先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る最終話 3

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「――って……い、……シウスだ! アシウス、アシウス! アシウスううぅぅ!」

 茂みから飛び出してきたアレーナが抱きつきざま僕を押し倒して、次に狼に跨った巨躯が降りたのか落ちたのか分からないような早急さで……いや、転げ落ちた感じ。
 這いつくばい、手まで使って地面に足をとられながらやって来たハエレは、今にも泣きそうな顔でアレーナごと僕を抱きしめた。

「……よく、生きて……」
「うん、僕もほんとそう思うよ」

 さようならだと思ってたのに、顔を見てしまうとホッとした。嬉しくて涙が滲むのを止められない。
 みんなは無事かと確認すると、アレーナはこくこくと頷いた。こっちは盛大に泣いていて、涙と鼻水でべしょべしょ。声で返事をする余裕もない様子。
 こんなに心配してもらってたんだって思ったら、勝手に行こうとした自分に罪悪感を覚えた。
 一言くらい挨拶すべきだったよね。

「土壇場で、獣化ができた。それでなんとか崖を駆け降りれたんだ」
「じゃあ、あのっ、血……」
「一緒に落ちた人のだと思う」
「う、上からじゃ、赤いのしか見えないっ、しっ、笛、すっごい遠いしっ、だれっ、笛、盗られたかとっ、まさっ、生きてっ、思っ」
「ごめんアレーナ、よく分からない……」
「うー! でもいぎででよがっだああぁぁ!」

 ……まぁ、だいたい想像はできた。
 途中から笛の音に反応がなくなったのは、落ちて死んだ僕から笛を奪った誰かを想定し、待ち伏せを警戒していたんだろう……多分。
 それくらい、僕が生きている可能性は低かった。

 ――それでも、万が一を考えて、探しにきてくれたんだ……。

 正直僕自身、もう一度同じことをしろと言われてもできる気がしない。生き残れたのは奇跡だと思う。
 ホッとしたけれど、喋らないハエレが気になった。
 ずっと肩を震わせて、僕をアレーナごと抱きしめたまま、離してくれない。

「ハエレ、もう大丈夫だよ」

 そう言ったら、やっと小さな反応があった。
 ズッと鼻を啜るような音がして、か細い掠れ声が――。

「不甲斐ない……俺はいつも、貴方を守れず、守られてばかりだ……」

 …………うん?

「何言ってるんだ。助けてもらってばかりなのは僕でしょう? ハエレの脚だって僕のせいじゃないか」
「……え?」
「思い出したんだ。あの犬笛を僕にくれたのはハエレだって。刺客に誘拐された時、貴方はたった一人で僕を守ってくれて……そのせいで脚を失ったんだ……」
 
 そう。たった一人で何人もの刺客と戦ったハエレは、斬られそうになった僕を庇って脚を失ったんだ。
 全員を倒した時、彼はもう満身創痍で、今にも死にそうだった。
 なのに全く声が出せなくて、涙を流すことしかできなくて、助けを呼ぶ程度のこともままならなかった僕を抱き上げ、ハエレは笑顔を向けてくれた。

「大丈夫。賊は全て退けましたから……もう大丈夫です」

 全身血に染まっていた。返り血だけじゃない、ハエレ自身傷だらけだったんだ。
 それでも彼は、僕を安心させるためなんだろう、笑顔を絶やさなかった。
 朦朧とする意識の中で、首に下げていたこの笛を引きちぎり、与えてくれた。

