12 / 42
先手必勝
しおりを挟む
屋敷内の書斎には、ヴァルターの背ほどの高さの本棚がずらりと並ぶ。本の種類は様々だが、農業に関するものが多い。
「好きな本があるか分からないが…。物語ならこの辺りだな」
部屋の隅にある端っこの本棚には、この世界の人なら誰もが知る定番の物語から、ブーテェ法国では見たことがない物語の本まである。
そんな物語の本が並ぶ場所に『女神様が愛した水色の王子様』という見慣れたタイトルを見て、コルネリアが手に取った。
ブーテェ法国の成り立ちが、可愛いイラストと共に紹介されている絵本だ。法国では、どんな小さな教会にも置いてある定番の絵本だった。
【この国でも、よく読まれているんですか?】
「いや。ブーテェ法国のことが気になってな。本を扱う商人に集めてもらった中に入っていたんだ」
コルネリアから目を逸らし、少し気まずそうにヴァルターが言った。
(―――私との結婚が決まってから、読んでくださったのかしら?)
自分の生まれ育ったブーテェ法国について、知ろうとしてくれたことがコルネリアは嬉しかった。ふふっと笑顔を浮かべ、手に取った本を抱きしめる。
「この部屋の中にある本は、父や祖父などが集めていたものも多いから。コルネリアが見たことがないものもあると、思う。……!」
部屋の中を歩きながら説明していたヴァルターは、コルネリアの背中側にある本棚の一点を見つめると顔色を変えた。
『淑女の耐え難き困難』や『未亡人は夜の夢を見る』などのタイトルが並ぶコーナー。そこには、一般的に大人の男性が読む本がずらりと並んでいた。
ヴァルターの祖父が集めた本で、彼自身は興味がない本だった。そのため、すっかり存在を忘れていたのだ。
顔色を変えているヴァルターに、コルネリアは不思議そうに首を傾げる。そして、ヴァルターの視線が自身の背中側にある本棚を見ていると気がつくと、振り向こうとした。
「コルネリア!」
慌てたヴァルターが、コルネリアの肩を掴もうとして体制を崩す。悲鳴を声に出せないコルネリアが、ひゅっと喉を鳴らす。
(―――か、顔が近いですわ!)
何が起きたか分からないが、目の前にヴァルターの顔があることにコルネリアが驚く。押し倒す形になったヴァルターは、そのまま動かない。
(―――さぁ!ヴァルター様!)
コルネリアはぎゅっと瞳を閉じると、少しだけ唇をとがらせる。期待と興奮から白い肌が赤く染まり、絵本を抱きしめる指に力が入る。
ヴァルターは無言でコルネリアの唇を見つめ、吸い込まれるようにそっと顔を近づけた。
「奥様?いらっしゃいますか?」
しんと静まる書斎に、カリンの声が響く。あと1cmでくっつくほど顔を近づけていたヴァルターが、さっとコルネリアから離れる。
「カリンが呼んでいるな。行くか」
そうコルネリアに言うヴァルターは、少し落ち込んでいるように見える。咄嗟に離れてしまったことを、後悔しているようだ。
(――逃がしませんわ!)
コルネリアは座ったままのヴァルターの前に、ずいっと身体を近づける。
「コルネリア?どうしたんだ?」
そのまま困惑するヴァルターの肩に手を置くと、そっと目を閉じて口付けをした。
「え?」
コルネリアの突然の行動に、頭がついていかないヴァルターは目を開けたまま受け入れる。
ちゅっ、と小さな音が鳴り、コルネリアの唇が離れる。えへへ、と照れたように笑うと、彼女はさっと立ち上がった。
【次は目をつぶってくださいね】
そう紙に書いて伝えると、そのまま書斎から出ていった。座ったままのヴァルターは、自分の唇に指を当てる。
年齢なりに恋愛経験もあるヴァルターは、キスだけで動揺する自分に信じられなかった。顔を真っ赤にすると、しばらくその場に座り込んでいた。
「あ!奥さま。こちらにいらっしゃったのですね。あら?大変!お顔が真っ赤ですよ」
熱があるんじゃないか、と騒ぐカリンにコルネリアは、ニヤけそうになる表情を抑えることで必死だった。
「好きな本があるか分からないが…。物語ならこの辺りだな」
部屋の隅にある端っこの本棚には、この世界の人なら誰もが知る定番の物語から、ブーテェ法国では見たことがない物語の本まである。
そんな物語の本が並ぶ場所に『女神様が愛した水色の王子様』という見慣れたタイトルを見て、コルネリアが手に取った。
ブーテェ法国の成り立ちが、可愛いイラストと共に紹介されている絵本だ。法国では、どんな小さな教会にも置いてある定番の絵本だった。
【この国でも、よく読まれているんですか?】
「いや。ブーテェ法国のことが気になってな。本を扱う商人に集めてもらった中に入っていたんだ」
コルネリアから目を逸らし、少し気まずそうにヴァルターが言った。
(―――私との結婚が決まってから、読んでくださったのかしら?)
