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トニトの語る第二話 3
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怪我の功名とはよく言ったものだ。
「おいおいアシウス、どんだけ時間かかってんだ、倍量は汲んどけよ」
水瓶をチラッと覗き込み、フンと鼻で笑ったハエレに、僕は少々ムッとした。
時間をかけてまだこれだけかという雰囲気がひしひし伝わってきたからだ。けど世話をやいてもらっている身だから、文句を言える立場ではない。僕が加わったせいで手間も費用もかかっている。色々なものが不足しているのも分かってるんだ……。
何も言わず桶を担ぎ、僕は再度水場に向かおうとした。けれど、ハエレはそんな僕を指さしゲラゲラ笑う。
「ハハッ、不満がダダ漏れてやがる!」
「うっ、うるさいなっ!」
怒らないようにしようと思っているのに、僕の尻尾は勝手に揺れていて、耳も少し垂れていたよう。それをわざわざ指摘されたものだから、ついカッとなって怒鳴り返してしまって、また自己嫌悪。
「ハエレ、そんなイジってやんなよ」
「獣人ってのはそんなもんだろ」
「アシウスは頑張ってると思うぜぇ。まだ足も本調子じゃねぇしよ、大目に見てやれよ」
見かねた木こり仲間が擁護してくれたけど、僕にはそれが余計居た堪れなかった。
実際、彼らの倍の時間をかけて、たったこれっぽっちの水しか運べていない。ハエレに笑われるのも当然の業績なんだもの。
理性では分かってる。
だけど本能が、言うことを聞かない!
いちいち些細なことに反応する、この尾っぽが邪魔!
「ううぅ、嫌だぁ……」
感情が尻尾でダダ漏れってすごい恥ずかしいっ。
そもそも僕は獣人じゃなくて『人』なのに! なんで尾が生えた⁉︎
どうしてか僕の耳は獣の耳のまま人の形に戻らず、尾まで生えてしまって、もはや獣人でしかない姿になっていた。
意識が戻って、ひと月ほどが経つ。
僕は流民の獣人アシウスと名乗り、木こり見習いとして働いていた。
折れたと思っていた右足はヒビが入っていただけだったようで、現在は痛みも引いて歩くに問題もない。そのため回復訓練を兼ねて、水汲みは僕の日常業務に割り振ってもらった。
僕を拾ってくれた巨躯の男は、ハエレティクスといい、木こりと名乗った。
初めの落ち着いた態度はなんだったのかっていうくらい……口も態度もほんっと悪い。くそっ、騙された。
だけど僕の世話を焼いてくれて……根っから悪人ってわけではないんだよな……。
僕が拾われた場所は、樹海の麓。王都と隣接するクラウデレ伯爵領。
小さな樹海を持つこの領地で、木こりは樹木の間引き作業に従事しているのだけど……ハエレはおそらく元軍人。職務中に怪我を負い、それが理由で退役したのだと、僕は推測している。
と、いうのも――。
「ちょっと休憩すっか。アシウスぅ、お前は水汲みが終わってからだからなー、サボんなよ!」
枝払いをしていたハエレは、そのまま倒木の幹に腰を下ろし、左足を弄って長靴を脱いだ。
この長靴の部分、実は義足で長時間履いておくのは体に大きな負担がかかる。だから半時間に一度くらいの割合で休憩を挟んでいた。
手に剣ダコ、獣人の扱いに慣れていること、身体を欠損してしまうかもしれないような職業……って、そんなに多くない。
――それに完全に偽名だもんな。
異端者はとっても古い言葉だけど、きちんと意味を持つ単語だ。一般教養として習うものじゃないし、人の名前に使うに相応しい単語でもない。
