先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る第四話 10

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 おそらく今日届くことはないだろうと思ってた。
 
 僕は王宮にいられず、僕を追いやったであろう叔父には期待したくなかった。だけど王位を継ぐ気のないウェルテクスが動いてくれるかどうかは分からなくて、僕の身代わりのミコーは、十二年間狼で過ごした身だ。

「有事の協力要請により、第一陣の物資は郵便荷車にて到着します。食料と寝具を中心に十五人三日分が五十便。第二陣からは重機を中心とした復旧作業要員を含む追加物資となりますが、こちらは明日以降の到着予定です」

 急いで駆けつけると、街の重役に申し送りをしている最中だったよう。
 話に区切りがついたところで、僕は街の代表者の街長まちおさ横に身を滑り込ませた。

「ご苦労様です! 街長、そのまま各避難先に物資を届けていただきましょう。こちらに避難先と人数をまとめた一覧がありますから、隊ごとに向かっていただく場所を伝えれば、分類分けする手間を省けます!」

 搬送法・荷の形が、僕の理想としていたもので驚いたけれど、嬉しくもあった。
 けれど今いち王宮の意図が汲めていないふうな街長。

「荷解きなしで現場に配置できるように組んであるんです。保護人数に合わせて便の数を調整すれば済みますよ。余った便だけ倉庫に置いていただいて、人数の少ない場所や若干足りない場所はそこから小分けで配りましょう」

 応援に来てくれた郵便局員はそのまま郵便局で寝泊まり可能。彼らはそれが日常の勤務形態だから、とくに問題もないだろう。支援物資から職員用の食料だけ確保を忘れないようにしないと。
 
 到着したばかりなのに、郵便局員の人たちは避難所間に物資を運ぶことを快く引き受けてくれた。
 そして嬉しいことに、夕方戻った彼らは避難所ごとの必要なものまで聞き出し、書き付けてくれていたため、どこに何が足りないか一目で理解できた。素晴らしい采配だ! と、感謝を述べたら。

「そういった指示を受けておりましたので」

 僕はそう指示したであろうウェルテクスに足を向けて寝られないなと、深く感謝した。
 こんなに早く、迅速に……王家の指示が必要な処置だからこそ、彼しかいないと思ったんだ。
 叔父は……こういった配慮に気が回るたちじゃない……。良くも悪くも王家の人間らしい人だから。
 ウェルテクスだったら、僕の代わりに王となってもらってもいい気がする。彼にその気がないのが残念でならないな。
 聞き出した物資に関しては、翌日到着する大口の荷物から補給し、再度割り当てられた避難所に運んでくれるという。迷ったり齟齬が出たりしにくいよう考えられた指示に、街のみんなも大変感心し、感謝してくれたものだから、僕はなんだか……とっても気分良く、誇らしかった。
 
    ◆
 
 翌日の支援物資とほぼ時を同じくして、獣騎士部隊が街に到着した。
 別任務を切り上げ、被害者救出のために駆けつけてくれたという。
 これは喜ばしいことでありつつ、厄介なことでもあって――。
 
 街長宅で書類整理を手伝っていた僕の所に、アレーナが急ぎやって来て、僕を捕まえるなり。

「アシウス、アタシたちは次の街に向かうよ」
「えっ⁉︎」

 考えてもいなかったことだった。
 街長もびっくり顔で僕らを見る。
 そんな僕らの反応に、アレーナは呆れたように息を吐き――。

「アンタは忘れてるようだけど、アタシ達、元々急ぎだったでしょ。今からならギリギリまだ間に合うから行くよ」

 対外的にはそう発言したけれど、こそっと僕には小声で続いた。

「おそらく匂いを気取られちゃうと思う」

 何にかは、言われなくても分かる。獣騎士部隊の者達にだ。
 王宮にも出入りする彼らに匂いを覚えられている可能性は高い。注意が必要だと思った。でも、街の復旧は始まったばかり、この段階で現場を離れて良いものか……?

