先祖返りの姫王子

春紫苑

文字の大きさ
上 下
7 / 36

トニトの語る第二話 3

しおりを挟む
 怪我の功名とはよく言ったものだ。
 
「おいおいアシウス・・・・、どんだけ時間かかってんだ、倍量は汲んどけよ」

 水瓶をチラッと覗き込み、フンと鼻で笑ったハエレに、僕は少々ムッとした。
 時間をかけてまだこれだけかという雰囲気がひしひし伝わってきたからだ。けど世話をやいてもらっている身だから、文句を言える立場ではない。僕が加わったせいで手間も費用もかかっている。色々なものが不足しているのも分かってるんだ……。
 何も言わず桶を担ぎ、僕は再度水場に向かおうとした。けれど、ハエレはそんな僕を指さしゲラゲラ笑う。

「ハハッ、不満がダダ漏れてやがる!」
「うっ、うるさいなっ!」

 怒らないようにしようと思っているのに、僕の尻尾は勝手に揺れていて、耳も少し垂れていたよう。それをわざわざ指摘されたものだから、ついカッとなって怒鳴り返してしまって、また自己嫌悪。

「ハエレ、そんなイジってやんなよ」
「獣人ってのはそんなもんだろ」
「アシウスは頑張ってると思うぜぇ。まだ足も本調子じゃねぇしよ、大目に見てやれよ」

 見かねた木こり仲間が擁護してくれたけど、僕にはそれが余計居た堪れなかった。
 実際、彼らの倍の時間をかけて、たったこれっぽっちの水しか運べていない。ハエレに笑われるのも当然の業績なんだもの。
 理性では分かってる。
 だけど本能が、言うことを聞かない!
 いちいち些細なことに反応する、この尾っぽが邪魔!

「ううぅ、嫌だぁ……」

 感情が尻尾でダダ漏れってすごい恥ずかしいっ。
 そもそも僕は獣人じゃなくて『人』なのに! なんで尾が生えた⁉︎
 どうしてか僕の耳は獣の耳のまま人の形に戻らず、尾まで生えてしまって、もはや獣人でしかない姿になっていた。
 
 意識が戻って、ひと月ほどが経つ。
 僕は流民の獣人アシウスと名乗り、木こり見習いとして働いていた。
 折れたと思っていた右足はヒビが入っていただけだったようで、現在は痛みも引いて歩くに問題もない。そのため回復訓練を兼ねて、水汲みは僕の日常業務に割り振ってもらった。
 僕を拾ってくれた巨躯の男は、ハエレティクスといい、木こりと名乗った。
 初めの落ち着いた態度はなんだったのかっていうくらい……口も態度もほんっと悪い。くそっ、騙された。
 だけど僕の世話を焼いてくれて……根っから悪人ってわけではないんだよな……。
 
 僕が拾われた場所は、樹海のふもと。王都と隣接するクラウデレ伯爵領。
 小さな樹海を持つこの領地で、木こりは樹木の間引き作業に従事しているのだけど……ハエレはおそらく元軍人。職務中に怪我を負い、それが理由で退役したのだと、僕は推測している。
 と、いうのも――。

「ちょっと休憩すっか。アシウスぅ、お前は水汲みが終わってからだからなー、サボんなよ!」

 枝払いをしていたハエレは、そのまま倒木の幹に腰を下ろし、左足をまさぐって長靴ブーツを脱いだ。
 この長靴の部分、実は義足で長時間履いておくのは体に大きな負担がかかる。だから半時間に一度くらいの割合で休憩を挟んでいた。
 手に剣ダコ、獣人の扱いに慣れていること、身体を欠損してしまうかもしれないような職業……って、そんなに多くない。

 ――それに完全に偽名だもんな。

 異端者ハエレティクスはとっても古い言葉だけど、きちんと意味を持つ単語だ。一般教養として習うものじゃないし、人の名前に使うに相応しい単語でもない。
 意味からしておそらく……何かしらの不況を買って、不本意に軍を追われてしまったのじゃないだろうかと思っている。
 まあそれはつまり……ハエレはかなり教養のある人物ということになるんだよね……。態度が全く裏切ってるけど。
 まぁ……他の人たちは気づいてないみたいだし、助けてもらっておいて詮索するのも悪いと思って、特に指摘はしてないから、真相は分からない。
 
