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一章
四話 もう一人の淑女⑥
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石造りの廊下には屋根があり、雨が降っても濡れずに庭を散策できるよう造られているみたい。その風景を、何となしに見ていたのだけど……。
「……この列柱廊下はね、元々グライキュアールのポルチコを真似て作られたんだ」
そう話し出したクルトに視線を向けたわ。
「神殿の入り口を飾る装飾的なものだったのが、参拝者用の長い廊下になったらしい。
グライキュアールは元々石の文化で栄えた国でね」
「あの石像も見事だったものね。
まるで石ではないみたいな、衣服のひだの柔らかな表現は素晴らしかったわ」
そう相槌を入れると、パッとクルトがこちらを見た。
「そうだろう⁉︎」
今までの落ち着いた笑顔じゃなく、見たことのない、光り輝くような笑顔だった。
「グライキュアールの石彫技術は素晴らしいんだ!
この庭園には、その職人技が惜しげもなく使われていてね、至る所にそれが見られる。
実は闘技場にもその技術が使われている痕跡があるんだよ。
パッと見は分からないのだけど、それを見分けるには、石柱の上部を見ればよくて……」
急に饒舌になったクルトに、一瞬びっくりしたのだけど、遠慮なく語られる早口な言葉と、動き回る手と、なにより熱のこもった視線に圧倒されたわ。
そうして、彼の好きで研究しているものが、何かを理解できたと思ったの。
「彼らは見えない場所にこっそり落書きをしているんだよ。
解体作業をしていると、それが出てきたりしてね、前に見つけたのには恋人への……っ⁉︎」
でも熱心に語っていたクルトは、私の視線に気づいた途端、言葉を止めてしまった。
「どうしたの?」
「……いや、ごめん…………」
視線を俯け、掠れ声で何故か謝罪までされてしまったの。
どうしたのか分からなくてアラタを見たけれど、彼は自分で確認しろとばかりに、口を閉ざしてニヤつくばかり……。
「……何が書いてあったの?」
だから、クルトの話の先を促してみたの。
するとクルトは「いや、良いよ……」と、力無い返事。
「こんな話、面白くないよね。ごめん……つい熱中してしまったんだ」
「面白かったわ。私、歴史的なものは自国のことばかりで、異国の話は全然知らないの。
そうよね。色んな国があって、色んな文化がある、当然だわ。そしてこのムルスがそのグライキュアールの栄えた地にあるなら、その技術が取り込まれることも必然よね」
我が国だって歴史は長いけれど、元々はもっと東の小さな国で、色んな国を取り込んで広がってきたと習ったわ。きっとそれは土地だけの話ではなく、技術だってそうだったのね。
「凄いと思うわ。何百年も前から引き継がれてきた技術が、こうしてまだここにあることが」
伝えなければ伝わらなかったものが、ちゃんとここにあることが。
だけどそう言った私に、今度はクルトがポカンと口を開き、見入っていたわ。
それでまた私、出しゃばってしまったのだって、気がついた。
「ご、ごめんなさいっ」
結局淑女らしくなんてできない自分に嫌気がさすわ……。
でもそこで、クイと背中側の衣服を引っ張られた。
慌てて顔を向けると、真剣な表情のアラタがしゃがんで私を見上げていて、目が合うと視線が鋭く左を見た。
私に、見ろって、こと……?
指示のままそちらに視線をやり……。
「あっ……!」
そこには、ほぼ一年ぶりに見るお姉様が。
真っ直ぐに視線が合って、お互いが誰かを理解したのだと分かった。
だけど次にお姉様は、引き連れている者たちを気にするそぶりを見せたわ。
開きかけていた口も、途中でキュッと引き結ばれた。
けれどそこで今度は、クルトが。
「そちらのご婦人、もしかしてカエソニウスの方では?」
ピシリと居住まいを正し、私の前に一歩進み出て、そう問うたの。
警戒した奴隷と護衛が前に進み出てくると、礼儀正しく
「失礼、私はクァルトゥス・アウレンティウス・ドゥミヌスと申します。
この石柱庭園の様式をこの目で見たくてお邪魔させていただいたので、お会いできて光栄です」
まだ子供の私たちだったけれど、アウレンティウスの名は絶大だった。
護衛と思っていた方は、カエソニウスの支持者であったのでしょう。慌てて礼を取り、クルトに挨拶を始めたわ。
するとまた外套が引っ張られ、小声で「ほら、今のうち」と、アラタの指示。
クルトは熱心に石柱について話し、支持者の方を引っ張って移動し始めていた。奴隷もどっちに行くかと迷い、クルトの方へと足を向けたわ。
私はそれを確認し、ゆっくりとお姉様の前に。
「お久しぶり……会えて嬉しい、お姉様……」
「やっぱり。見間違いではないのね……貴女、こんなところにまでどうやって!」
「そこは聞かないで。
あまり誉められたことじゃないのは分かっているけれど、お姉様にどうしても、お会いしたかったの」
嫁がれた時より、痩せているように思えた。
身だしなみは完璧だったけれど、少し疲れているようにも見受けられたわ。
両手は腹部で重ねられ、握られていたけれど、お姉様の瞳は、私とアラタ……向こうに歩いて行ったクルトに向けられた。私が淑女らしくない行いをしたことを、きっと気になさってる……。
けれどお姉様は、それ以上私を怒ることはせず、まずは笑ってくれたの。
「私もよ……ずっと会いたかったわ」
「……この列柱廊下はね、元々グライキュアールのポルチコを真似て作られたんだ」
そう話し出したクルトに視線を向けたわ。
「神殿の入り口を飾る装飾的なものだったのが、参拝者用の長い廊下になったらしい。
グライキュアールは元々石の文化で栄えた国でね」
「あの石像も見事だったものね。
まるで石ではないみたいな、衣服のひだの柔らかな表現は素晴らしかったわ」
そう相槌を入れると、パッとクルトがこちらを見た。
「そうだろう⁉︎」
今までの落ち着いた笑顔じゃなく、見たことのない、光り輝くような笑顔だった。
「グライキュアールの石彫技術は素晴らしいんだ!
