上 下
19 / 55

19話

しおりを挟む
 城の中をジェレマイアに腕を掴まれながら、どんどん歩いていく。すれ違う人たちはジェレマイアだと気が付くとすぐに頭を下げるため、ビオラは彼らがどんな表情をしているか分からない。

 少し歩くと目的の部屋についたようで、ジェレマイアが足を止めて扉を開けた。

「中に入れ」

 部屋の中に恐る恐る入ると、そこには絵本に出てくるお茶会のような光景が広がっていた。

「わぁ」

 思わずビオラは声を漏らす。色とりどりの花たちが部屋中に飾られ、テーブルの上にはキラキラと輝くデザートが置いてある。

「茶を入れてやる。座れ」

 ジェレマイアに言われるままに座ると、彼はティーポットを手に取り、品の良いカップへと注ぎ入れる。ふわりと紅茶の良い香りがし、ビオラはうっとりとした。

「すごく高そうなカップですね」

 繊細な花の絵が描いてあるカップを見て言うと、ジェレマイアが笑う。

「この部屋に置いてある全ての物が、この国で最も高いものだろうな」

(――割らないようにしないと!……あ、美味しい)

 両手で慎重にカップを受け取り、そっと口をつけて飲む。普段はアルゼリアにふるまう立場だが、自身が入れた紅茶よりも美味しくて少し悔しいほどだった。

「ここにあるものは、好きなだけ食べて良い。アルゼリアの謁見が終わるまで、この部屋でゆっくりとしていろ」

「え?いいんですか?」

 輝く苺のタルトに、ふわふわのホイップがのったカップケーキ。みずみずしくジューシーなカットフルーツ。それらを全て食べて良いと言われ、ビオラは嬉しそうにジェレマイアを見た。

「ライの言う通りだったな」

「え?」

「いや。なんでもない。体調もかなり改善されて過ごしやすくなったから。褒美だ」

「ありがとうございます。いただきます!」

 目の前のごちそうを食べて良い理由が分かったビオラは、フォークを手に取ると一番近くに合った苺のタルトに手を伸ばした。

 もぐもぐと美味しそうに食べるビオラを、ジェレマイアが愛おしそうに見つめる。

「殿下は食べないんですか?」

(――じっと見られていると気まずい!)

 視線に気が付いたビオラがそう言うと、ジェレマイアが椅子から立ち上がった。

「俺も謁見室に行かないと行けないからな」

「え。それじゃあすぐに行かないといけないのでは?」

「そうだ。だから、一口だけもらおう」

 そう言うとビオラの手を優しく掴み、フォークの先に刺さっている苺タルトをジェレマイアが食べた。

「うまいな」

 手を掴んだまま言われたビオラの顔が真っ赤に染まり、ジェレマイアが声をあげて笑う。

「謁見と顔見せが終わったら、アルゼリアと共に屋敷に帰れ。それまでここから出るなよ」

 からかうように長い人差し指でビオラの顎をくすぐると、ジェレマイアが扉の方へ歩いていく。

「私のことからかってませんか?」

 真っ赤になりながらジェレマイアの背中に向けて言うと、くるりとジェレマイアが振り返る。
 
「楽しんでいるだけだ」

(――恥ずかしい!)

 何と言って良いか分からずに睨むように見つめると、その視線にジェレマイアはさらに機嫌が良くなる。その表情を見て、ビオラは自身の心臓がきゅんと締め付けられたのを感じた。

(――私。本当に殿下のこと好きになっちゃったのかもしれない)

 ドキドキしながら自身の気持ちを知ってしまったビオラ。好意を抱く人と話せる幸せで紅潮した頬は、次のジェレマイアの一言で一気に冷めた。
 
「今夜はクレアの屋敷に行く。すまないが、食事は別々にしよう」

「え?」

 そう言い残してジェレマイアは部屋から出て行った。

(――そうだ。殿下はアルゼリア様以外に、クレア様っていう奥様がいる方だった)
 
 浮かれていた自分の気持ちがさっと下がり、先ほどまでの幸せな気持ちが一転し、部屋中の花の色もあせたように感じた。

 自覚したばかりの自分の気持ちと、嫉妬などの様々な感情で心がぐちゃぐちゃになった。貴族や王族は何人でも持てるため、倫理的には問題はない。しかし、改めて別に妻がいる男性を好きになってしまったことは、ビオラにとってはショックが大きかった。

「とりあえず、食べよう!食べて考える!私の一番はお嬢様だから、そこだけはぶれないようにしよう!」

 ジェレマイアの前では一口サイズに切りながら食べていたタルトに、フォークを思いきりザクッと突き刺す。そして、そのまま持ち上げて、豪快にかじりついた。

(――くよくよするのは私らしくない!今はこのお部屋のケーキを楽しんで、謁見を終えたお嬢様を無事に屋敷に送り届けるのが目的!)

 ぐいっとカップに残った紅茶を一気に流し込む。優しくまろやかだった温かい紅茶は、冷めて香りがきつくなり喉に渋みを残した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~

高瀬 八鳳
恋愛
強い女性が書いてみたくて、初めて連載?的なものに挑戦しています。 お読み頂けると大変嬉しく存じます。宜しくお願いいたします。 他サイトにも重複投稿しております。 この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。ご注意下さいませ。表紙画のみAIで生成したものを使っています。 【あらすじ】 武闘系アラフォーが、気づくと中世ヨーロッパのような時代の公爵令嬢になっていた。 どうやら、異世界転生というやつらしい。 わがままな悪役令嬢予備軍といわれていても、10歳ならまだまだ未来はこれからだ!!と勉強と武道修行に励んだ令嬢は、過去に例をみない心身共に逞しい頼れる女性へと成長する。 王国、公国内の様々な事件・トラブル解決に尽力していくうちに、いつも傍で助けてくれる従者へ恋心が芽生え……。「憧れのラブラブ生活を体験したい! 絶対ハッピーエンドに持ちこんでみせますわ!」 すいません、恋愛事は後半になりそうです。ビジネスウンチクをちょいちょいはさんでます。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

星聖エステレア皇国

恋愛
救国の乙女として異世界召喚されるも、陰謀で敵国に着いてしまったエイコ。しかも彼女を喚んだ国には彼女の偽物がいるという。さらに偽物がエイコから乗っ取っていたのは、乙女の立場だけではなかった。 「エステレア皇子のもとへ」 敵国の城から出してくれた少女の言葉だけが頼り。 異世界で独り戸惑うエイコを救ってくれたのは、高貴な風貌の青年。いずれエステレアに帰国するという、彼と共に旅することとなった。 しかしかかる追手。旅は一筋縄ではいかず、乙女の運命に翻弄されるエイコに、果たして目覚めの時は来るのかーー。 *この作品は小説家になろうにも投稿しています

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

王太子に婚約破棄され奈落に落とされた伯爵令嬢は、実は聖女で聖獣に溺愛され奈落を開拓することになりました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

処理中です...