意味からしておそらく……何かしらの不況を買って、不本意に軍を追われてしまったのじゃないだろうかと思っている。
まあそれはつまり……ハエレはかなり教養のある人物ということになるんだよね……。態度が全く裏切ってるけど。
まぁ……他の人たちは気づいてないみたいだし、助けてもらっておいて詮索するのも悪いと思って、特に指摘はしてないから、真相は分からない。
桶をひとつだけ持って樹海の中を進み、湧水の染み出す岩場に向かう。
両手に持てれば良いのだけど、僕の腕力だと無理だったんだ。重いし疲れるし、やたら溢すし……一個ずつ丁寧に運ぶほうが早いと気づいたから、無理はしないことにした。
水場はそれほど離れていない。けれど道中に石や枝がゴロゴロしてるから、義足のハエレを行かせたくなくて、水汲みを僕の仕事にしてもらった。ここに居させてもらうのだから、世話になるだけなのはよくないと思ったんだけど……容赦なくこき使われるから、ちょっと後悔している……。
でも。
「これもミコーを助け出すまでの我慢だ」
自分にそう言い聞かせていた。
意識が戻り、足の骨が繋がったにも関わらず、僕がどうしてここを離れないのか。
それには理由が三つほどある。
まずひとつ目。フェルドナレンの王位継承者であるトニトルスが『人』であることは、全国民が知っていることだ。
なのに今の僕には、狼の耳と尾があるんだもん……これじゃ名乗り出ても信じてもらえないし、下手したら不敬罪で処刑されてしまう。
ふたつ目は、王宮にはちゃんと『トニトルス王子』がいるということ。
両親と、妹狼を失ったことにより心を病み、現在療養中と発表されていて、たまに姿を見せるものの、王位を継承できる状況ではないと、即位式も延期となった。
三つ目のが、こういった情報が、この地は案外容易く手に入るということ。
クラウデレ伯爵領は王家の霊廟を管理していて、王族との繋がりが強い。そのためいろいろ優遇されており、社会的な基盤設備が王都に負けず劣らず整っていて、情報が伝わってくるのも早いんだ。
こんなに近くに僕が潜んでいるだなんて、きっと敵は思ってない。
実際僕はこのひと月見つかってないし、疑われている様子もなかった。
好機がくれば即動くつもりでいる。
だけど動くためにはいくつかの問題を先に解決しなければいけない。
まずは戦力。
身ひとつで逃げ延びた僕は、武力を持たない。
お金で人を雇おうにも、犬笛以外全てを川に流してしまっていて、手持ちのお金が一切なかった。
確実な味方に連絡を取りたいところだけど、手紙ひとつ書くにもお金はいるし、どこに監視の目があるかも分からないから、しっかり見極めてからでないと。
なんとかして早く現状を打破しなければいけないと、思ってるんだ。
正直焦りは募る。
だけど急いで失敗したのでは意味がない。
僕を狙ったのが王位継承権二位を持つ従兄弟か、三位の叔父か……四位以下の者らなのかも調べなければならない。
一番怪しいのは三位の叔父、アウクトルだと思っているけれど、証拠があるわけじゃないんだもん。
二位の従兄弟自身は疑ってないけど、その父親は結構な野心家だ。チャンスに飛びつかないとは言い切れない。
敵を特定するためには、まだまだ情報は不足していた。
中でも一番問題となっているのが、僕に獣の耳と尻尾が生えてしまったことだ……。
こんな状態では、誰も僕を王子だと認めてくれないだろう。
だって僕は『人』なんだよ! 人は獣化なんてしないし、獣の耳も尾もないんだよ!
じゃあさっさと人に戻ればいい?
