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6話
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ジェレマイアの執務室はいつも静かだ。次期国王であるとされていながらも、仕事のほとんどは高齢の王に代わって第一王子であるサレオスが行っている。そのため、ジェレマイアは貴族からの支持を得られない仕事ばかりを行っていた。
カリカリ、とペンを走らせる音だけが響く室内に、コンコンとノック音が響く。窓ガラスを鳥がクチバシで叩いている音のようだ。
すぐに近くに立っていたライが窓を開け、鳥の足に結ばれていた紙を手に取る。
「殿下。どうやら第三妃の侍女は調査しても何も出てこないようですよ」
ライは手紙を持ってきてくれた鳥の首元を撫で、布袋から餌をやりながらそう言った。
「そうか」
「はい。以前調べた通りですね。10年前、突如子爵家に現れ、それ以前の情報は全くありません。また、侍女としてではなく、非常に効果のあるお茶や薬湯を入れることができる。多くの人間が彼女のお茶や薬湯で救われたようで、人望もあるようです」
「前の報告と変わりないな」
ジェレマイアの言葉に、ライは両手を上げておどける。
「言ったじゃないですか。何も出てこなかったって」
「まあ、いい。すぐに出てくるとは思っていなかったからな。引き続き調査を続けろ」
「はいはい」
そう言うとライは鳥を外に放とうと窓を開ける。
「それよりも、殿下が侍女に興味を持つなんて珍しいですね」
「気になることがあってな。そろそろ本人も来る時間だ」
ジェレマイアはそう言うと、再びペンを持ち仕事を再開する。その様子にこれ以上は何も話す気がないと感じたライは、軽く肩をすくめた。
「ここから先はお一人でどうぞ」
お昼前にやってきたジェレマイアの使いは、ビオラを執務室の前まで案内すると、どこかへ行ってしまった。
(――き、緊張する)
ビオラの右手にはずしっと重い深緑の鞄。中にはジェレマイアに合うお茶や薬湯の材料が入っている。
「し、失礼します。きゃ!」
「あはは。ごめんね。びっくりした?」
ノックをするのと同時に扉が開き、ビオラは思わず小さな悲鳴をあげる。扉を開けたライは、驚いているビオラを見て笑い声をあげた。
「へえ。君がビオラだね。中で殿下がお待ちだよ」
「失礼します」
(――初めて見るこの人は誰だろう?)
見たことのない顔に疑問を抱きながらも、ライに一礼をして部屋の中に入る。
「来たか。ライ」
「はい。ではこちらのテーブルに殿下のお茶を用意してね。荷物はこっちにおいて」
ジェレマイアに名前を呼ばれたライが、ビオラに指示を出す。
(――名前だけで殿下の意図が分かるなんて。すごく仲がいいのかな?)
言われた通りの場所に荷物を置き、ライをじっと見つめる。その視線に気が付いたライは、にこっと笑顔を向けた。
「それじゃあ殿下にお茶を入れてもらおうかな。殿下もこっちに来てくださいよ」
気軽な口調にビオラがぎょっとするが、ジェレマイア本人は気にしていない様子だ。
「ああ。これが終われば……。よし」
仕事がひと段落したのか、ジェレマイアは書類を確認すると立ち上がる。
「お前はいつまで立っているつもりだ?愛する俺のためにお茶を入れるんだろう」
「は、はい。すぐに!」
愛する俺、という言葉にぼっとビオラの表情が赤くなる。機嫌が悪くならないうちに、とすぐにお茶の準備を始めた。
「今日はお茶だけではなく、薬湯も飲んでいただければと思うのですが」
「ライ」
「はいはい。どれかな?」
ビオラは鞄の中から、土瓶を取り出すと、中に調合しておいた薬草を入れてライへと手渡す。
「こちらに印まで水を入れていただいて、30分ほど沸騰させてください。沸騰までは強火で、沸騰してからは弱火にしていただければと思います」
「なるほどね」
そう言うと土瓶を顔の前まで持ってきて、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「怪しいものはなさそうだけど。殿下どうします?」
