先祖返りの姫王子

春紫苑

文字の大きさ
上 下
33 / 36

ミコーの語る第五話 11

しおりを挟む
 人の姿を見せてしまったんだもの。
 狼だからで済ませていたことが、全然済まなくなってしまった。
 
 とくに今の王家で直系って私とトニトしかいないし、引退して別邸暮らし中の祖父母は高齢なこともあり、長時間の式典には耐えられないだろうし、私が狼に戻っちゃうと、トニトの即位式に出席する親族が一人もいなくなっちゃうんだよね。
 傍系親族の方も、バカ叔父が捕まっちゃったから半分は参列できないし、ウェルテはともかくウェルテのお父様はあんまり大きな顔して欲しくない人だし……まだ子供のトニトを少しでも守るために、私も式典に出席した方がいいって話になったのは、まぁしょうがないかなって思ってる。
 だけどさぁ、なら狼で出席させてくれたらよくない⁉︎

「なりません。そんなことをして後で困るのはミコー様でございます」
「分かってるけどおおぉぉ」
「分かっておられません。もう戦いは始まっているのですよ?」

 何度も言ってると思うけど、獣人って貴族社会だとちょっと社会的地位が低い。だから本来私は、結婚相手としては申し分ない身分だけど、獣人なんだよなぁ……って、遠慮される立場だった。
 今まで狼の私の婚約者になりたいなんて言ってくる人は、人でも獣人でも皆無だったし、そもそも私と意思疎通が図れると思ってた人がほぼいなかった。
 なのに人化できるとなった途端、お見合いが殺到し始めた……。

 ややこしいのは、人の時の私が人の匂いでしかないって部分。
 トニトは人ってことになってる。けど獣化できてしまった。私は獣人だけど人の時人の匂いがしてる。獣人で良いのこれ、ほぼ同じ条件の双子であるトニトは人なのに? やばくない? ってことになってしまって、性別の儀から十一年経過しているけど再判断をすべきではって議論に発展しちゃった。
 で、人ってことになったら絶好の出世機会チャンス! その可能性に賭けよう! ってことで、私と結婚したいと言い出す奴がむちゃくちゃ増えちゃったの!
 今の私に王位継承権がなくても、トニトの今後によっては、私の子供に可能性が生まれてくるかもしれないってことなんだよね……。
 両親ももういないし、狼で生きてきたならきっと頭も弱い(なんて言い草!)にちがいない。押しまくって適当なことを言っておけばそのうちなびくだろう。とか、うまく取り込めば次の王はうちの一族から出せるかもだし色々皮算用はかどっちゃう! ……ってのが透けて見える顔合わせって最悪だよね。
 
 そんな現状を打開するためにも、所作は必須。「侮られないためには、きちんとしてみせるしかありません」と、タミア。
 即位式に人の姿で出席する意味は大きいのだって、とってもやる気だ。

「ミコーは頭が悪いわけじゃないし、トニトの代わりができるほど教養面に関しては申し分ないのだから、所作を洗練させる価値は確かに大きいと思うよ」

 優雅にお茶を飲みながらウェルテは他人顔。
 式典が終われば王位継承権を放棄できるし、はれて王立文明文化研究所ブンカケンに所属できるとあって、毎日すこぶる上機嫌。
 式典は目と鼻の先。あと半月もない。
 それまでで完璧に振る舞えるようになれって難しくない⁉︎
 タミアがこんな鬼教師と化しているのも、現状がかなり危ぶまれるからだと思うし……まずは式典を乗り切ることだけ優先して、私の恥なんて気にしなきゃいいと思うの。
 私はほら、今後も狼で過ごせば結婚とかいらないわけだし。

「よくありません!」
「僕もそれは、嫌だなぁ」

 猛反対するタミアと一緒にトニトまで言うから困っちゃう。

「私だって最善だとは思ってないよ? だけど時間もないし、あれもこれもってやって全部中途半端になるよりはいいと思うんだよね」

 直系の血を繋げるのがトニトしかいなくなるっていうのは確かに将来的に心配も多いけど、変な争いの種をつくらないということでもあるわけで、悪いことばかりじゃないよ。

「そうじゃなくて、ミコーに狼でいるしか選択肢がないのが嫌なんだ。せっかくこうして言葉を交わせるようになったのに……」
「今までだってトニトは私の言いたいこと理解してくれてたよ?」
「察した気になってただけだよ……本当の意味で全部分かってたわけじゃない」

