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後日談
新たな事業 4
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「北アヴァロンは順調みたいだよ。
オブシズも元気そうだったし、アーシュは相変わらずで笑ったな」
サヤ様との触れ合いを済ませたレイシール様は、執務室に戻って精力的に動き出しました。
春の会合に出席した席で、北アヴァロンの管理を担った二人にも再会できたよう。
オブシズは妻のクレフィリア、お子のエルメールも伴っていたとのこと。
「エルメールが野生児すぎて困るって言ってた。
何度も雪原で姿を消して、獣人らに迷惑をかけ通しだと」
エルメールは既に五歳、やんちゃな盛りです。
どうもあの逃亡の冬に授かった子であるらしく、やたら寒さに強いとのこと。
獣人らと共に狩りに出たりする父親を羨ましがり、自分もやりたいと既に弓の稽古を始めているそう。
弓は鍛錬が難しく上達も遅い、子供のうちは音を上げやすい武芸であるのですが、今の所は根気よく続いているとのこと。
「先生が良いんだろうな。オーキスが仕事の合間に指導してるって」
小柄な彼が一撃で熊を仕留めると聞き、自ら師事を仰いだというのですから見所はありますね。
「それから……スヴェトランの動きはまだ緩慢とのことだ。
性急に纏めすぎた部族の反発が強まっているらしい」
それに対してはマルが。
「そうでしょうね。我が国に勝ち、土地を得ることを目標にしてきて惨敗しましたし。
おそらくまだ十数年は荒れると思いますよ。なので国境の警備だけは怠らずおくべきかと」
「うん。オゼロ公も同じ考えだった。しかしただ警戒していても力を取り戻した時、また前の関係に戻るだけだろう?
だから、もう少し違う形で状況を動かしたいそうだ」
スヴェトランも北の荒野と同じく、広く草原が続く産業の少ない地。
そのため略奪を繰り返していたわけですが、馬と弓に長けたあの国は生粋の狩人と放牧の国でもあります。
「 犛牛というものを飼っている部族が多いんだが、毛がとても貴重であるらしい。
外側の太い毛じゃなく内側の柔らかい毛だけを集めて作る毛織物が良いらしくてな。
その毛を交易品となるよう交渉したいんだそうだ。
ただ内側の産毛は毟るのが大変手間で量も取れないそうでね」
それゆえの高級品であるそうです。
そして何より気になるのが、何故そんな話をレイシール様が我々にするのかということ。
「急ぐ話ではないから、何か毛を集める良い方法はないか考えてみてくれって言われたんだけど……」
「安請け合いしてませんよね⁉︎」
「してないよ! でも相談に乗るくらいは良いかなって……」
「してるじゃないですか!」
あちらさん絶対なにか良い方法を見つけて来ると思ってますよ絶対! と、頭を抱えるマル。
最近やたらとこういった話が持ち込まれて困るのですよね……。
なんとかしてアヴァロンとの共同開発品を作りたい。あわよくば利用したいという輩が多いのです。
オゼロ公の話は、まだ目的が絞り込まれているだけマシかもしれませんが……。
「と、とりあえずっ! そういうわけだから何か思いついたら報告宜しく頼むな」
「やることこれ以上増やさないでもらえます⁉︎」
「悪かったよ……。
だけど北とは長く付き合うんだから、少しくらいはだな……」
「すこしじゃないんですよおおぉぉ!」
そうは言いつつも、北の地に姉妹都市を持つ身では、あちらで絶対的な発言力を持つオゼロ公との関係が重要。
受けざるを得なかったレイシール様の気持ちも分かります。
何よりあちらには私の古巣があり、吠狼は狂信者の隠れ家から秘密裏に情報収集や、保護した獣人らの世話等を行っており、色々出費も嵩むうえ、問題も起こしやすいのです。
だから極力奥に目が向かぬよう、良好な関係を築いておきたいとお考えなのでしょう。
……まぁ。一応助け舟を出しますか。
「その話は頭の片隅に置いておくとして……。
交易水路の話はどうなったのです。まずはそれを進めませんと」
今最重要はそちらでしょう? と、促しますと、レイシール様は即座に食い付きました。
「そうそう、そっちな! もちろん進めてきた。
アギー傘下の二領に水路を繋げる交易水路計画。それに伴いアギー・セイバーン間の荒川水位問題と対応策。セイバーン・オースト間のイス湖水位減少問題。全部ひっくるめて伝えた。
これは交易路同様、それ以上に長い時を必要とする壮大な事業だ。十年や二十年では終わらないかもしれない」
そう。今回の川を掘る話は、アギー・セイバーン・オーストまでを水路で繋ぐ交易水路計画兼、荒川とイス湖の水位対策として、まずアギーに提案されました。
