先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る第四話 3

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 ずっとずっと、申し訳なくて不甲斐なくて、やらねばと思うのに怖くて、やれることもなくて、ただ迷走しているだけの三ヶ月。そう思っていた。

「貴方が何もできなかったのは、貴方だけの責任でもない」

 ハエレはよっこいせと身を起こし、腰をそらして伸びをした。
 義足が痛むのか、少しさすって――。

「こういう時のための家臣だし、その手を一切借りられない状態で動けるやつはそういない。幼い王を据えることになった歴史は今までだっていくらでもある」

 頭を掻いて、少し思案するように顎に手を当てた。

「この三ヶ月、王宮の動きも見てきたがどうも妙だった。動かない。王子が襲撃されるなんてことがあったにも関わらず。出来の良すぎる替え玉までいるようだし……」

 見てきた?
 ハエレはずっと僕と一緒にいたのに。

「妹だと思う」

 そう口を挟むと、ハエレは瞳を見開いて僕を凝視した。

「……妹? 生きて……いや、妹は狼だったはずだ」
「僕も、あの瞬間まで、妹は狼のまま一生を終えるんだと思っていたよ」
「襲撃の夜か⁉︎ 狼で十二年生きて、人化したって⁉︎ 待て待て、どういうことだよ、まず――」
「それより先に、今は迷子のお嬢様探しだよ」

 そっちが解決しなきゃ、色々話してられない。いつ木こりたちが帰ってくるかも分からないし、今この場で話す内容でもない。

「チッ、それもそうか……」

 舌打ちしたハエレは懐に手を突っ込んだ。

「落ち着かないんでサッサと解決させる。樹海の奥に迷い込まれても迷惑だしな」

 どういうこと? と、聞く間もなくハエレは懐から棒状の金属を取り出して吹いた。とても高く伸びる音。まるで僕の犬笛のようなと思ったけれど、吹き方が違う。細かく途切れ、節や拍を刻んだ複雑な音階。

 ――これも、聞いたことある気がする……。

 あまりにも近くで、頭に刺さるような高音を聞くハメになった僕の獣の耳は、勝手にぺたんと伏せられた。それでも不思議な音階はしっかり聞こえてくる。
 何をどうしたんだろう? と思ってたら、音が返ってきた。

「返事⁉︎」
「シッ」

 慌てて口を塞いだ。ハエレは目を閉じ耳に意識を集中している様子。
 ジッと待っていたら、すぐに音は止まり。

「保護済みです」
「えっ⁉︎」
「あと半時間程度で戻るそうですよ。……茶でも用意しておいてやるか」
「あ、うん!」
「一区切りついて、小屋に戻ったら話を聞くぞ」
「う、うん……」

 いつもの調子に戻ったハエレは、それ以上余計なことは言わなかった。
 だけど最後にポンと僕の後頭部を叩くみたいに撫でて。

「今まで一人でよく頑張ったと思うぜ」

 そう言ってくれたんだ。
 
    ◆
 
 お嬢様は無事保護された。
 樹海に入り、犬を探して移動する途中、足を挫いて動けなくなっていたらしい。
 木こりに背負われて戻ったお嬢様は、今の僕と同じく耳と尻尾を持っていたけれど、ごく一般的な範囲で血の濃い獣人の容貌だ。
 皆に心配をかけたことに恐縮していて、世話になったお礼は後日必ず届けると約束してくれて、庶民に分け隔てなく接し、笑顔を振り撒くほどに純朴。
 素直で可愛らしいお嬢さんだった。
 
    ◆
 
 仕事と捜索に疲れた木こりたちが、寝静まった頃合い。
 僕らは目立たぬよう布団に転がったまま、あの日の話をした。

「貴方の考えで、首謀者は継承権第三位の叔父なんだな?」
「貴方って言うの、やめない? なんか落ち着かないんだけど……」
「仕方ないでしょう、俺は貴方に魂を捧げたんだ、礼を尽くす立場です」

 それ、建前じゃなかったんだ……。
 本当に僕に魂を捧げるの? と、確認したら、もうした。という素気無い返答。

「貴方の王たる資質は俺が保証する。魂かけて保証してるんですから、ちゃんと信じてくださいよ」
「ううぅ……」
「とにかく今は話を戻します。明日の仕事に響くしな」
「そうだった……」

 父が急な事故で死んだ結果、僕らは王の座を急遽争うことになった。
 とはいえ、葬儀やら納骨やらしなければならないことも多い。僕が継ぐのが順当だし、第二位も成人前。第三位の叔父が僕の成人するまでの繋ぎとして王座に就くことも考慮に上がっていたものの、僕が継ぐ決断をした時点でなくなった。