 僕はミコーが人になれるなんて知らなかったんだよ……と、意気消沈気味に言うのは、ほんと困っちゃう。

「知ってれば襲撃の時だって……取れる手段、やり方はもっとあった。十年前のことも、日常でもね……」

 それはまぁ、そうだけど……。
 
 あれからね、色々トニトと話したんだよ。
 十年前、夜の庭で私がバカ叔父を見ていたことや、薬で眠らされていたトニトが、完全に眠っていたわけじゃなかったこと。
 霊廟の帰り、襲撃から逃げた後、お互いがどんなふうに過ごしていたかも。
 私は私で、トニトは狼になれないつもりでいたなんて、思ってなかった。
 
確かに、互いが互いの姿になれることを知っていれば、二人で話ができていれば、もっと色々やり方があった気はしてる。
 私も人で結構過ごしたから、狼の自分以外にも目が向くようになったし、今後一生狼で過ごしなさいって言われると、ちょっとなんかもったいないなって思うし……。
 まだ十二歳の子供でしかない私たちは、大人の手を借りなきゃいけないし、もっと大きくならなきゃいけない。なによりトニトは国という重積を負うわけで、それをトニトひとりに押し付けてしまうことはしたくないよね……。

「できるなら、トニトの手伝いくらいはしたいな」
「僕もできるなら、ミコーの可能性を潰したくない。人の姿のミコーも、失わせたくないよ」
「だけどさ、下手に失敗してトニトの足を引っ張るのも嫌だよ」

 私がちゃんとできなかったら、ほらやっぱりとか、これだから狼は……とか、言われちゃうでしょ? トニトがそれで余計に頑張らなきゃいけなくなるのは嫌だよね。
 どうしようかなぁって悩んでたら、お茶を飲み終えたウェルテがおもむろに足を組み――。

「じゃあ今は式典で必要な部分だけを詰め込んでもらいなさい。その後に関しては、私が秘策を伝授してあげるから、それである程度時間稼ぎできると思うよ」

 今すぐどうにかしなきゃいけないと思うから大変なんでしょう? って、にっこりウェルテ。

「……秘策?」
「あぁ。一年くらいの時間稼ぎと、露払いができるとっておきなんだ。トニトとミコーには私も頑張ってほしいし、ミコーと話ができなくなるのは私だって嫌だからね」

 なんか含みある笑顔だなー……と、思ったものの、頭のいいウェルテが言うんだから、きっととってもすごい案なんだろう。

「……式典までのことだけ、頑張ればいいんだね?」
「うん。できるだろう?」
「それならまぁ……」

 がんばらないでもない……。

「決まりだ。では女中頭、後のことは私に任せて、今やることだけに集中しておくれ」
「畏まりました」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

フラワーキャッチャー

東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。 実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。 けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。 これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。   恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。 お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。 クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。 合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。 児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

ぼくの家族は…内緒だよ!!

まりぃべる
児童書・童話
うちの家族は、ふつうとちょっと違うんだって。ぼくには良く分からないけど、友だちや知らない人がいるところでは力を隠さなきゃならないんだ。本気で走ってはダメとか、ジャンプも手を抜け、とかいろいろ守らないといけない約束がある。面倒だけど、約束破ったら引っ越さないといけないって言われてるから面倒だけど仕方なく守ってる。 それでね、十二月なんて一年で一番忙しくなるからぼく、いやなんだけど。 そんなぼくの話、聞いてくれる? ☆まりぃべるの世界観です。楽しんでもらえたら嬉しいです。

柴犬さんのバレンタイン

朱音ゆうひ
児童書・童話
北海道の牧場に住む柴犬さんは、関西出身。拾った子猫さんと一緒に、平穏な日々を過ごしています。 これは、そんな柴犬さんのバレンタインのお話です。 別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n3107iq/)

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

アイネと黄金の龍

四季
児童書・童話
十年前、ある雨の日のこと。家を飛び出したアイネは湖で溺れ、最後に見たのは黄金の龍だった。 その日から彼女は突然気を失う原因不明の病にかかり、そのうえ余命を告げられる。 これは、未来のない少女アイネと永遠の時を生きる青年ソラの物語。

リトル・ヒーローズ

もり ひろし
児童書・童話
かわいいヒーローたち

処理中です...