先祖返りの姫王子

春紫苑

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ミコーの語る第三話 4

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 あなたは、だれ。
 
 タミアの問いに、できるなら「ミコーだよ!」って、答えたかった。
 でも私たちを監視する耳や目があるのに名乗っていいの? もしバカ叔父アウクトルにバレちゃったらまずいよね。

 今私は、トニトルス王子のふりをして、家臣のみんなを騙してる。
 だけどそれは、タミアを殺されないため。命を賭して私を助けてくれた、ミーレスに捧げた私の誓いだ。
 知ってほしいけど、今はダメ。監視のない時じゃなきゃ、無理だ。
 でも気づいてほしかった。前みたいなタミアがいい。
 私、あなたのハープの音色みたいな優しい声で、またミコーって呼ばれたい!

 ――そのためにも、今は我慢だよね。
「……今日の着替えはどれ?」

 寂しいけど、微笑んでそう促した。
 すると夢から覚めたみたいにタミアはハッとして。

「……こちらでございます」

 また凍りついたような表情に戻ってしまった。
 体格がほぼ一緒だったから、私はトニトの服をそのまま着てる。
 新たに注文する必要がある時も、前ののトニトの寸法で依頼しているのだけど、先日、王家御用達の服飾店から、そろそろ採寸時期では? と、お伺いが来てた。
 採寸は私がトニトじゃないのがバレちゃうから、気分じゃないって先送りしてもらってるけどね。
 とはいえ。
 そのまま服を着ると誤魔化せない部分があるから、特殊な下着をこっそり別口で特注してもらってた。
 薄い革の胴当てなんだけど、胸の部分を潰して胴体を少し太くしてくれる、男装の必須アイテム! こんなもの作ってるって不思議って言ったら、やんごとない身分の方々がお忍びで行動するためのものなんだってカペルが教えてくれた。
 代々誰かしらが必要で、よく王宮から注文してるから特に怪しまれたりもしないそう。
 そんなのがよくあるんだね⁉︎ って、その時はびっくりしたんだけど、これがあってほんと良かったと思う。毎日布でぐるぐる巻いて潰すのは、きっと大変だったよね。
 
    ◆
 
 昨日に引き続き、今日も散歩。
 正体がバレないよう、あまり歩き回らない方がいいのかもしれないけど、私はほら、どこからどう見てもトニトだもん。見た目でバレない自信があるからね。
 また散歩に出たのは、運動不足解消のためもあったけど、もうひとつ……気になったことがあったからだ。
 
 外を歩くと、案外いろいろな情報が手に入る。忙しそうにしてる人がどんな役職の人かとか、そういったことで。
 よくよく考えてみたら、昨日慌てていた人は皆同じ襟飾をしていた気がして、何かあったのかな? と、思ったの。
 というわけで、今日もカペルとタミア、クーストースを引き連れて、誘惑いっぱいの中庭は迂回し、くだんの襟飾の部署……国土省がある棟に向かってみた。
 やはり、今日は昨日以上にバタついてて、国土省の人だけじゃない、色々な人が走り回ってる。こういう時はおおむね大きな事故、もしくは災害が起こってる。
 滅多にないけど、両親の存命中にも幾度か見た。
 事故の時は王族の判断が重要。迅速に許可を出すことが救える人命の数に直結するって、トニトも言ってたから、療養中なんて言い訳してる場合じゃない。

 多くの人が出入りしていた大会議室の扉に滑り込むと、やはり地方で大きな川の氾濫があったよう、壁に幾枚もの地図が張り出され、いろいろな情報や被害規模が書き足されている。
 別途貼り付けられた紙は、物資の輸送計画。何をどれだけどの順番で出すか。
 避難民の誘導箇所。
 現状の連絡網。
 色々あったけど、パッと見て気になったのは連絡網と輸送計画。
 馬車を手配し物資を大量に積み込んで運ぶようになっていたけれど……私が思っていたものとは違う手順が指示されている。

「あの、獣騎士部隊が配置されてないけど、どうなってるの? 郵便局への協力申請は?」

 適当な人を呼び止めて聞いてみたら、びっくりした顔で固まっちゃった。そっか、トニトが来るとは思ってなかったんだね。

「トニトルス、こっちだ!」

 奥の方から声が掛かった。
 ウェルテウェルテクスだ。療養中のトニトは出れないと踏んで、彼にお鉢が回っていたよう。バカ叔父は現場かな? 見当たらない。

「ウェルテクス、状況を教えて」
「というかだね、君は療養中だし、まだ成人前だし、遠慮しておいたんだけどな」

 そう言われ、少し驚いた。
 できるなら王族の仕事なんてしたくないウェルテが、トニトに気を遣ってくれたなんて。

「君だって成人してない。それにこういう時は遠慮すべきじゃないよ」

 人の命がかかってる。そう言うと、それはそうだねと状況を教えてくれた。
 昨日の昼に第一報が入り、今朝方やっと全貌が掴めてきたそう。物資などは規模の分からないうちから予想で計画を立てたもので、馬車が確保できしだい出発させる予定とのこと。