自分の生まれ育ったブーテェ法国について、知ろうとしてくれたことがコルネリアは嬉しかった。ふふっと笑顔を浮かべ、手に取った本を抱きしめる。
「この部屋の中にある本は、父や祖父などが集めていたものも多いから。コルネリアが見たことがないものもあると、思う。……!」
部屋の中を歩きながら説明していたヴァルターは、コルネリアの背中側にある本棚の一点を見つめると顔色を変えた。
『淑女の耐え難き困難』や『未亡人は夜の夢を見る』などのタイトルが並ぶコーナー。そこには、一般的に大人の男性が読む本がずらりと並んでいた。
ヴァルターの祖父が集めた本で、彼自身は興味がない本だった。そのため、すっかり存在を忘れていたのだ。
顔色を変えているヴァルターに、コルネリアは不思議そうに首を傾げる。そして、ヴァルターの視線が自身の背中側にある本棚を見ていると気がつくと、振り向こうとした。
「コルネリア!」
慌てたヴァルターが、コルネリアの肩を掴もうとして体制を崩す。悲鳴を声に出せないコルネリアが、ひゅっと喉を鳴らす。
(―――か、顔が近いですわ!)
何が起きたか分からないが、目の前にヴァルターの顔があることにコルネリアが驚く。押し倒す形になったヴァルターは、そのまま動かない。
(―――さぁ!ヴァルター様!)
コルネリアはぎゅっと瞳を閉じると、少しだけ唇をとがらせる。期待と興奮から白い肌が赤く染まり、絵本を抱きしめる指に力が入る。
ヴァルターは無言でコルネリアの唇を見つめ、吸い込まれるようにそっと顔を近づけた。
「奥様?いらっしゃいますか?」
しんと静まる書斎に、カリンの声が響く。あと1cmでくっつくほど顔を近づけていたヴァルターが、さっとコルネリアから離れる。
「カリンが呼んでいるな。行くか」
そうコルネリアに言うヴァルターは、少し落ち込んでいるように見える。咄嗟に離れてしまったことを、後悔しているようだ。
(――逃がしませんわ!)
コルネリアは座ったままのヴァルターの前に、ずいっと身体を近づける。
「コルネリア?どうしたんだ?」
そのまま困惑するヴァルターの肩に手を置くと、そっと目を閉じて口付けをした。
「え?」
コルネリアの突然の行動に、頭がついていかないヴァルターは目を開けたまま受け入れる。
ちゅっ、と小さな音が鳴り、コルネリアの唇が離れる。えへへ、と照れたように笑うと、彼女はさっと立ち上がった。
【次は目をつぶってくださいね】
そう紙に書いて伝えると、そのまま書斎から出ていった。座ったままのヴァルターは、自分の唇に指を当てる。
年齢なりに恋愛経験もあるヴァルターは、キスだけで動揺する自分に信じられなかった。顔を真っ赤にすると、しばらくその場に座り込んでいた。
「あ!奥さま。こちらにいらっしゃったのですね。あら?大変!お顔が真っ赤ですよ」
熱があるんじゃないか、と騒ぐカリンにコルネリアは、ニヤけそうになる表情を抑えることで必死だった。
32
お気に入りに追加
2,654
あなたにおすすめの小説
私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです
青の雀
恋愛
第1話
婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?
今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。
しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。
その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。
一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。
【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜
よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」
ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。
どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。
国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。
そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。
国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。
本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。
しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。
だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。
と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。
目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。
しかし、実はそもそもの取引が……。
幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。
今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。
しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。
一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……?
※政策などに関してはご都合主義な部分があります。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
偽者に奪われた聖女の地位、なんとしても取り返さ……なくていっか! ~奪ってくれてありがとう。これから私は自由に生きます~
日之影ソラ
恋愛
【小説家になろうにて先行公開中!】
https://ncode.syosetu.com/n9071il/
異世界で村娘に転生したイリアスには、聖女の力が宿っていた。本来スローレン公爵家に生まれるはずの聖女が一般人から生まれた事実を隠すべく、八歳の頃にスローレン公爵家に養子として迎え入れられるイリアス。
貴族としての振る舞い方や作法、聖女の在り方をみっちり教育され、家の人間や王族から厳しい目で見られ大変な日々を送る。そんなある日、事件は起こった。
イリアスと見た目はそっくり、聖女の力?も使えるもう一人のイリアスが現れ、自分こそが本物のイリアスだと主張し、婚約者の王子ですら彼女の味方をする。
このままじゃ聖女の地位が奪われてしまう。何とかして取り戻そう……ん?
別にいっか!
聖女じゃないなら自由に生きさせてもらいますね!
重圧、パワハラから解放された聖女の第二の人生がスタートする!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる