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 その店でパンを買うのが習慣になりつつある。
 マンションまでは若干遠回りになるものの、チャリであれば苦にもならない。
 十一時からしか開かない店なので、朝は立ち寄れないから、もっぱら昼休憩か、学校帰りだ。

「いや、美味いし、お財布助かるし、俺的には嬉しいけど……。良いの?    毎回、こんなにもらって……」

 モソモソとパンを食しながら野島が言い、何か言いたげな目で俺を見る……。

「ていうか、主食パンにしたとか言うつもりなわけ?    なんでこんなにパン買いまくってんの……」

 鈴木が頬杖つきつつ、オレンジの袋の中のパンを漁って、でも手に取ろうとはしない。飽きたんだなこいつ……。

「というかな、こんなに大量に買う必要はないんじゃないか?半量で良いと思うけどな」

 祐介の鋭い指摘に、ぐうの音も出ない……。

「…………色々、あるんだよ!」

 急に足繁く通いだしたパン屋に、皆が疑惑の視線を向けてくる……。
 いや、俺も自覚してる……自覚してるからその目はやめろ……。だけど仕方ないじゃん!    外から覗くだけとかだと余計怪しいし、そもそも女だらけのケーキ屋兼パン屋に出向く以上、パンを買うしかないんだよ!
 しかも、厨房の中を確認するために極力長時間いようと思ったら……選び続けるしか、ないだろうが!

「相談乗るから……どうしたんだ、一目惚れか?」
「パン買いまくったって、言わなきゃ伝わんないだろ……」
「なんなら何か手伝おうか?」
「違う、勘違いすんな。そういうんじゃねぇんだよ」

 頭を抱えてそう言うが、皆の視線は胡乱なままだ……。
 俺はため息をついて、ある程度事情を話すしかないかと、苦渋の決断を下した。

「違う……。女じゃない……香りを確認したいだけでだな……」
「…………何言ってんの?」

 今言うから!

「…………き、気になる香りの男を、探してんの……。
 春からずっと探してる人と、同じだったから…………あの店の厨房担当なのは、服装で分かってんだけど、あれ以来、見かけないんだよ……」

 春、ここに来たばかりの頃、薬を切らした状態で発作を起こし、駅でやばかった時に、助けてもらったこと。
 その時はなんの礼もできず、それ以後も気になって仕方がないのだと言うことを、濁しつつ、話した。
 ついこの間まで全く手がかりもなく、だけど偶然、あの人と同じ香りの男を発見したのが、くだんのパン屋なのだと。

「香りって……それだけの理由で?」
「男見に通ってたのか……」
「変態っぽい……」
「だから言いたくなかったんだ!」

 そういうこと言われると思ったんだよ!

 多目的ホールの一角で、パンが入ったオレンジ色の袋を机の中心に、俺たちは昼食中。
 本日も俺の買って来た大量のパンです。
 グサグサと刺さった言葉のダメージで机に突っ伏した俺を見下ろしつつ、三人が三様の言葉を続ける。

「いやいや、香り一つを頼りになんて、ある意味すごい。半年も前の香りをよく覚えてるわ」
「けどさ、今時香りなんて、かぶってる人多いと思うけど?    洗濯洗剤とかでも色々あんじゃん」
「なー。うち、妹がその辺拘るから、俺の服まで甘い匂いするんだよ……。リセッ◯ュ欠かせないっつーの」
「そういう香りじゃないんだよ……すげぇ、嗅ぎ慣れない……なんかこう……懐かしいような……」

 なんとも言いにくい香りなのだ。一種独特で、特徴的な甘い香り。

「嗅ぎ慣れない……。じゃあ、洗濯洗剤みたいな、日常的な香りじゃないってことかな」
「言語化できないから伝えようがないんだよ……」
「でも男が香るんだろ?……香水?」
「パン屋の厨房にいる男が香水?」
「家族が、アロマとか、香とか、その辺嗜んでいたりするのかもな」

 それぞれが思い思いに言い、昼食が終わる頃となって、よし。と、鈴木が言った。

「じゃ、とりあえず現地集合してみようか。土曜、ランチな。日向の奢りで」
「しゃーねぇなぁ……男四人なら一人よか恥ずかしくないだろ。うん」
「それなら、美咲を一緒に連れて行こうか?    女子一人混じるだけでも、だいぶん違うんじゃないか?」