「どうして獣騎士部隊を使ってないの?」

 王家の獣騎士部隊は獣化できる獣人騎士だけを集めたエリート部隊だ。
 鍛え上げられた獣人騎士は馬ほど足が速いわけじゃないけど、体力はほぼ無尽蔵。ぶっちゃけ二日、三日走り続けることもできるから、長距離の移動は馬より速い。
 鼻も良いし、人より沢山荷物が担げるし、なによりただの動物と違って言葉が通じる。だから災害時などにはとっても役に立つんだよ。
 この災害に使わないでいつ使うの。そう思っての問いだったのに。

「それは君の妹姫の捜索を優先しているからさ」

 ……なんだって?

「叔父殿もそちらにかかりきりで困ったものだよ」

 肩をすくめてやれやれとウェルテ。
 それで彼が駆り出されてたのかと理解できたけど、四ヶ月以上成果の出ない捜索にまさか獣人騎士を総動員してるなんて、呆れ果てた!

 ――でも、引きこもってた私もバカ叔父をとやかく言えない……。

 そんなことになってるなんて気にもせずにいた。
 反省しなきゃ……トニトだったらきっとこんなことにはしない。
 だけど反省は、状況対応を済ませたあと。

「ウェルテクス、郵便局に有事の協力申請は?」

 郵便局も獣化できる獣人を多く抱える職種で、緊急時は災害対策に協力してもらう約束を結んである。

「もちろんしてる」
「……なら僕らの連名で獣騎士部隊に辞令を出そう。これを確認次第、災害現場に向かい救助活動に専念せよ! 王位継承権上位者の連名なら、叔父殿の命令よりも優先されるよね」

 言うと、ウェルテはパチンと指を弾き、表情を輝かせた。

「それがいいね」

 おそらく予定してたんだろう。けどトニトを休ませようと、自分だけの名前でやろうとしてたのかもしれない。
 バカ叔父より上位の王位継承権を持つウェルテならできるとは思うけど、成人前だということもあり、騎士らが判断に迷うかもしれない……。だから上位者の連名にする意味は強い。

「だがここに戻さず直行で良いのかな?」
「戻す時間が惜しいよ。物資の移送は郵便局員に担ってもらおう。二人一組で郵便用の小型荷車に詰めるだけの物資を運んでもらう」
「……二人一組?」

 何故? と、首を傾げるウェルテ。
 人のウェルテにはピンとこないかもしれないけど、獣人が体力おばけなのは私自信がよく知ってる。獣人は肉体も頑強だし、普段から走ってる郵便局員なら造作もないことだと思うよ。

「交代で獣化して走ってもらう。そうしたら片方が休んでる間に片方が走るから、昼夜問わず進めるんだ。想定の倍速で移動できる。運べる量は少ないけど、郵便用荷車を使ってもらえばかなりの本数が用意できるし、現地で荷を分ける手間も省けるんじゃない?」
「なるほど。第一陣を届けた頃には輸送計画の荷物も到着してるだろうし、無駄がなくていい」
「郵便局員の荷はとりあえず食料と水、毛布を優先しようか」
「そうだね。獣騎士部隊が救助に専念するなら、大きな機材は後回しでいいだろう」
「あと、情報収集も一緒にお願いしておく? 必要な物資を聞き出してもらっておけば、輸送荷物から融通して折り返し現場に運んでもらえる。場所を間違ったり迷ったりしにくくて良いと思う。一度行った場所だし、万が一移動してても匂いを辿れるから」
「トニトルス……お前天才だな!」

 さっさと取り決め、書類を作り、一通りの采配は午前中でけりがついた。
 一区切りついたところで、あとはこっちでやっておくから一旦休めとウェルテ。また二人で考えた方がいい状況が来たら必ず連絡すると言ってくれた。

「ごめん、あとで交代……」
「これならまず大丈夫だと思うよ。どうにもキリがつかないようなら頼むけどね」

 ひらひらと手を振るウェルテにあとを託し、私は部屋に帰って……ちょっと休憩のつもりで長椅子ソファに倒れ込んだら爆睡しちゃった。
 だから――。
 眠りこける私をクーストースが寝台に運んでくれたことも、カペルが残りの処理を担ってくれたことも、タミアが物言いたげな表情で布団をかけ、優しい手つきで髪をいてくれたことすらも、気づけなかった。
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