そう思うよね、ところがだ。
なんと、自力で直せない。
あれ以後僕は、獣化が全くできなくなっていた。
戻ろうと努力はしてみたんだよ? だけど一体どうやって狼姿になったのか……その時の感覚が全く思い出せないんだ。
獣化できないはずの人の時に獣化でき、獣人みたいになったらできなくなるとは……意味が分からない。
「でも、これのおかげで助かってもいるんだよね……」
王宮にトニトルス王子がいることで、僕は表立って探されてはいない。でも死体が見つかってないのだから、捜索網は敷かれていると考えている。
実際、視察という名目で滅多に樹海には来ないという役人の来訪がすでに幾度もあった。
僕の衣服が見つかった川の上流が、この樹海を掠めているからだろう。
僕もその視察隊とは何度となくすれ違っているのだけど……いまだにバレてないのは、僕の耳と尾のおかげ。時期良く声変わりが始まったのも手伝って、全く別人と認識されたようだ。
……ていうか。
「僕って、案外不安定な立ち位置にいたんだな……」
今まで恵まれていたんだと思う。
こういったことをあまり耳に入れることなく、考える必要もなく、平和に過ごしていた。
それは僕がまだ幼いと言える年齢だったことも理由だろうけど、それだけ大切にされていたということだろう。
両親の死がなければ、きっとこんなことにはならなかった……。
二人が死ななければ、僕は……。
「……嘆いても意味ないよね」
起こってしまったことが全てなんだ。
要らないことより、必要なことを考えなきゃいけない、まずミコーのことだ。
王宮のトニトルス王子だけど、僕はミコーだと考えている。
僕とそっくりな人を敵が簡単に用意できるとは思えないし、雑な偽物で家臣らを欺けるとも思えないからだ。
何より僕は、ミコーが殺されてる気がしなかった。死んでいる予感がしないというか……これはただの勘なんだけど、僕らには何か、繋がりがあると信じている。
ひとつから生まれた二人だもの。
ミコーの人の姿は僕にそっくりだったし、あれなら家臣らも僕だと思うだろう。
なんで獣化して逃げないのかなって、ちょっと気になってはいるんだけど……監視が厳しいのかもしれないし、僕みたいに獣化できない理由があるのかもしれない……。
そもそもミコーは狼だったから、後継者教育は受けてないし、あまり政治的な事情には通じていないと思う……動こうにも動けないのが本音かもしれない。
――心細い思いをしてるだろうな……。
僕らの身の回りの世話をしていた女中頭のタミアや執事のカペル、他の皆は無事だろうか……。
――従者のセルウスは……。
おそらく殺されたろう。僕らに付き従って納骨に赴いた者は、生き残っても口封じされたと思う。
でなければ、今王宮がつつがなく機能しているはずがない。
早く戻らなくては。そして裏切り者を倒し、王の座に着いて、僕はちゃんとした王に、ならなきゃいけない。
死んでしまった者らの親族にも、きちんと事情を説明しなくちゃ……。
「……もう少しだけ、待ってて……」
水の溜まった桶を抱えて、僕は来た道を引き返した。
その背を見る目があることに気づけないまま……今の僕には、こんなことしかできなかった。
「おいおいアシウス、どんだけ時間かかってんだ、倍量は汲んどけよ」
水瓶をチラッと覗き込み、フンと鼻で笑ったハエレに、僕は少々ムッとした。
時間をかけてまだこれだけかという雰囲気がひしひし伝わってきたからだ。けど世話をやいてもらっている身だから、文句を言える立場ではない。僕が加わったせいで手間も費用もかかっている。色々なものが不足しているのも分かってるんだ……。
何も言わず桶を担ぎ、僕は再度水場に向かおうとした。けれど、ハエレはそんな僕を指さしゲラゲラ笑う。
「ハハッ、不満がダダ漏れてやがる!」
「うっ、うるさいなっ!」
怒らないようにしようと思っているのに、僕の尻尾は勝手に揺れていて、耳も少し垂れていたよう。それをわざわざ指摘されたものだから、ついカッとなって怒鳴り返してしまって、また自己嫌悪。
「ハエレ、そんなイジってやんなよ」
「獣人ってのはそんなもんだろ」
「アシウスは頑張ってると思うぜぇ。まだ足も本調子じゃねぇしよ、大目に見てやれよ」
見かねた木こり仲間が擁護してくれたけど、僕にはそれが余計居た堪れなかった。
実際、彼らの倍の時間をかけて、たったこれっぽっちの水しか運べていない。ハエレに笑われるのも当然の業績なんだもの。
理性では分かってる。
だけど本能が、言うことを聞かない!
いちいち些細なことに反応する、この尾っぽが邪魔!
