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幼少期の推し編

最悪の叔父と妖精2

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 かちゃかちゃ、と食器にカトラリーが擦れる音だけがする静かな食事。配膳のために立っているテオドリコなど使用人も、少し緊張しているようだった。

 ベルるんと侯爵、そしてギルバート3人だけの晩食だ。侯爵夫人は体調がまだ悪い、という理由で自室でご飯を食べている。

 家庭教師もついていないのに、ベルるんは食事のマナーは貴族の子息にふさわしいものだった。部屋にあるたくさんのマナーや国の歴史の本を見て、自分で全て学んだらしい。

 食事はメインの肉料理も終え、デザートが出されたところだ。侯爵はちらちらとベルるんの方を見るものの、話しかけようとはしない。

 話しかけたいなら、話しかければいいのに!

 侯爵の様子を歯痒く思いながら見ていると、ギルバートも侯爵を見ていることに気がついた。こちらは少しニヤニヤとしている。

「兄上、そういえばこの前の領土内の話なのですが」

 そう言って自分の方へ侯爵の意識を向ける。大人二人が難しい話を始めたため、余計にベルるんは会話に参加ができない。そうこうしているうちに、ベルるんはデザートまで食べ終わった。

「ベルンハルト、美味しかったかい?」

 ベルるんの食器が空になったのを見て、ギルバートがそう問いかける。

「はい。美味しかったです」

 そこで会話はなくなり、沈黙になる。

 気まずそうな表情でベルるんが立ち上がり、二人に軽く頭を下げた。

「これで、僕は失礼します」

「ああ」

 侯爵の短い返事にベルるんは、少しがっかりした様子だ。本当は止めて欲しかったのかもしれない。

 少しだけ肩を落としたベルるんが、自室へ一人向かう。扉から出ていくのを確認すると、ギルバートが席を立って侯爵の肩をポンと叩いた。

「これでいいのですよ。兄上」

「うむ。しかし、ギルバート。私にはベルンハルトが会話をしたいように見えたのだが」

 そういった侯爵の顔付近に、ギルバートがグイッと自分の顔を近づける。

「兄上。今のベルンハルトは、自分の風貌が兄上を傷つけている自覚があります。その目で見る時間が長ければ、長いほどに傷は深くなるでしょう。今はそっとしてあげましょう」

 お前かー!侯爵とベルるんの仲も引き裂いてるのは!

 ギルバートの発言でようやく違和感の理由がわかった。なんで侯爵夫人にもベルるんにも愛情がありそうなのに、家を長く空けているのか。ここでもギルバートの仕業だったんだ。

「大丈夫です。私が今からフォローしてきますから」

「いつもすまないな」

 侯爵の肩を再びポンポンと叩き、笑顔を浮かべるギルバート。そんな嘘つき男に侯爵は、笑顔でお礼を言っている。いつもこのパターンで行われているのだろう。

 ギルバートはそのまま席に戻らずに、扉の方へゆっくりと歩いていく。侯爵から自分の顔が見えなくなると、抑えきれないのかニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

 ギルバートが扉から出ていった後、テオドリコが侯爵へ近づいて何かを耳打ちし始める。侯爵は不思議そうな表情をしているが、じっとテオドリコの発言を聞いている。

 私はそっと「テレポート」と呟き、ベルるんの部屋に飛んだ。









 ふんふん、とご機嫌な鼻歌が部屋の中まで聞こえてくる。足音も軽やかで、今からベルるんをいじめるのが楽しくて仕方がないのだろう。

「君。少しベルンハルトと家族だけの話をしたいから、席を外してくれ。ああ、あと。他に誰か近づいてきたら、人払いもするように」

 ベルるんの部屋の外で掃除をしていたオリビアにそう声をかけてから、ギルバートが部屋の中に入ってきた。おそらく、毎回人払いをしてから嫌味を言っているのだろう。

「ベルンハルト。久しぶりのおじさんに冷たいんじゃないか?」

 いやらしい笑みを浮かべながらそう言うと、部屋の中心にいるベルるんのところへ近づいてくる。

「そんなことはありません」

「んん?ベルンハルト。しばらく見ないうちに、また勘違いをしていないか?」

 ベルるんの肩に手を伸ばすギルバートに、嫌な予感がして咄嗟に『シールド』をベルるんにかけた。

 案の定、ギルバートはベルるんの肩を強く掴んだようだ。痛みに顔が歪む姿を見たかったのだろう、掴んですぐにベルるんの表情を見ている。

 ベルるんは痛みは全く感じていないようだったけれど、ギルバートを調子に乗らせるためだろう。眉を顰めて、痛い!という表情を浮かべた。ナイス判断!と私は思わず親指を立てる。

