先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第五話 8

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 ずっとずっと会いたかった、私の片割れ。
 トニトは少し背が伸びていた。狼で来たから今は素っ裸。顔は一緒だけど、体つきは私と全然違って腕やお腹に筋肉の筋がある。
 男の子らしくなった? ここ数ヶ月で随分と変わった気がする。
 何よりも変わったのは、今まで一度だって獣化したことなかったはずのトニトが、狼になっていたこと!
 でも変わらず、首には誘拐未遂事件の時からずっと身につけている、細い鎖に通された犬笛があった。
 その彼が少し居心地悪そうに身をよじって。

「ねぇハエレ、なにか羽織れるもの着てたっけ?」

 裸が恥ずかしいのか、私と同じ外套の中が恥ずかしいのか、困った様子。
 ハエレと呼ばれた人は困り顔で。

「見れば分かるでしょうが、着てませんよ。あー……この寛衣ガウンでも借りますか」

 私がさっき脱ぎ捨てた寛衣を拾い、差し出す。なんだか懐かしい匂い。声も聞いたことある気がした。

「ハエレなの?」

 ついそう聞いてしまったのは、私の覚えてる名前と違ったから。

「ブレイヴじゃないの?」

 言うと、懐かしそうに、愛しむように目を細めて。

「今はハエレティクスと名乗っております。ミコー様」

 胸に手を当て騎士の礼。
 じゃあ、やっぱりブレイヴなんだね!
 そこでずっと我慢していたウェルテが堪えきれず口を挟む。

「やぁトニト、君の獣化も見事なものだね!」
「ありがとうウェルテクス。……色々手間をかけさせてすまなかったね」
「なんの。そうせざるをえない状況があったことは理解している。よく戻ってきてくれた。嬉しいよ、トニト」

 親しげにトニトと呼ばれ、恥ずかしそうにする私の片割れ。
 おんなじ顔が同時に二つ現れた事実に、バカ叔父は顔面蒼白。混乱と恐怖に強張った口元を戦慄わななかせながら。
 
 なぜ 生きている。
 
 確かに言った。でも音はない。
 失言してくれたらよかったのに……と思ったけれど、もういろいろが時間の問題ってやつだよね。
 そんな私たちを並べてウェルテは「ご覧の通りさ!」と示す。

「あの時、私と共にいたのは果たしてどちらか……誰か分かるかい? 私には全く判断できない。叔父殿はどうだろう? それともまさか……二人の着替えを覗き見でもしていたのだろうか?」

 こんなとこで茶目っ気なんて出さなくていいのにウェルテ。
 分かるとしたら体で見分けるしかないと言いたいのかな。

「いや、それも無理か……あの時叔父殿は対策室どころか、王宮にも顔を出していない。あの日のトニトルス王子を見てもいないのだから、貴方には分かるまい」

 あの場にいなかった者がとやかく言うなと、言外に含ませたウェルテの言葉に歯噛みするバカ叔父。

「だがこれで理解していただけたことと思う。姫はいつだって王子と入れ替われるのに、王子を殺してすり替わる必要なんてないんだよ。
 そしてどちらであったにせよ、王族として正しいのは、民のために動いたあの時のトニトルス王子だ。
 というわけでこの処刑は妥当ではないため中止だ。王位継承権上位の我々二人が揃っているのだから、これは決定である! 撤去準備に入れ!」

 その言葉に騎士らは従った。
 ここに処刑理由のひとつである暗殺されたはずのトニトルス王子がいるのだから、文句なんて言えるはずもない。
 柵の向こうから様子を見ていた民衆が、本物の王子の帰還と処刑中止に湧き上がっている中、憤怒の表情でこちらを見下ろすバカ叔父。
 もう感情を取り繕うことなどできないのか、こっちに対する憎悪を隠すこともない。

「さて、これで現状はひと段落として……問題は王族を処刑しようとした叔父殿の処遇をどうするかだねえ」

 ぽそりと呟いたウェルテ。
 そうだね。
 王子暗殺を断定して私を処刑しようとした以上、調査がどのように行われていたのか追及しなきゃだし、直系の姫を殺そうとした事実は覆らない。
 今度はバカ叔父が調査される側ってことだ。
 その時、私の視界の端で、その叔父が急に右腕を振り上げた。
 何?
 と、思ったら、金属音と、目の前を掠めた何か。

「チッ」

 腰の鞘から剣を半分だけ引き抜いたハエレが、トニトに向けて飛来した矢を剣で受けた。そのため弾かれたものが私の目前を掠めたんだって、そこでやっと気がついた。

「何割かそう来るだろうって思ってたけどな」

 抜剣したハエレが、トニトを背に回し身構える。
 私は急いで露台に視線を向けたけど、もうそこに叔父の姿はなかった。

「王子!」

 撤収作業をする騎士らの間を縫って、こちらに駆け寄る幾人かの騎士たち。王子襲撃に気付き、警護に駆けつけたみたい。
 ホッと息を吐いたのだけど、走り寄ってきた彼らの切先はあろうことか、こっちに向いた。

「……っ⁉︎」

 獣人の匂い。
 なんで⁉︎ 獣人騎士は王家に忠誠を誓ってるはずなのに!
 疑問を口にする間もなく剣が私に突き出され――。
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