剣闘士令嬢

春紫苑

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一章

七話 はかりごと①

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 セクスティリア・シラナより、セクスティリア・カエソニアへ文をしたためます
 
 お元気かしら。
 私はいつも通り元気にしています。
 赤子のことは本当に残念だったわ。でもどうか、気を落とさないで。
 私はお姉様に育てられたようなものよ。だから知ってる。
 お姉様が、どれほど素晴らしい女性か、どれほど愛情深い母か。
 お姉様がいたからこそ、私は今、こうあれる。
 お姉さまに恥じぬ私であろうと思えるの。
 お姉様なら大丈夫。きっとまた、授かれるわ。
 
 私の偉大な目標セクスティリア・カエソニアへ、貴女の妹であり娘であったセクスティリアより


 苦しいまま、謝れないまま、時間だけが過ぎていった……。
 秘密基地に出向くことすらできないで、大勢に囲まれているのに、孤独でたまならい日々を過ごしていたある日……。
 
「セクスティリア殿」
「あら……どうなさいまして?」

 驚いていたわ。
 クルトが人前で私に話しかけてくるだなんて、久しぶりだった。

 彼は最近急激に背が伸びだして、随分と凛々しくなっていたわ。
 体もなんだかがっしりしてきて、まるで大人の男の人みたい。
 そういえば、もうじき十四歳になるのだって話も先日、耳にしていた。

 三人で一緒に過ごすことができなくなって、随分と時が過ぎたのね……。

 久々に声をかけてくれて嬉しかったけれど、それを外に示してはならなかったわ。
 クルトは女性陣の人気を独占しているに等しい方だったから、私が嬉しそうにすれば、きっとまた反発を招いてしまうに決まっていた。
 なによりあの日から……貴族パトリキ上位平民ノビレスの対立が強まってしまってからは、下手に周りを刺激しないためにも、お互いを視野に入れないようにしておくしかなかったの……。

「もうお帰りでしょう? 途中までお送りしますよ」

 それが、分かっていない彼では、なかったはずなのに……。

「……まぁ、お気遣い有難う存じます。
 ですけど……それではクァルトゥス様が、随分と遠回りになってしまいますから……」

 やんわりと断りを入れようとそう言った時、クルトの向こう側に黒髪が見えて、ドキリとした。
 アラタがこちらを見ていたわ。
 気付いた私にニヤリと笑い、行ってしまう……。

 何……?

 一瞬気を取られた私に、さらなる予想外の言葉が届き、私は耳を疑ったわ。

「そんなこと、気になさらなくて結構ですよ。
 僕がしたくてするのですから」

 周りも騒めいた。
 嫌な予感がしたわ。
 また貴族側の視線に敵意が増すのかと思うと、憂鬱を通り越して恐怖すら感じてしまった。
 だけどクルトは、私の不安になど気付いてもいないというふうに、笑顔で言葉を続けたの。

「だって貴女は、僕の許嫁だ。
 家の決めたことですが、僕はそれがとても嬉しい。
 貴女にこうすることを、当然とできる権利を得たのですから」

 ……⁉︎
 聞いてない……聞いてないわ、私……。

 驚きに目を見開く私の手を、クルトは自然な動作で掬い上げて、恋人にするような口づけ。
 まるで周りに見せつけるようにされたそれに、私は呆然とされるがまま……何を言うことも、することも、できなかった。
 状況が、まだよく飲み込めていなかった。けれど、恐ろしいほどの絶望を感じていたの。

 クルトは素敵な方よ。
 貴族ではなかったけれど、家の格式だって決して悪くない……。
 お父様が、私の婚約者を貴族外から選んだことには正直驚いたけれど、アウレンティウスの財力を考えれば、当然の選択とも思えた。

 そのうえ、クルトは優しいわ……。
 つい口答えしてしまう私にも怒らない。
 いつも爽やかで、成績だって、首席を取れるくらいに優秀で……。
 申し分ない、許嫁だと思う。

 なのに、どうして私、こんなに苦しいの?

 泣きそうだった。
 でもこれ以上の醜態なんて晒せない。
 すると、私の手の甲から唇を離したクルトは、私を見上げて。

「大丈夫、合わせて」

 息を吐くような小声で、そう言った……?

「貴女のことをもっと知りたい。どうか、二人で過ごす時間をください」
「え、えぇ……」

 親の決めたことはすなわち、家の方針。
 私たちはそうする権利と義務を有していたわ。だからお父様の言いつけ通り、殿方を不快にしないよう行動を選んだ。
 クルトに手を取られたまま、中庭を出て。
 騒めきが一気に高まったのを背中に受けて。
 しばらく進んでから、クルトはくるりと振り返り……。

「じゃあ、頼んだよ」

 いつもついてくるだけの奴隷にそう言うと。

「畏まりましたーっ」
「はい」

 何故か、私の奴隷……あの子までもが、決意の表情でそう返事を返したわ。
 先程口づけした私の手を、クルトはずっと握ったまま、あの日みたいに引かれて進んだ。
 どこに行くのか分からなかったけれど、ついていくしかできない私……。

「エヴラールたちとは、陽がかげるくらいに西の広場で落ち合うから、大丈夫ですよ」

 そう言われ、反射で頷いたわ。
 だけど誰のことを言っているのかが理解できていなかった。
 そうしてうながされれるままに歩き、行き着いた先は!

「おー、来た」

 秘密基地。
 そこにはアラタが先にいて、敷物を敷いて、寝そべっていたわ!
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