「二位のウェルテクス自身は王位なんて興味もない。その父親は権力欲の強い人物だけど、ウェルテクスが介入させないよう動いてると思うし、簒奪を狙えるほど大胆でもない」
「……信頼できるんだな?」
「彼の人となりにはとても好感を持ってる。彼の意思で簒奪はあり得ない」

 だが叔父は――。

「叔父は、僕やお父様の決定を概ね肯定してくれる、いつも優しい人だったけど……ミコーが懐かなかった」
「妹狼が?」
「本人の前でそういったそぶりは見せてないよ? だけどジャレついたり全然しなかったし、耳や尻尾の動き方もね……」

 叔父が本音を言っていないと分かる瞬間はそれなりにあった。特に、僕の王位継承が決まった時。
 決定に否は唱えなかったけれど、表情がどこか冷めていたように感じたのだ。
 けど、兄弟であるお父様の死を悼み、表情を殺しているのだとあの時は思ったし、追求するほどの疑問も抱かなかった。
 僕が、王位継承などしていられないほど、我を忘れ嘆き悲しんでいたとしたら、どうだったろう……。王位継承などしたくないとと拒否していたら? 変わってくれと叔父に泣きついていたとしたら……。
 選ばなかった過去を想像しても意味なんてないと分かっているけれど、叔父は拒まなかったと思う……おそらく、受け入れた。

「まぁ、その叔父が犯人と仮定しておくとしてだ……問題は妹狼と貴方自身か」
「僕はともかく、ミコーも?」
「あぁ。まず急な獣化で思うように身体操作できなくて耳や尾が残るなんてことは、ままある。でもそれはコツさえ掴めばどうとでもなる」

 それを聞けてホッとした。
 でも疑問は残る。

「僕……『性別』は人だったんだけど……」
「貴族なんかは、獣人でもゴリ押しで人にする場合があるからな。貴族社会は特徴がないなら人の方が生きやすい」

 あっさりそう言われたけど、少しモヤモヤした。
 だって僕は三度も性別を受け直したのだ。
 一卵性の双子でありつつ性別が違い、種が違う。異例づくしだったから、徹底的に調べたはず。

「獣化は見ての通り、肉体を大きく変形させる特殊技能。よほど獣人の血が濃くなければできないし、貴方のように土壇場で本能的に獣化を会得することもある。貴方ほど特徴を持たない獣人の獣化は珍しいですが……やはり前例はある」

 しかし狼で生まれた者は基本人化はしないと、ハエレは言った。

「狼で産まれると知能も狼のままだ。途中で人化を体得した例もあるが、獣人特徴はとても強く出る。耳や尾の程度じゃないはずだ」
「でも、前例はある?」
「あっても奇跡的に、幼い頃人化を会得した者だけです。十二年狼として生きて、それに馴染んでいるんですよ? まずしゃべれないだろうし、二足歩行だってできるかどうか……」

 でも僕の記憶のミコーは、まるで鏡に映したみたいに僕とそっくりに見えた。
 マントだけを纏い、仔馬のように軽やかに駈けていった。僕の名を呼び、守ると言った。

「現状あまり人前に姿を表してはいないみたいだし……見えにくい部分に大きな特徴を有してるかもしれませんが……双子か……」

 そこが大きく現状に影響を与えているかもしれないなと、ハエレ。

「僕の生活を十二年見てきてるし、僕の替え玉としてはとても優秀だと思う」

 僕の癖も、喋り方も熟知し、記憶だって有してる。これ以上ない替え玉だ。ただ、どうして叔父に協力しているのかが分からない。さっさと獣化を解いて逃げればいい。狼の彼女一人なら、造作もないことのはずなのに。
 ミコーに会いたい。三ヶ月もの時間囚われているのだとしたら、健康面だって心配だ。

「……で。俺は貴方を王に推すつもりですが……」
「この耳と尾があるうちは無理だよね」
「左様ですね……まぁそこはおいおい、改善します」
「……できるの?」
「獣化については獣化できる本人に聞くのが一番早い。とりあえず今日は寝ましょう。明日からのことは、またおいおい……」

 そこでスー……と、寝息が聞こえ、呆気に取られた。けど……明日の仕事に支障をきたすわけにはいかないと、僕も慌てて目を閉じた。
 寝れないと思ってたのに、案外ストンと睡魔に落ちて――僕らは遅い朝を大慌てで支度する羽目になった。
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