先祖返りの姫王子

春紫苑

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トニトの語る第四話 2

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 秋が深まってきた。
 ある日作業を終えて小屋の辺りに戻ってくると、見慣れない馬車と人だかりがあり、僕はギクリと足を止めた。
 
 ――最近見てなかった視察?

 またここら辺で僕を探すことにしたのかな? って、思ったんだ。
 だけど僕に気づいた木こりが大きく手を振る。

「お。アシウス、お前も来い!」

 ……僕を、探してる雰囲気じゃ、ないな……。

「何かあったの?」
「あったなんてもんじゃねぇんだよ。お嬢ちゃんが帰ってこねぇって言うんだ」
「えっ⁉︎」
「お貴族様っぽいんだがよ、紅葉を見に遠出してきてたらしいんだわ」

 聞けば、お嬢様ふたりとペットの小型犬、護衛数人という一行は、近場の野原で犬を走らせたり、乗馬を楽しんだりして一日を過ごしていたらしい。
 昼食を済ませ、ひと眠りして起きてみると、連れてきていた犬の姿が消えていたという。

「行方不明って……犬ですか?」
「いやいや、その犬を探してたらよ、下の嬢ちゃんが樹海に駆け込んじまったって言うんだ」
「えぇ⁉︎」
「樹海と思っていなかったのです! 我々、縁戚を頼りこちらに来てまだ日も浅く……」

 綺麗な衣装を纏った従者と思しき青年が、慌ててそう口を挟む。
 結局犬は帰ってきたものの、お嬢様は戻らず今に至るそう。

「とにかく人手を貸してもらいたい!」
「いや、そりゃ協力すんのはやぶさかではないと言ってるでしょう? ですが――」

 親方とよく分からない押し問答をはじめた従者の青年は、早口で何かを捲し立てているものの、要領を得ない。あっけに取られる僕の肩に手を回した木こりの一人が後方に僕を引っ張り――。

「それで、その人を探すのに手を貸せってんのによ、全然どんな子か言わねぇのよ」

 とにかく人手を貸せの一点張りだというのだ。

「捜索しようにも時間も時間だろ、俺らだって樹海の奥に入るわけにゃいかねぇし……」

 樹海は異界も同然だ。侵食を防ぐために周りの木々は伐採するものの、奥地はどうなっているやら分からないのが当然だった。木こりだからこそ、踏み込まない。彼らは樹海の危険をよく知っている。
 なのにこの状況で、従者の青年は体面を気にしている様子で、一向に伝えるべき情報を口にしようとしないのだ。

 ――言い訳なんてしてる場合じゃない。

 今重要なのは、命を守ることだけだ。
 親方の前に割り込んで、僕は従者に告げた。

「お幾つの方ですか? 逸れた時間、服装、髪色、瞳色、家名は伏せて構わないし愛称でもいいので、呼び名は告げてください。もう直ぐ日暮れ、時間との勝負だというのに、この状況で口を噤むは主人の命を捨てるに同義です」

 ピシャリと念を押すと、青年従者は慌てたように居住まいを正し。

「い、イグニス様は、十四であられます。逸れたのは一時間前、橙の毛色、黄金の瞳、本日は緑の襟飾りを身につけておいででした!」
「分かりました。……だそうですよ」
「お、おう……」

 あっさり情報提供した従者に、親方は呆気に取られた様子。
 目を白黒させていたけれど、これで捜索を始められると木こりたちを呼び集めた。

「手空いてるやつ全員来い!」
「おい、行灯カンテラあるだけ持ってきとけ! 地図どこだ!」
「こっち組分けしとくわ」

 やることさえ決まれば連携し慣れている木こりは強い。あれよあれよという間に準備組と作戦会議組に分かれ作業開始。
 オロオロする従者そっちのけで、僕らは頭を突き合わせた。