この庭園には、その職人技が惜しげもなく使われていてね、至る所にそれが見られる。
実は闘技場にもその技術が使われている痕跡があるんだよ。
パッと見は分からないのだけど、それを見分けるには、石柱の上部を見ればよくて……」
急に饒舌になったクルトに、一瞬びっくりしたのだけど、遠慮なく語られる早口な言葉と、動き回る手と、なにより熱のこもった視線に圧倒されたわ。
そうして、彼の好きで研究しているものが、何かを理解できたと思ったの。
「彼らは見えない場所にこっそり落書きをしているんだよ。
解体作業をしていると、それが出てきたりしてね、前に見つけたのには恋人への……っ⁉︎」
でも熱心に語っていたクルトは、私の視線に気づいた途端、言葉を止めてしまった。
「どうしたの?」
「……いや、ごめん…………」
視線を俯け、掠れ声で何故か謝罪までされてしまったの。
どうしたのか分からなくてアラタを見たけれど、彼は自分で確認しろとばかりに、口を閉ざしてニヤつくばかり……。
「……何が書いてあったの?」
だから、クルトの話の先を促してみたの。
するとクルトは「いや、良いよ……」と、力無い返事。
「こんな話、面白くないよね。ごめん……つい熱中してしまったんだ」
「面白かったわ。私、歴史的なものは自国のことばかりで、異国の話は全然知らないの。
そうよね。色んな国があって、色んな文化がある、当然だわ。そしてこのムルスがそのグライキュアールの栄えた地にあるなら、その技術が取り込まれることも必然よね」
我が国だって歴史は長いけれど、元々はもっと東の小さな国で、色んな国を取り込んで広がってきたと習ったわ。きっとそれは土地だけの話ではなく、技術だってそうだったのね。
「凄いと思うわ。何百年も前から引き継がれてきた技術が、こうしてまだここにあることが」
伝えなければ伝わらなかったものが、ちゃんとここにあることが。
だけどそう言った私に、今度はクルトがポカンと口を開き、見入っていたわ。
それでまた私、出しゃばってしまったのだって、気がついた。
「ご、ごめんなさいっ」
結局淑女らしくなんてできない自分に嫌気がさすわ……。
でもそこで、クイと背中側の衣服を引っ張られた。
慌てて顔を向けると、真剣な表情のアラタがしゃがんで私を見上げていて、目が合うと視線が鋭く左を見た。
私に、見ろって、こと……?
指示のままそちらに視線をやり……。
「あっ……!」
そこには、ほぼ一年ぶりに見るお姉様が。
真っ直ぐに視線が合って、お互いが誰かを理解したのだと分かった。
だけど次にお姉様は、引き連れている者たちを気にするそぶりを見せたわ。
開きかけていた口も、途中でキュッと引き結ばれた。
けれどそこで今度は、クルトが。
「そちらのご婦人、もしかしてカエソニウスの方では?」
ピシリと居住まいを正し、私の前に一歩進み出て、そう問うたの。
警戒した奴隷と護衛が前に進み出てくると、礼儀正しく
「失礼、私はクァルトゥス・アウレンティウス・ドゥミヌスと申します。
この石柱庭園の様式をこの目で見たくてお邪魔させていただいたので、お会いできて光栄です」
まだ子供の私たちだったけれど、アウレンティウスの名は絶大だった。
護衛と思っていた方は、カエソニウスの支持者であったのでしょう。慌てて礼を取り、クルトに挨拶を始めたわ。
するとまた外套が引っ張られ、小声で「ほら、今のうち」と、アラタの指示。
クルトは熱心に石柱について話し、支持者の方を引っ張って移動し始めていた。奴隷もどっちに行くかと迷い、クルトの方へと足を向けたわ。
私はそれを確認し、ゆっくりとお姉様の前に。
「お久しぶり……会えて嬉しい、お姉様……」
「やっぱり。見間違いではないのね……貴女、こんなところにまでどうやって!」
「そこは聞かないで。
あまり誉められたことじゃないのは分かっているけれど、お姉様にどうしても、お会いしたかったの」
嫁がれた時より、痩せているように思えた。
身だしなみは完璧だったけれど、少し疲れているようにも見受けられたわ。
両手は腹部で重ねられ、握られていたけれど、お姉様の瞳は、私とアラタ……向こうに歩いて行ったクルトに向けられた。私が淑女らしくない行いをしたことを、きっと気になさってる……。
けれどお姉様は、それ以上私を怒ることはせず、まずは笑ってくれたの。
「私もよ……ずっと会いたかったわ」
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