先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る第四話 9

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 静止の声を振り切って、僕は宿を出た。
 雨よけ外套を被り、現場に足を急がせたら、結局ついてくるいくつかの足音。
 横に並んだ脚の不自由な巨躯に、彼こそ残っているべきなのだけど、僕が行くと言ったら、当然彼もついてくるのだろうと、思っていた。
 どういうわけか、僕に魂を捧げたハエレは、これからずっと僕が行くところ全てについてくるんだろう。

「外套だけは外れないよう気をつけておいてくださいよ」

 苦虫を噛み潰した顔のハエレに、分かってるとおざなりに返しながら急ぎ進むと、暗がりの中にポツポツ動く行灯の灯りが見えてきた。 
 笛の吹かれた現場に着くと、アレーナが大声で何かを叫んでいた。

「選り好みしてる余裕なんてないでしょ、木の板でもなんでもいいから、とにかく掻き集めてきて!」

 彼女が立つのは崩れた家屋と、大きな岩の前。雨はやっと小降りになってきていたけれど、長雨でぬかるんだ地面は少し傾斜している。

「アレーナ!」

 声をかけると、応援に喜んだアレーナが次の瞬間顎を外さんばかりに。

「アシウスは来たらダメじゃん!」
「そんなこと言ってられる状況じゃなさそうだったから」

 言って彼女の横に並ぶと、頭を抱えたアレーナは。

「あーもおおぉぉ、確かに一人でも来てくれた方が嬉しいんだけどおぉ!」
 懊悩しつつも仕方ないと割り切ったよう。
 見たところ、今僕らが立っている場所は潰れた家屋の上といった雰囲気だ。おそらくこの大岩が降ってきて、押し潰されたんだろう。
「どういう状況?」
「……この大岩の奥に小さな隙間があって、そこに人が挟まれてるの!」

 指さす先に、元は建造物の壁だったろう部分が残っているけれど、大岩はピッタリ壁に沿っている。
 壁のすぐ後ろには急勾配きゅうこうばいな山肌があり、大岩の剥がれ落ちた場所だろうという窪みもあった。
 行灯を掲げると、灯に反射する光の筋……チョロチョロ線を引く雨水の流れが数本見てとれ、たまに小さな土の塊が転がり落ちてくる。

「また崩れそうなの……だから、急がなきゃ」
「だね。だけどこの大岩をどかすとなると……」
「割ってる暇ないから、転がすしかないと思って……とりあえずこの岩の横手を掘っていこうと思ってるんだけど……」

 なるほど。岩の下を横から掘り進め、岩を傾けようという作戦か。

「だけどここって傾斜だし……岩が転がってしまったら、下でまた被害が出そうで……」
「分かった。つまり、岩を傾けて動かすけど、転がらないようにしたらいいんだね」

 それならやることはハッキリしてる。

「長めの丸太と、麻袋、縄って、あるかな?」

 倒壊家屋がいっぱいある場所だから、丸太はなかったけど柱を発見した。縄はアレーナたちが持ってきていて、麻袋は街の小麦倉庫からかき集めてきてもらうことに。

「何をするんだ?」

 問うてきたハエレに。

「岩を転がすのは現実的じゃないから、少しだけ動かそうと思って」

 と言うと、どうやって? という顔。

「穴を掘っていくのでも動かせると思うけど、足元を掘るのって時間も掛かるし、岩が倒れてくる可能性もあるし、危ないよ。崖の根本を掘るのも危険、また崩落しかねない。だから、あの崩れそうな崖側に岩を傾けて隙間を作る」

 手前にあったひと抱えあるある岩を支点にし、柱を大岩の根元を少しだけ掘って、差し込んでもらった。
 反対側には縄を括り付け輪を作り、適当な板を見繕ってロープの輪の中に差し込む。

「ここにおもりを置いていく。麻袋で作った土嚢どのうを積むんだ」
「岩とかじゃダメなの?」
「積み上げにくいし、崩れると危ない。ここ、秤みたいに傾いていく予定だから」

 ロープに僕がぶら下がってみたけど、岩は微動だにしなかった。ハエレたち数人にぶら下がってもらうと、ちょっとだけ動く……。

「体重は?」
「……なんで今それを聞くんだ……」
「岩の重さを計算してみる」
「はぁ?」

 柱の長さとハエレの体重でざっと計算したところ、土嚢袋を二百ほど積めば動きそう。
だけど見つけてきたという麻袋は思いの外少なく、五十枚もなかった。

「うん……岩も使おう」

 土嚢で板の上に箱を作って、中に岩を放り込もう。
 指示を飛ばすと、初めは皆半信半疑といった様子だった。でも重さが掛かってくると、明らかに岩が動き出して……。

「おおおぉぉ、動いた!」

 皆の作業速度が一気に上がって、そこからはあっという間。
 できた隙間から閉じ込められていた人を助け出せたから、また岩を外していって安定する位置まで戻す。
 それでその場の作業は終了。

「次に行こう」

 それからは夜通し、救助に動いた。
 夜が明けてからは雨も上がり、街の人たちも手伝ってくれる人が出始めて、やれることもぐんと増える。
 麻袋が少なかったのは、自警団の人たちが川の氾濫の応急処置に使っていたからだということも判明。

「この街に住んでる郵便局員の方はいますか? 隣町まで応援要請に行ってもらって、ついでに麻袋も貰ってきていただけたら、ありがたいのですが」

 そう伝えると、この子供は目端がきくなと理解してもらえたよう。力では役に立たない子供の僕だったけど、利用できる法や手続きにはいくつか心当たりがあったから、頭を使う方面で戦力に数えてもらえることとなった。

「鍛冶屋さんは無事ですか? 太めの鉄棒があったら提供してほしいんですが」
「災害被害届は昨日の夜のうちに出せたんですね。獣化できる方ですか? なら……もう王宮に到着してる頃合いです。早ければ明日、遅くても明々後日には救援物資が到着すると思います」
「岩を浮かせた僕のやり方? えっと……仕事の原理っていうやつの応用で……」
「古くていいので地図をください! ざっとですけど、倒壊家屋数を面積から割り出します」
「屋根を上に持ち上げる? うーん……滑車は複数余ってますか? ……なら、丸太で三脚を二つ、滑車を三つ用意していただけたら――」

 食事を摂ることも忘れていた。呼ばれた場所に走り、指示を出して戻り、戻って書類を書き、また呼ばれて走る。それを繰り返しているとあっという間に夕刻。途中でアレーナに捕まって、無理やり宿に連れ戻されて食事と仮眠を取った。だけど結局目が覚めちゃったから、被害届の続報書類をまとめて、朝が来て――。

「……うぇ? 支援物資が届いた?」

 僕が想定していた中の最速で、王宮からの物資が届いたのは、昼前のことだった。
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