「一時間で歩ける範囲はどれくらいだ?」
「俺らでここらへんくらいまでだよな」

 地図といっても樹海の中は記されていない。もうすぐ日が暮れるという時間帯で、どこまで踏み込むか頭を悩ませる一堂に。

「横に広く見て回る方がいい」

 そう口を挟むと、なんでだ? と、僕を見るいくつもの視線。

「森の奥は闇が深い。貴族女性は入らないと思う」
「そうなのか?」
「一人では出歩かない人たちが、一人で闇に踏み込むのは相当勇気がいるんじゃない?」
「おぉ」
「なるほど」

 とはいえ夜になればどこも一緒だ。日が暮れる前に見つけ出さなきゃ、その気がなくても奥地へ迷い込む可能性は捨てきれない。
 ものの五分で探すべき範囲を絞り、組み分けも済んで出発となった。
 僕は義足のハエレと一緒に組まされたのだけど――。

「お前らは作業場担当な」

 半ば留守番を言い渡された。僕は役に立たないってこと?

「バッカ、お前もガキだろ」
「そうそう、迷子の嬢ちゃんよりもガキなんだって自覚しろ」

 戦力外だと言外に言いつつも、木こりたちは僕の首に腕を回し――。

「それにハエレ一人留守番させんのはかわいそうだろ? 付き合ってやってくれよ」
「やかましい」

 ちゃっちゃと行けと手を払うハエレ。
 皆が出かけていき、従者の方は馬車で待機する手筈となった。僕とハエレもとりあえず、作業場を見回っておくことに。
 皆がハエレを留守番にしたのは、彼が義足だからだろう。慣れた作業場ならともかく、地形も定かではない森の中を義足で歩くことは怪我につながりかねない。
 ハエレも役立たずと言われているに等しかったけど、不思議と木こりらの言葉はそう感じさせなかった。
 僕のことをガキと言った彼らにも、役立たずに対する失望の色は見えなかった。
 十二歳だろうが、王は王。やるべきことをやれないなど、年齢を理由にするなど、許されないことだ。
 木こりだって同じはず。役割を担った以上、それ相応の結果を出さなければならないはずだ。
 なのに未だ、枝払いすら皆と同じようにはできない僕は、無能だ。無能な僕は――。

 ――王にすべきじゃない。
「さっきの話だけどよ」

 急に脈略なく、ハエレに話しかけられた。

「あの男、お前は髪色を聞いたのに、毛色を答えてたろ」

 あぁ、やっぱり気づいてたのか。
 そう思ったけど、ハエレなら気づくだろうとも、思ってた。

「そうだね。きっと獣の血が濃いお嬢様なんだろう」

 家名を言わなくていいと言ったら、あっさり答えた。世間と違い、貴族社会では未だ獣人差別が少なからず残っている。
 騎士や使用人といった職種に、獣人は適していた。
 本能的で楽観的。命令に忠実で肉体も頑強だ。
 けど策謀面にはとにかく弱い。裏をかくという思考運びをしないから、自分のやるべきことを愚直に推し進めてしまうし、すぐ騙されてしまう。
 権謀術数渦巻く政治の世界を、獣人は生きていけない。

 ――そんな世界に、生まれてしまった獣人の令嬢……。

 縁戚を頼ってこちらに来たと言った。なら冬場もここに滞在するということだ。おそらく、これから一生……。

 ――きっと自領に居場所がなくなったんだな。

 十四ということは、もう婚約者等が決まっていて当然の年齢だけど、僕の記憶に獣人の特徴が顕著に出た令嬢がいる家に心当たりはない。ということは、表に出さず育てられてきたものの、一族の状況が変わったということだ。

 ――おそらく領主の代替わりか何かで、獣人という存在を守る理由が失われた。

 存在を認められず、隠されてきた令嬢……。可哀想な生い立ちだと思う。でも、獣人であることを晒され生きることが、幸せとも限らないのだ。

 ――……ミコー。

 僕の身代わりに、囮となって走った妹狼。
 王家に双子の片割れとして生まれたばかりに、狼だったことを隠すこともできず、僕の半身として晒され、生きてきた妹。
 ことあるごとに槍玉にあげられて、それでも健気で可愛かった妹。
 おそらく今は王宮でトニトルスを演じているだろう妹。
 人の形を取れることが分かったなら、狼の時よりは受け入れられると思う。僕が戻らなければ直系の血を繋げられるのはあの子だけ。きっと前よりは大切に扱われるはずだ。