「どうか覚えていてください。自分ではどうにもできないような窮地に陥り、助けが必要となった時は、それを吹いて。俺が駄目でも、仲間が……必ず貴方を助けに行きます」

 意識を手放してからも、彼はずっと僕を抱えていた。助けが来るまでずっと、ずっと……。
 
「また貴方を僕の犠牲にするのかと思った……。それだけは絶対に嫌だった。ごめんなさい、いつも僕は、貴方から奪うばかりだ」

 いつもいつも、僕が不甲斐ないばかりに、周りを犠牲にしてしまうんだ。
 そう言ったら、ハエレはより一層強い力で僕を抱きしめ「違いますよ」と、言った。

「ちゃんと思い出せてません。それ」
「え……」
「赤ん坊も同然の貴方に庇われて、俺は失うのが脚で済んだんですよ。その後だって……笛を吹いていただけたから、命が繋がったんです」
「……でも武官を辞すことに……」
「武官とはそういう職務です。特に貴方は幼かったうえ、毒で声まで失っていたんだ……。俺が笛を預けたのは、おそらくもう助からないと思っていたからで……俺の命は貴方に救っていただいたんです。だから、どんな形であっても、この命は必ず貴方に捧げようと思っていたんです……」

 なのにまた庇われるとか、悪夢かと思った……って、言葉が続いたものだから、つい吹き出してしまった。

「笑い事じゃないんですが!」
「ごめ……いや、分かってるんだけど……」

 この立派な身体が縮こまってたのかと思ったらおかしいよね?

「そうだったとしてもさ、僕は貴方に助けられたよ」
「守られるべきでしょ? 王族でなくても、子供なんだから」

 そこで不意打ちに横から入ってきたアレーナの一言には、意表を突かれた。

「守らなきゃでしょ、子供は」
「……うん、まぁ……うん……」

 守らなきゃだよね、子供は。……うん……あれ? なんか話題がすり替えられてない?

「守らなきゃなんだよ。でも昔はね、そうじゃない時代があったんだ……。子供だろうが、孤児は容赦なく扱われてた時代がね……。それを助けてくれたのが貴方のご先祖様なの。だから、貴方が王子のトニトルスだろうが、流民のアシウスだろうが、子供なんだから守られていいんだよ」
「……いや……」
「いいの! それで貴方が大人になって王様になった時、子供は守られて当然って社会を作ってくれたらいいの!」

 それがとてもストンと、胸に落ちた。
 そうか、僕は王になるんだと。
 ただ王になるんじゃなく、こういった優しい人たちが、幸せに暮らせる国をつくればいいんだと。
 屋台で買い食いした果物を美味しいと言えるような。
 大きな災害が起こっても、助け合えるような。
 子供が安心して大人になれるような。
 そういう国を。
 
 ――そういう国を作るために、僕は戻るんだ。

「……ごめん、もう少しの間、手を借りたいんだけど……いいかな」
 
    ◆
 
 玉座に置かれた王冠を手に取り、頭に乗せた。
 振り返り玉座に腰を下ろすと、拍手と共に万歳の声。
 王冠は少し大きくて、頭に乗せておくだけでも神経を使う。
 重い……やっぱり重い……けど、この重さに耐えられる王にならなきゃいけないのだと思う。
 国の皆の笑顔を背負うのだから。
 どんな人でも、幸せになれる国を作ろう。
 人だろうが、獣人だろうが、変わらず生きられる国を。
 それがたくさんの人に守られてきた、僕の使命だ。
 
 
 終わり
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感想 2

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みんなの感想(2件)

ashgray
2023.08.27 ashgray

とても面白くて一気に最新話まで読んでしまいました!
一人称視点の交互切り替えがとても面白いです。お話の良いところで、視点が切り替わる!続きが気になってしょうがなくなりました。
過去からの伏線も凄いです。
続きも楽しみにしています!

春紫苑
2023.08.27 春紫苑

感想ありがとうございます!
良いところで切り替わりになっているといいなと思って書いてます(笑)なっているなら良かったー!
残り数話だと思いますが、最後まで楽しんでいただけるよう、気合い入れて頑張ります!

解除
nami
2023.08.18 nami

この作品を読んでると、昔みんなのうたで流れてた『ふたごのオオカミ大冒険』という歌を思い出しました。
続きを楽しみにしてます!

春紫苑
2023.08.19 春紫苑

感想ありがとうございます!
ほぅ、そんな歌があるとは知らなかった……っ!
元気をいただけたので毎日更新残り十日ちょっと、頑張ります……っ。

解除

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