「指示通りにやれ」
「かしこまりました。それじゃあちょっと行ってきますね」
そう言うとライは土瓶を両手に持ち、部屋から出て行った。
カリカリ、とペンを走らせる音だけが響く室内に、コンコンとノック音が響く。窓ガラスを鳥がクチバシで叩いている音のようだ。
すぐに近くに立っていたライが窓を開け、鳥の足に結ばれていた紙を手に取る。
「殿下。どうやら第三妃の侍女は調査しても何も出てこないようですよ」
ライは手紙を持ってきてくれた鳥の首元を撫で、布袋から餌をやりながらそう言った。
「そうか」
「はい。以前調べた通りですね。10年前、突如子爵家に現れ、それ以前の情報は全くありません。また、侍女としてではなく、非常に効果のあるお茶や薬湯を入れることができる。多くの人間が彼女のお茶や薬湯で救われたようで、人望もあるようです」
「前の報告と変わりないな」
ジェレマイアの言葉に、ライは両手を上げておどける。
「言ったじゃないですか。何も出てこなかったって」
「まあ、いい。すぐに出てくるとは思っていなかったからな。引き続き調査を続けろ」
「はいはい」
そう言うとライは鳥を外に放とうと窓を開ける。
「それよりも、殿下が侍女に興味を持つなんて珍しいですね」
「気になることがあってな。そろそろ本人も来る時間だ」
ジェレマイアはそう言うと、再びペンを持ち仕事を再開する。その様子にこれ以上は何も話す気がないと感じたライは、軽く肩をすくめた。
「ここから先はお一人でどうぞ」
お昼前にやってきたジェレマイアの使いは、ビオラを執務室の前まで案内すると、どこかへ行ってしまった。
(――き、緊張する)
ビオラの右手にはずしっと重い深緑の鞄。中にはジェレマイアに合うお茶や薬湯の材料が入っている。
「し、失礼します。きゃ!」
「あはは。ごめんね。びっくりした?」
ノックをするのと同時に扉が開き、ビオラは思わず小さな悲鳴をあげる。扉を開けたライは、驚いているビオラを見て笑い声をあげた。
「へえ。君がビオラだね。中で殿下がお待ちだよ」
「失礼します」
(――初めて見るこの人は誰だろう?)
見たことのない顔に疑問を抱きながらも、ライに一礼をして部屋の中に入る。
「来たか。ライ」
「はい。ではこちらのテーブルに殿下のお茶を用意してね。荷物はこっちにおいて」
ジェレマイアに名前を呼ばれたライが、ビオラに指示を出す。
(――名前だけで殿下の意図が分かるなんて。すごく仲がいいのかな?)
言われた通りの場所に荷物を置き、ライをじっと見つめる。その視線に気が付いたライは、にこっと笑顔を向けた。
「それじゃあ殿下にお茶を入れてもらおうかな。殿下もこっちに来てくださいよ」
気軽な口調にビオラがぎょっとするが、ジェレマイア本人は気にしていない様子だ。
「ああ。これが終われば……。よし」
仕事がひと段落したのか、ジェレマイアは書類を確認すると立ち上がる。
「お前はいつまで立っているつもりだ?愛する俺のためにお茶を入れるんだろう」
「は、はい。すぐに!」
愛する俺、という言葉にぼっとビオラの表情が赤くなる。機嫌が悪くならないうちに、とすぐにお茶の準備を始めた。
「今日はお茶だけではなく、薬湯も飲んでいただければと思うのですが」
「ライ」
「はいはい。どれかな?」
ビオラは鞄の中から、土瓶を取り出すと、中に調合しておいた薬草を入れてライへと手渡す。
「こちらに印まで水を入れていただいて、30分ほど沸騰させてください。沸騰までは強火で、沸騰してからは弱火にしていただければと思います」
「なるほどね」
そう言うと土瓶を顔の前まで持ってきて、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「怪しいものはなさそうだけど。殿下どうします?」
「指示通りにやれ」
「かしこまりました。それじゃあちょっと行ってきますね」
そう言うとライは土瓶を両手に持ち、部屋から出て行った。
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