31 / 33
二章
十五話 共謀①
しおりを挟む
「俺は、お前らを巻き込みたくなかっただけだ!」
顔を歪めたアラタは、切羽詰まったような声音でそう叫んだわ。
命のやり取りの後ですもの。ただでさえ消耗しきっている彼の思考は、きっと上手く働いてくれなかったのね。
叫んだせいで呼吸を乱したアラタは、そのまま崩れ、座り込んでしまった。
「あのクソ親父には遠慮なんてねぇんだよ!
関わったら、お前らからだって躊躇なく搾取するに決まってる。食い物にしやがるっ!」
アラタの口から家族の話を聞いたのは、これが初めてだった。
「あんなクソ野郎に翻弄されるのは俺だけでたくさんだ……。
身内のことくらい、自分でなんとかしなきゃ、できなきゃ、また俺は……っ。
今度こそ俺は、ちゃんとやるんだ。そのために、こうして生き直してんだからっ!」
今度こそ? 生き直す?
アラタの言葉が引っかかった……。だけど、今はまだ駄目だと自分を戒めたわ。
頭を抱えてしまった姿が痛々しかったけれど、本当に対等になりたいのなら、ここを越えなきゃ駄目なんだと、そう思った。
アラタの家族構成については、ゾフィから聞いていたわ。
私の交友関係は全て調べ上げられている。アラタのことも当然、お父様は調べていた……。それをゾフィが、教えてくれたの。
本来なら、私は彼と接すること自体が許されない。
だけど、クルトがアラタを好み、自ら関わっていると知っているからお父様は、この関係を敢えて黙認しているのよね……。
私たちの絆って、本当はそれくらい、脆いものだった。
アラタは現在、父親と二人きり。十年前に母親を亡くし、その翌年に祖父も亡くした。
どちらも事故死。特に母親は、諍いに巻き込まれて亡くなったそう。
その諍いというが……剣闘士らの乱闘。
豺狼剣闘士団の剣闘士による、抗争だったそうよ……。
それまで父親は、ありきたりな、ごく普通の、どこにでもいそうな父親だったのですって。
けれど今は日々酒を浴び、剣闘士を酷使し、息子を危険な闘技場に向かわせることすら厭わない、堕落者に成り果ててしまった。
その剣闘士は、とっくの昔に他の剣闘士団に、移籍しているというのに……。
そんな父親をアラタは、嫌い、疎んでいるのね。
だけど捨てられない。
最愛の人を失って悲しみの底に沈んでしまった人を、責めきれない。
母を殺したに等しい剣闘士団でも、お爺様が愛し、育て、残した剣闘士団を、恨めないのだわ……。
「……私やクルトを、貴方は親友と言うわね。
勿論私たちもそう思ってる。
でもそれって、こういうことかしら?」
今やっと話してくれたそれを、どうして今まで、言ってくれなかったの?
苦しんでることを話せない。辛い時に縋れない。それって親友かしら?
「私たちって、そんなに物知らずに見えるかしら? 無力に見えるかしら?
そうであったとしても、貴方のために動こうと思うことは、間違ったことなのかしら?
少なくとも貴方は、私の時、関わってくれた……。
それがどれほどの救いであったか、貴方には分からなかったの?」
同じものを返せるだなんて、そんな烏滸がましいことは思っていない。でも……私たちにだって、できることはあるはずよ。
女の私にだって、やれることはあるはずだわ。
「親友だって言うなら、それを許してくれるべきじゃないかしら。相談してくれるべきじゃなくって?
