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32話
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アルゼリアの屋敷まで着いたのは、辺りが真っ暗になった頃だった。少し離れた場所で馬車を降り、屋敷まで向かう足取りは軽く、ふわふわとした気持ちだった。
(――殿下は可愛い人だ)
口付けをした後に、真っ赤な顔をしていたジェレマイアを思い出して、思わず笑みがこぼれた。
屋敷の門を通り、中に入るとバタバタと皆が忙しそうにしている。
「あれ?今日ってこのあと何も予定なかったよね?」
ビオラが不思議そうに言うと、廊下の向こうからアイリーンが走ってきた。
「あ!ビオラ!」
「何かあったの?」
「それがね。アルゼリア様が急に皇后様から呼ばれて、これからお城に行くところなの」
「え!」
「それで。なぜか侍女としてビオラも連れてくるように名指しされたんだけど、何かあったの?」
急な皇后からの呼び出しに、屋敷内では急いで準備をしているようだった。
(――もしかして。殿下からのプロポーズが関係するのかな)
「教えてくれてありがとう!アルゼリア様のところに行って、すぐに私も準備するね!」
「帰ってこなかったらどうしようかと思ったわ。よろしくね」
(――お嬢様にプロポーズのことを話すのは、お城から帰ってからにしよう)
ビオラは早歩きで、アルゼリアの部屋に急いだ。
「寒くないですか?大丈夫ですか?」
「ビオラ。そんなにいらないわ」
すでに湯浴みを済ませていたアルゼリア。馬車の中は冷えており、ビオラはたくさんの毛布を持ちこみアルゼリアに巻きつけた。
「それにしても急よね。ビオラまで呼ばれて。もしかしたら、この前の眠り病に関係があるかもしれないわ」
「なるほど」
ビオラはジェレマイア関係で呼ばれたのかも、と怯えていたが、確かに眠り病など薬学の知識を必要とされているケースもあるな、と少し安心する。
馬車はすぐに城へ到着し、門のところには案内のために来た侍女が立っていた。
「それでは、こちらへどうぞ」
名乗りもしない侍女が、二人を先導する。階段や廊下を通り抜け、しばらく歩くと一つの部屋の前で止まる。
「なんだか、変じゃないですか?」
門からぐるぐると歩いてきたが、どんどん人気のない場所へ向かっているようにビオラは感じた。現に、案内された部屋の周りには、使用人の姿すらなかった。
「中でお待ちです。お待たせしてはいけません」
「分かりましたわ」
侍女が扉を開けてそう言うと、アルゼリアが返事をしてビオラに目配せした。ビオラは頷いて、先に部屋に入る。
「来い!」
「アルゼリア様!入ったらダメです!」
部屋に入った瞬間、大きな男の手で胸ぐらを掴まれて部屋に引きずりこまれる。ビオラは慌てて外にいるアルゼリアに叫ぶが、同時に部屋から飛び出した男がアルゼリアの細い腕を掴んだ。
「お嬢様!」
「うるさいな」
ばちん!と顔に衝撃が走り、頬が熱く鉄の味がした。男から殴られたのだ、とビオラが理解した頃には、アルゼリアも部屋に入れられて扉は閉められた。
殴られたビオラを見てかけよろうとするアルゼリアを、腕を掴んだ男が強引に椅子に座らせた。そして、紐でアルゼリアの手首を結ぶと、胴体を椅子の背もたれにぐるりと固定した。
「お嬢様」
ビオラが頬の痛みも忘れて起き上がると、今度は腹部に衝撃が走る。男に蹴り飛ばされたのだ。あまりの痛さに、チカチカと目に光が走る。それでも、アルゼリアを守るために、男を睨みつけた。
「貴方たちは誰なんですか。お嬢様に、アルゼリア様に何をするんですか」
「あらあら。すぐに解放してあげるわよ」