「アタシ達のやれることはしっかりやったし、支援の人達が動いてくれるなら交代時期だよ」

 それは、そう……か。
 アレーナの言う通りだ。
 完全復旧まで見守れないのは残念だけど、僕も王宮に向かわなきゃいけないんだから仕方がない。

「街長、急なことで申し訳ないんですが……」
「街長、ウチの弟がお世話になりましたーっ!」

 有無を言わさぬ調子のアレーナ。
 気を悪くさせたんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、街長は笑顔で鷹揚に頷いてくれ。

「なんのしがらみもない街でしょうに、良くしていただきました。もしまた立ち寄ることがあったら、顔を見せていただけますかな」
「はい……また、機会があれば」

 正直、まだ手は多いに越したことはなかったろうと思う。だけど急ぐと言う僕らを押し留めようとはせず、快く送り出してくれたのはありがたかった。
 街長宅を出ると、アレーナは僕の着る外套の頭巾フードを強引に引き下げ。

「アレーナ⁉︎」
「ヤバいんだってば。アシウスいろんなところ歩き回ったじゃん? それで匂いを拾われちゃったみたいで、アンタのこと探してる獣騎士がもういるんだよ」

 な……っ。

「宿は匂いが強く残ってるだろうし危険だから、アタシたちはこのまま山側に行く。夕方まで潜伏して、夜に山の中を突っ切るよ。今の馬車隊はそのまま囮になってもらう。アタシたちは別の馬車隊に拾ってもらう。もう連絡は走らせたから、二、三日で合流できるはずだよ」

 山側は土砂崩れのあった場所だ。僕らは何度も出入りしてるから、そっちに向かうこと自体は怪しまれることもないだろう。あちら側は家屋が崩れ、いろんなものが腐り始める頃合いで、異臭がかなり強くなっている。匂いを誤魔化すには良い場所なんだろうけど、みんなとはこれっきりと言われたのは正直辛かった。短い間だったけど、一緒に過ごした仲間たちと、もう会えないなんて……。

 ――ハエレとも……これっきりってこと?

 いいようのない、漠然とした不安を感じる。なんだろう、もう金輪際会えないような、変な気分……。
 だけど、なんだかその感覚も、懐かしいと感じた。
 いや……既視感? 昔もあったよな、そんなことが……。

 ――あの夢……誘拐未遂事件の時。

 ずっと幼い頃、女中に紛れた間者により、僕は眠り薬を嗅がされ連れ去られたことがあった。
 間者はどういうわけか王宮の隠し通路のひとつを知っていて、眠った僕を化粧箱に詰めこみ連れ出したのだけど、途中で気がついたミコーが、部屋の前で警備についていた夜番の武官を引っ張り込み、僕の匂いを辿ってきてくれなかったら、僕はどうなっていたか分からない。

 だけどあの時……僕が攫われたことに気づかなかった夜番の武官は、僕を助けてくれたにも関わらず罰せられ、王宮の勤めを辞した。
 お礼を言いたかったのに、会えないまま、会わせてもらえないまま……。

 ――……あれ?

 鼻腔を、腐敗臭に紛れた別の異臭がくすぐった気がした。
 違う、あの時も感じたんだ。この異臭を。
 二歳かそこらのあの時、僕はまだ、この匂いが何かを知らずにいたから――。

「アレーナ‼︎」

 とっさに、思い切り体重をかけて、アレーナを後ろに引っ張った。
 僕より背は大きくても、細い彼女は、それでガクンと体勢を崩し、僕らは二人して尻餅をつき、勢いで一回転してしまった。
 だけどそれで良かった。
 このまま進んでたら、アレーナの頭は真っ二つになっていたと思うから。

「うわー、追いつかれちゃった?」
「どうだろう……待ち構えてたみたいにも、思える」

 体勢を立て直した僕らの前に、獣騎士の制服を着た二人の男が立っていた。
 僕を捜索していたのだとしても、問答無用で切り掛かってくるなんておかしな話だ。
 そもそも、獣騎士部隊は王家に絶対の忠誠を誓う獣人騎士の集まり。獣人にとって主と定めた相手の命を守ることは最優先事項。僕の臭いを辿り、僕を見つけたのだとしたら、僕がトニトルスだと理解しているということだ。なのに……。
 獣人騎士二人は、当然のように僕らに剣先を向けた。
 僕を見下ろす冷めた表情に、見覚えはない……。

「アレーナ、この人たち、獣騎士部隊の人じゃない」
「え?」
「僕をトニトルスと分かって剣を向ける獣人騎士はいないんだ」

 なのに、獣騎士部隊の制服を着ているのは、どういうことだろう?
 そう思ったものの、今はそんなことより、ここをどう切り抜けるかが問題。
 僕は武器を所持していなかったし、アレーナは女の子で、こんなに華奢だ。逃げ切るのは困難を極めることだろうと、思った。けど――。

