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22話

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「痛みはすぐ治りそうだけど、明日も腫れそうだね」

 痛そう、とアイリーンがビオラの顔を手当てして言う。屋敷に帰ったあと、すぐにビオラの傷に気が付いたアイリーンが冷たい布で顔を冷やしてくれたのだ。

「まさかお城でクレア様に会うなんて。でも、命があってよかったわよ。第二妃の屋敷では、多くの使用人や侍女が亡くなったり、行方不明になったりしているから」

「それって罰されたりしないの?」

「それが、第二妃の屋敷で働く人って全員が侯爵家所属なの。だから、全部権力で解決できちゃうんだって」

 アイリーンの言葉に思わずぞっとする。確かに、ビオラを犬と呼び急に殴りつけるクレアが、他の人を簡単に殺しても違和感なかった。自分と同じ人間だと思っていないんだ、とビオラは感じた。

「そういえば。今日殿下が来ないって本当?第二妃の侍女が誇らしげに、今夜はこっちに来るって言いふらしてたけど」

「うん。そうみたい」

 クレアの屋敷にジェレマイアが言ってしまう。この事実を思い出し、ビオラは胸がどんよりと重くなる。

「まあ。それでも殿下の訪問数は桁違いだし、朝までクレア様の屋敷にいたことないから。きっと、侯爵家とのつながりのためか、後継ぎのために行ってるだけのような気がするね」

 うんうん、と一人納得するアイリーンは、暗い顔をしているビオラに気が付く。

「大丈夫!一番愛されているのは、私たちのアルゼリア様よ。今日は殿下が来ないし、アルゼリア様にもリラックスしてお過ごしいただこうよ」

「うん。そうだね。冷やしてくれてありがとう」

 アイリーンの気遣うような言葉に、ビオラは心配させないように笑顔で答えた。

「お嬢様の部屋に行ってくるね」

 ビオラはアイリーンにそう告げると、アルゼリアの部屋へと向かった。自身の気持ちの整理のためにも、自覚した気持ちをアルゼリアに話しておきたかったのだ。

「ビオラ。しっかり冷やした?」

「お嬢様。失礼いたします」

 部屋に入ると心配そうにアルゼリアが言い、部屋の中の人を下がらせる。

「こちらにおいで。顔を見せて」

 アルゼリアは自身のもとへとビオラを呼び、そっと美しい指でビオラに触れた。

「お嬢様。私。殿下のことを好きになってしまったかもしれません」

 思い切ってビオラがそう言うと、アルゼリアは呆れたように彼女を見た。

「もう。自覚してなかったの?」

「え?」

「ビオラの態度を見ていたら、殿下のこと好きになってたってすぐに分かったわよ」

 そう言うとアルゼリアは椅子にビオラを座らせて、机の上のティーポットを手に取る。自分が入れます、と手を伸ばすビオラを制止して、ゆっくりとカップにお茶をそそぐ。

「はいどうそ。辛くなることもあるけど、人を好きになるってとても素敵なことよ。私もエドのこと、愛することができて良かったと思ってるの。だから、何も気にせず、その気持ちを大切にしてね」

「お嬢様」

 じわじわと涙がこみあげてきて、ビオラは入れてもらったお茶を飲む。

「あらあら。ビオラったら」

 ぽたぽた、とあふれた涙がお茶の中に落ちる。そんなビオラを見て、アルゼリアは困った子ねと笑う。

「身分も、立場も、状況も。色々と目に見える問題はあるかもしれないわ。でも、大丈夫。ビオラはビオラのやりたいようにすればいいのよ。私から見てみれば、殿下だってビオラのことが好きだわ」

 よしよし、とアルゼリアが涙するビオラの背中を優しく撫でる。

 嘘から始まった恋心だったが、ビオラはアルゼリアの優しい言葉で、ようやく自身の気持ちを完全に受け入れることができた。

 アルゼリアはビオラが泣き止むまで、そっと隣に座って背中を優しくさすり続けた。











「殿下!」

(――早くビオラのところに帰りたい)

 クレアの部屋でジェレマイアは眉を顰め、ぐっとこらえていた。クレアやクレアの侍女たちの心の声はうるさく、耳をふさぎたくなる。もちろん、耳から聞こえているわけではないため、耳をふさいでも意味はないのだが。

「早くこちらへいらっしゃって」

 ベッドの上では、身体の線が透けて見える薄い下着だけを身にまとうクレアが横になっている。そして、ジェレマイアを見つめながら、甘えた声で彼を呼んでいた。

「この酒を飲み終えるまで待て」

「殿下ったら。すごくじらされるのね。寂しいですわ」

 ジェレマイアはクレアの方を見ずに、手元のグラスをじっと見つめる。そんな姿もクレアにとっては好ましく、くねくねと身体をねじらせた。

「今日こそ殿下の御子をくださいね」

 うふふ、とクレアが笑い、とろんとした目がゆっくりと閉じる。そして、しばらくすると、すーすーと穏やかな寝息が部屋に響いた。

「やっと薬が効きましたね」

 天井からライが降りてきて、うへぇと眠るクレアを指さす。

「殿下。あの格好どう思います?」

「どうでもいい。それじゃあ、始めるか」

 ジェレマイアは酒の入ったグラスを机に置くと、書類を片手に立ち上がった。
 
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