部屋の奥から声がして、ビオラがそちらの方を見る。暗い部屋の中、唯一ある蝋燭の近くにゆったりと座るクレアの姿があった。
そばにはミレイユが、不愉快そうな表情を浮かべて立っている。クレアはビオラと目が合うと、にんまりと笑った。
(――殿下は可愛い人だ)
口付けをした後に、真っ赤な顔をしていたジェレマイアを思い出して、思わず笑みがこぼれた。
屋敷の門を通り、中に入るとバタバタと皆が忙しそうにしている。
「あれ?今日ってこのあと何も予定なかったよね?」
ビオラが不思議そうに言うと、廊下の向こうからアイリーンが走ってきた。
「あ!ビオラ!」
「何かあったの?」
「それがね。アルゼリア様が急に皇后様から呼ばれて、これからお城に行くところなの」
「え!」
「それで。なぜか侍女としてビオラも連れてくるように名指しされたんだけど、何かあったの?」
急な皇后からの呼び出しに、屋敷内では急いで準備をしているようだった。
(――もしかして。殿下からのプロポーズが関係するのかな)
「教えてくれてありがとう!アルゼリア様のところに行って、すぐに私も準備するね!」
「帰ってこなかったらどうしようかと思ったわ。よろしくね」
(――お嬢様にプロポーズのことを話すのは、お城から帰ってからにしよう)
ビオラは早歩きで、アルゼリアの部屋に急いだ。
「寒くないですか?大丈夫ですか?」
「ビオラ。そんなにいらないわ」
すでに湯浴みを済ませていたアルゼリア。馬車の中は冷えており、ビオラはたくさんの毛布を持ちこみアルゼリアに巻きつけた。
「それにしても急よね。ビオラまで呼ばれて。もしかしたら、この前の眠り病に関係があるかもしれないわ」
「なるほど」
ビオラはジェレマイア関係で呼ばれたのかも、と怯えていたが、確かに眠り病など薬学の知識を必要とされているケースもあるな、と少し安心する。
馬車はすぐに城へ到着し、門のところには案内のために来た侍女が立っていた。
「それでは、こちらへどうぞ」
名乗りもしない侍女が、二人を先導する。階段や廊下を通り抜け、しばらく歩くと一つの部屋の前で止まる。
「なんだか、変じゃないですか?」
門からぐるぐると歩いてきたが、どんどん人気のない場所へ向かっているようにビオラは感じた。現に、案内された部屋の周りには、使用人の姿すらなかった。
「中でお待ちです。お待たせしてはいけません」
「分かりましたわ」
侍女が扉を開けてそう言うと、アルゼリアが返事をしてビオラに目配せした。ビオラは頷いて、先に部屋に入る。
「来い!」
「アルゼリア様!入ったらダメです!」
部屋に入った瞬間、大きな男の手で胸ぐらを掴まれて部屋に引きずりこまれる。ビオラは慌てて外にいるアルゼリアに叫ぶが、同時に部屋から飛び出した男がアルゼリアの細い腕を掴んだ。
「お嬢様!」
「うるさいな」
ばちん!と顔に衝撃が走り、頬が熱く鉄の味がした。男から殴られたのだ、とビオラが理解した頃には、アルゼリアも部屋に入れられて扉は閉められた。
殴られたビオラを見てかけよろうとするアルゼリアを、腕を掴んだ男が強引に椅子に座らせた。そして、紐でアルゼリアの手首を結ぶと、胴体を椅子の背もたれにぐるりと固定した。
「お嬢様」
ビオラが頬の痛みも忘れて起き上がると、今度は腹部に衝撃が走る。男に蹴り飛ばされたのだ。あまりの痛さに、チカチカと目に光が走る。それでも、アルゼリアを守るために、男を睨みつけた。
「貴方たちは誰なんですか。お嬢様に、アルゼリア様に何をするんですか」
「あらあら。すぐに解放してあげるわよ」
部屋の奥から声がして、ビオラがそちらの方を見る。暗い部屋の中、唯一ある蝋燭の近くにゆったりと座るクレアの姿があった。
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