「ううぅ、嫌だぁ……」
感情が尻尾でダダ漏れってすごい恥ずかしいっ。
そもそも僕は獣人じゃなくて『人』なのに! なんで尾が生えた⁉︎
どうしてか僕の耳は獣の耳のまま人の形に戻らず、尾まで生えてしまって、もはや獣人でしかない姿になっていた。
意識が戻って、ひと月ほどが経つ。
僕は流民の獣人アシウスと名乗り、木こり見習いとして働いていた。
折れたと思っていた右足はヒビが入っていただけだったようで、現在は痛みも引いて歩くに問題もない。そのため回復訓練を兼ねて、水汲みは僕の日常業務に割り振ってもらった。
僕を拾ってくれた巨躯の男は、ハエレティクスといい、木こりと名乗った。
初めの落ち着いた態度はなんだったのかっていうくらい……口も態度もほんっと悪い。くそっ、騙された。
だけど僕の世話を焼いてくれて……根っから悪人ってわけではないんだよな……。
僕が拾われた場所は、樹海の麓。王都と隣接するクラウデレ伯爵領。
小さな樹海を持つこの領地で、木こりは樹木の間引き作業に従事しているのだけど……ハエレはおそらく元軍人。職務中に怪我を負い、それが理由で退役したのだと、僕は推測している。
と、いうのも――。
「ちょっと休憩すっか。アシウスぅ、お前は水汲みが終わってからだからなー、サボんなよ!」
枝払いをしていたハエレは、そのまま倒木の幹に腰を下ろし、左足を弄って長靴を脱いだ。
この長靴の部分、実は義足で長時間履いておくのは体に大きな負担がかかる。だから半時間に一度くらいの割合で休憩を挟んでいた。
手に剣ダコ、獣人の扱いに慣れていること、身体を欠損してしまうかもしれないような職業……って、そんなに多くない。
――それに完全に偽名だもんな。
異端者はとっても古い言葉だけど、きちんと意味を持つ単語だ。一般教養として習うものじゃないし、人の名前に使うに相応しい単語でもない。
意味からしておそらく……何かしらの不況を買って、不本意に軍を追われてしまったのじゃないだろうかと思っている。
まあそれはつまり……ハエレはかなり教養のある人物ということになるんだよね……。態度が全く裏切ってるけど。
まぁ……他の人たちは気づいてないみたいだし、助けてもらっておいて詮索するのも悪いと思って、特に指摘はしてないから、真相は分からない。
桶をひとつだけ持って樹海の中を進み、湧水の染み出す岩場に向かう。
両手に持てれば良いのだけど、僕の腕力だと無理だったんだ。重いし疲れるし、やたら溢すし……一個ずつ丁寧に運ぶほうが早いと気づいたから、無理はしないことにした。
水場はそれほど離れていない。けれど道中に石や枝がゴロゴロしてるから、義足のハエレを行かせたくなくて、水汲みを僕の仕事にしてもらった。ここに居させてもらうのだから、世話になるだけなのはよくないと思ったんだけど……容赦なくこき使われるから、ちょっと後悔している……。
でも。
「これもミコーを助け出すまでの我慢だ」
自分にそう言い聞かせていた。
意識が戻り、足の骨が繋がったにも関わらず、僕がどうしてここを離れないのか。
それには理由が三つほどある。
まずひとつ目。フェルドナレンの王位継承者であるトニトルスが『人』であることは、全国民が知っていることだ。
なのに今の僕には、狼の耳と尾があるんだもん……これじゃ名乗り出ても信じてもらえないし、下手したら不敬罪で処刑されてしまう。
ふたつ目は、王宮にはちゃんと『トニトルス王子』がいるということ。
両親と、妹狼を失ったことにより心を病み、現在療養中と発表されていて、たまに姿を見せるものの、王位を継承できる状況ではないと、即位式も延期となった。
三つ目のが、こういった情報が、この地は案外容易く手に入るということ。
クラウデレ伯爵領は王家の霊廟を管理していて、王族との繋がりが強い。そのためいろいろ優遇されており、社会的な基盤設備が王都に負けず劣らず整っていて、情報が伝わってくるのも早いんだ。
こんなに近くに僕が潜んでいるだなんて、きっと敵は思ってない。
実際僕はこのひと月見つかってないし、疑われている様子もなかった。
好機がくれば即動くつもりでいる。
だけど動くためにはいくつかの問題を先に解決しなければいけない。
まずは戦力。
身ひとつで逃げ延びた僕は、武力を持たない。
お金で人を雇おうにも、犬笛以外全てを川に流してしまっていて、手持ちのお金が一切なかった。
確実な味方に連絡を取りたいところだけど、手紙ひとつ書くにもお金はいるし、どこに監視の目があるかも分からないから、しっかり見極めてからでないと。
なんとかして早く現状を打破しなければいけないと、思ってるんだ。
正直焦りは募る。
だけど急いで失敗したのでは意味がない。
僕を狙ったのが王位継承権二位を持つ従兄弟か、三位の叔父か……四位以下の者らなのかも調べなければならない。
一番怪しいのは三位の叔父、アウクトルだと思っているけれど、証拠があるわけじゃないんだもん。
二位の従兄弟自身は疑ってないけど、その父親は結構な野心家だ。チャンスに飛びつかないとは言い切れない。
敵を特定するためには、まだまだ情報は不足していた。
中でも一番問題となっているのが、僕に獣の耳と尻尾が生えてしまったことだ……。
こんな状態では、誰も僕を王子だと認めてくれないだろう。
だって僕は『人』なんだよ! 人は獣化なんてしないし、獣の耳も尾もないんだよ!
