先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る最終話 1

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 式典当日はあっという間に巡ってきた。

 青と白を基調とした礼装に身を包んだ僕は、窮屈な首元を気にしつつ、時が来るのを自室で待っている。
 僕の傍には、これまた礼装に身を包んだハエレ。立派な体格だから、執事なのか護衛なのか……まだ制服が馴染まない感じだ。

 準備を済ませて、もう結構経つのだけど……まだしばらく時間がかかるのかな? 本でも読んでおこうか……そう思ってたら、トントンと扉が叩かれて、ぴょこりと顔を覗かせたのは――。

「トニト、準備できた?」

 隣の別室で準備を進めていた、女性の礼装姿をした、僕の片割れ。

「あとちょっとだからそろそろ移動だよってカペルが言ってきた!」
「分かった。じゃあもう行こう」

 横に並ぶと、僕の方がほんのちょっとだけ背が高い。
 ミコーの礼装は僕と似た意匠デザイン。いつも僕の衣類を注文していた御用達の服飾店に無理を言ってお願いした。
 王家の衣装を長年手がけている老舗とはいえ、時間がない中でこれだけのものを仕立ててくれたとは驚きだ。
 優雅に波打つ薄絹を幾重にも重ねたような襲袴スカートは、彼女によく似合っている。
 見つめていると、何? と、見返され、ちょっと気恥ずかしくて――。

「……なんか僕の顔が女性の礼装って……違和感あるなぁ」
「あっ、それ言っちゃう? ひどい~! 私も窮屈なの我慢してるんだよっ、できるならトニトと同じ格好が良かったもん!」
「うそうそ、似合ってるよミコー」
「絶対本心じゃないでしょ!」

 格好は綺麗なのにミコーはやっぱりミコーだ。
 背後の方で笑いを堪えるハエレに、笑いすぎだよとくってかかる姿もかわいい。
 そんなやりとりがとても楽しく、緊張が少しほぐれた。
 
 待機用の部屋に移動すると、カペルとタミアを筆頭とした使用人たちが最後の準備に追われていた。
 元執事のカペルは、現在執事長という立場。この式典の全てを任されているから、大変忙しそうだ。
 おかげで執事が空席となり、僕の推薦もあってハエレがその座に着く予定。
 王宮から長く離れてるし、礼儀作法等には明るくないと遠慮する彼を説得するのは困難を極めたけれど、十年前を思い出した以上、不当な評価のまま彼を解雇にしておくつもりはなかった。
 脚は不自由であっても、彼の剣技に衰えはない。武官は厳しいかもしれないけれど、従者や執事で彼ほど剣の腕を備えている者は皆無。まだ子供の僕には、自分の身を守れるだけの技量がないから、彼の姿が視界の隅にあるというだけでとてつもない安心感がある。
 魂を捧げてくれた彼の存在は、自分が寄るべない子供であることを忘れさせてくれた。

 入場合図を待っていると、甲冑で身を包んだ一団が部屋に入ってきた。入場する時、僕の後方に並ぶ近衛騎士たちだ。先頭の一人が兜を小脇に抱え、居住まいを正す。

「クーストース、よく似合っているね」
「恐縮です……」
「他の者も、今日はよろしく頼む」
「はっ!」

 叔父に支配されたも同然だった王宮の中で、唯一僕らを守ろうと動いてくれたクーストースと、命を賭してミコーを守ったミーレスは昇進という形で労うこととなった。ミーレスは、国に貢献した者たちが眠る王家の霊廟傍の一画に一族の墓を移すことを許され、今はそこに。
 クーストースは近衛騎士となり、近くタミアとの婚礼も控えている。

「いよいよですね」
「そうだな……」

 本来の即位式は、先王から僕に王冠が引き継がれるのだけど、もうお父様は亡くなってしまっているため、台に置かれた王冠を自分でいただくことになる。

 気持ちを落ち着けようと深呼吸。
 すると隣に来たミコーがにこりと笑って手を握ってくれた。
 彼女は今日まで猛特訓に耐えてくれ、式典に参列する王族として申し分なく振る舞えるようになっている。きっとすごく大変だったろうに、自分のことを置いて僕を気遣ってくれる優しさは狼の時と変わらない。
 あとは運悪く裾を踏みつけるとか、そういったことだけないように気をつけてくれたらいいんだけど……やっぱりちょっと心配だな。
 そんなふうに気を逸らしてたら、微かに聞こえていた音楽が変わった。
 それと同時に待合室の扉が開き、やって来たのはウェルテクス。

「おまたせしました、お時間でございます」
「分かった」

 一歩を踏み出そうとすると、ハエレの手が伸びてきて襟元の崩れを整えてくれた。

「いってらっしゃいませ」
「うん」

 カペルたちに見送られ、部屋を出る。
 僕が進むと、後をミコーがついてきて、彼女と並ぶようにウェルテクスが加わり、さらに後ろを近衛騎士らが続く。
 会場前に到着するより先に、入場用の大扉が開き始めたため、僕はそのまま赤い絨毯の上へと足を進めた。
 ミコーとウェルテクスも少し間を空けて後に続くが、近衛騎士らはそのまま両脇に別れて進み、道を守護するように等間隔で並んだ。

 誰もいない舞台には、玉座と王冠。
 僕にはまだ大きく、重すぎるだろうもの。
 それでも、背負うと決めた。

 あの日、死を覚悟した時やっと僕は、本当の意味で王になろうと思えたんだ。
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