主要交易路は完成。現在は各領内で枝道を整備しているのですが、この枝道は領地ごとに任されており、どう伸ばすかは国の預かりではございません。
そのため規模は裕福な領地とそうでない領地、加えて利権の絡み方によってばらつきがございます。
現状南ばかりに道が張り巡らされているのですが、それは最終的には悪手。各領地の管理する道が、管理できぬほどに多くなるということでした。
ですが交易路づくりは金の成る木として扱われており、確かに利便性も上がるものですから、もう辞めよとも言えぬのが現状。オーストも玄武岩を湯水のように採掘し、ばら撒き、それを悪用して不正を働くものまで現れる始末。
そこで、オーストに道づくりばかりが儲け口ではないのだと示す必要がございました。
「北の地では特にこの交易路の意味は大きかった。
麦の流通は安定したし、物価も下がり、越冬に前より備えられるようになったのは確かだ。
炭団・練炭の普及にも力を入れ、まだ規模は小さいが干し野菜の流通……色々進むようになっているんだが……やはり、ここで大きく足枷になってるのは運送量。一度に多くを移送する術が無いことだ」
今までに比べれば格段に流通網は整えられたのですが、その分需要も増えましたし、また別の品も求められるようになっております。
例えば北が産地の耐火煉瓦と、石炭、高温炉。
これらは送料込みの値段となるため、南では高価となり普及が進んでおりません。
そして南が産地の玄武岩は、北まで運ぶとなるととんでもない値になります。
そういったことから南に交易路を名乗る無駄な道がはりめぐらされつつあるのですが……。
「そこを打開すべく、水路を通すことができれば……というのは、アギー公も面白い……だそうだよ。
川を利用できれば、中継地点までの送料で済むし、上流から一度に多くを運ぶ方が、最終的には安上がりだろう。
ただ川を掘るのでは荒唐無稽すぎだと反対した……が、荒川とイス湖の水位問題も解決できるならば、挑む価値はあり。だ、そうだ。
アギーも、交易水路が完成すれば、聖白石の流通路として利用できるしね」
もちろんそれも絡めて交渉したのでしょう。
「山間を抜けなければならないし、水の流れない場に水を流すんだから、高低差の計算等、間違えられないものが多くある。
その辺はマルという大きな戦力がうちにはあるし、資料にも突っ込みにくかったみたいだ。
社交界でオーストには、正確な地形を他領に知られるのをよしとしないという答えを頂いたが、判断ができなかったからだろう。アギーへいらっしゃってたのが領主殿ではなく高官殿だったからね。
王都の会合ではアギーが擁護してくれたし、ここに水路が通れば南西への行動が取りやすくなると陛下も賛成くださったから、オースト殿は渋々承知したよ。
その後で交易水路の利点をもう一度説明しておいたから、今はやる気満々だと思う」
つまり。
水路のせいで玄武岩の売れ行きが低迷する可能性が大きくなり乗り気でなかったものの、水路ができることによる利点を説明し、皮算用を伝えたら俄然やる気が出たということですね。
「それで夏前に地形確認のため視察団を合同派遣するとなった。
地図等も持参してくれるとなっているんだが、実際の地形がどうかは目で見た方が良いだろう」
そう言ったレイシール様に、マルも頷きました。
「地図はあてにしない方が良いでしょうね。我々に伏せたい地形を秘匿させて記している可能性も高いです。
なにせ捨場が未だ機能する領地ですからねぇ。どうにも腰が重いことからしても、ロジェ村だけではないんでしょう」
高官殿が難色を示し、オースト様も陛下の一声まで承知しなかったことといい……疑わしいにもほどがございますね。
越冬中に逃亡した流民についてはどうだったのかと問うと、処置はこちらで済ますゆえ直ちに送り返してほしいとのこと。
おざなりな礼ひとつで済まされ、謝罪も何もなかったとのことでした。逃げた領民が全て悪く、領地に落ち度は無いと態度で示したのでしょう。
玄武岩の売り上げだけを見れば儲けているように見えるのですから、誤魔化しがきくと考えたのでしょうね。
「まだ長旅ができる体力が無いと断ったけどね。
話を聞いた限り、交易水路を通したいと思っている地域に近い村であるはずだから、ここからも情報収集してみようと思う」
「それが良いですね。
では早速視察団の人員を選別致しましょう。勿論吠狼も混ぜます。
あ、下見を走らせておいて良いですかぁ?」
「……バレないようにやってくれよ…………」
「勿論じゃないですかぁ!」
にんまりと笑ったマルは、とても機嫌良く書類に手を伸ばしました。
オーストの捨場……。ロジェ村の状態を考えても、獣人の血が捨てられていたのは明白。