「お前はこの屋敷の誰からも愛されていなければ、誰からも必要にされていない子なんだ。その証拠に、久しぶりに会う父親ですらお前とはほとんど話をしなかっただろう。母親が一緒に食事をしないのも、お前の顔が見たくないからだよ」

 よくもまぁ、子供相手にこんなひどいセリフが言えたものだ。こんな毒を幼少期から浴び続けて、誰も大人が助けてくれなかったベルるん。彼がゲームの悪役になってしまうのも、仕方がないことだと思える。

「勘違いなんてしていません」

「そうか?まあ、安心しろ。勘違いするたびに、私が教えてやるからな」

 俯きながら答えるベルるんに満足をしたのか、肩から手を離すギルバート。ベルるんが私にちらっと目線を向ける。そろそろ始めてもいいか、ということだろう。私は扉をほんの少しだけ開けてから、頷いてみせた。

「おじさま。見ていただきたい物があります」

 そう言うと、ベルるんは部屋の奥にある姿見にかけてある布を外した。

「この鏡は真実を映し出す、そうです。この鏡で僕の顔を見てください」

 そう言ってベルるんは、私が魔法をかけた鏡の方を向く。すると、鏡の中に金髪で銀色の瞳を持つベルるんの姿が浮かび上がる。

「これが僕の本当の姿なんですか?」

 ギルバートは信じられない、と言った様子で鏡を凝視している。しばらく黙って見ていたと思うと、ゆっくり鏡の方へ近づいた。鏡の方を向いていたベルるんは、ギルバートの方へ向き直す。

「おじさま!答えてください!」

「そんなこと。私が知るわけがないだろう?」

 予想外の出来事に唇が乾いているのか、自分の唇を舐めてギルバートがそう答えた。

「僕、ニナから全部聞いたんです」

「全部とは?」

「おじさまが僕の目の色を変えたことですよ!」

 ギルバートから自白させるために決めたセリフを話しているベルるんは、それでも感情が入ってしまって涙を浮かべながら叫ぶように言った。

「私が?そんな嘘をニナが?実の叔父とただの侍女、どっちを信じるんだい?」

「僕が生まれてすぐに魔法使いに目の色を変えさせたんですね。それも、僕だけじゃなくて、お母様のことも孤立するように仕向けたって!」

「あの、クソ女」

 ボソリ、とギルバートがつぶやく。そして、頭に手を当てて、下を向いた状態で頭を数回振ってみせる。ブツブツと何かを言ったかと思うと、急に顔をバッと上げた。目が爛々と光っており、私ですらゾッとした。

「ああ、そうだよ。全部俺がやったんだ。お前の目の色を変えたのも、姉上を孤立させたのも、全部全部なあ!」

「何のためにやったんですか!」

「そんなことお前に関係があるか?姉上が死にさえすれば、次はお前だ。お前の存在のおかげで姉上はどんどん病んでいったからな、もうすぐ手を下さなくても死んでくれるだろう」

 そう言いながら、ゆっくりベルるんへ近づいてくる。

「僕が全部言います。目の色が本物だって証拠もここにあるから!」

 そう言ってベルるんが鏡を指差す。

「へえ。その鏡が証拠?今から俺が叩き割るのに?」

「僕が証言します!」

「みんなから嫌われているお前が、目の色が本当は銀色だって言う?ははは。誰が信じるんだよ。きっと幸せな妄想をしていると思われるだけだよ」

 近づいてくるギルバートに、じりじりとベルるんは後退りする。そして、鏡のすぐ前までベルるんが下がった。

「残念だったな。ベルンハルト。恨むなら何も気がつかない愚かな兄上を恨んでくれ」

 そう言って鏡に手を伸ばした、その時。

「お前は先ほどから、何を言っているんだ!」

 バンっと勢いよくドアが開き、侯爵とテオドリコが中に入ってきた。
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