先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第三話 5

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 何も考えてなかったんだよね。
 本当はトニトじゃない私が、王位継承権第一位の王族として動くというのが、どういうことか。
 やらなきゃいけないばかりが先にたって、獣騎士部隊を奪われたバカ叔父がどんな反応をするか、それがどんな結果をもたらすか、全く考慮してなかった。
 
    ◆
 
 比較的初動も早かったし、災害救助は滞りなく進んだよう。
 駆けつけた獣騎士部隊は良い活躍をしてくれて、泥の中に取り残されてた人や亡骸をよく見つけてくれた。
 亡くなった人は可哀想だったけど、家を失いつつも助かった人だって沢山いたから、生きてる人優先で対応を進めさせてもらった。
 生きてようが死んでようが家族は家族。後回しにされて良い気分じゃないのは分かってたけど……。でもその分、生き残ってる人たちを手厚く保護するよう、ウェルテは指示を飛ばしてくれ、おかげで、文句を言う人も少なかったそう。
 ちょっと順調に進みすぎなくらいで、成果には私もびっくりしたんだけど、現地で自発的に動いてくれていた人たちとうまく連携が取れたのも良かったんだと思う。
 そして氾濫対策に一通りの目処が立ち、部隊を引き上げるという段階になったのだけど……。
 ちょこちょこと対策室に顔を出していた私は、その日バカ叔父と鉢合わせしてしまった。
 
 引きこもっていた頃にも抜き打ちみたいに来て、嫌味や脅しを垂れ流していってたバカ叔父が、この日は私を睨みつけただけで、何も言わず行ってしまった。
 あれれ? この前獣騎士部隊を取り上げちゃったこともあるし、何か言われると思ってたのにな?
 そう思ったものの、それよりは現場の状況確認の方が先と、私はウェルテの方に足を向けた。
 ウェルテは私より年上というだけの理由で、今回の災害対策の筆頭に立って動いてくれた。だいぶお疲れの様子だったけど、私が来るといつも通り、ニコニコと笑顔で迎えてくれて。
「やぁ、特に変化もないよ」
「うん、それは分かってる。大体状況にも目処がついたって報告をもらったから、最後の確認に伺わせてもらったんだ」

 そう言うと、律儀だねぇと笑って、うーんと伸びをするウェルテ。

「思ったよりずっと早く片付いて良かったよ。冬まで持ち越すかと思ってたのにな」
「そうだね、越冬前に一区切り着いて良かった。避難民の人たちの管理は冬の間も続くだろうけど、災害現場の補強が終わったのはホッとしたよ」
「獣騎士部隊を派遣するって決断をしてくれた君のおかげだ」
「決断したのは二人だったろう?」
「まぁ、そうだけど……」

 そこでウェルテはバツが悪そうに頭を掻いた。
 言うかどうかを迷うみたいに視線を伏せていたけれど、結局言うことにしたよう。

「……妹姫の捜索を打ち切りにしたこと、実はちょっと気にしてたんだ……。君にとっては半身、大切な妹だろう? 正直、苦しい決断をさせてしまったと思ってるんだよ」

 あ。そ、そっか……。
 だけど私はここでこうして元気にしてるわけだから、そう言われると居心地悪い。

「い、いや、半年近く成果のないたった一人の捜索にあんな人数回す必要ないし、災害対応を優先するのは当然のことだよ」

 パタパタと手を振ってしどろもどろ。

「そうは言っても、君にとっては最後の身内だ」
「僕はミコーが死んでるかもなんて思ってないんだ。あの子は狼だから、一人でだって生きていける。きっと野生に返っただけというか、そのうち元気にひょっこり顔を出すと思うんだ!」

 トニトがここに帰ってきて、ちゃんと王様になったら、私も狼のミコーに戻れる。
 こんなに長く会えなかったことなんてないから、やっぱり不安だし、寂しいけど……トニトは絶対、いつかここに帰ってくる。

 ――本当は、バカ叔父が襲撃の犯人で、王位簒奪を狙ってたんだってこと、トニトに知らせることができれば一番いいんだけど……。

 居場所が分からないから知らせようがないし、そもそも証拠がないんだよね。
 私には常に監視がつけられているから、下手に動けない。結局ずっとトニトの真似をし続け、タミアを守るので精一杯……。

 ――バカ叔父が出かけてる時も監視は外れなかったし、ダメ出しのクーストースまでいたし……。

 きっとちょっとでも変な真似をしたら、あいつがタミアを殺したと思う。わざわざ処刑人まで置いていくんだから、本当バカ叔父は最悪だ!

「だから、気にしないで」
「そうか……分かった。……なら、妹姫が戻った時は知らせてくれ」
「え?」

 不思議なことを言う。
 なんで? って、首を傾げたら。

「今まで君とは話してたけど、妹姫とはあまり接してこなかったろう?」

 うん、そりゃそうでしょ?
 だって私は狼だったし、狼に人語は話せないんだもん。
 良くも悪くも、狼のわたしは王族に数えられていない。だからウェルテが私を意識してこなかったのは当然のことだよね?