じゃあさっさと人に戻ればいい?
そう思うよね、ところがだ。
なんと、自力で直せない。
あれ以後僕は、獣化が全くできなくなっていた。
戻ろうと努力はしてみたんだよ? だけど一体どうやって狼姿になったのか……その時の感覚が全く思い出せないんだ。
獣化できないはずの人の時に獣化でき、獣人みたいになったらできなくなるとは……意味が分からない。
「でも、これのおかげで助かってもいるんだよね……」
王宮にトニトルス王子がいることで、僕は表立って探されてはいない。でも死体が見つかってないのだから、捜索網は敷かれていると考えている。
実際、視察という名目で滅多に樹海には来ないという役人の来訪がすでに幾度もあった。
僕の衣服が見つかった川の上流が、この樹海を掠めているからだろう。
僕もその視察隊とは何度となくすれ違っているのだけど……いまだにバレてないのは、僕の耳と尾のおかげ。時期良く声変わりが始まったのも手伝って、全く別人と認識されたようだ。
……ていうか。
「僕って、案外不安定な立ち位置にいたんだな……」
今まで恵まれていたんだと思う。
こういったことをあまり耳に入れることなく、考える必要もなく、平和に過ごしていた。
それは僕がまだ幼いと言える年齢だったことも理由だろうけど、それだけ大切にされていたということだろう。
両親の死がなければ、きっとこんなことにはならなかった……。
二人が死ななければ、僕は……。
「……嘆いても意味ないよね」
起こってしまったことが全てなんだ。
要らないことより、必要なことを考えなきゃいけない、まずミコーのことだ。
王宮のトニトルス王子だけど、僕はミコーだと考えている。
僕とそっくりな人を敵が簡単に用意できるとは思えないし、雑な偽物で家臣らを欺けるとも思えないからだ。
何より僕は、ミコーが殺されてる気がしなかった。死んでいる予感がしないというか……これはただの勘なんだけど、僕らには何か、繋がりがあると信じている。
ひとつから生まれた二人だもの。
ミコーの人の姿は僕にそっくりだったし、あれなら家臣らも僕だと思うだろう。
なんで獣化して逃げないのかなって、ちょっと気になってはいるんだけど……監視が厳しいのかもしれないし、僕みたいに獣化できない理由があるのかもしれない……。
そもそもミコーは狼だったから、後継者教育は受けてないし、あまり政治的な事情には通じていないと思う……動こうにも動けないのが本音かもしれない。
――心細い思いをしてるだろうな……。
僕らの身の回りの世話をしていた女中頭のタミアや執事のカペル、他の皆は無事だろうか……。
――従者のセルウスは……。
おそらく殺されたろう。僕らに付き従って納骨に赴いた者は、生き残っても口封じされたと思う。
でなければ、今王宮がつつがなく機能しているはずがない。
早く戻らなくては。そして裏切り者を倒し、王の座に着いて、僕はちゃんとした王に、ならなきゃいけない。
死んでしまった者らの親族にも、きちんと事情を説明しなくちゃ……。
「……もう少しだけ、待ってて……」
水の溜まった桶を抱えて、僕は来た道を引き返した。
その背を見る目があることに気づけないまま……今の僕には、こんなことしかできなかった。
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