 と、勝手に話がまとまって、土曜。

「…………なんで、増えてんだ……」

 祐介の彼女、美咲さんがいるのは分かる。
 けど、鈴木の……。

「妹の春花でーす!」
「夏菜です」

 うん、ギリなんとか、納得した。けど…………。

「なんでタマまで……」
「タマって言わない。ずるいじゃん、私だけのけものとか」
「ご、ごめん陽向……」

 どうやら野島が漏らしたらしい…………。

「野島ああああぁぁぁ⁉︎」
「ひぃっ!」

 首に腕を回して端まで連行した。をぃこら、なんでバラしやがった⁉︎

「いや、バラしたっていうか……連れて行けって、無理やり……なんかもう知ってて……」
「はぁ⁉︎」
「その……陽向が女の人目当てで通ってると思い込んでてさ、違うって言ったんだけど……なら付いて来ても問題ないでしょって、強引に……」

 あ~…………。

 ここ最近、ずっとこの店に通いつめてたし、いらぬ誤解を招いていたらしい。
 それで一番押しに弱いであろう、野島を狙って付いて来たのだと推測できた。
 鈴木ならさらっとかわすし、祐介ならまっすぐ拒否れるもんな。

「悪いな。貧乏くじ引かせて……」
「いや、俺は良いんだけどさ。ごめんな?    陽向は嫌かなって思ったんだけど……断りきれなくて」

 基本的に、人を否定しない野島に、押しの強い環を断るのはハードルが高すぎる。
 これ以上野島が気に病むのも嫌で、ここはもう、腹を括ることにした。

「はいはい……了解。今日は全員にランチ奢ります。
 俺のここ最近お気に入りのパン屋なので、迷惑はかけないようにーっ!」
『はーい!』

 苦笑する男性陣と、笑顔で良い返事をする女性陣とで、いざ店内へと向かった。
 ランチは日替わりと週替わりの二種類のみ。パンと飲み物はおかわり自由ということで、好きな方を注文するように言うと、鈴木姉妹と祐介カップルはお互い別メニュー。残りは日替わりメニューでまとまった。もうなんでもいい。

 店内は大変混み合っていて、全員で食べるのは無理そうだと思っていたのだが、二階席は比較的空いているらしい。
 じゃあ二階へということになった。ちょっと大ごとになりすぎたし、あの男を探すのは、今回は諦めることにする。
 あー……なんか、どっと疲れた……。

「すまん。妹ら、ここのケーキが食べたかったらしくて……食わしたらとっとと帰すわ」
「いや、もう気にすんな。そもそも、あれだけ通って見当たらない相手だし、今日だってどうせ期待薄だしな。
 それにある意味助かった……環いるし……」

 ついそう零してしまって、はっと口を押さえたが、後の祭りだ。
 けれど鈴木は、気を悪くした風でもなく、苦笑して……。

「あー……。女の影追って、男を追ってるって部分は、伏せておく方が良いよな?」

 という問題発言をかましやがった。

「ちょっ、待て、女って言ったか俺……」
「言ったも同然だった」
「うんうん、わかっちゃうよな~」

 キャッキャとはしゃいでパンやジュースを取りに行った女性陣の声が、階下から聞こえてくる中、鈴木が小声で更にとんでもないことを言い出す。

「あれだろ?    黒髪ボブの女な」
「ちょっ……!」
「同じ香りの男って表現する時点で、女だよなぁ」
「まっ……⁉︎」
「環を相手にしないのもそれな?    全く興味なさげだもん」
「…………っ!」
「一途だわ……」
「うん。一途」
「半年も探し続けてるってもう、愛以外の何って表現するつもりだったんだよ」

 最悪だ……。
 なんなんだこいつら。今日まで全く、何も、気付く素振り、見せてこなかったのに……っ⁉︎

「可愛い系?綺麗系?」
「もうその話はここでするな…………」

 机に突っ伏してなんとかそれだけ言葉を吐き出した。
 よもや知られていようとは…………。
 顔が熱くて上げられない……。

「はーい、男性陣お待たせーっ」
「祐くん男子みんなコーヒーで良かった?パンは適当に選んで来ちゃったけど……」
「……お兄ちゃん、どうしたの?」

 戻って来た女性陣が、バスケットに入ったパンと、カップに注がれたコーヒーやジュースを持って戻って来て、机に伏せている俺に疑問の声を投げかけてくる。

「あー、昨日ゲームで貫徹して寝不足なんだってさ」

 鈴木の適当な誤魔化しが、悔しいながらも有難かった。
 見せられるかこんな顔……。全然熱が引かんわ……。
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