 桶をひとつだけ持って樹海の中を進み、湧水の染み出す岩場に向かう。
 両手に持てれば良いのだけど、僕の腕力だと無理だったんだ。重いし疲れるし、やたら溢すし……一個ずつ丁寧に運ぶほうが早いと気づいたから、無理はしないことにした。
 水場はそれほど離れていない。けれど道中に石や枝がゴロゴロしてるから、義足のハエレを行かせたくなくて、水汲みを僕の仕事にしてもらった。ここに居させてもらうのだから、世話になるだけなのはよくないと思ったんだけど……容赦なくこき使われるから、ちょっと後悔している……。
 でも。

「これもミコーを助け出すまでの我慢だ」

 自分にそう言い聞かせていた。
 意識が戻り、足の骨が繋がったにも関わらず、僕がどうしてここを離れないのか。
 それには理由が三つほどある。
 
 まずひとつ目。フェルドナレンの王位継承者であるトニトルスが『人』であることは、全国民が知っていることだ。
 なのに今の僕には、狼の耳と尾があるんだもん……これじゃ名乗り出ても信じてもらえないし、下手したら不敬罪で処刑されてしまう。
 
 ふたつ目は、王宮にはちゃんと『トニトルス王子』がいるということ。
 両親と、妹狼を失ったことにより心を病み、現在療養中と発表されていて、たまに姿を見せるものの、王位を継承できる状況ではないと、即位式も延期となった。
 
 三つ目のが、こういった情報が、この地は案外容易く手に入るということ。
 クラウデレ伯爵領は王家の霊廟を管理していて、王族との繋がりが強い。そのためいろいろ優遇されており、社会的な基盤設備が王都に負けず劣らず整っていて、情報が伝わってくるのも早いんだ。
 
 こんなに近くに僕が潜んでいるだなんて、きっと敵は思ってない。
 実際僕はこのひと月見つかってないし、疑われている様子もなかった。
 好機がくれば即動くつもりでいる。
 だけど動くためにはいくつかの問題を先に解決しなければいけない。

 まずは戦力。
 身ひとつで逃げ延びた僕は、武力を持たない。
 お金で人を雇おうにも、犬笛以外全てを川に流してしまっていて、手持ちのお金が一切なかった。
 確実な味方に連絡を取りたいところだけど、手紙ひとつ書くにもお金はいるし、どこに監視の目があるかも分からないから、しっかり見極めてからでないと。
 
 なんとかして早く現状を打破しなければいけないと、思ってるんだ。
 正直焦りは募る。
 だけど急いで失敗したのでは意味がない。
 僕を狙ったのが王位継承権二位を持つ従兄弟か、三位の叔父か……四位以下の者らなのかも調べなければならない。
 一番怪しいのは三位の叔父、アウクトルだと思っているけれど、証拠があるわけじゃないんだもん。
 二位の従兄弟自身は疑ってないけど、その父親は結構な野心家だ。チャンスに飛びつかないとは言い切れない。
 敵を特定するためには、まだまだ情報は不足していた。
 
 中でも一番問題となっているのが、僕に獣の耳と尻尾が生えてしまったことだ……。
 こんな状態では、誰も僕を王子だと認めてくれないだろう。
 だって僕は『人』なんだよ! 人は獣化なんてしないし、獣の耳も尾もないんだよ!
 じゃあさっさと人に戻ればいい? 
 そう思うよね、ところがだ。
 なんと、自力で直せない。
 あれ以後僕は、獣化が全くできなくなっていた。
 戻ろうと努力はしてみたんだよ? だけど一体どうやって狼姿になったのか……その時の感覚が全く思い出せないんだ。
 獣化できないはずの人の時に獣化でき、獣人みたいになったらできなくなるとは……意味が分からない。