貴方がどうして欲しいか。それを言ってくれなきゃ、分かるはずないじゃない。
言ってくれれば……貴方が良いと思う方法を、最善を、模索するわよ。当たり前でしょう?」
さっきまで、舞台で無双していた人物とは思えない姿が、痛々しかった。
傷付いて疲れて、誰にも頼れない不器用な姿が、ひどく小さく見える……。
だから……その頭をキュッと抱きしめた。
「言っておきますけど、貴方の親友辞める気なんてさらさら無いわ。覚えておきなさい」
ピシリとそう言うと、ピクリと動く後頭部……。
「……お前、まさかさっきのは演技……」
「私にだけ黙ってたのだもの。意趣返しくらいするわ」
「はぁ⁉︎」
「自分の行いを深く反省することね」
「ちょっ、なんだそれっ、俺は本気で言ってンだと思って……っ」
「勿論本気だったわよ。けれど、親友を辞める気が無いのも本気よ」
「なんっだそれっ、フザケてんのか⁉︎」
「とっても真面目」
そんなやりとりをしていたら、ぐいと背中側から引っ張られて、誰かの腕にすっぽりと収まってしまった。
そして耳元にかかる息……。
「サクラ……悪いけど君は僕の婚約者だから控えて?」
そう言われてハッとしたの。
お、怒ってる……クルトが怒ってるわっ⁉︎
こんな底冷えしたような声初めて聞くわよ⁉︎ 急にどうしてしまったの⁉︎
「たとえ親友でも、アラタは異性だし、そんなふうにするものではないよ」
「ご、ごめんなさいクルト、で、でもね……」
「それに、僕まで騙すことはないんじゃないかな」
「あっ、あの……そんなつもりはなかったのよ?」
「それもこれも全部アラタのせいだよ……アラタが彼女に黙ってろなんて言うから……」
「お前だって合意したくせにっ⁉︎」
「アラタのせいだよ」
「……わ、悪かった。悪かったって、その顔はやめろ、な? 百年の恋も冷めンぞそれは……」
どんな顔なのかしら。
つい好奇心に負けて振り返ったわ。
だけどその時には、にっこりといつもの美しい笑顔を取り戻したクルトが、それでも何か……冷気を纏って私たちを見据えていたわ……。
「サクラも。次にこんな嘘を吐いたら、僕は許さないよ?」
「………」
目は笑ってない。
逆らっちゃ駄目なやつだわ……。
「き、肝に命じ、ます」
顔を歪めたアラタは、切羽詰まったような声音でそう叫んだわ。
命のやり取りの後ですもの。ただでさえ消耗しきっている彼の思考は、きっと上手く働いてくれなかったのね。
叫んだせいで呼吸を乱したアラタは、そのまま崩れ、座り込んでしまった。
「あのクソ親父には遠慮なんてねぇんだよ!
関わったら、お前らからだって躊躇なく搾取するに決まってる。食い物にしやがるっ!」
アラタの口から家族の話を聞いたのは、これが初めてだった。
「あんなクソ野郎に翻弄されるのは俺だけでたくさんだ……。
身内のことくらい、自分でなんとかしなきゃ、できなきゃ、また俺は……っ。
今度こそ俺は、ちゃんとやるんだ。そのために、こうして生き直してんだからっ!」
今度こそ? 生き直す?
アラタの言葉が引っかかった……。だけど、今はまだ駄目だと自分を戒めたわ。
頭を抱えてしまった姿が痛々しかったけれど、本当に対等になりたいのなら、ここを越えなきゃ駄目なんだと、そう思った。
アラタの家族構成については、ゾフィから聞いていたわ。
私の交友関係は全て調べ上げられている。アラタのことも当然、お父様は調べていた……。それをゾフィが、教えてくれたの。
本来なら、私は彼と接すること自体が許されない。
だけど、クルトがアラタを好み、自ら関わっていると知っているからお父様は、この関係を敢えて黙認しているのよね……。
私たちの絆って、本当はそれくらい、脆いものだった。
アラタは現在、父親と二人きり。十年前に母親を亡くし、その翌年に祖父も亡くした。
どちらも事故死。特に母親は、諍いに巻き込まれて亡くなったそう。
その諍いというが……剣闘士らの乱闘。
豺狼剣闘士団の剣闘士による、抗争だったそうよ……。
それまで父親は、ありきたりな、ごく普通の、どこにでもいそうな父親だったのですって。
けれど今は日々酒を浴び、剣闘士を酷使し、息子を危険な闘技場に向かわせることすら厭わない、堕落者に成り果ててしまった。
その剣闘士は、とっくの昔に他の剣闘士団に、移籍しているというのに……。
そんな父親をアラタは、嫌い、疎んでいるのね。
だけど捨てられない。
最愛の人を失って悲しみの底に沈んでしまった人を、責めきれない。
母を殺したに等しい剣闘士団でも、お爺様が愛し、育て、残した剣闘士団を、恨めないのだわ……。
「……私やクルトを、貴方は親友と言うわね。
勿論私たちもそう思ってる。
でもそれって、こういうことかしら?」
今やっと話してくれたそれを、どうして今まで、言ってくれなかったの?
