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12話

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 アルゼリアの服や装飾品を選んだビオラは、準備をアイリーンに任せて応接間に移動した。お客様を待たせてはいけない、とアルゼリアに言われたためだ。

 応接間に入ると、椅子にじっと座るライがいた。いつものような笑顔は消え、どこか思いつめたような表情で床を見つめている。

「あの、ライ様?」

 ビオラが声をかけるとハッと我に返り、ライが立ち上がる。

「殿下から聞いたんだけど。ビオラちゃんが僕の妹の病気を治せるかもしれないって」

「病気ですか?」

 立ち上がったライの元まで行くと、「お座りください」と椅子の方を手で示す。それを断り、立ったままライが言葉を続ける。

「もしも治せる可能性があるなら、時間が惜しいんだ。移動しながら説明したいんだけどいいかな?」

 切羽詰まった様子のライに戸惑いながらも、ビオラは昨日ジェレマイアが言っていたことはこの事だと気が付いた。

「アルゼリア様に許可をもらってきます」

 そう言うとビオラは急いでアルゼリアのもとへと行った。






 王都の道はよく整備されている。特に貴族たちが住む通りは、綺麗で馬車で通るにはちょうど良い。ライの家は貴族の通りを抜け、裕福な平民たちが暮らす通りにあった。

「今朝殿下から、ビオラちゃんだったら寝たきりの妹を救えるかもしれないって聞いてね」

 貴族通りを抜けるまで黙っていたライが、ぽつりと言った。しかし、ビオラが本当に妹を救えるのか、信じ切れずにその表情は暗いままだ。

「どんな状況なんですか?」

「実際に見てもらった方がいいよ。家には常に医者と薬師も雇っているから、その二人からも話を聞いてほしい」

 そこまで言うとうつむいていたライが顔を上げ、ビオラを睨みつけた。

「もし、救うってことが命を落とすって意味なら。辞めた方がいいよ。殿下の指示だったとしても、僕は君を殺すよ」

「そんなことしません!」

 ビオラがぶんぶんと首を振って否定をすると、それに反応を返さずに再びライは黙り込んだ。

 それから数分後。貴族通りを抜けた馬車は、ライの自宅へと到着した。





 部屋の中には薬独特の臭いが充満していた。ベッドで目を閉じて横になっている少女こそ、ライの妹のピュリアだ。顔は青白く、布団から出ている両手も骨が浮いており痩せている。

「ただいま。ピュリア」

 そう言うとライは見たこともない温かな笑顔を浮かべて、ピュリアの頭を優しく撫でた。

「ヴォルカー先生。この子にピュリアの状況と病気について説明してあげて」

 そう言うとライはベッドの横に置いてある椅子に座った。ヴォルカーと呼ばれた眼鏡をかけた中年男性は、頷いてビオラの方を見る。

「眠り病は知っているかね?」

「知っています。まさか、ピュリアちゃんがその眠り病なんですか?」

(――確か。数年前に王都で流行った病気で、小さい子がかかると死んだように眠りにつくと言われていたものだ)

 眠り病は4年前に王都周辺で流行った病であり、その病気に倒れたのは全て幼い子供たちだった。この病気の特徴としては、一週間ほど高熱が続き、そして眠りについたように意識を失う。

 ほかの病気と違うのはその後だった。意識を失った後も、花の蜜など栄養価の高いものを少しずつ飲ませれば、生きることができたのだ。意識を失うと痛みに苦しむこともなく、はたから見ると寝ているだけにしか見えないため、眠り病と呼ばれた。

「ご存じでしたか。この病気にかかって生き残った子は、ほとんどが貴族の子です。しかし、今年に入ってから、花の蜜だけでは栄養が足りないようで、少しずつ餓死をする子も出てきました。このままだと、ピュリアちゃんも危ないでしょう」

 バン!とライが自身の太ももをたたき、鈍い音が室内に響く。

「ビオラちゃん。殿下がどんな意図があって僕にあんなことを言ったのか分からないけど、君なら本当に妹を救えるの?」

「少し。ピュリテちゃんに触らせてください」

 そう言うとビオラはピュリテの小さな手を握り、触診するように見た。

 ビオラの脳内にピュリテの症状や病気の名前が浮かび、そして……

(――よかった!眠り病も薬草で治すことができるんだ!)

 脳内に5つほどの薬草、そして煎じ方や与え方が浮かび上がる。これでピュリテを救うことができると、ビオラの表情がぱっと明るくなった。

「ライ様。人を」

「ああ。すまない。少し外へ出て行ってくれないかな」

 ライが医師のヴォルカーと、ピュリテの世話をしていた女性を部屋の外に出す。誰もいなくなったことを確認したビオラが口を開いた。

「ピュリテちゃんを救う薬の作り方は分かります。しかし、私には作る手段がないので、薬師さんを紹介していただけますか?」

「分かるって?本当に?この病にかかった貴族の親が、どれだけ金を積んでも分からなかったというのに。君はその一瞬で分かったと言うの?」

 真剣な表情を浮かべるビオラにそう言うと、「ふざけるな!」とライが椅子を蹴飛ばして怒鳴った。

「そんなわけないだろう!僕を騙して、君に何の得があるんだ!」

「ないですよ!得なんて。私がライ様を騙して、ピュリテちゃんに嘘の薬を飲ませて。何の意味もないことじゃないですか!」

 ビオラもライに負けないほどの大きな声で、そう怒鳴り返す。信じてもらうしかなかった。そうしなければ、目の前のやせ細った小さな少女は、ただ死んでしまうだけだった。

 ビオラがまさか怒鳴り返すとは思っていなかったのか、ライはぱちぱちと瞬きをした。

「だから。騙されたと思ってもいいから、薬を飲ませてください。作るのはライ様が雇われているプロの方です。ピュリテちゃんが飲んでも、問題ないでしょう」

 落ち着いたトーンでビオラが言うと、ライは力が抜けたように椅子に座り込んだ。

「ごめん。君の言う通りだ。妹のことになると、何も分からなくなるんだ」

 もう一度「ごめん」と繰り返すと、ライは部屋の外に出て薬師を呼びに行った。
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