もしかしたら、また濃く濃縮された、獣人の多く住む隠れ里が発見できるかもしれないですね。
オブシズも元気そうだったし、アーシュは相変わらずで笑ったな」
サヤ様との触れ合いを済ませたレイシール様は、執務室に戻って精力的に動き出しました。
春の会合に出席した席で、北アヴァロンの管理を担った二人にも再会できたよう。
オブシズは妻のクレフィリア、お子のエルメールも伴っていたとのこと。
「エルメールが野生児すぎて困るって言ってた。
何度も雪原で姿を消して、獣人らに迷惑をかけ通しだと」
エルメールは既に五歳、やんちゃな盛りです。
どうもあの逃亡の冬に授かった子であるらしく、やたら寒さに強いとのこと。
獣人らと共に狩りに出たりする父親を羨ましがり、自分もやりたいと既に弓の稽古を始めているそう。
弓は鍛錬が難しく上達も遅い、子供のうちは音を上げやすい武芸であるのですが、今の所は根気よく続いているとのこと。
「先生が良いんだろうな。オーキスが仕事の合間に指導してるって」
小柄な彼が一撃で熊を仕留めると聞き、自ら師事を仰いだというのですから見所はありますね。
「それから……スヴェトランの動きはまだ緩慢とのことだ。
性急に纏めすぎた部族の反発が強まっているらしい」
それに対してはマルが。
「そうでしょうね。我が国に勝ち、土地を得ることを目標にしてきて惨敗しましたし。
おそらくまだ十数年は荒れると思いますよ。なので国境の警備だけは怠らずおくべきかと」
「うん。オゼロ公も同じ考えだった。しかしただ警戒していても力を取り戻した時、また前の関係に戻るだけだろう?
だから、もう少し違う形で状況を動かしたいそうだ」
スヴェトランも北の荒野と同じく、広く草原が続く産業の少ない地。
そのため略奪を繰り返していたわけですが、馬と弓に長けたあの国は生粋の狩人と放牧の国でもあります。
「 犛牛というものを飼っている部族が多いんだが、毛がとても貴重であるらしい。
外側の太い毛じゃなく内側の柔らかい毛だけを集めて作る毛織物が良いらしくてな。
その毛を交易品となるよう交渉したいんだそうだ。
ただ内側の産毛は毟るのが大変手間で量も取れないそうでね」
それゆえの高級品であるそうです。
そして何より気になるのが、何故そんな話をレイシール様が我々にするのかということ。
「急ぐ話ではないから、何か毛を集める良い方法はないか考えてみてくれって言われたんだけど……」
「安請け合いしてませんよね⁉︎」
「してないよ! でも相談に乗るくらいは良いかなって……」
「してるじゃないですか!」
あちらさん絶対なにか良い方法を見つけて来ると思ってますよ絶対! と、頭を抱えるマル。
最近やたらとこういった話が持ち込まれて困るのですよね……。
なんとかしてアヴァロンとの共同開発品を作りたい。あわよくば利用したいという輩が多いのです。
オゼロ公の話は、まだ目的が絞り込まれているだけマシかもしれませんが……。
「と、とりあえずっ! そういうわけだから何か思いついたら報告宜しく頼むな」
「やることこれ以上増やさないでもらえます⁉︎」
「悪かったよ……。
だけど北とは長く付き合うんだから、少しくらいはだな……」
「すこしじゃないんですよおおぉぉ!」
そうは言いつつも、北の地に姉妹都市を持つ身では、あちらで絶対的な発言力を持つオゼロ公との関係が重要。
受けざるを得なかったレイシール様の気持ちも分かります。
何よりあちらには私の古巣があり、吠狼は狂信者の隠れ家から秘密裏に情報収集や、保護した獣人らの世話等を行っており、色々出費も嵩むうえ、問題も起こしやすいのです。
だから極力奥に目が向かぬよう、良好な関係を築いておきたいとお考えなのでしょう。
……まぁ。一応助け舟を出しますか。
「その話は頭の片隅に置いておくとして……。
交易水路の話はどうなったのです。まずはそれを進めませんと」
今最重要はそちらでしょう? と、促しますと、レイシール様は即座に食い付きました。
「そうそう、そっちな! もちろん進めてきた。
アギー傘下の二領に水路を繋げる交易水路計画。それに伴いアギー・セイバーン間の荒川水位問題と対応策。セイバーン・オースト間のイス湖水位減少問題。全部ひっくるめて伝えた。
これは交易路同様、それ以上に長い時を必要とする壮大な事業だ。十年や二十年では終わらないかもしれない」
そう。今回の川を掘る話は、アギー・セイバーン・オーストまでを水路で繋ぐ交易水路計画兼、荒川とイス湖の水位対策として、まずアギーに提案されました。
主要交易路は完成。現在は各領内で枝道を整備しているのですが、この枝道は領地ごとに任されており、どう伸ばすかは国の預かりではございません。