 ――僕さえいなければ。丸くおさまる。

 首にかけた犬笛を無意識に握りしめて、自分の無能を認めようと――。

「……逃げるのがそれほど苦しいなら、逃げる意味はないのでは?」

 かしこまった物言いをされ、不意を突かれた。
 外では僕にキツめに接してくれていた……ことさら子供扱いに徹してくれていたハエレが、急に法則を無視したのだ。
 慌てて犬笛を離したけど、彼の態度は戻らなかった。

愚者アシウスを演じ続けることが苦しいなら、未練や後悔が捨てられないなら、まだ諦めなくていい、足掻いていいと、俺は思います」

 元軍人の木こりは、胸に手を当て礼の姿勢をとり、僕を主人として扱った。
 ……分かっていた。
 彼がおそらく、僕と関わりのある世界に身を置いていたのだろうことは。
 僕を拾い、身につけていた衣服は全て流したのに、ひとつだけ残してあった犬笛も、あえて残された。でも――。

「……僕はもう、失敗したんだ」

 両親の死に動揺して周りをちゃんと見なかった。そのせいで隙をつくり襲撃され、結果たくさんの部下を死なせた。
 妹を囮にしてまで生き延びて、隠れて、三月みつき以上の時間を無意に過ごした。ただ無力で、嘆くことしかできなかった。
 王になると誓って生きてきた。
 だけど僕が王になろうとすれば、またたくさん死なせてしまうかもしれない。
 王になれば、きっともっと死なせてしまう。
 子供が王になるなど、こんな無能が王になるなど、不安で当然、拒否されて当然なんだ。

「王になるべき時に、僕は無能すぎたんだ」

 年齢なんて言い訳にならない。王になるべき時が来たらなれなければいけなかった。

「たくさん失うまでそれに気づけない愚者だった。僕が足掻いたら、きっとまた誰かを死なせてしまう。僕じゃない王を選べるなら、その方が賢明だ。もう死なせず済む……」
「それはない」

 鼻で笑われた。

「俺は、君主を安易に弑虐する選択を取れる者が、民を愛す良き主となるとは思わない」

 まるで嫌悪するかのように、表情を歪めて吐き捨てると、ハエレは膝を折って僕と目線を合わせた。

「親を亡くしたばかりの幼き子から、命まで奪う選択を安易に強いる者が、王に適しているなど、全く思わない」

 僕の両手を取り、ぎゅっと握り。

「貴方が無能だとも、思わない」

 及び腰になる僕の手を捧げ持つようにして取り、うやうやしく甲に唇を落とした。
 魂を捧げる誓いだ。
 魂は、ひとりひとつきり。権力も金も及ばない、己の裁量で捧げられる唯一のもの。
 貴方のために自分の命を捧げる覚悟をしたと告げる誓いだった。

「犠牲者を忘れず、苦しみを捨てず、涙すら禁じて逃げまいと、踏み止まって、足掻いて、何もできなくて無力に嘆く。そんな幼子の方が、よほどいい」

 僕は何もできなかったのに、逃げようとしてるのに、これからもただの木こりでいることを選ぶかもしれないのに。
 そんな僕に命を捧げる覚悟を、ハエレは示した。

「なにもできない? していたさ、それを俺は見てきた。貴方は俺に寄り掛からなかった。自ら立ったし、常に前を向こうとした。できることを見つけようとした、やろうとした。この三ヶ月、ずっと挑んでいた。それを見させてもらったから、貴方が無能とは思わない。貴方は誰にも勝る、得難きものを持っている。王たるものの資質を持っていると、俺が保証する」
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