「でも、これのおかげで助かってもいるんだよね……」

 王宮にトニトルス王子がいることで、僕は表立って探されてはいない。でも死体が見つかってないのだから、捜索網は敷かれていると考えている。
 実際、視察という名目で滅多に樹海には来ないという役人の来訪がすでに幾度もあった。
 僕の衣服が見つかった川の上流が、この樹海を掠めているからだろう。
 僕もその視察隊とは何度となくすれ違っているのだけど……いまだにバレてないのは、僕の耳と尾のおかげ。時期良く声変わりが始まったのも手伝って、全く別人と認識されたようだ。
 
 ……ていうか。

「僕って、案外不安定な立ち位置にいたんだな……」

 今まで恵まれていたんだと思う。
 こういったことをあまり耳に入れることなく、考える必要もなく、平和に過ごしていた。
 それは僕がまだ幼いと言える年齢だったことも理由だろうけど、それだけ大切にされていたということだろう。
 両親の死がなければ、きっとこんなことにはならなかった……。
 二人が死ななければ、僕は……。

「……嘆いても意味ないよね」

 起こってしまったことが全てなんだ。
 要らないことより、必要なことを考えなきゃいけない、まずミコーのことだ。
 
 王宮のトニトルス王子だけど、僕はミコーだと考えている。
 僕とそっくりな人を敵が簡単に用意できるとは思えないし、雑な偽物で家臣らを欺けるとも思えないからだ。
 何より僕は、ミコーが殺されてる気がしなかった。死んでいる予感がしないというか……これはただの勘なんだけど、僕らには何か、繋がりがあると信じている。

 ひとつから生まれた二人だもの。

 ミコーの人の姿は僕にそっくりだったし、あれなら家臣らも僕だと思うだろう。
 なんで獣化して逃げないのかなって、ちょっと気になってはいるんだけど……監視が厳しいのかもしれないし、僕みたいに獣化できない理由があるのかもしれない……。
 そもそもミコーは狼だったから、後継者教育は受けてないし、あまり政治的な事情には通じていないと思う……動こうにも動けないのが本音かもしれない。

 ――心細い思いをしてるだろうな……。

 僕らの身の回りの世話をしていた女中頭のタミアや執事のカペル、他の皆は無事だろうか……。

 ――従者のセルウスは……。

 おそらく殺されたろう。僕らに付き従って納骨に赴いた者は、生き残っても口封じされたと思う。
 でなければ、今王宮がつつがなく機能しているはずがない。
 早く戻らなくては。そして裏切り者を倒し、王の座に着いて、僕はちゃんとした王に、ならなきゃいけない。
 死んでしまった者らの親族にも、きちんと事情を説明しなくちゃ……。

「……もう少しだけ、待ってて……」

 水の溜まった桶を抱えて、僕は来た道を引き返した。
 その背を見る目があることに気づけないまま……今の僕には、こんなことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

月神山の不気味な洋館

ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?! 満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。  話は昼間にさかのぼる。 両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。 その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

スペクターズ・ガーデンにようこそ

一花カナウ
児童書・童話
結衣には【スペクター】と呼ばれる奇妙な隣人たちの姿が見えている。 そんな秘密をきっかけに友だちになった葉子は結衣にとって一番の親友で、とっても大好きで憧れの存在だ。 しかし、中学二年に上がりクラスが分かれてしまったのをきっかけに、二人の関係が変わり始める……。 なお、当作品はhttps://ncode.syosetu.com/n2504t/ を大幅に改稿したものになります。 改稿版はアルファポリスでの公開後にカクヨム、ノベルアップ+でも公開します。

月星人と少年

ピコ
児童書・童話
都会育ちの吉太少年は、とある事情で田舎の祖母の家に預けられる。 その家の裏手、竹藪の中には破天荒に暮らす小さな小さな姫がいた。 「拾ってもらう作戦を立てるぞー!おー!」 「「「「おー!」」」」 吉太少年に拾ってもらいたい姫の話です。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

処理中です...