そのため規模は裕福な領地とそうでない領地、加えて利権の絡み方によってばらつきがございます。
現状南ばかりに道が張り巡らされているのですが、それは最終的には悪手。各領地の管理する道が、管理できぬほどに多くなるということでした。
ですが交易路づくりは金の成る木として扱われており、確かに利便性も上がるものですから、もう辞めよとも言えぬのが現状。オーストも玄武岩を湯水のように採掘し、ばら撒き、それを悪用して不正を働くものまで現れる始末。
そこで、オーストに道づくりばかりが儲け口ではないのだと示す必要がございました。
「北の地では特にこの交易路の意味は大きかった。
麦の流通は安定したし、物価も下がり、越冬に前より備えられるようになったのは確かだ。
炭団・練炭の普及にも力を入れ、まだ規模は小さいが干し野菜の流通……色々進むようになっているんだが……やはり、ここで大きく足枷になってるのは運送量。一度に多くを移送する術が無いことだ」
今までに比べれば格段に流通網は整えられたのですが、その分需要も増えましたし、また別の品も求められるようになっております。
例えば北が産地の耐火煉瓦と、石炭、高温炉。
これらは送料込みの値段となるため、南では高価となり普及が進んでおりません。
そして南が産地の玄武岩は、北まで運ぶとなるととんでもない値になります。
そういったことから南に交易路を名乗る無駄な道がはりめぐらされつつあるのですが……。
「そこを打開すべく、水路を通すことができれば……というのは、アギー公も面白い……だそうだよ。
川を利用できれば、中継地点までの送料で済むし、上流から一度に多くを運ぶ方が、最終的には安上がりだろう。
ただ川を掘るのでは荒唐無稽すぎだと反対した……が、荒川とイス湖の水位問題も解決できるならば、挑む価値はあり。だ、そうだ。
アギーも、交易水路が完成すれば、聖白石の流通路として利用できるしね」
もちろんそれも絡めて交渉したのでしょう。
「山間を抜けなければならないし、水の流れない場に水を流すんだから、高低差の計算等、間違えられないものが多くある。
その辺はマルという大きな戦力がうちにはあるし、資料にも突っ込みにくかったみたいだ。
社交界でオーストには、正確な地形を他領に知られるのをよしとしないという答えを頂いたが、判断ができなかったからだろう。アギーへいらっしゃってたのが領主殿ではなく高官殿だったからね。
王都の会合ではアギーが擁護してくれたし、ここに水路が通れば南西への行動が取りやすくなると陛下も賛成くださったから、オースト殿は渋々承知したよ。
その後で交易水路の利点をもう一度説明しておいたから、今はやる気満々だと思う」
つまり。
水路のせいで玄武岩の売れ行きが低迷する可能性が大きくなり乗り気でなかったものの、水路ができることによる利点を説明し、皮算用を伝えたら俄然やる気が出たということですね。
「それで夏前に地形確認のため視察団を合同派遣するとなった。
地図等も持参してくれるとなっているんだが、実際の地形がどうかは目で見た方が良いだろう」
そう言ったレイシール様に、マルも頷きました。
「地図はあてにしない方が良いでしょうね。我々に伏せたい地形を秘匿させて記している可能性も高いです。
なにせ捨場が未だ機能する領地ですからねぇ。どうにも腰が重いことからしても、ロジェ村だけではないんでしょう」
高官殿が難色を示し、オースト様も陛下の一声まで承知しなかったことといい……疑わしいにもほどがございますね。
越冬中に逃亡した流民についてはどうだったのかと問うと、処置はこちらで済ますゆえ直ちに送り返してほしいとのこと。
おざなりな礼ひとつで済まされ、謝罪も何もなかったとのことでした。逃げた領民が全て悪く、領地に落ち度は無いと態度で示したのでしょう。
玄武岩の売り上げだけを見れば儲けているように見えるのですから、誤魔化しがきくと考えたのでしょうね。
「まだ長旅ができる体力が無いと断ったけどね。
話を聞いた限り、交易水路を通したいと思っている地域に近い村であるはずだから、ここからも情報収集してみようと思う」
「それが良いですね。
では早速視察団の人員を選別致しましょう。勿論吠狼も混ぜます。
あ、下見を走らせておいて良いですかぁ?」
「……バレないようにやってくれよ…………」
「勿論じゃないですかぁ!」
にんまりと笑ったマルは、とても機嫌良く書類に手を伸ばしました。
オーストの捨場……。ロジェ村の状態を考えても、獣人の血が捨てられていたのは明白。
もしかしたら、また濃く濃縮された、獣人の多く住む隠れ里が発見できるかもしれないですね。
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