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十年目の冬 鎖 2

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 しかし、レイの運命の歯車は、悉く狂わされていく。
 卒業を間近に控えた頃、俺に緊急の知らせが来た。ハインからだ。レイが、実家に呼び戻されると、汚い字で殴り書きされた手紙。几帳面なあいつが、書く時間も惜しんだ証拠だった。

「兄貴!    学舎に行ってくる。レイが心配だ……」
「ああ。きっちり話を聞いて来い。どんな内容であっても、動けるように。いいな」

 そう言って送り出され、馬車も使わず走って向かう。
 本来なら、卒業者はもう学舎には入れないのだが、そこは伝手を使って潜り込んだ。取れる手段はなんでも使う。

「ハイン!    どういうことだ⁉」
「どうもこうもありませんよ……口で説明するのが面倒なので、勝手に読んで下さい」

 手紙に指定されていた場所に行くと、そこはハインと……マル。そして何故かクリスタ様がいた。
 ちょっと想像していなかった面々だ。レイは緊急時なので、酒を飲ませて強制的に眠らせたという。
 俺はハインが差し出した手紙を奪うようにして取り、文面に目を走らせた。
 母親が落馬で急死……自領運営の為戻れ。内容は薄っぺらかった。

「こんな内容で何が分かるんだ!    フザケんな‼」
「その言葉は書き殴ってセイバーンにでも送って下さい。
 これと一緒に、退学手続きの書類を送るようにと通達が来ました。……レイシール様は、学舎を、卒業出来ません……。
 これは何の采配ですか?    アミ神ですか?    それならこの国は改宗した方が良いですよ。明らかに邪神です」
「ハイン……暴走するのは止せ。どの神の采配かはこの際置いておく。重要なのはレイシールの今後だ。
 ……母親の急死は、どうやら事実らしい。落馬かどうかはともかくな」

 クリスタ様が、為政者の顔で言う。
 その言葉をマルが捕捉した。

「えっとですねぇ、レイ様の母君……ロレッタ様が馬に乗れたって話、聞かないんですよねぇ。いつも馬車を使われていたそうで。
 もともと庶民出の方ですし。あ、家族とは縁を切ってらっしゃいましてね、領地運営の補佐をしていた者が引退をした折に、……」
「要らぬ情報は良い。必要なところだけ話せ」
「はいはい。つまるところ、目撃者がいません。その手紙が情報の全てです。
 たとえ他の死に方であったとしても、落馬と言われたから落馬。ということです。
 あと、セイバーンのご領主様が、急病だそうですね。手紙にはありませんでしたが」

 耳を疑った。
 なんだそれは……。なんなんだそれは⁉︎

「レイは……レイはどうなんだ。大丈夫なのか⁈」
「大丈夫だと思うんですか?    大丈夫なら、酒など無理やり飲ませませんよ。
 そうですね。見た目だけは大丈夫そうでしたよ。手紙を見て、淡々と手続きを進めてくれと仰いました。
 荷物は自分がまとめておくからと。表情一つ動かさずにね。
 ……さも当たり前の様に、受け入れましたよ、彼の方は‼」

 最後は、人を殺しかねないような顔での絶叫だった。
 そしてそのまま胸倉を掴まれる。爛々と目をギラつかせ、俺を、仇を見るような目で見据えて、譫言のように問うてくる。

「どうすれば止まると思いますか?    この状況……。どうすれば、レイシール様は学舎を卒業できるでしょうか……。
 相変わらず、馬鹿がつくほどお優しいですよ。
 足枷にしかならない血縁など、全て切り捨てれば良いのに……!
 ……ああ……、その手がありましたね。斬り捨てて来ましょう。
 ギル、レイシール様をお願いできるならば、私は今から行って来ますから……」
「レイにしわ寄せがくるから止めろ」

 こいつも相当錯乱してる……。それだけレイが、痛々しかったってことだ……。
 そしてこいつ自身も痛々しい……。胸倉を掴む、震える手をもぎ離す気にもなれない……。
 そんなハインに、こんなことは言いたくなかったが、言えるのは俺だけだった。

「レイの卒業は、諦めろ……。母親が急死で、父親が急病なら……その采配は正妻だろ。逆らえねぇよ。後ろには伯爵家が控えてるからな」
「卒業までひと月を切っているというのに⁈」
「そうだ……」
「手続きにかかる日数は十日前後です。もう十数日時間を稼げば……」
「諦めるんだ。時間稼ぎっつっても……レイはそれに乗らない……。あいつの中でもう、答えが決まっちまってんだから、足掻くのは無理だ」

 レイは淡々と行動するだろう。律儀に。求められるままに。あいつはそんな風に育てられたから。
 きっと何を言っても聞き分けないだろう。自分の我儘を通すなんて、しやしない。求めてはいけないと、刻み込まれているのだから。

「けどなハイン……。お前は、縛られてねぇだろ?
 あいつから離れるな。なに言われても、しがみつけ。正念場だぞ。あいつはきっと、お前をここに残していく。下手したら黙って置いていく。
 脅してでもいいから、ついて行け。レイを守れんのは、レイの従者は、お前だけだ」

 胸倉を掴まれたまま、ハインを抱きしめてそう言い聞かす。
 ハインは暫く荒い息を繰り返していたが、次第に落ち着いて来た。最後に俺を突き飛ばして身を離す。

「言われるまでもありません」
「そうだろうよ」

 調子が戻って何よりだ。
 醜態を晒したと思ったのか、ハインは悔しそうな顔だ。そして唇をかみしめてから、レイシール様が心配なのでと言い訳して、密談の場から逃げ出す。
 俺はハインを見送ってから視線を離し、成り行きをただ見守っていたクリスタ様を見た。
 この人も、ここに居るということは、何かしら、思うところがある筈だ……。それなら……使えるなら、全部使うさ。

「クリスタ様、推薦状って、書いてもらえますかね……。アギー公爵様に」

 レイはきっと、俺に何も言わない。
 ハインがあんな風に手紙を送って来たということは、レイに口止めされているに違いない。
 ふざけんなよ……。それが親友にする仕打ちかよ。
 俺にそんな不義理を働くってんなんら、こっちだってお前の顔色なんて、気にしてやらねぇ。
 お前の立場も、考えも、考慮なんてしてやらねぇからな。
 俺の言葉に、成り行きを見守っていたクリスタ様が、俺に視線を移す。

「父上にか……」
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