苦しんでることを話せない。辛い時に縋れない。それって親友かしら?
「私たちって、そんなに物知らずに見えるかしら? 無力に見えるかしら?
そうであったとしても、貴方のために動こうと思うことは、間違ったことなのかしら?
少なくとも貴方は、私の時、関わってくれた……。
それがどれほどの救いであったか、貴方には分からなかったの?」
同じものを返せるだなんて、そんな烏滸がましいことは思っていない。でも……私たちにだって、できることはあるはずよ。
女の私にだって、やれることはあるはずだわ。
「親友だって言うなら、それを許してくれるべきじゃないかしら。相談してくれるべきじゃなくって?
貴方がどうして欲しいか。それを言ってくれなきゃ、分かるはずないじゃない。
言ってくれれば……貴方が良いと思う方法を、最善を、模索するわよ。当たり前でしょう?」
さっきまで、舞台で無双していた人物とは思えない姿が、痛々しかった。
傷付いて疲れて、誰にも頼れない不器用な姿が、ひどく小さく見える……。
だから……その頭をキュッと抱きしめた。
「言っておきますけど、貴方の親友辞める気なんてさらさら無いわ。覚えておきなさい」
ピシリとそう言うと、ピクリと動く後頭部……。
「……お前、まさかさっきのは演技……」
「私にだけ黙ってたのだもの。意趣返しくらいするわ」
「はぁ⁉︎」
「自分の行いを深く反省することね」
「ちょっ、なんだそれっ、俺は本気で言ってンだと思って……っ」
「勿論本気だったわよ。けれど、親友を辞める気が無いのも本気よ」
「なんっだそれっ、フザケてんのか⁉︎」
「とっても真面目」
そんなやりとりをしていたら、ぐいと背中側から引っ張られて、誰かの腕にすっぽりと収まってしまった。
そして耳元にかかる息……。
「サクラ……悪いけど君は僕の婚約者だから控えて?」
そう言われてハッとしたの。
お、怒ってる……クルトが怒ってるわっ⁉︎
こんな底冷えしたような声初めて聞くわよ⁉︎ 急にどうしてしまったの⁉︎
「たとえ親友でも、アラタは異性だし、そんなふうにするものではないよ」
「ご、ごめんなさいクルト、で、でもね……」
「それに、僕まで騙すことはないんじゃないかな」
「あっ、あの……そんなつもりはなかったのよ?」
「それもこれも全部アラタのせいだよ……アラタが彼女に黙ってろなんて言うから……」
「お前だって合意したくせにっ⁉︎」
「アラタのせいだよ」
「……わ、悪かった。悪かったって、その顔はやめろ、な? 百年の恋も冷めンぞそれは……」
どんな顔なのかしら。
つい好奇心に負けて振り返ったわ。
だけどその時には、にっこりといつもの美しい笑顔を取り戻したクルトが、それでも何か……冷気を纏って私たちを見据えていたわ……。
「サクラも。次にこんな嘘を吐いたら、僕は許さないよ?」
「………」
目は笑ってない。
逆らっちゃ駄目なやつだわ……。
「き、肝に命じ、ます」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる