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2話

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 第二王子であるジェレマイアは、国内外で非常に有名だった。

 この世界の創造主であるゲルト神が17年前に、世界に5つあるゲルト教の神殿長に突如お告げをしたことがきっかけだ。

「今年の冬に神の子と聖なる人を二人、世界に誕生をさせる。神の子はギルビアの王子として、聖なる人はギルビア領土内にて生まれるだろう」
 
「二人とも髪の色である黒を髪と瞳に宿す。」

 そんなお告げが神殿長を通して世界中に伝えられ、その言葉通りにギルビア国の第二王子として産まれたのがジェレマイアだった。同時期にギルビア国の伯爵家から、黒髪、黒目といわれている女児も誕生している。

 神の子として期待されていたジェレマイアだったが、国内の貴族からの評価は散々だった。

 気に入らない者を自らの手ですぐに殺す、と。実際にジェレマイアの側近の入れ替わりは激しく、多くは不審死をしていた。また、第二妃と第三妃がいるが、第三妃も既に5人死んでおり、アルゼリアが6人目の第三妃だった。




 王都が近づくにつれて、ビオラは淡い期待をしていた。遠く離れた子爵領へ伝わるジェレマイアの噂が嘘であればいい、と。

 しかし、いたるところで情報を集めても、子爵領で聞いていた通り、もしくはそれよりもひどい噂話ばかりだった。王都に到着する馬車の中で、ビオラは腹をくくるしかなかった。

(――私が、どうにか誘惑できないだろうか)

 アルゼリアの輝く銀髪をブラシでとかしながら、そんなことをビオラは考えていた。どうにかして、ジェレマイアの気を自分に向けさせて、アルゼリアに手を出させないようにできないだろうか、と。

 アルゼリアはギルビア国の美の基準にぴったりと合う、まさに貴族の女性らしい美しさがあった。細く小さな顎にほっそりとした腰、それでいて豊満な胸元。王都に来るまでも、顔を隠している状態であっても男性を惹きつけていた。

(――どうにか、なるのかな?)

 そっと自分の慎まし気な胸元へ目線を向けて、はあとため息をつく。

 ビオラ自身はアルゼリアと比較をして、女性的な魅力がないと感じていたが、十分ギルビア国の美の基準に当てはまっている。神聖だと言われる黒い瞳はくりっと大きく、好奇心旺盛な光を宿している。扱いにくいと感じている少し癖のある亜麻色の髪の毛も、艶があり十分に可憐だった。

「ビオラ?」

 思わずブラシをかける手を止めてしまい、アルゼリアが不思議そうに声をかける。

 王都に入った馬車はもうすぐ王城へと到着する。王城に着き次第、すぐに第二王子であるジェレマイアに謁見することになっているため、身だしなみを整えている最中だった。

(――本来であれば湯あみを済ませ、香油もたっぷりと塗って差し上げたいのに)

 ばたばたとした婚礼は、それだけアルゼリアのことをジェレマイアが重要に思っていないことが伝わる。

「なんでもありません。お嬢様。お綺麗ですよ!」

 髪を整える前に簡単にメイクを施したアルゼリアは、匂い立つほどに美しかった。

 あまりの美しさにしばらくぼうっと見入っていたビオラは、慌てて自分の手の甲でアルゼリアの唇を拭いた。

「お嬢様!綺麗すぎますって!」

「もう。ビオラ、何をするのよ」

 色づく口紅を拭ったところで、アルゼリアの美しさは変わらない。

「顔、全部洗っちゃいましょう!」

「止まれ!」

 メイクを落とさねば!と暴走したビオラがそう声をかけると、男の声が響いて馬車が止まった。

 誰かがきた?まだ王城についていないはずでは?ビオラはそう考えてアルゼリアの前に立ち上がる。と、同時に馬車の扉が乱暴に開けられた。

 乱暴に扉を開けたのはビオラと同じ年ごろの若い青年だった。すっと通った鼻筋、神経質そうに歪められている眉に軽薄そうな唇。睨みつけるような瞳をアルゼリアに向けているその青年は、ビオラが出会った中で最も顔が整っていた。

 まさに、神殿に飾ってある神の彫刻が目の前に現れたかのようだった。

「アルゼリアはお前か?」

「ジェレマイア、殿下」

 その髪と瞳の色ですぐに相手の立場に気が付き、アルゼリアはすぐに跪く。ビオラはその言葉にハッと我に帰り、続いて跪いた。

「顔を見せてみろ」

 ジェレマイアは乱暴にアルゼリアの顎をつかみ、顔を上げさせる。じっと見つめると、なぜか訝しそうに眉をひそめた。

「なぜ何も考えていない?」

「え?」

 ジェレマイアの問いに困惑したようにアルゼリアが声を出す。

(――あれがジェレマイア殿下。どうにかして気をひかなければ)

「あ、あの!殿下!よければ、こちらいかがでしょうか!」

 咄嗟にビオラは手元にあったブラシをジェレマイアの方へ差し出す。

(――やばいやばい。ブラシなんて殿下にあげてどうするの!殺されちゃうかも!)

 さっと視界の端に映るアルゼリアの表情が、どんどん青ざめていくのが見える。

 ジェレマイアは何も言わずに、ただただビオラをじっと見つめている。その表情から怒りは感じられないが、ずっと眉はひそめられたままだ。

 だらだらと冷や汗を流しながらビオラがブラシを出したまま固まっていると、しばらくしてジェレマイアがふっと息をつく。

「何がどうなっているのか知らんが。まあ、いい」

 そう言うとビオラが差し出しているブラシを無視して、ジェレマイアが馬車から降りた。

「屋敷に案内しろ」

 そう王城の騎士に告げると、自身が乗ってきていた馬に乗ってそのまま立ち去った。

「ビオラ!なんだってブラシを殿下に差し出したの?」

 飛び起きたアルゼリアがビオラをぎゅっと抱きしめると、ビオラは全身の力が抜けたのを感じた。

「し、死んだかと思いました」

「私もビオラが殺されると思ったわ」

 思わず二人が抱きしめあっていると、開きっぱなしの馬車の扉からエドガーが顔を出した。

「アルゼリア様、ビオラ。大丈夫ですか?」

 その声に扉の方を見た二人は絶句する。エドガーは右目部分を切られたのだろうか。出血しており、顎を伝って血が流れ落ちていた。

「エド!」

 悲鳴のような声でアルゼリアが叫び、ビオラが手当をしなければと立ち上がる。

「それほど深く切れていないので、おそらく大丈夫です。お二人とも無事でよかった」

 ほっと安堵するエドガー。

「何があったんです?」

 エドガーの血を見て震えるアルゼリアの背中にそっと手をそえて、ビオラが尋ねた。

「いや。殿下が来たときに敬礼が遅れたから、それで切られたんだ。この程度で済んでよかった」

 はは、と乾いた笑い声をあげるエドガー。眼球自体は切られておらず、右目の上あたりを軽く切られていたようだった。

「ビオラ。あなた、本当に無事でよかったわ」

 敬礼が少し遅れただけで切られたエドガーの顔を見て、アルゼリアがぽつりとそう言った。
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