「これからは仲良くなれたらと思う。トニトルス、君の妹なら、きっといい子だ」
 ――……っ。

 思いがけない言葉。

「……うん、ありがとう」

 今まで、王宮の中で私は、とっても不安定な立ち位置にいた。
 王族に生まれたのに狼だったから、貴族や使用人たちからしたら、私は仕える相手。でも王族としての私は、役に立たない身内。だから私と遊んでくれたのはトニトと、ミーレスだけだった。

「ウェルテも遊んでくれたら嬉しい!」

 つい本音でそう言ってしまったら。

「そうだな、その時は是非」

 ニコリと笑った。
 対策室から帰る時、ウェルテの「トニト、じゃあまた」という声が飛んできて、笑って手を振ったのだけど……。

「ん?」

 ウェルテ、トニトのことトニトルスって言わなくなってたって、帰ってやっと気がついた。
 
    ◆
 
 その夜のことだ。
 冷たい風が吹く夜だった。
 気づけばもうじき冬が来る。

「今年はいつ雪が降り始めるのかな」

 闇に染まった窓の向こうを見ながら、眠る用意のため夜着に着替えていた。
 眠る時は男装してないんだけど、夜着も男ものを使ってる私は、タミアに着替えさせてもらいつつ、なんとなしにそう呟いたのだけど……。

「ん?」

 窓の下に、何かチラリと動くもの。

 ――夜警の持つ灯り?

 にしては、チラチラ頻繁によく動く。

「今日って、何かあったっけ?」

 タミアにそう聞いてみたけれど、彼女にも心当たりはないようで、やはりこてんと首を傾げるものだから――。

「窓の下に灯りがいっぱいあるみたいなんだ。警備が強化されるような話は聞いてないよね?」

 そう言って指差したら、顔色が変わった。

「カペル!」

 私の着替えのため、隣室に退席していたカペルを、タミアが大声で呼びつけるなんて、初めて見た。
 カペルもびっくりしたんだろう、慌てて部屋に飛び込んできて。

「どうしました⁉︎」
「明日用の着替えを今すぐ持ってきて、着替えます!」
「えっ?」
「荷物の準備はできてますか⁉︎」
「っ、まさか?」
「時間が惜しいんです、早く!」

 な、何? なにかあった?
 状況がよく分からなくて、タミアを呼び止めようとしたけれど、そこに誰かと言い争うカペルの声が聞こえてきて、私の夜着を脱がせようとしていたタミアは、またそれを中断。代わりに厚手の寛衣ガウンを羽織らせ、腰帯をギュッと結んだ。

「た、タミア?」
「しっ、また後でご説明します」
「えっでも誰か来たんでしょ?」
「良いのです! さあ、こちらへ」

 強引に手を掴まれ、引っ張られて寝室の奥、戸棚の前まで足を運ぶと、タミアは棚の奥に手を突っ込む。
 すると戸棚はカチリと音を立て、手前に開いた!

「こちらへ」
「なんで⁉︎」
「通路を道なりに進むと奥に鉄柵がございます。こちらの鍵で開けて、通ったら締め直してください。心許ないですが、こちらは路銀です」

 押し付けられる鍵と小袋。そのまま背を押されたけれど、私は踏ん張って足を止めた。

「トニトルス様!」
「なんでって言ったよ⁉︎ それに僕は本物じゃないんだから、何かあっても逃がす必要ないでしょ⁉︎」
「今は説明してる時間がございません。また後ほど……」
「僕だけに行けって促しといて、誰が説明してくれるっていうの!」

 押し問答してる間に、寝室の扉が開いた。
 武装した騎士らがどやどや乱入してきて、あっという間に僕らを取り囲む。
 意味が分からず混乱する私を、タミアはギュッと抱きしめ、壁際に身を寄せ――。

「発見しました!」
「ご苦労」

 遠慮なしに寝室へと踏み込んできたのは、バカ叔父だった。
 後ろには険しい表情のクーストースもいたものだから、私はグッと歯を食いしばる。

 ――また何か、してくるつもりなんだ。

 ミーレスを殺した時みたいに!
 だけど私が口を開く前に、タミアがバカ叔父に食ってかかった。

「何事です! トニトルス様の寝所に許可なく立ち入るだけでも許されませんのに、武装した私兵まで!」
「急ですまぬな。いやなに、其奴が王子を謀る偽物であることを突き止めたので、拘束しに参ったのだよ」
「…………っ、は?」

 タミアは虚をつかれすぎた様子で、疑問だらけの問いかけが、力なく口からぽろりと落ちた。
 それはそうだろう。
 だってその『偽物』を王子に見えるようにせよって言った張本人が、何言ってるの? って話だもん。
 だけど説明する気なんて全くないのだろうバカ叔父は、タミアの問いかけを無視して勝手に話し出した。

「先の襲撃がよもや陽動だったとは……まんまと嵌められたが、もう好き勝手はさせん。兵よ、そこな者はトニトルス・ルプス・フェルドナレンを騙る真っ赤な偽物。その女中メイドも一味である。捕えよ」

 王宮の騎士であれば、その指示に戸惑ったかもしれない。けれどバカ叔父の私兵は有無を言わさず動き、大量の腕が私たちに向かい伸びてきた!
 タミアの髪を掴もうとした手を、払い、次の手も払い、私は壁にタミアを押しやって立った。さらに伸びてきた手を殴り、バカ叔父を睨みつけ――。

「全部、あなたの指示だったじゃん!」

 そう叫んだけれど、バカ叔父は笑うだけ。
 どうしよう、さっきからカペルの声がしない。まさかもう殺されちゃったの?
 焦りと恐怖。怯む様子のない私兵らは、まだ抜剣こそしてないものの遠慮なしに腕を伸ばしてくる。

「あっ⁉︎」

 目の前の腕に気を取られ、背後から伸びた手に気付けなかった。
 けれど私の肩を掴んだ手にタミアが飛びつき、振り払われ、床に身を叩きつけられたタミアを、私兵らは遠慮なしに押さえつけ、拳を振りかぶるから、私――。
 とっさにタミアに覆い被さって、衝撃。
 霞む意識の中で、焦った表情のクーストースを見たきがしたけれど、すぐに意識は途切れてしまった。
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