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 出発の日。花梨の胸はドキドキと高鳴っていた。

 勿論、遊びに行くのではないと分かっていたけれど、新しい場所に行くのはとても胸が高鳴る行為だと花梨は思っている。

『荷物はそれだけですか~?』

 小さな桃色の鞄に、必要最低限の物をつめる花梨の手に、邪魔をするようにじゃれついた。

「ん、あんまり持って行っても困っちゃうからね」

 そう言った後で、ほら、邪魔。と言ってミケを軽く追い払う。

「花梨、そろそろ」

「うん、もう大丈夫だよ」

 鞄を持ち上げて少し笑みを浮かべてみせる。昨日のことがあって、少し気恥ずかしかったが、それは表情には出さない。

 ドアの前に立つヴィラは、花梨をじっと見つめたまま動かない。

 一体どうしたんだろう? と花梨はヴィラの行動に首を傾げた。

「あの、ですね」

「何?」

 言葉を濁すのは珍しいなぁ、と花梨は思い、次の言葉を待った。

「イガーから花梨が帰ってきたら、言いたいことがあります」

 真っ直ぐに花梨を見つめるヴィラ。

「そういうこと言うと、大抵どっちか駄目になるんだよね」

 思ったまま正直にそう口に出せば、ヴィラの表情が崩れた。

「花梨、冗談でも!」

「え? こっちじゃその法則って無いの?」

 あれ~、あっちじゃ王道だったけどなぁ。とのほほんと笑って言う花梨。ヴィラは、花梨に悪気が無いことがすぐに分かる。

 何も言えずに、そのままガックリと肩を落とす。暫くそのままで居たヴィラが、はっと我に返ったように一つ咳をした。

「気をつけて、行ってきてくださいね」

 何時ものように穏やかな微笑を浮かべるヴィラに、花梨も微笑んだ。

「うん。でもヴィラに会えないのは寂しいなぁ」

「は?」

「それじゃあ、行ってきます!」

 鞄を引っつかんで、そのまま逃げるように部屋を飛び出た。

 桃色の鞄がガツン、とドアにぶつかったけれど、そんなことは気にしない。

『ああいうのを、言い逃げっていうんですー』

 どうやら一緒についてきたらしいミケが、ぴょんっと花梨の肩に乗ってからかうように言った。

「まぁ、否定はしないけど」

『と、いうか。そのまんまだと思うです~』

 くすくすと笑うミケに、花梨は足を止めた。その事に驚いたミケが、にゃ! と鳴く。

『怒っちゃいやですよ~』

 ぶるぶる、と首を横に振るミケ。しかし花梨の口から出た言葉はミケの予想外の言葉だった。

「……何処に行けばいいのか、わからない」

(――今戻って、ヴィラに教えて~。なんて言えない!)

 あぁ、と頭を抱える花梨に、ミケは呆れたように口を開いた。

『ご主人様って、後先考えないですよねぇ』

 ふぅ、とため息を疲れても、反論できずにうっと押し黙る。

『大丈夫です。僕ちゃんと知ってますから』

「本当! 良かった」

 ありがとう、の意味を込めてミケの頭をぐりぐりと撫でた。










 城の庭。人気の無い場所に一つの馬車。その前にはルーファが端整な顔を歪めて立っていた。

「やっぱり、来ないかな」

 諦めるように目を閉じて、馬車に乗り込む。

「ちょっと待ってー!」

 はぁはぁと息を乱して、花梨がルーファの元へ走ってくる。

「花梨?」

 驚くように微かに瞳を開けるルーファに、花梨は不思議そうに首を傾げた。

「え、と。ヴィラから聞いてない?」

「聞いてないけど、あぁそういう事……」

 形の良い眉を顰めて、ルーファがため息交じりに呟いた。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。さぁ、乗って」

 すっと当たり前のように出された手を、花梨はまじまじと見た。そして、恐る恐る自分の手を差し出してみる。

「花梨ってさ。エスコートされなれてないんだね」

 ふっと鼻で笑われて、かっと花梨の頬が赤くなる。

「そんな事……ある事、無いことない!」

 勢いで花梨が言った言葉に、ルーファは綺麗に微笑んだ。

「さ、早く」

「流されたっ!」

 そのまま馬車に乗せてくれたルーファに、ショックを受けたように言えば、ふふ、と冷たくルーファが笑った。

 馬車の中は、花梨が思っていたよりも広かった。奥で折りたたまれている毛布を見る限り、寝るのはこの中でのようだ。

「でも、花梨が来るとは思わなかったよ。何を考えてるの?」

 薄っすらと瞳を開けて、微笑を浮かべるルーファ。しかしその目は笑ってない。

「だ、だって。招待されたら行かないと!」

 ルーファの表情に一歩引いた花梨だが、ぐっと持ちこたえてそう答えた。

(――うぅ、嘘は苦手だよ)

「……まぁ、そういうことにしといてあげるよ。一週間宜しくね」

 ふわっと笑ったその笑顔が、本物に見えて花梨は思わず見とれてしまった。その時、突然一羽の赤色の鳥が馬車に入ってきた。

「え?」

『危険! 駄目なの、駄目!』

 クァクァ! と必死で訴えかける声に、花梨は困惑したように表情を曇らせた。

『僕の勘。当たるの!』

「ごめんね。行かないといけないから……でもありがとう」

 ルーファには聞こえないように、赤い鳥にそっと囁いた。

 花梨の言葉を聞くと、赤い鳥は名残惜しそうに空へ飛び立った。

(――危険っていうのは気になるけど、行かないとね)

 じっと鳥が飛んでいった空を見つめる。花梨の大好きな青い空は、ゆっくりとグレーに色を変えていた。

 天気が悪いと、嫌な感じだなぁ。と花梨は微苦笑を浮かべた。
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