルネリアが悪かったというマリアンネの言葉だけがしっかりと響いた。

「くそ。あいつのせいだ」

 ふらり、と立ち上がり部屋からパトリックが出ていく。その様子を確認したマリアンネは、自身の足にくくりつけられているロープを近くに落ちているナイフで切った。先ほどパトリックが本を蹴飛ばしたときに、運よく近くにナイフが転がってきたのだ。

 マリアンネは先ほどまで浮かべていた笑顔を消し、辺りをきょろきょろとうかがいながら部屋を出て行った。

「ひっ」

 ばんっと外から大きな音がし、マリアンネは悲鳴をあげる。何かさらに悪いことが起きている。そう察知したマリアンネは、人気の少ない地下の方へと向かった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】 ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です ※自筆挿絵要注意⭐ 表紙はhake様に頂いたファンアートです (Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco 異世界召喚などというファンタジーな経験しました。 でも、間違いだったようです。 それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。 誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!? あまりのひどい仕打ち! 私はどうしたらいいの……!?

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~

juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。 しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。 彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。 知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。 新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。 新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。 そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

義母ですが、若返って15歳から人生やり直したらなぜか溺愛されてます

富士とまと
恋愛
25歳で行き遅れとして実家の伯爵家を追い出されるように、父親より3つ年上の辺境伯に後妻として嫁がされました。 5歳の義息子と3歳の義娘の面倒を見て12年が過ぎ、二人の子供も成人して義母としての役割も終わったときに、亡き夫の形見として「若返りの薬」を渡されました。 15歳からの人生やり直し?義娘と同級生として王立学園へ通うことに。 初めての学校、はじめての社交界、はじめての……。 よし、学園で義娘と義息子のよきパートナー探しのお手伝いをしますよ!お義母様に任せてください!

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。

バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。 そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。 ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。 言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。 この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。 3/4 タイトルを変更しました。 旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」 3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄されて満足したので聖女辞めますね、神様【完結、以降おまけの日常編】

佐原香奈
恋愛
聖女は生まれる前から強い加護を持つ存在。 人々に加護を分け与え、神に祈りを捧げる忙しい日々を送っていた。 名ばかりの婚約者に毎朝祈りを捧げるのも仕事の一つだったが、いつものように訪れると婚約破棄を言い渡された。 婚約破棄をされて喜んだ聖女は、これ以上の加護を望むのは強欲だと聖女引退を決意する。 それから神の寵愛を無視し続ける聖女と、愛し子に無視される神に泣きつかれた神官長。 婚約破棄を言い出した婚約者はもちろんざまぁ。 だけどどうにかなっちゃうかも!? 誰もかれもがどうにもならない恋愛ストーリー。 作者は神官長推しだけど、お馬鹿な王子も嫌いではない。 王子が頑張れるのか頑張れないのか全ては未定。 勢いで描いたショートストーリー。 サイドストーリーで熱が入って、何故かドタバタ本格展開に! 以降は甘々おまけストーリーの予定だけど、どうなるかは未定

処理中です...