「シッ!」

 裂帛れっぱくの気合いと共に、アレーナが懐中から何かを取り出し、投げていた。
 獣人騎士の顔面に向かうそれを、騎士らは剣で払う。だけどそれが失敗。
 払われた何かはその場で割れ、粉塵が爆発的に広がった。
 途端にくしゃみや咳を連発し始める獣人騎士たち。僕らは粉塵から身を引き距離を取る。

「走れ!」

 アレーナに言われるがまま、僕らは騎士と粉塵を迂回して山に向かった。

「室内じゃないから、効果はあまり期待できないんだよねー」

 アレーナはそう言ったけど、僕には効果覿面に見えてるんだけどな?
 粉塵は払えば払うほど立ち込めて、彼らの姿は見えなくなってしまったし。

「風が吹いたら一発で流れちゃうよ」

 それでも、あの二人の鼻と目は二日ばかり死んでるだろうとのこと。なら、僕らの匂いを辿るのは無理だろう。

「だけど粉塵が目立っちゃってたかもだから、次の追手が来るかもーっ」

 うわ、それはヤバい。
 とりあえず夜まで隠れるとか言ってられないこととなった僕らは、そのまま山の中に分け入って、とにかく走った。
 足場が悪いから、走りにくい……だけど木こり見習いとして樹海で数ヶ月過ごした僕の体力は、前よりずっとついていたみたい、案外進むことができた。
 でもやっぱり目立っちゃってたようで、新たな追手が僕らに追いついてきた。

「……今度は獣騎士部隊の服装じゃない」

 街の住人のふりして紛れ込んだのか、もとから街の中に潜伏してたのか……。

「だね。なんかすごく、ご執心」

 そうだね。絶対僕を殺したいみたい。
 山中で追いつかれ、回り込まれ……僕らは囲まれてしまった。
 それでもアレーナは短剣を構え、僕を守ろうとしてくれて……。

「アレーナ……」
「あーはいはい、降参してアンタを差し出してもどうせ口封じされるから一緒だよー」
「……ごめん……」
「大丈夫、あっちにバレてるってことは、こっちにも見えてたってことだし」

 ジリジリとにじり寄ってくる追手。だけど剣を振りかぶり、突撃してきた一人は、横から突っ込んできた影に切り裂かれて倒れてしまった。
 突っ込んできたのは……義足の、彼。

「ハエレ遅いーっ」
「うるせー、俺を走らせるな」

 獣化狼に跨ったハエレは、そのままヒラリと狼から飛び降り、ちょっとヨロけた。
 そこを隙と見た敵が二人斬り込んだけれど、ハエレは全く動じず腰に構えていた小剣を小さく振る。
 動きは最低限だったのに、二人は逆に斬り伏せられ、地にし動かなくなった……。

「え……」

 僕もびっくりしてしまって、つい、足が止まるくらい……その動きは鮮烈で――。

 ――見たことがある。

 そんな気がした。

「気を抜かないでください!」

 言われて慌てて気を引き締めたけど。
 アレーナと並び、僕を守るように立ったハエレは、斬り込んでくる相手を危なげなく捌いていく。

「はじめの追手、王宮騎士の制服着てたんだよ」
「あぁ、もう予想確定ってことだろうよ」

 殺し合いの最中だというのに、そんな会話まで。
 だけど次の瞬間。

「うぉ⁉︎」

 義足で踏み込んだ先に何かあったのか、ハエレが体勢を崩した。
 すると即座に攻撃がハエレに集中。捌き損ねた剣がひとつハエレの腕を掠め、鮮血が散る。

 ――あぁ、そうだった。

 ハエレは戦力にならないって、自分で言ってた。
 剣の腕は凄まじいと実際感じた。だけど彼の体がそれについてこれない。
 僕のせいで、そうなった。
 既視感があったのは当然だ。
 声を聞いたことがある気がしたのも、笛の音を聞いた覚えがあったのも、当然だった。

 あの時僕を助けてくれた武官、たった一人でぼくを救い出してくれたのは、彼だ。
 僕を守ったせいで脚を失い、しかも罰せられて職まで追われた。
 彼から全部奪ったのは、僕だった。

 そのハエレの命まで奪おうと、また剣が振り上げられ――。

「い……嫌だあああぁぁ‼︎」

 僕は無我夢中で吠え、前に飛び出し、追手に全力の体当たり。
 追手と僕は絡まるみたいに山の斜面を転がって、転がって、斜面がなくなった先で、空中に放り出された。
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